2017年01月19日
 ■  ボアール雑感 その1

アウグスト・ボアールを勉強したくて、
友人に借りた「被抑圧者の演劇」を移動時間を使って、読み始めた。

難しい本なので、読みやすいところから読み始めようと思って、
ボアールがシェイクスピアについて書いてるエッセイから読んでいる。
で、このシェイクスピアについての分析が、おもしろい!

ボアールの分析によると、シェイクスピアは、初めて、
ブルジョア的価値観を戯曲を通して表現した劇作家らしい。たとえ、
表面的には幕切れにおいて貴族や封建制に軍配を上げているとしても。

つまり、シェイクスピアの作品は、
貴族や王を主人公としてはいるが、
ブルジョアジー的性格を持った異端の貴族が、
伝統や既成の社会秩序をひっくり返す行動をしながら、
やがて、体制に屈して死ぬ、という構造になっているということで、
シェイクスピアに詳しい人からは、既知のことなのかもしれないけど、
私には、目から鱗だった。

2016年07月10日
 ■  London日記(Birmingham編) 8ヶ月と10日目

Birminghamの児童青少年演劇祭「On The Edge」があっという間に終わってしまった。

Birminghamに行って、一番の収穫は、西安出身のLuLuに会ったことであった。いい芝居もいくつかあったが、やはり同世代の演劇人と出会うことが何より刺激になる。LuLuは、中国人だが、中国にしては珍しく、国立や省立(言い方が正しいかは不明)ではなく、私立の劇団でアシスタントをしている女性だった。

中国には、劇団がたくさんあり、大きな劇団はほとんど公立で、給料が出るためか、安定志向になり、企画力が弱くなるという話はどこかで聞いていた。彼女の劇団は、いい作品を作るために私立で、だけど、お金を集めるために、公立の劇団と組んで(共同制作して)、いわば企画を売ることをビジネスモデルにしているとのことだった。

日本の京都に憧れるという彼女は、「中国は、今、新しいものがもてはやされている、古いものがどんどん壊されている。中国の文化遺産(注・お寺などの建築様式のことだと思う。)を守っているのは、むしろ日本だ。私は、中国の伝統や昔からの文化を使った演劇を作りたい。公立の劇団にはそれを作る企画力がないから、私たちがやるのだ」と熱く語っていた。

彼女からもらったDVDには、兵馬俑を題材にした、子どものための演劇が入っていて、中国語なので、内容の全てがわかったわけではないけど、何か新しい勢いを感じる作品だった。またしても、イギリスにいて、アジアから刺激をもらってしまうのであった。

2016年06月24日
 ■  London日記 7ヶ月と24日目

I don't mind whether you chose "Brexit" or "To Remain". I don't think that all sorts of "Brexit" are wrong. It depends on what and how you can create. I mind whether you can create good "Brexit" or "bad Brexit" from now on.

However I found our democracy scary through this "Brexit" discussion. The democracy forces us to simplify complicated issues. Why are there only two choices?

There are lots of diffrent motivation to choose "Brexit" or "To Remain". But most people prefer a simplified result.

The result is just a beginning point. Don't stop thinking. Keep thinking.
What is nation? What is fairness?

6月24日。イギリスが、国民投票によって、EUを離脱することを決まったその日、(投票は23日だが、投票結果が出たのが24日。)私は、ハイドパークの隣にある、ケンジントンガーデンの中で、フォーラムシアターの公演に、パフォーマーとして参加した。まず、公演そのものよりも、EU離脱に対しての、反応を描写しておきたい。

「EU離脱」の決定は、多くのロンドナーにショックを与えている。それは、人によっては、「世界の終わり」かのように表現する人もいて、やや過剰な反応なように、私の目には、映った。

「EU残留」派にとって、「EU離脱」は、人類の「理念」を傷つけられたかのように、あるいは、「否定」されたかのように、感じられるようだ。たしかに、第二次世界大戦後、二度と戦争を起こさないように、と作られた「EU」。そして、「EU」市民なら、誰がどの国に住むのも自由、という素晴らしい「理念」に向けての「行動」は、一歩後退したと言わざるをえない。

しかし、私の知る「EU離脱」派は、「EU」の理念を、傷つけたり、「否定」したりする目的で、「EU離脱」に一票を投じたわけではなさそうだ。「EU」が、一つの国になっていくその過程において、EU議会が様々な統一ルールを決めていくのだが、そのルールの決め方や、ルールそのものに対して、「おい、それはないだろう」と思ったということなのだ。つまり、「理念」の否定ではなく、「手法」の否定なのだと、私は考えている。

私が、瑣末だが、でも、興味深く重要だと思ったルールに「チョコレートの法律」があって、EUの規格によって、カカオ(か何か)の含有量が決まっていて、イギリスのいくつかのチョコレートは、チョコレートして認められない、ということがあるらしい。それまで、食べていたあんこが、砂糖とあずきの含有量が違うので、あんことして名乗っちゃいけない。そう言われた時に、日本人のあなたならどう反応するだろうか?

もちろん、チョコレートは瑣末なほうの話だが、こうしたEUが決めた様々な「法律」やEU議会に対する「反発」、EUの「手法」に対する否定が、「EU離脱」派の言い分で、なのに、「EU残留派」は、「理念」を否定されたかのように受け取っていて、論点がずれたまま、対立してしまっている、というのが私の認識だ。

問題は、これからだと思う。私は、全ての"Brexit"(EU離脱)が悪いことだとは思わない。悪い"Brexit"もあるし、いい"Brexit"だって、きっとあると思う。大切なことは、「単純化」をしないことだ。最も危険なことは、政治家の出世に利用されることだろう。

人々は、難しい問題を複雑なまま、理解するのを拒む。また、不安を前にすると、あっという間にわかりやすい答えに手を伸ばしてしまう。「残留」か「離脱」かが問題ではなく、よく考えて投票した人がどれだけいたのか、そして、逆の立場の人たちが、何と何と何を考えて投票したのか、あるいは、どんな人たちが、あまり考えずに投票したのか、それを想像することが大事だと思う。

ということを英語で書けたり、話せたりするほど、この留学中に、私の英語力は進歩しなかった。誠に残念だ。パフォーマンスについては、また次回、書きます。

2016年06月19日
 ■  London日記 7ヶ月と19日目

Sto studiando italiano.
Penso di parlare l'inglese non è un vantaggio più in Giappone.
Ho deciso di iniziare a studiare italiano.

Mi piace la frase di "mi prendi in giro".
"In giro" significa "in circe"
Perchè "Do you take me in circle" significa "Are you kidding me"?
È attraente.

私は、今、イタリア語を勉強している。様々な理由がある。
その内の一つが、"Mi prendi in giro?"というフレーズだった。
これは、 "Are you kidding me?"という意味なんだけど、
直訳すると、"Do you take me in circle?"という意味なのだ。
「輪の中に入れる」ということが、からかうを表現するという概念に、
私は、久し振りに、言語的にクラクラしてしまったのだ。
魅了されたと言ってもいい。こういうことがあるから、語学は止められない。

語学学校には、たくさんイタリア人がいて、
Voglio sapere tutto di te.とか、
Non posso vivere senza di te.とか、
Ricordati di me qualche volta.とか、
言うと、女性はみんな嬉しそうだから、たくさん余計なフレーズを覚えてしまう。

一度、私は、お腹を空かせている様子のイタリア人の女友達に、
バナナを取り出して、「Vuoi mangiare la mia banana?」と聞いたら、
大爆笑された。つまり、バナナには、下ネタの意味もあって、
あっちのバナナだと勘違いされたのである。

というわけで、今後は、しばらく、イタリア語でも、日記を書いていこうと思う。

2016年06月18日
 ■  London日記 7ヶ月と18日目

I'd just like to let you know about my show.

