2012年02月05日
 ■  李潤澤版「小町風伝」の会場にて

昨日、大阪で、
太田省吾の「小町風伝」を上演中の李潤澤(イ・ユンテク)先生に、
挨拶に行ってきた。
その席で僕は初めて、先生から、いい作品を書く若手作家として扱われた。
とても嬉しかった。いや、こんなに嬉しいことはないくらい嬉しい。

というのは、ユンテク先生とは、何度もお会いしてるが、
こんな風に僕を見てくれたことは今までなかったのだ。

2009年にソウルに初めて行った時、2010年の新宿でのワークショップ、
2011年のミリャン演劇祭、そして、2011年のタイニイアリスでの公演。
どこで会っても初めてあったかのような感じだったし、
全く作り手として認識されていない感じだった。
はっきり言って、会う度にしょんぼりしたものだ。

しかし、2011年のミリャン演劇祭に行った時、
先生に直接渡す勇気がなかったから、僕は、ある若いスタッフに、
僕が書いた「匂衣(におい)」の日本語台本を渡した。
それを、劇団の幹部の人が読んでとても気に入ってくれて、
僕が知らないところで韓国語に訳され、
ほんの最近、先生も読んでくださったらしい。
そして、どうやら面白いと思ってくださったようなのだ。

「太田省吾のような文学性の高い作品ではないが、
演劇的で遊び性にあふれている。」
そんな風に言ってくださった。

想像してほしい。
自分が一流だと思ってる演劇人に、
しかも今まで全く相手にされてなかった人に、
作家として褒められたんだぜ?
嬉しくないはずがない。

「匂衣」は、2/13から3/17まで韓国でやる演戯団コリペのワークショップの、
日本人参加者向けの、課題戯曲に選ばれていた。
それだけが理由ではないが、僕もそのワークショップに参加することにした。
うまくいけば、韓国で公演ができるかもしれない
(演出は僕じゃなくて別の人が担当する)が、それはまだわからない。

というわけで、来週から韓国に行ってきます。

(ワークショップに参加するのを決めたのは、
課題戯曲が「匂衣」だと知る前だった。
だから、ある日本人作家の作品と聞いていたものが、
自分の書いたものだと知った時は、かなり驚いた。)

2011年03月09日
 ■  若手演出家コンクール2010

2月末にタイニイアリスで2作品を上演した
May&タルオルムの作・演出の金哲義さんが、
3月頭に下北沢の劇小劇場で公演をし、
若手演出家コンクールの最優秀賞と観客賞を受賞されました。

上演された「晴天長短」は、朝鮮学校の運動会を眺める、
ある家族の姿を描いた秀作です。
機会があれば、東京で、もっとロングランで上演してもらいたいな。

金さんが、ツイッターで喜びの言葉をつぶやいてました。

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한국의 친구여러분!! 토쿄공연 무사히 끝났습니다.
젊은 연출가콘클에서 우리학교운동회를 그린 청천장단
이란 작품이 최우수상과
손님이 선택하는 관객상의 두상을 수상했습니다^^
우리의 시대를 만들어나갑시다!!
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本当に、
우리의 시대를 만들어나갑시다!!

2011年03月02日
 ■  韓国に行ってきました!2011年春。

Follow me on twitter! http://twitter.com/@Atsuto_Suzuki

2月の中旬に一週間、韓国に行ってきました。
現在、韓国演劇のレポートを執筆中。
集客のための様々な工夫を目撃できたのも、今回の旅の大きな収穫。
一番驚いたのは、上演中撮影録音OK、飲食もOKにしている公演。
演目がイヨネスコの「禿の女歌手」で
ネタバレになる部分が少ないということもあるだろうけど、とても斬新だった。

前説をヒップホップにしていたのも斬新で、
若い観客に興味をもってもらうための演出家のアイディアとのこと。
私もカーテンコールだけこの公演を撮影。
i-phoneで撮った粗い動画だが、
客席の雰囲気を感じ取っていただけるのではないか?

2010年10月17日
 ■  劇評「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」

みなさま、先日、タイニイアリスで上演された
「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」
はいかがでしたでしょうか?