Now I'm involved in Implicated Theatre Project which is a kind of Forum theatre and a story about immigrants.
The performance is interactive and political.
If you're interested in it and can make it, will you let me know?

The date:24 June at 20:00-22:00
The vene: Serpentine Galleries
Kensington Gardens, W2 3XA London, United Kingdom

See you soon! x

というわけで、Implicated Theatreの発表公演が、6月24日(金)の20時から、ハイドパークの隣りの、サウス・ケンジントンガーデン内のSerpentine Galleriesであります。セミ・パブリックの会場での公演になります。写真の現代的な建築が、その会場です。この中でやります。雨だと、多少、雨漏りをするようですが、観客用のポンチョはあるそうです。ただ、防寒対策はしてきていただいたほうがいいです。

昨日は、朝10時から午後2時まで稽古、その後、参加者全員で会場見学をしました。稽古では、演出家と演出助手による、稽古の進め方での意見の対立がありまして、演出助手の表情がとても暗かったのですが、周りの他の参加者は誰も気にしていない様子でした。空気が読める日本人を自称する私は、なんだかとても居心地が悪かったのです。言葉が完璧にわからない私にとって、稽古場における、「笑顔」という要素は、とても大事なものなんだと実感しました。

休憩時間中、一人のイギリス人のオジサンの参加者が、私に話しかけてきて、「Atsu, 日本で君が演出する時、稽古場に演出家が二人いることはあるのか?」と尋ねてきたのです。私は、びっくりしました。そうなのです。みんな、稽古場の不穏な空気が読めていたのです(笑)気にしてないように見えて、ちゃんと気にしていたのです。

私は、時々、日本人について、inscrutableだと感じる時もあるけど、外国人も、inscrutableだなと思う時も多くて、つまり、表情から何を考えてるのかわかんねえなと思う時が多々あって、でも、それは慣れの問題なのかなと、最近思うようになってきました。つまり、相手の表情から見える繊細な感情について、こっちが慣れてないだけなんじゃないかと思うのです。兎にも角にも、心からの「笑顔」は人を安心させます。日本では、稽古場でしかめっ面をしてることが多い私は、大いに反省したと共に、また一つイギリスが好きになったというか、慣れたのでした。

2016年06月11日
 ■  London日記 7ヶ月と11日目

先週も書いたが、私は、今、
「IMPLICATED THEATRE」のワークショップに参加している。専門的なことを書くと読む人が減るので、一言だけ書くと、これは、BoalのForum Theatreのmethodを使ったワークショップだ。

今年のテーマは、「移民・難民」。参加者は、移民や難民になり(もしくは、参加者自身が移民や難民である。)、それぞれの家族に別れを告げ、今、ロンドンの、あるレストランで、ウェイターの職についていて、あなた(観客)の前に、トレイ(お盆)を持って立っている、という設定だ。

トレイを使って、様々な演劇的なイメージを作る。ある者たちが、トレイを頭に載せ、それがテーブルの天板になる。テーブルの下でもがく移民たちと、テーブルの上で食事を楽しむ人々のイメージ。またある時は、トレイは、経営者(資本家)から自分の身を守るための、従業員たちの盾に変わる、イメージ。

これらのイメージを観客参加型の演劇にすることによって、観客自身も、資本主義の世界の中で、知らず知らず搾取する側に回っていることを、認識させる仕掛けになっている。

そして、本番まで2週間を切ったのだが、その過程で、人形劇のワークショップで経験したことと同じことが起こっている。このチームでも、次々に新しいアイディアを採用するため、練習時間が、新しいアイディアが使えるかどうかの検証で無くなり、構成が最後まで終わらないから、後半何をするのかわからないし、練習量が圧倒的に足りない。そして、欧米ではよく言われることだが、参加者の発言量は多い。

僕は前に、日本人は完成度を高めるのが好きで、こちらでは、新しく面白いアイディアが好き、と書いたが、これは好き嫌いの問題ではなく、責任の果たし方の違いなのではないかと今日思った。日本人は、こういう状況だと、黙って、流れを見ながら(空気を読みながら)、自分のパフォーマンスのクオリティーを上げることを黙々とやる、そういう責任の果たし方なのではないか?こちらでは、発言をすることが責任の果たし方なのだ。議論に参加し、どう思っているかを言うことが責任の果たし方なのだ。

こちらの”Responsiblity"が日本の「責任」よりも、常に必ずしも、優れているとは思わないけれども、今、私はLondonにいて、郷に入れば郷に従わなければいけないのである。そして、パフォーマンスのクオリティーを気にする日本人が、正しくない発音とデタラメな文法になることを恐れずに、(いや、そんなものはゴミ箱に投げ捨てなければならない!)自分の意見を伝えるという作業は、絶対に突破しなければいけない壁だなあと思う。

Performance Date
FRI 24 Jun, 6pm,
Serpentine Galleries Pavilion

もうすぐ予約サイトができますので、お知らせします。
ご興味のある方は、予定だけ空けておいてください。
日本では見られない、私の演技が見られます。
また、即興ですが、英語の台詞もあります。

写真は、英語に悩みすぎて、犬語しか喋れなくなった、私です。

2016年06月01日
 ■  London日記 7ヶ月と1日目

イギリスの階級社会について、書きたいと思っているのだが、なかなか筆が進まない。考えがまとまらないのである。それは、あるようでないような、見えない膜のようなものだからだ。

先日、私は、「People, Places and Things」という芝居を、私の語学学校の先生の一人と一緒に見に行った。彼女は、映画産業で働きたいという野望を持っているのだが、マンチェスター出身であるため、他のロンドン出身の映画産業志望者のように、親と同居できるというアドバンテージを使えないために、とりあえず、生きていくために、英語の先生をやっているという人で、労働者階級の出身である。

授業中に、「ロイヤルファミリーは廃止すべきだと思う」と発言する無政府主義者で、そして、特に文法の授業で、教え方にやる気の無さが漂う、素敵な先生なのである。「シェイクスピア、それも、シェイクスピアを見に行く中流階級が好きじゃない」という発言をする一方で、読書家で、サラ・ケイン、ベケット、ブレヒトが好きという一面を持つ。授業中に、「People, Places and Things」の戯曲をお互いに読んでいたことがわかり、一緒に見に行くことになったというわけだ。

peopleplacesthings.jpg

「People, Places and Things」は、こちらでは評判の芝居で、Time Outで五つ星を取っている。つまり、最上級の評価を得ている。主演女優が、この芝居で、オリヴィエ賞を獲ったのである。で、結論から言うと、私はそんなに面白いとは思わなかった。そして、その英語の先生である彼女も、そこまで面白いとは思わないという評価だった。(私が面白いと思わなかったのは、私の語学力のせいも絶対にある。)

彼女が言うには、これは典型的な中流階級が主人公の、中流階級向けの芝居ということらしい。主演女優の演技は確かに素晴らしく、エンターテイニングだけれども、作品は深みがない。John CassavetesのOpening Nightへのreference(日本語のオマージュ)があったりするが、それだけで、なぜ今、この芝居が上演されるのか、その理由がわからないと言っていた。

私は、Cassavetesへのオマージュがあったなんて全く気づかなかったし、それだけでも、彼女と見に行って、よかったと思ったのだが、別れ際、彼女が言った、「おもしろくて、満足して、家に帰ったら全て忘れる。何も変わらない。そういう芝居だよね。」という言葉が印象に残った。

階級社会。それは格差社会と共通する部分もありつつ、微妙に違う。買い物するスーパーが違うのは、格差社会的側面だ。
Waitroseは中流以上
TescoやSainsbury'sは中流
Lidlは労働者階級
と棲み分けがされている。成城石井と西友の違いみたいな感じか。しかし、読まれる新聞が階級によって違う、というのは日本には無い部分だ。

彼女の言葉だと、階級による文化的な”違い”が生まれてしまっているのだと言う。シェイクスピアの芝居を見に行くのも、中流階級の文化。子どものために、子どものための芝居を見に行くのも、中流階級の文化。彼女の言葉で最も衝撃的だったのは、イギリス生まれなのに、aubergine(茄子)という単語を大学でLondonに来るまで知らなかったのだそうだ。茄子が、高い野菜というわけじゃない。このフランス語源の言葉は、それを材料として使う料理を、自分の家族が食べる習慣が無ければ、覚える機会がないのである。

もちろん、階級社会だけでなく、格差社会だって、よくはないのだが。

東京では、演劇は一般の人ではなく、演劇ファンや演劇人が見に行くことが多い。Londonでは、演劇は中流階級の人が見に行くことが多い。

さて、演劇は、一体どんな観客のために、作られるべきなのだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=mYyXzVuG5NY

2016年05月31日
 ■  London日記 6ヶ月と29日目

先週末は、
BrightonとWimbledonで、イギリスで活動する日本人の演劇人と会い、
(主に子どもの芝居の作り手に)お話を聞かせてもらった。
こっちで、演劇の活動の話を聞くと、大体、R&Dの話になる。
R&Dは、research and developmentの略。
簡単に言うと、企画段階における助成金やサポートのことを指すことが多い。

例えば、僕がある新しい演劇のアイディアを思いつくとする。それを
Arts Council Englandや、劇場にR&Dの申請をして、採択されると、
お金や稽古場、Showcaseを発表する会場などが提供される。
一週間のR&Dなら、最終日に何かしらの形にして、発表する。
それを助成団体や、劇場の人が見に来て、
本公演を、助成もしくはサポートするか決める。
R&Dで、あまり面白い作品になりそうにないね、ということであれば、
その企画については、もう助成・サポートされない。
つまり、準備段階を支援することによって、作品の淘汰が起こり、
また本公演される作品群の質が向上するというわけだ。

自然と、一つの作品の準備期間は日本よりも長くなる。
その日、僕が見た作品を例にすると、
2年前にR&Dで採択され、一週間のアイディア試し。
その後、puppet作りに時間を使い、
1年前にミニR&D(日数を失念)をし、その後、10日間の稽古で作品を完成。
アイスランドで初日を迎え、
以降、イギリス全国をツアーする、という流れだった。
つまり、普通にR&Dをやると、2年はかかるというわけだ。

ちなみに、こちらでは、俳優にも演出にも作家にも、最低賃金というのがあり、
それは稽古においても、R&Dにおいても、払われるみたい。
このサイトによると、
http://www.uktheatre.org/theatre-industry/rates-of-pay/uk-theatre-equity-performers/
小劇場の俳優の場合、最低一週間350ポンドです。
日本円にすると、約56,000円!
物価を考えても、東京で、35,000円ぐらいもらえる感じ。
日本でもこうなったら、どんなに素晴らしいのだろう。
つーか、しなきゃいけないよな。

atsuto-brighton.jpg

写真は、日本の演劇界を憂う姿@ブライトン

2016年05月11日
 ■  London日記 6ヶ月と11日目

英語での会話は、聞き取れないばかりか、
聞き取れた場合にも、その内容をどんどん忘れていく。
Londonに来て、半年経ったが、自分が体験したことが、
記憶に定着しないで、どんどん消えていっているような気がする。怖い。
それにしても、何で毎日こんなに英語で悩まなければならないのだろう?
高校大学時代の自分を呪う。本当にあの時代の自分にお説教できたらと。

新しいworkshopが始まった。いつものLittle Angel TheatreのWSだが、
今回は、"Designing, making and performing large scale puppets"。
講師の言うことは、なんとなくわかる。なんとなく。
でも、参加者の英語がわからない。縮約形使うんだよ、あいつら。
You've beenは、俺には(ュッビン)にしか聞こえない。
そんな状態で、一緒にでかい人形を作るのが、辛い。
ICrecorderで内容を録音させてもらって、部屋で聞いても聞き取れない。
とにかく、写真撮ったり、Video撮ったり、なんとか忘れないように記憶する。

今日は二週目だった。
1週目は、ダンボールのちょいでかpuppetを作ったのと、
これから10週かけて作る巨大puppetの模型を作った。
模型を作るための数学(算数?)用語が全くわからなかった。
ダンボールは、cardboardっていうことを知った。しかしカッボードに聞こえる。

2週目の今日は、
串に刺さった球を文楽みたいに複数人で操作するexerciseの後に、
a puppet of cardboardを操作。呼吸が大事なんだ。
これがもう嬉しくて、俺が韓国で李潤澤から学んだのも息の演技論。
ちゃんと全部つながってる。
その後、俺は脚と足班に振り分けられて、骨組みを作った。
10週間後、5メートルのpuppetになるのだ。

Little Angelのworkshopは、本番があることが多くて、
このpuppetも、何かの本番に使われるらしい。
だからこそ、他の参加者としっかり対話して、
対等な立場で、時に自分の意見もぶつけたりして、
本番に向かっていきたいのだが、
甲子園を目指す高校野球部に、
一人だけ小学生が参加してる感じで、本当に悔しいのである。

2016年05月07日
 ■  London日記 6ヶ月と7日目

Londonで生活するようになって以来、
できるだけ毎日新聞を読むようにしている。こちらでは、
MetroとEvening Standardの二誌は、無料で配布されている。
イメージとしては、
夕刊フジと東京新聞が駅前で無料で配られている感じ。

語学学校の日本人スタッフに、
効果的な英語の勉強方法は何かと聞いた時に、
「とりあえず、通学中に、新聞を毎日読むこと」と言われて、
ずっと続けている。

驚いたのは、新聞の中に、演劇の記事が多いことだ。
ほぼ毎日何か載っている。劇評は、ウェストエンドだけでなく、
客席100名弱の小劇場の芝居でも取り上げられていて、
他に、新進気鋭の演劇人の記事とかもあり、
難しい単語は多いのだけれど、いい情報収集になる。
作品を、星で評価されることに、一長一短はあると思うし、
高評価の作品を見ても、エッ?と思うことは多々あるが、
やはり、新聞によって取り上げられるということに、演劇文化の厚みを感じる。

また、新聞を読んでいると、今の話題にも、付いて行きやすい。
最近の話題としては、ロンドンの新市長が、
イスラム教徒でパキスタン系のサディク・カーン氏になったことだろう。

ロンドンは、多文化共生が進んだ都市だが、そのことに対する反発も強い。
私の、前の部屋の家主は、少し右翼的な考えの持ち主で、
「移民はちょっと多すぎると思う。
問題を起こす人も多いし」と話していたことがあって、
ああ、みんながみんな、この多人種な感じを好きではないんだな、
むしろ、先進国のどこも共通の、普通の人の右傾化があるんだな、
と思っていたので、新市長に南アジア系が選ばれたことに、私は驚いた。