あの作品が、なんらかの形で、
みなさまの心に残ってたらいいなあ。

さて、
週刊マガジン・ワンダーランド 第211号に、
僕が書いた「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」の
劇評が載りました。
WEBにアップされたみたいなので、リンクを貼っておきます。

「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」
観客に感染するエネルギー
http://www.wonderlands.jp/archives/16092/

ついでに同 第174号に掲載された、
韓国演劇見学記も再リンクしときます。

「充実した環境、日本を圧倒 韓国演劇見学記」
http://www.wonderlands.jp/archives/12590/

2010年10月02日
 ■  Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち

10/2(土)から3日間、
僕が韓国でお世話になった演戯団コリペが
新宿のタイニイアリスで公演をします。

今日、ゲネプロを見たのですが、とてもおもしろかったです。
韓国人俳優の素晴らしい演技を見ることができました。

限りはありますが、手元に招待券がありますので、
興味のある方はご連絡ください。
この機会に、是非、この韓国の劇団を見てみてください!

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演戯団コリペ
「 Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」

◆内容
再開発を控え誰もいなくなった町の古い部屋に男4人が住んでいる。彼らは狭い部屋から出ようとせずに無為に過ごし、食欲を満たすことと、稚拙な権力闘争と、自らの怠惰な暮らしぶりを合理化する詭弁を弄することに明け暮れている。そこには、現実に対する鋭い批判と、そのような現実から逃避する若い世代の風刺がこめられている。

http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=17810

◆日時
 10/2(土)19:00~
 10/3(日)15:00~
 10/4(月)19:00~
・全席自由席
・開場は上記開演時間より30分前、受付開始は45分前

◆場所
新宿タイニイアリス 
東京都新宿区新宿2-13-6 B1

◆料金
前売3,000円/当日3,500円/学生2,500円

◆問合せ
タイニイアリス TEL&FAX.03-3354-7307

招待希望の方は、
お名前とご希望の観劇日時をお書き添えの上、
件名「ゾウの猿芝居を見て招待希望」で
atsuto☆inzou.com にメールをお送りください。
☆を@に変えてお送りください。

2010年08月12日
 ■  李潤澤(イ・ユンテク)講演「俳優の息」

僕が韓国でお世話になった、
李潤澤(イ・ユンテク)さんの講演があります。

イ・ユンテクさんは、
韓国の蜷川幸雄と言われる、
韓国ではかなり有名な演出家ですが、
(演出料一本300万だとおっしゃってました)
時には、脚本書いたり、詩を書いたり、
演出のタイプは、蜷川さんとは大きく違います。

僕は、昨年夏に上演された、イヨネスコの「授業」の、
イ・ユンテクさんの演出を見て、衝撃を受けました。
彼の演出は、言葉がわかんなくても、
こちらに否応なく突き刺さってきます。

有料のワークショップもやるようですが、
講演は無料なので、みなさん、一緒に行きませんか?

李潤澤(イ・ユンテク)の演技論、
「俳優の息」

日時:2010年10月1日(金) 15:00~17:00
会場:東京大学文学部1番大教室(法文2号館2階)

<お問合せ先>
東京大学文化資源学研究室
TEL/FAX:03-5841-3722
E-mail:bunka☆l.u-tokyo.ac.jp
※☆を@に変えてお送りください。
※事前の予約は不要です。

主催:東京大学文化資源学研究室・次世代人文学開発センター
後援:日本演出者協会

2010年05月30日
 ■  イー・スヨンと会う

Follow me on twitter! http://twitter.com/@Atsuto_Suzuki

5/29(土)

親友の結婚式の後、イー・スヨンと会う。スヨンはソウル・ファクトリーhttp://www.seoulfactory.co.kr/という劇団に所属していて、トルコ公演を終え、イスタンブールから帰韓の途中、日本に立ち寄ってくれた。トルコの前は、静岡で鈴木忠志演出の「エレクトラ」に出演。

スヨンと一緒に、エレクトラの主演女優ユジョンさんもいらして、「エレクトラ」について話し合った。といっても、僕は「エレクトラ」についてよく知らなくて、自分が国際的な演劇教養を満たしてないことを、またしても実感。

ユジョンさんは、「エレクトラ」は自分たちの物語であると言う。2000年前のギリシア悲劇で、かくもおぞましいことが起きるが、こういった残虐な行為(父を殺した母に、娘が復讐をする)は、現代の家族にも起こりうる。人間の心の奥の奥の奥にある思い=親を殺したいと願う気持ちを、現代の物語として蘇らせたいのだと。