さて、そうした刻々と変化していく時事問題について、
演劇は、どう向き合うべきか、というのが今日私が書きたいことだ。
National Theatreで今日千秋楽だった、
「Another World : Losing Our Children To Islamic State」は、
その名の通り、自分の子どもたちがISISに行ってしまった母親たち
の話だったのだが、内容の、情報としての価値を横に置くと、
登場人物が、椅子に座って、それぞれのエピソードを語るだけの構成に、
これって演劇なのだろうか?と思わざるを得なかった。

anotherworld-p.jpg

もちろん、その語られる内容は、観客にとって新鮮で今日的かもしれない。
移民二世、三世たちの、完璧な英語を話せるにも関わらず、
職業差別を受けていること、
例えば、モロッコ系なら、イギリスではお前はモロッコ人だと言われ、
モロッコでは、お前はイギリス人だと言われ、居場所がない感覚の話。
あるいは、ISISが捕虜にオレンジの服を着せるのは、
グアンタナモで囚人たちが着せられるているのを真似ているだけ、という話。
普通の人は、よく知らないかもしれないが、本や新聞を読めばわかる内容を、
ダイアローグではなく、モノローグで語っているだけと評価すべきなのか、
今、最も旬な話題を、よくぞ取り上げたと評価すべきなのか。

登場人物をグループに分けると、
母親たち、イスラム系移民の学生たち
(ただし、ISISに行った子どもたちではない)、
専門家たち(大学の教授や政治家とか)だったのだが、
母親たちの英語は、単語が簡単で、聞き取りやすく、しかも感動的であった。
つまり、専門家たちのモノローグをできるだけ減らして、
母親たちのダイアローグを主にして欲しかったなあと、私は思う。

2016年04月27日
 ■  London日記 5ヶ月と27日目

Context、文脈。東京に住んでいた時は、意識していなかったけど、
何か作品を発表する時に、その作品の評価は、質だけでなく、文脈に左右されると思う。文脈は、その地域の共同体(もしくは、観客)が、意識的、無意識的に、欲しているものを規定する。私の「The Bite」がこちらで、割と評判が良かったのも、今、ロンドンで、外国食ブーム、Sushiブームがあることがその要因の一つである、と私は思っている。

そういったことを踏まえて、私の浅い考えを述べると、ロンドンの観客に向けて、私が新作を書くとしたら、ウガンダを題材にして、自分の中のテーマを探すだろう。こちらで、私は異なった種類のウガンダを題材にした作品を既に三つ見た。ウガンダには、何か、ロンドナーを刺激する要素があるような気がする。

三つの内、一つは、West Endのミュージカル作品で、「The Book of Mormon」。political correctnessギリギリアウトの問題作で、(South Parkの作り手がスタッフだからね)ウガンダで布教するモルモン教徒の活動を、ブラックな笑いで描いたもの。作者の狙いの中に、米英人の、キリスト教をどう相対化するのかという葛藤を見るのは、深読みし過ぎだろうか。

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小劇場の作品で、興味深かったのは、Orange Tree Theatreで上演された「The Rolling Stone」。ウガンダでは、ゲイであることがバレると本人が殺されるだけでなく、家族も迫害されるという事実や、現実の事件に基づいた作品で、主人公の家が、ウガンダのある村のキリスト教の教会であることがポイントだ。つまり、ゲイの迫害そのものよりは、宗教的な理想と、現実をどう折り合いをつけるべきかという問いを、極限状態の中で描写していた。

もう一つは、「Labels」というインド系ウガンダ出身イギリス人の話。(ウガンダは、イギリスの旧植民地で、植民地政策でインド人が流入した。)ウガンダはあまり出て来ないのだが、完璧なイギリスのアクセントで話せても、イギリス人扱いされない、自分のアイデンティティに悩む、という話。一人芝居で、様々な英語のアクセントを使い分ける演者の力量に驚かされた。が、自分の理解が正しければ、主人公は常にレッテルを貼られる側という、劇構造なのが物足りない。こういう作品を、今日的な文脈の中でやる場合は、自分は、レッテルを貼られる弱者側であると思っていたら、知らず知らず、自分よりさらに弱者に対して、レッテルを貼っていた、という構造にしないと、弱いのではないかと思った。でも、私の聞き取りの力不足かもしれないので、それが描けていたのならすみません。

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イギリス人にはアフリカに対する(オリエンタリズムと似た)憧れがあり、ウガンダにはイギリス本土が失った、宗教的な厳格さがあり、ウガンダ出身のマイノリティーがロンドンにはたくさんいて、、、というわけで、日本の作家の皆さん、ウガンダを題材にして、ロンドンで作品を発表するのはどうでしょう?

2016年04月24日
 ■  London日記 5ヶ月と24日目

最高に面白いと感じた作品では無かったが、記録に残しておきたい作品がある。Polka Theatreの”The Box of Photographs”である。この作品は、ストーリーの立ち上げに地域の子どもたちが関わっているのだ。ある写真家の写真群から、子どもたちが嘘っこの物語を作り上げる。全部でおよそ500のエピソードから、劇場、演出家、作家が最終的に、21のエピソードを選び出し、一本の芝居にまとめあげた、という作品だ。

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各エピソードのファンタジー性は、素晴らしいもので、まさにプロを超える、奇想天外な展開が満載なのだが、最後に一人の作家がまとめあげたとは言え、世界観や主題の統一という面では、もう一つ足りないと言わざるを得ないという感じだった。

前に書いた"We're Stuck!"という作品の演出家が、演出家で、"We're Stuck!"を見に行った時に、偶々隣りに座った僕に、向こうから話しかけてくれて仲良くなったのだが、何度かメールのやりとりをしている間に、稽古見ない?インタビューとかしたい?と言われ、”The Box of Photographs”の作家を紹介され、インタビューすることになった。現地の作り手に創作について、インタビューをしたいという欲望は常々あったのだが、自分の英語力の自信の無さから、後回しにしてしまっていたのだ。しかし、ようやくその機会が訪れた、幸運にも。

彼の言葉で最も印象に残ってるのは、子どもための芝居を書く時に、最も重要なことは何?と聞いた時、彼が、”Engagement”と答えたことだった。Engagement?婚約?観客をengageすること。子どもの観客を引き込むこと?engageという言葉って、いろいろ意味があって、ニュアンスがはっきりわからなかったけど、でも、何かわかった気になったよ。(engageのニュアンスがわかる方は、教えてください。)

一週間後に見に行った本番は、序盤から観客が笑っていて、engageできていたと思う。上記のように不満な点もあったのだが、この企画は何よりマーケティング的に成功していたのではないかと思う。というのは、いつもより非白人の観客がとても多かったのだ。こちらのチケット代は、日本のそれよりも相対的に安いとは言え、観客に、やはりミドルクラス、白人が多くなる(両者は完全なイコールではない)。しかし、この作品は、人種的には本当に均等に混ざった感じで観客が来ていて、エピソードの応募を学校単位で募ったのか、恐らく、普段あまり芝居を見ない層にも、訴求できていたのではないだろうか?