なぜ韓国人はこんなにも熱い人が多いのだろう。そして、なぜ自分はこんなにも人に伝える能力が足りないのだろう。

鈴木忠志は、今年の秋、吉祥寺シアターで上演する計画があるみたい。
以下SCOT、HPより>>
SCOTの舞台を武蔵野市の吉祥寺シアターで毎年上演する計画があります。今年は12月15日から26日まで、シェイクスピアの『リア王-4カ国語版』とエウリピデスの『バッコスの信女』を原作とした『ディオニュソス』を連続上演。利賀村と武蔵野市は1972年以来の姉妹都市。上演にあわせて、さまざまな関連企画も行う予定。

http://www.scot-suzukicompany.com/news/2010-02/

2010年01月27日
 ■  韓国演劇見学記

週刊マガジン・ワンダーランド 第174号に、
僕が書いた「韓国演劇見学記」が載りました。
分量は結構長いですが、内容は詰め込みました。

WEBにアップされたみたいなので、リンクを貼っておきます。

http://www.wonderlands.jp/archives/12590/

さて、韓国から刺激を受けて、何から始めるか?
目の前にあることをやっていくしかない。

2009年12月24日
 ■  ソウル演劇センター

大学路(テハンノ)というところがある。
80から100件の劇場がある街。
大きさは、表参道ぐらいの横幅があり、
長さも原宿駅から表参道駅ぐらいかな。
そして、雰囲気は渋谷のセンター街という感じ。
24時間、飲んでいられる若者の街。

ここは韓国の演劇のメッカ。
中心にあるソウル演劇センターでは、
80から100件の劇場の全ての公演情報がわかる。

日本と大きく違うのは、一般の観客がとても多いということ。
(日本はコアな演劇ファンと、演劇をやっている人がお客さんの割合として多い)
写真のように、たくさんの観客が、情報を求めて、このセンターに来るし、
待ち合わせの場所にもなっている。
(写真の写ってる逆側がカフェっぽくなってる)

2階は図書館。(日本の演劇雑誌もあった)
3階は子供預かり所になってる。
センターの外の窓口では、
各劇場で当日売れ残ったチケットが半額で売っている。

演劇と一般の観客との距離が、日本より全然近い。

 ■  禁欲と興奮、演劇で食べる

23日。3日目。

僕のこっちでの一日のスケジュールは、
朝8時半に朝ごはん。
10時から12時半まで稽古。
昼食をとって、
14時から17時半くらいまで稽古。
そして、夕食。
19時過ぎにお芝居を見る。
見終わったら、お店に入ってまたご飯。

今夜見たお芝居は、
お世話になってるコリペの、
ミュージカル版「真夏の夜の夢」。
まず、すごいのが、
朝は能のワークショップをやっていた役者たちが、
夜はミュージカルに出演する。

開演は19時半だったが、16時半ぐらいまで、
能の稽古をして、その後、宿舎でご飯を作って食べて、
そこから劇場に入る。
日本では、本番の前に別の公演の稽古をしているのは、
歌舞伎俳優ぐらいじゃないだろうか?

コリペの役者は、若い人もたくさんいて、
でも、みんな演劇だけで食べている。
そして、演劇だけで食べるということは、
朝昼稽古で、夜本番が当たり前の生活。
演劇の会社に入ってるという感じですね。

今夜の「真夏の夜の夢」は、
舞台をニューヨークに置き換えた、
素晴らしい作品だった。
こういう作品を、普段あまり演劇を見ない、
友達の須田怜に見せたい。
見せたらどう思うだろうか?
写真などをアップできたらよいのだが。

2009年12月23日
 ■  食と普遍性 うまいものはうまいし

12月22日。2日目。
大量の牡蠣に、特に体調を崩すこともなく。
毎日たくさんご飯を食べさせてもらう日々。

能のワークショップ。
韓国人がなぜ能をやるのか?やっているのか?
段々とわかってきた。

ハムレットのラストシーンを能の形式に置き換えていく。
というよりは、能の型ややり方の中で、気に入った部分が選ばれていく。
そうすると、外国人にも伝わる、能の普遍的な部分が残っていく。
日本人なら、こういうものだから、と疑いなく残されているものが、
韓国人の感覚によって、選り分けられていく。

しかし、残ったものが能じゃないとは言えない。
そこが、能の普遍性なのかもしれない。

一日四食で、さすがに食べすぎかもしれない。
昨日(22日)は稽古後にイ・ユンテク氏演出の「ヴェニスの商人」を見て、
その後、深夜1時まで四食目の鳥料理屋に。
ここの食事は辛かった。
イ・ユンテク氏が電話で幹部たちを呼び出すと、
遅い時間にも関わらず、みんな出てきた。
ちょっと軍隊ぽい?いや家族かな?絆の強い(つながりの濃い)家族?