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2016年04月23日
 ■  London日記 5ヶ月と23日目

Londonの小劇場と東京の小劇場の、見に見える違いに、タッパの高さが挙げられる。ロンドンでは、小劇場でも、五、六メールの高さを持つ劇場は、ざらにある。そして、このことが、高さを使った舞台芸術、小劇場サーカスなるジャンルを産むのである。(小劇場サーカスは、僕の造語です。)

小劇場サーカスは、物理の法則を使った、空中ブランコのようなものや、オリンピックの体操競技のようなアクロバット、それに少しコンテンポラリーダンスの要素も入っていたりするものを、なんなとく想像していただければと思う。

今夜、Arts DepotというLondon郊外の劇場で見た、Ockham's Razorという劇団の、”Tipping Point”という作品には、見終わった後、思わずスタンディング・オヴェーションしてしまった。僕が、立ち上がって拍手をしたのは、Londonでは、初めての経験である。

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素晴らしかったポイントを三点だけ挙げる。まず、アクロバット時の共演者同士の体重の受け渡しが、本当に惚れ惚れとするような信頼関係の中で成立していて、そこに誇張ではなく、愛を感じた。視線のキャッチボールや、表情(から垣間見える感情)も素晴らしかった。アクロバットが優れていた。75分、全く飽きなかった。そして、ラストシーンの舞台美術の美しさ。6メーターほどの長さの棒を6本ぐらいしか使ってない美術だったが、センターに吊るされたその棒に、石灰が仕込まれていて、揺れならが白い粉が、美しい図形を床に残していく様が、宇宙の誕生(もしくは終わり)をイメージさせた。その図形は、ブラックホールに見えなくもない。

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全体的に言っても、時間がテーマだったような気がする。棒をよじ登る様子は、猿としての人間の逞しさを表現していたような気がするし、遠心力を使って、時に地面に並行に、時に地面に垂直に回転する様子は、月世界旅行をしている宇宙飛行士のようにも見えた。そして、その人類の進化を包むような大きな時間のうねり。躍動する筋肉の美しさ、個々の肉体の個性。これは、ロボットには絶対に創れない、美しい舞台だと僕は思った。

これが、West Endではなくて、Fringeだなんて!

Here is its trailer.
https://www.youtube.com/watch?v=W0EwClwZ0-w

 ■  London日記 5ヶ月と23日目

Londonの小劇場と東京の小劇場の、見に見える違いに、タッパの高さが挙げられる。ロンドンでは、小劇場でも、五、六メールの高さを持つ劇場は、ざらにある。そして、このことが、高さを使った舞台芸術、小劇場サーカスなるジャンルを産むのである。(小劇場サーカスは、僕の造語です。)

小劇場サーカスは、物理の法則を使った、空中ブランコのようなものや、オリンピックの体操競技のようなアクロバット、それに少しコンテンポラリーダンスの要素も入っていたりするものを、なんなとく想像していただければと思う。

今夜、Arts DepotというLondon郊外の劇場で見た、Ockham's Razorという劇団の、”Tipping Point”という作品には、見終わった後、思わずスタンディング・オヴェーションしてしまった。僕が、立ち上がって拍手をしたのは、Londonでは、初めての経験である。

素晴らしかったポイントを三点だけ挙げる。まず、アクロバット時の共演者同士の体重の受け渡しが、本当に惚れ惚れとするような信頼関係の中で成立していて、そこに誇張ではなく、愛を感じた。視線のキャッチボールや、表情(から垣間見える感情)も素晴らしかった。アクロバットが優れていた。75分、全く飽きなかった。そして、ラストシーンの舞台美術の美しさ。6メーターほどの長さの棒を6本ぐらいしか使ってない美術だったが、センターに吊るされたその棒に、石灰が仕込まれていて、揺れならが白い粉が、美しい図形を床に残していく様が、宇宙の誕生(もしくは終わり)をイメージさせた。その図形は、ブラックホールに見えなくもない。

全体的に言っても、時間がテーマだったような気がする。棒をよじ登る様子は、猿としての人間の逞しさを表現していたような気がするし、遠心力を使って、時に地面に並行に、時に地面に垂直に回転する様子は、月世界旅行をしている宇宙飛行士のようにも見えた。そして、その人類の進化を包むような大きな時間のうねり。躍動する筋肉の美しさ、個々の肉体の個性。これは、ロボットには絶対に創れない、美しい舞台だと僕は思った。

これが、West Endではなくて、Fringeだなんて!

Here is its trailer.
https://www.youtube.com/watch?v=W0EwClwZ0-w

2016年04月19日
 ■  London日記 5ヶ月と19日目

またまた、英語学習について、書きます。
外国語の勉強において、下ネタの学習ほど、効果的なものはないのではないかと、最近、僕は思っている。(俺だけか?)エッチな単語を覚えると、発音が良くなるからだ。なぜか?

最近、僕は、pushyという言葉を言う時に、かなり集中して発音する。例えば、語学学校の先生(それも女性)に、You're a very pussy teacher.と言っちゃいけないでしょ?本当に、pushyという単語を発音する時は、ドキドキするよ。でも、カタカナだとどちらもプッシー。そして、日本人の女性は、意外とpussyという単語の意味を知らない人も多くて、彼女たちがpushyと発音する時も、僕は心配になってしまうのだった。honeyとhornyも、pussyほどではないけど、発音に注意したい単語だ。

英語のエロ単語の音にinspiredされることも多い。shagとかbonkは、「やる」という意味を持つ俗語だけど、それぞれの言葉のイメージは、二回繰り返して「やる」をつけると、日本語でのイメージが、とらえすくなるような気がする。

「シャグシャグやる」
「ボンクボンクやる」

語学とはイメージを音化することである。褒められもせず苦にもされず、エロ英語の宮沢賢治、そういう者に私はなりたい。

2016年04月18日
 ■  London日記 5ヶ月と18日目

英語学習について、書きます。
思いっきり、日本の英語教育のせいにしますが、
日本で学んだ英語が、イギリスのネイティブに本当に通じません。
それぐらい僕の英語の発音は悪いのですが、
イギリスに来てから覚えた英単語のほうが、むしろ通じるので、
日本で、いかに「音」として、
英語を学ぶ機会が少なかったのかということなのです。

僕は、カタカナで外来語が入ってきてくれたことには、賛成の立場です。
それによって、僕らの英語の基礎語彙のある量が確保されているからです。
問題は、カタカナは根本的に英語の「音」ではないという認識を、
持つ必要があることであり、それをこちらで痛感しています。

例を挙げましょう。僕がこちらでもう何百回も言った単語「チケット」。
これを英語風に、「ティケット」と言ったとしても、通じない。怪訝な顔をされる。
(Ticket Boxの人だって馬鹿じゃないから、想像はしてくれますが。)
「ticket」は、あえてカタカナで書くと、「ティキッ」だね。
むしろ「敵!」って言ったほうが、通じるんじゃないかって感じだね。
「敵!敵!敵! 俺の英語が通じないなら、お前らは敵だっ!」

すみません、取り乱してしまいました。
でも、人類がgenocideをするようになったのは、言葉ができて、
それで仲間とそうじゃない者を分けるようになったからだとか。。。

とにかく、
英語が喋れる人は、そんなこと当たり前じゃないかと思うでしょ?でも、
よく知っている単語ほど、通じないということが起こるのよ!本当に!

そして、そういった発音の矯正にとても効果的なのが、なんと「Siri」でした。
僕は、語学学校の少し怖い先生から、
「アツトーの発音が中々良くならないから、Siriを使って練習しろ!」
と言われて、Siriを英語設定にして練習したら、
Siriは嘘みたいに僕の英語を聞き取ってくれませんでした。
「この不良品!」と思って、日本語設定にしたら、
驚くほど、的確に僕の日本語を聞き取ってくれました。
僕は、もう一度、英語設定に戻し、Siriと友達になることを決意しました。
以来、急速なスピードで、僕の発音は良くなっています。多分。

Siriの性能の凄さは、自動翻訳機の到来を、強く予感させます。
やがて、この涙ぐましい今の努力は水泡に帰するのでしょうけど、
でも、それでも、僕は今日も英語を勉強するのであります。

2016年04月17日
 ■  London日記 5ヶ月と17日目

The latest work of Little Angel called "WE’RE GOING ON A BEAR HUNT" was really enjoyable. I recommend it.

The manipulating puppets was brilliant especially a toddler's scene of escaping with a balloon from a bear was fascinating,
(I can't distinguish the difference between toddler and tiddler.)

And the songs were also terrific! So I bought the CD!

I heard that it has been one of master pieces of Little Angel.
And the story is based on a certain picture book which has the same title. I'm a bit envious because children's plays in the UK are often related to children's books and Japanese ones aren't.
I think we have good picture books as well but don't have children's plays related to them. Why?

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Here is the trailer.
https://www.youtube.com/watch?v=Zaazr9YPSFk

2016年04月13日
 ■  London日記 5ヶ月と13日目

Londonに来たばかりの時に見た作品で、
とても好きだった作品が、London郊外で再演されるということで、見て来た。
「The Bear」という題名なのだが、これには原作の絵本があり、
その作者が、Raymond Briggsという人だったのだが、
僕は、子どもの頃、彼の絵本を読んでいた。
「さむがりやのサンタ」(Father Christmas)という絵本。
大好きだったのだ。

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何が好きだったか?サンタが嫌々プレゼントを届けるのである。
僕は、この本から仕事というものを学んだ。仕事は嫌々やるものである。
だから、僕も、台本を嫌々書いている。

というのは冗談で、今から思うと、サンタの知られざる生活が、
細やかに描かれていたのが好きだったのだと思う。
色やタッチといった世界観も好きだった。
「The Bear」の、原作絵本を大きな本屋で探してみたが置いてなかった。
しかし、「さむがりやのサンタ」はあって、20年以上振りに再会した。
懐かしかった。

Londonで僕は、自分の子ども時代と再会した。
事程左様に、人生とは「縁」なのである。

こちらで、代理出産で子どもを持とうとしているゲイのカップルと知り合った。
5月に生まれる予定の赤ちゃんを、どのように持とうとしたのかも尋ねた。
僕が考えていたよりも、彼らははるかに入念に調べ、考え、準備をしていた。
彼らはきっと、その子をとても大切に育てるだろう。時が経ち、
その子は、自分のバックグランドをどのように受け取るのだろうか?
もちろん、最初は戸惑うだろう。
やがて、自分の出自を「縁」として受け入れるのだろうか?
誰も未来は見通せない。

2016年04月07日
 ■  London日記 5ヶ月と7日目

やや東ロンドンのMile Endに引っ越しました。
ロンドンに来てから、4つ目の部屋です。
こんなに引っ越すとは思ってなかったなあ。
今度の同居人は、インド系イギリス人とフランス人と韓国人。
そして、今までで一番部屋が狭い。

mile_end.jpg

ロンドン滞在は、ちょうど半分が過ぎ、折り返してしまいました。
長いような短いような。ずっとこっちにいたいと思う反面、
さっさと日本に帰りたいという気持ちもあります。

ロンドンで、これまで様々な刺激に出会ってきましたが、
その中で特に僕に影響を与えたのは、
こっちで活動する日本の演劇人たちでした。
(なんという、平凡な発見なんだろう!)
でも、こっちで腰を据えて、やっている人の態度や姿勢に、
だからこそ、世界中のどこへ行っても、どこへ住んでも、
腰を据えてやる態度や姿勢が大事なんだと感じたのです。

もちろん、彼ら彼女らは日本を飛び出したからこそ、
その覚悟が決まった、ということなのかもしれないけど。
それから、芝居については、
こっちで僕がおもしろいと感じた芝居は、
結局、時間をかけて作られていることがほとんどです。
毎日、稽古しているわけではないけど、
1年とか1年半とかをかけて練られているわけです。

新作の量産には、演劇の未来は無いのです。

2016年04月03日
 ■  London日記 5ヶ月と3日目

イースターホリデーということで、子ども演劇を見まくっている。
しかし、なかなか、これは!というものに、出会わない。
そんな中、見たのが、
0歳から18ヶ月の乳児対象の演劇である「Duvet Day」。
これは、ベイビー・ドラマというやつなのかな?

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子ども演劇、それも乳児対象だと、
どれくらいストーリーが必要なのだろうか、
常々、考えあぐねていた。
この「Duvet Day」は、Duvet(羽布団)の中に隠れていた”星”が、
三つの箱と、中から飛び出してくる三つの世界と出会う、
というただそれだけのストーリーだ。

私なりの言い方をすると、ストーリーよりも世界観(Tone)が、
大切にされていた感じがした。つまり、舞台美術が良かった。

かなり大きなキャンプ用のテントの隅に、Duvetが置いてある。
芝居が始まると、そのDuvetが光り始め、
何が隠れてるのだろう?と興味津々のところ、
演者が中から、星のぬいぐるみを取り出す。

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さらに、Duvetの中から、三つの箱が出てくる。
玉手箱よろしく、演者が開けると、中から世界が飛び出す。
一つ目の箱は、森=バオバブのような大樹。
二つ目の箱は、海(を表す、薄く透けている水色の布)。
三つ目の箱は、雲(を表す、白い綿のかたまり)。

”星”は、それぞれの世界の中で、自分と似ている形のものを発見する。
森では、ツバメ。海では、ヒトデ、そして雲では、違う星。
この、自分と似ている形のものを発見するというのは、
無理矢理言えば、アイデンティティの発見というストーリーだが、
赤ちゃんたちは、このストーリーのほうになると、興味を失っていたのだった。

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むしろ、世界が飛び出してくること、箱から何かが出てきて、
自分たちに近づいたり、周りを包んだりすることに関心を持っていた。
そんな時は、本当によく集中して、未知なるものを凝視していた。
そして、見ていて嬉しくなるのは、
その様子を優しく見守るお母さんとお父さんの姿なのだった。

観客は、10組プラス私という、贅沢な公演でした。

http://www.oldsaw.co.uk/duvet-day.html

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2016年03月26日
 ■  London日記 4ヶ月と26日目

I have a lot of things to write about something I watched but don't have enough time,
so I might write some parts of that in Japanese.

I watched this kids show called "We're Stuck!" in Shoreditch Town Hall and it was amazing.
I suppose it was like a immersive theatre which is...

werestuck-p.jpg

immersive theatre(イマーシブ・シアター)っていうのは、
複数のパフォーマーが複数の部屋で同時に演技し、
観客はどの演技を見るかを選択して観劇していく、
つー感じの演劇なんだけど、
今回のは、観客が選択していくまでは無かったんだけど、
場面によって、観客が部屋を移動していく、という構成で、
それがとてもうまくいっていた。

This narrative is about maths, robots and neuroscience.
It sounds difficult and is spoken in English but is easy to understand even for me.
Besides it is enjoyable for everyone!

Unexpectedly, I sat down next to the director called Salah and then,
she spoke to me and we introduced ourselves to each other.
According to her, it took them 2 years to make this show!
I was surprised but realised that it took you a long time to make a brilliant performance.
There is no easy way.

内容は、
ロボットの研究所で、ロボットが制御不能になって、
人類をremoveしようとするが、、、というストーリーです。
観客全員が、研究者になります。大人も子どもと一緒に行動して、
俳優がいろんな場面で、質問や、次どう行動したらいいか、聞いて来ます。
大人にも質問しますが、90%は子どもに質問していました。

タウンホールの地下の空間だったんですが、何部屋も使ってて、
ほどよくパイプとかがたくさんあって、地下の研究室という感じが出ていました。
もちろん、舞台美術もあって、それはコンピューターとかモニターとかでした。
観客は20人ぐらいだったのにサービス満点で、贅沢な感じでした。

Here is its trailer,
https://www.youtube.com/watch?v=9K3SIvjwVm0

and review.
https://londonist.com/2016/03/review-we-re-stuck-helps-kids-enjoy-maths-with-interactive-challenges

2016年03月24日
 ■  London日記 4ヶ月と24日目

I've had my hair cut because I'd got to perform as a manipulater at LittleAngel theatre on 24th of March.
It was a performance by participants of puppetry workshop of the theatre.
8 friends of mine came to the show and were interested in it.