 ■  キムチの国からアンニョンハセヨ vol.2

21日の21時頃に、世一さんがゲリラ劇場に到着。
そこから話し合いがあって、
僕は世一さんともう一人劇作家の人と三人の相部屋。

世一さんが朝から何も食べてないということで、
牡蠣を食べに行く。

数え切れないほどの牡蠣を食った。
日本の焼肉屋みたいな感じの、蒸し牡蠣屋。
まず、前菜に生牡蠣とキムチの付け合わせ。その後、
大きなバケツいっぱいの牡蠣をだーっとテーブルの長方形の穴に入れて、
蒸す。蒸しあがったらひたすら食う。

2009年12月21日
 ■  キムチの国からアンニョンハセヨ vol.1

とりあえず、韓国にいる。
宿も全く予約せずに、
世一さんの「来たら、どうにかなるよ」の言葉を信じて、
着の身着のまま、ソウルに来た。
ゲリラ劇場に16時半頃に着いただろうか?

ゲリラ劇場は今回お邪魔する、
韓国の蜷川幸雄:イ・ユンテク氏の劇場。
その近辺とおぼしき場所まで行ったが、
正確な場所がわからない。
通りがかりの人に、ゲリラ劇場はどこかと聞いたら、
親切に劇場の人を呼んできてくれて、
「セイルさんのチング(友達)です」と言ったら、
稽古場に案内してくれた。
で、17時半過ぎまで能の稽古。

18時に劇団員の作った夕ご飯のご相伴に預かる。
部活動の合宿所を思い浮かべてもらえれば、
イメージが伝わるだろうか?
小さな食堂で、10人ぐらいで、ご飯を食べた。
男たちの手作りまかない飯って感じで、
(女の人もいたけど)
豪華ではなかったけど、美味しかった。
キムチも韓国海苔も美味しかった。

セイルさんはまだいない。
今夜の宿は大丈夫だろうか?
最悪稽古場に寝かせてもらおう、そんなことを考えてる。

噂どおりにこちらの気温は寒い。
でも噂どおりにこちらの人は温かい。

あと6日間。
たくさんキムチを食いながら、
たくさんの仲間を作り、
たくさん演劇の話をしてこようと思う。
今のところ、英語でコミュニケートしちゃうことが多いけど、
できるだけ韓国語でやってこようと思う。
どうなることやら。

2009年12月15日
 ■  韓国と自分をつなぐ旅、準備編vol.2

キム・セイルさんが能のワークショップに来ないか?
というので、秋川の某能楽師のお家に行ってきた。
え?秋川ってどこ?東京の西です。あきる野市です。
遠いよ。なんか愛知よりも遠い気がしたよ。

見学のつもりだったのに、参加させられた。
しかも、能ってだけで敷居が高いのに、
韓国語で能を謡って舞うんです。
極限的な状況に追い込まれると、脳って活性化するのね。
なんか、ハングルの文字が段々と読めるようになっていくから不思議。
ただし、音はわかっても、意味はわからないですから。

稽古後に、能楽師のご夫婦と焼き鳥を食べに行って、
その後、場所を移して、セイルさんと朝4時まで飲む。

今日驚いたのは、
セイルさんの「韓国の近代演劇は日本の金色夜叉から始まった」という発言。
なぜなら、当時の日本の新しい演劇=新派が、そのまま韓国に持ち込まれ、
植民地だった韓国は、
そこから自分たちの近代演劇を始めるしかなかったから。
良きにつけ悪しきにつけ、韓国の近代というのは、
日本文化を避けては通れない。

しかし、100年後、
韓国は日本よりもずっと進んだ文化発信の国になってしまった。
演劇だけじゃない。映画だってそうだ。
次の100年のために、僕らは今学ぶべきなのだ。

2009年12月10日
 ■  韓国と自分をつなぐ旅、準備編vol.1

年末、12/21から韓国に行ってきます。
一応、1週間で帰ってくるつもりですが、
状況次第ではもうちょっと長居するかもしれません。

今回の渡韓の目的は、

1.数年後に考えている韓国公演のためのネットワークづくり
2.日本より進んでいるという韓国の演劇事情の視察
3.韓国の蜷川幸雄と言われているイ・ユンテク氏の能のWSへの参加

などなどです。

まず、1.について。
なぜ韓国公演なんかを考えているのか?
単純に、自分の作品が日本人以外の観客にはどう見えるかが知りたい。
観てもらえるのなら、できるだけたくさんの人に観てもらいたいわけだから。
国境も国籍も越えてね。