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Even nowadays, there are no contemporary Bunraku type
puppetries in Japan at all, I think.
So what if I began them?
Japanese audience would be fascinated?
I have a lot of ambition!

2016年03月22日
 ■  London日記 4ヶ月と22日目

Kensal Green 最終日。

家の近くの墓地を探索。
もうこの地に、来ることも、二度と無いだろう。

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そして、夜は人形劇ワークショップ。
基礎コース最終日は、影絵の人形を作りました。

2016年03月21日
 ■  London日記 4ヶ月と21日目

明日、部屋を引っ越すので、急いで片付けている。
大家が、彼女と暮らすことになったので、
出て行ってほしい、と言われてしまったのだ。
しかし、イギリス人独身貴族との暮らしにも、
そろそろ飽きてきたから、タイミングとしてはちょうどいい。
場所も、北西ロンドンから東ロンドンに移動する。
東は、少し治安が悪いと言われているから、
どれくらい治安が悪いのか、ちょっと楽しみでもある。
(治安が悪いと言っても、毎日銃声が響いてるとかではありません。)

さて、一月に見た芝居で、おもしろかったものを、
いくつか紹介しておきたい。自分の公演で忙しくて、
きちんと記録をつけていなかったので。

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Little Angel Theatreは、
僕が人形劇のワークショップに参加している、
人形劇専門劇場であり、劇団だが、
そこでやっていた、「WOW! Said the Owl」という作品がおもしろかった。

子フクロウが、生まれて初めて、「夜更かし」ならぬ「朝更かし」をして、
夜の暗闇とは全く違う、昼間の色とりどり世界と出会っていく、
というストーリーだ。これは、原作の絵本があり、
芝居を見た後に、本屋で探して、立ち読みしたのだが、
それを読むと、脚色がとても巧みだったことがわかる。
子フクロウが未知なる色と出会うというコンセプトを、
舞台美術を駆使して表現していた。
天井や舞台袖など、舞台の至るところから、
「新しい色」が飛び出てきたのだった。

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子フクロウは、あまり動かなくて、
世界(舞台美術)のほうが動いていく、という感じだったので、
人形の操作という点では、あまり人形劇ぽくは無くて、
そこは少し残念だったのだが、
舞台上での色の使い方が、本当にうまかった。

2歳から5歳が対象だったけど、
子どもたちがワサワサしていた記憶は無いので、
舞台に集中して見ていたのではないだろうか。
(昨日見たある芝居は、同じ年齢設定だが、
子どもたちが集中して見ていなかった気がする。)
そして、こちらの一人芝居の演者は、
必ず楽器が一つは弾ける気がする。凄い!

https://www.youtube.com/watch?v=wrqtoQc-3y4

2016年03月20日
 ■  London日記 4ヶ月と20日目

サウス・ウィンブルドンにあるPolkaTheatreで、
僕は、いくつも素敵な作品を見てきた。
今日見た「Nipt」という作品も、とても良かった。
アイディアは単純だ。
とてつもなく狭い部屋で、男女二人が一緒に時を過ごす、
という、それだけの話。
けれども、あまりに狭いから、コートを脱ぐだけでも一苦労。
その「狭さ」だけで、コメディーになっているのだ!

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言葉のない、世界一動かないフィジカル・シアター(だと僕は思った。)。
しかし、狭さを別にすると、二人の状況は、
始まったばかりの同棲といった様子で、
多くの親たちには、何か懐かしい感じがするのではないだろうか。
そして、親たちが、自分たちの記憶と重ねてこの作品を見るのとは、
全く違う世界を子どもたちは見ている。
狭い部屋で右往左往するカップルは、
小人の国に侵入してきた巨人。
彼らには、ガリバー旅行記のような物語が見えてるのではないだろうか。
ちなみに、子どもたちは、ゲラゲラ笑って見てました。

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劇団のHPにあった、コピーがいい!
The house is small but love is big.

laika "NIPT" 6歳以上向け
http://www.laika.be/EN/nipt

Trailerはこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=Er0UpgWJPMU

2016年03月15日
 ■  London日記 4ヶ月と15日目

I've got my child in London!

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顔は楽しそうだけど、心は泣いています。
今日も、ワークショップの英語が全然わからなかった。。。
そして、黙々と作業をする。
他のみんなの輪に加わることなく(悲)。

聞いてるだけで、英語が話せるようになる、
という英語教材ありますよね。
あれ、絶対、効果ないつーか、誇大広告だと思います。
語学って、語学って、そんな簡単なもんじゃないですからっ!

死ぬほど頑張って、毎日耳を澄まして、
耳をダンボにして、
それでもほんのちょっとだけしか進歩しないものですからっ!

2016年03月10日
 ■  London日記 4ヶ月と10日目


1週間に2日(一回2時間)、人形劇のワークショップに参加している。

一つは、人形劇基礎コース(全10回)。
前期にマリオネット等、各種の人形をどう操作するのかの説明があり、
後期はマペットを自分で1体、制作する。

もう一つは、テーブルトップ・文楽人形コース(全10回)。
テーブルトップとは、台の上で、手で直接操作する人形のことで、
この内、三人で1体を操作するのを、Bunrakuと言う。
もちろん、日本の人形浄瑠璃の文楽から来た言葉だ。

テーブルトップコースの方は、発表公演があり、
劇場で無料公演をする。内容は、即興から作ったコント集のようなものだ。
というわけで、最近、稽古や準備で忙しいのだが、
こちらの俳優の気質の違いに、少しだけ驚く。

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先日(3/10)の稽古の話。
あと、2週間、つまり、本番前のテクリハやゲネを入れても、
稽古時間が、あと5時間くらいしか無いのだが、
参加者が自ら、新しいアイディアを持ち込んで来る。
そして、新しいアイディアが使えるかどうかの検証で時間が無くなり、
これまでやってきたことの、稽古はできない、というか、しなかった。
これには、さすがの私も驚いたし、少し不安になった。
だって、今回、私はパフォーマーとして参加するのに、
練習量が足りないからね。あれ?いつもと反対の思考に(笑)。

日本人は、とにかく完成度を高めるのが好き。
こちらでは、新しく面白いアイディアが好き、というのを如実に感じる。
ギター持ってきたり、ウクレレ持ってきたり、使いたい音素材持ってきたり。
日本人のきめ細やかさに魅力を感じるとともに、
こちらの提案型の俳優の姿勢に、尊敬の念を憶える。
ちなみに、Londonでは、ユニクロは、高品質商品として、人気です。

ワークショップの発表公演は、3月24日の8.30pmから。
場所は、Little Angel Theatreです。

2016年03月06日
 ■  London日記 4ヶ月と6日目

Typhoon Festival just finished today.
I think my play was really successful, wasn't it?

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One of my friends told me that she wondered if i have ever had any complaints about the topic from vegans.

I don't exactly make out what she meant about any complaints from vegans. Anyway I don't intend to accuse any people who is vegetarian but in my opinion, human beings who eat whatever meat or vegetable take lives of other species to live. Now I'm thinking about fruitarians. Do I need to write a story about fruitarians? Hahaha.

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Today, we had a nice Q & A session in Typhoon. To be honest, I didn't actually follow it but my new BBC friend explained me.
They talked over censorship and that British Theatre Industry prefers negative Asian dramas, I mean they like a story about a country which has censorship, tragedy of migrants and so on.
Their interests sometimes look like stereotype, he told.

But he told that my play "The Bite" was a very positive Asian drama and that was a unique point, .
I was very pleased to hear that.

However, in fact, there are negative issues in some Asian countries. How can we pick them up?