2.とも関連するんだけど、
日本よりも演劇が、社会的に認知されている、
必要とされている状況とはどういうものなのかも見たい。

それに、
各方面から指摘された父産のポストパフォーマンストークのまずさ。
今回の母国語を使わない演劇旅行によって、
自分の演劇観を客観化して、
きちんと言語化できたらと思う。

2009年11月28日
 ■  アジアンキッチンとペルセポリス

演劇に興味がなくても、料理(食べること)に興味がある人は多いはずだ。
友人の俳優、キム・セイルさんが出ていた、
アジア舞台芸術祭のアジアンキッチンという企画は、だからおすすめ。
セイルさんの個人史から、お隣のお国事情が体験できる。
なにより、お腹がすく。チャプチェが食べたくなる。

アジアンキッチンのソウル編は、今日(28日)の19:30~の回が最後。
@池袋@東京芸術劇場小ホール2 見ていない方は必見!無料です。

ちなみに、
先週「ペルセポリス」というイランの監督が作ったアニメーションを見て、
昔の彼女を思い出した。
大昔、イランのハーフの子と付き合っていたのだ。
彼女はイランの料理だと言って、豆料理を作ってくれた。
イスラエルでも同じような豆料理が食べられていることは後で知った。

同じものを食べていて、同じ味を味わっていたとしても、
人は戦争をしてしまう。ことがある。

あの豆料理はなんて名前だったかな?もう思い出せない。

2009年09月05日
 ■  韓国の蜷川幸雄ことイ・ユンテク(李潤澤)

8/25(火)、26(水)

韓国の蜷川幸雄ことイ・ユンテク(李潤澤)さんが、
ちっちゃなタイニイアリスで公演&ワークショップをやるので参加してきた。
イ・ユンテクさんは、本人が言ってたけど、
韓国では演出料一本300万の大演出家。
今回は、アリスのオーナーに昔お世話になったその恩返しでやってるんだと思う。
とにかく、元気なおっさんだった。

「劇とは、虎と豚が戦うと書く!」(そういう字に読めなくもないが・・・)
「息を吸って日常的時間を拒否するんだ!」
とか、いろいろおもしろい言葉を口にする人だったんだけど、
なんか最後の宗教的なエチュードだけは俺受け入れらんなかった。
演劇って宗教の危険性(トランス入っちゃう感じ?)
と紙一重なところがあるんだけど、
そのギリギリのところまで行っちゃう感じが、俺はダメだった。
自分の演劇観と合わなかった。

実は、前日(25日)のコリア・レッスンというイヨネスコの「授業」を、
イ・ユンテクさんが演出したものが衝撃的で、
なにせ、女優二人が脱ぐどころか、
男優は下まで丸見えの演出で、ちょっと興味があって参加してしまった。
役者としての参加だったのもつらかった。
まあWSだったので、脱がずには済んだよ。

やりすぎることも含めておもしろい演出家だったけど、
自分は彼の方法は選んでいかないな、そう思った。

2009年06月14日
 ■  韓国からの留学生 金世一さん その3

6/9(火)

新国立劇場に「夏の夜の夢」を観に行ったら、
劇場の前になぜか世一さんがいた。
この人とは本当に縁があるなあ。
後で聞いた話だけど、世一さんは30人ぐらいの日本人を誘って、
「夏の夜の夢」を観に来ていたらしい。
なんでも、スタッフとしてちょっと関わってたらしく、
それもあって、この芝居を紹介するために、
普段、あまりお芝居を見ない人たちをたくさん連れてきたのだ。

終演後、その仲間に混ぜてもらって、
初台の駅前のビアガーデンに飲みに行く。
お酒飲めないのに、高さが1メートルくらいあるジョッキの、
タワービルを勝手に頼まれて、飲まされた。
半分だけ飲んだ。あとは世一さんに押しつけた。

世一さんと話していると、僕がいかに利己的な人間なのかと反省する。
僕は自分の演劇をおもしろくすることしか考えてない。
でも彼は、演劇全体をおもしろくしたいと考えてるし、
観劇人口を増やすために情熱的に行動してる。

劇団印象のHPには、劇団の紹介文として、
こんな内容が載っている。

>観劇後、劇場を出た観客の生活や目に映る景色の印象を変える、
>そんなエンターテインメントを発信しています。

最近、この中の「発信」という言葉がとても重く感じてきた。
ただ見せることは、発信ではない。
僕は、ちゃんと、発信しているのだろうか?
世一さんの「発信」の様子を目の当たりにしながら、
そんなことを考えさせられた。

2009年04月19日
 ■  韓国からの留学生 金世一さん その2

4/18(土)

昨日は、ワークショップの日だった。
そしたら、世一さんが突然来て参加していった。
世一さんと出会ったのは、2年前なんだけど、
その時は日本語のうまい韓国の舞台スタッフだとばっかり思っていた。
彼は役者だった。しかもとても頭のいい役者だった。

一人三役というエチュードを一回やったら、
二回目からは演出が何を求めているのか?
うまくやるためには何が必要なのか、すぐにわかっていた。

こいけけいこさんも、昨日初めて印象のWSに参加してくれたのだが、
彼女の一人三役もとてもよかった。
僕は彼女の表面的な部分しか知らなくて、別の一面を垣間見せてくれた。
あるテキストを使ったエチュードでは、世一さんと組んでもらったんだけど、
出てきた面白いアイディアは、こいけさんが考えたんだって、
世一さんが後で僕におしえてくれた。

WSが終わった後、この間のようにまた朝まで呑んでしまった。
みんなが帰った0時ぐらいから、
その日のWSの良かったところ悪かったところを全部洗い出していった。
僕の稽古場での演出を、こんなにも客観的にチェックしてもらえたことは、
今までにはなかったし、
その的確な感じも今までにないことだった。

それにしても、なんでこの人は、
日本語で、日本人と、日本の演劇について、
こんなにも語れてしまうんだろう?

2009年04月06日
 ■  韓国からの留学生 金世一さん

4/4(土)

金世一さんと高円寺で朝5時まで飲む。
僕が朝まで、しかも演劇人と飲むなんて、
打ち上げ以外では生まれて初めてかもしれない。
でも、彼との演劇話は尽きることがなかった。

世一さんは韓国人だ。でも、日本語がペラペラ。
そして、彼のほうが僕より
日本の伝統芸能を深く語れるということはどういうことだ?

僕はあまりに歴史を知らなさすぎる。
韓国のことも。日本のことも。
歴史を知らないということは、隣の友人へ、
握手のための手を差し出さないということに等しい。
でも、世一さんは、僕が出しそびれた手を、
強引に掴んで握手の仕方を教えてくれた。
その手はとても熱い、情熱的な手だった。
握られた僕の手が真っ赤になるくらい力強かった。

握手とは本来はこうあるべきなのだ。
僕は、日頃、
なんと弛緩したコミュニケーションをやっているのだろう?

2007年12月26日
 ■  韓国の劇団を手伝う

12月の18日19日24日と、
新宿・タイニイアリスに来る韓国の劇団を手伝うバイトをした。
日本語という参入障壁に守られている、
演劇なんつードメスティックな産業に片足突っ込んでる者としては、
時には、世界とか国際とかアジアとか、
そういう景色を見たくなることもあるんだ。
高校受験以来さっぱり起動させていない、英語脳味噌を強引に立ち上げ、
僭越ながら、日本代表お手伝いとして、新宿2丁目へと臨んだわけです。

韓国人は、それなりに仕事がテキトーで、
養生もせずにガムテープをいろんなところに貼りまくったりして、
サムスンは大丈夫なのか?と思わずにいられなかったが、
それでも愛想笑いの日本人とは違う屈託のない笑顔を見せる、
(単に俺の脳内に韓国人の表情DBが蓄積されてないから見抜けないだけ
かもしれんが) 素敵ないい奴らだった。
少なくとも、一緒にキムチを食う程度の国際交流はしたよ。松屋で。

彼らの芝居は、アリス・オーナーの好みもあってか、
どちらも、閉塞的状況からの脱出をモチーフにした作品で、
どちらも暗く、物語の遠景に豊かになって不幸になった隣国が見えた。

韓国、お前もか!

でも、
物質的繁栄をただ嘆いて見せれば、
それは、この時代に対して、誠実なのだろうか?
それは、誠実に見えて、もっとも安易なやり方ではないのか?
そんなことを通訳越しに(さすがにこれは英語では言えなかった)話したけど、
果たして伝わっただろうか?伝わったとして、正しく伝わっただろうか?
その前に、字幕なしで見た韓国演劇をこっちこそ理解できていたのだろうか?
ここでもwall of languageが立ち塞がるのであった。

兎にも角にも、直接関わらなければ見えない問題が見え、
普段は考えない問題を考えた。
そうやって、人生は問題で埋め尽くされて、問題に窒息していくのだろう。