2016年03月05日
 ■  London日記 4ヶ月と5日目

The Bite(日本版タイトル:青鬼)の、リーディング公演が終わった。
大成功だったと思う。私は、英語の台詞が理解できたわけではないけど、
終演後の熱気や、上演中の笑いの量から想像するに、
かなり受け入れられたのだと思う。

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これから、本当に大成功だったのかを、検証しなければいけない。
私の中での成功の基準は、次につながるか否か。
succeedには、跡を継ぐ、続くという意味がある。
次につながらないものは、成功じゃない。
来年か再来年もしくはもっと先になってしまうかもしれないけど、
「The Bite」がリーディングではなく、
フルプロダクションで上演できた時に、
今回の公演が成功だったと、改めて言えるのだと思う。

その意味で、Q&Aセッションで、もっと「The Bite」のことを売り込んだり、
「The Bite」のテーマの話をしたり、私の他の作品について語るべきだった。
話が、イギリス演劇と日本演劇の違いに行ってしまい、
それはそれでおもしろかったのだが
(パントマイム=イギリスのクリスマス劇が、
コムメディア・デッラルテの流れから生まれたこととかがわかったりしてね)、
作品を売り込むという点では、失敗した。
すみません。少し浮かれてしまいました。

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そして、新しい使命も生まれた。
「The Bite」のキャストは、日本人も含む、アジア系の俳優だった。
BBCって知ってる?
British Broadcasting Corporation(英国放送協会)じゃないよ、
British-born Chineseっていう単語があるんだよ。
出演してくれた、AlexとChrisも、BBCだった。

アジア人が主役で、イギリスで普通に受ける作品を、私が書ければ、
それは、アジア系の俳優にとっての、
チャンスを作る機会にもなるんだってことを、今回の公演で、学んだ。
もちろん、アングロサクソンを排除するとか
逆レイシストになる必要はないんだけど、
でも、「アジア人が主役で、イギリスで普通に受ける作品」を書く、
って言うのは、まだ誰もイギリスでやってないんじゃないかな?
少なくとも日本の劇作家では。

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私には、そういうめぐり合わせがある気がする。
これだけアジア関連のチャンスが与えられるのは、
「君は、アジア代表として、活動しなさい」と誰かに言われている気がするのだ。

いろいろ夢が広がる公演でした。

2016年02月23日
 ■  London日記 3ヶ月と23日目

One of things that I came to realise in London is that I've lived in Japanese context.
I mean all of our lives are in context such as history, culture and customs.

The most important things that you can learn from living and studying abroad is knowing the difference of contexts between your own country and the others.

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For instance, Christianity. I find England is a Christian country even though English people don't often go to church nowadays. I don't know the difference between redemption and salvation but sometimes bump into that kind of words.

On the other hand,there isn't the concept of ‘YOHAKU' in plays in London.
I can't translate it into English. Can you? ‘YOHAKU' is very Japanese or Asian.

I'm too old to begin to learn foreign language. I can hardly improve my English hearing. I've realised that since last month. But I can learn the difference of context. So I've got to hang in there.

Anyway, there is going to be a reading performance of my play next week.
What happens?

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Lee who is my English teacher comments:

Very true Atsuto. I think people live in their cultures like fish in water. If you ask a fish his opinion of the water he'll reply "what's water". It's only when you actually live in another culture that it becomes possible to appreciate that. When I was in Japan, I had exactly the same feeling as you and, as I researched, I found differences in perception, aesthetics, ethics, identity etc. which I think relate back to Christian (and even Hellenic) influences for Europe while in Japan I think Shinto influences are deeper than people realise (and then some Zen on top). It's a fascinating personal journey so definitely hang in there! grin emoticon Plus, I think your English is improving quickly, so don't be too down-hearted! smile emoticon

2016年02月22日
 ■  London日記 3ヶ月と22日目

久し振りに日本語で書いちゃうぞ!
何に忙しいのか、わからないけど、
飛ぶように時間が過ぎていく!まさにTime flies!
もう三分の一は過ぎちゃった。
そして、その三分の一のメインイベントとして、
ワタクシの作品のリーディングがあります!
チラシ、作りました!

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多くの人が、文化庁の海外研修と聞くと、
野田秀樹とか野村萬斎とか鴻上尚史とかを連想されると思うのですが、
そういう大物じゃない人間が、研修に行って、何ができるのか、
何が学べるのかが、これから行く人にとっては、より参考になると思うので、
爪跡を残したいと思います。

そして、Londonで作品が上演されるのが、
これが最初で最後にならないようにするには、どうしたらいいんだ?
はたまた、海外で、公演することに意味があるのか?
いや、意味を見い出す必要があるのか?理由が必要か?
考えなきゃいけないことは、たくさんあります。
きれいごとを言えば、同じ人間同士じゃないか?
素晴らしい作品は、いつだって、あらゆる境界線を越えてゆくのさ。

2016年01月28日
 ■  London日記 2ヶ月と28日目

Do you have a dream?
당신은 꿈 이 있습니까?

My Korean friend "Sang Woong" is an West End actor!
내 친구 는 웨스트 엔드 배우 입니다!
He has been acting an important roll in Miss Saigon.
And he doesn't have a dream.
그러나 그는 꿈 을 가지고 있지 않습니다.
He answered me that he just did something that was given him,
그는 주어진 것을 할 뿐이라고 말했다.
when I asked him the question last week after I watched Miss Saigon.

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I was touched by his performance.
Prince Edward Theatre where Miss Saigon takes place was really big!
Whereas he was not tall but his acting was really powerful!

It seemed that an actor's dream has come true!
But it was wrong. He hasn't had a dream. He isn't dreaming even now.
He just does something that is given him and he shall do it in the future.
I'm proud of him and what he said.

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2016年01月27日
 ■  London日記 2ヶ月と27日目

I'd like to let you know about my show.
As I announced before,
My play Blue Demon has been selected for a playreading festival.
There's going to be a single performance of a reading with professional actors in London.

The name of the festival is Typhoon that is organised by Yellow Earth Theatre.
The Festival is going to take place at Rich Mix theatre and Soho Theatre.
The 5th of March has been fixed as the date of my performance.

And I've changed the title. "Blue Demon" turned into "The Bite" as the English title!

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http://yellowearth.org/typhoon-2016/

As you can see,
most playwrights who has been selected are native English speakers except me!
I'm so honoured!

一つ報告があります。
知人から薦められて、Londonで毎年行われている、戯曲のコンペティションに応募したところ、見事、私の作品が選ばれまして、一回きりの、リーディング公演をすることになりました。
応募したのは、英語に翻訳した「青鬼」で、こっち用にタイトルを「The Bite」にしました。3月5日に、演出家、俳優共に、現地の人で、上演します。

2016年01月26日
 ■  London日記 2ヶ月と26日目

It was the 3rd day of Puppetry Foundation Course of Little Angel Theatre today.
We learnt a basic idea of manipulating puppets through animating a bin bag.
Yes! Today's puppet is a bin bag! It was amazing, wasn't it?

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First of all, we explored potentiality of a bin bag as material.
We looked for 5 different ways of movement using a bin bag.
We also explored relationship between a bin bag as a puppet and a puppeteer.

Secondly, We let it breathe.
Finally, we learnt how to step while we manipulated a bin bag.
We don't move, when a bin bag are moving.
And a bin bag doesn't move, when we are moving.

I was very excited!

2016年01月24日
 ■  London日記 2ヶ月と24日目

I'm looking for a clue to grab at my own theme to keep on writing plays.

I watched a contemporary dance at Stratford Circus yesterday.
It was a solo-performance for children aged 7 plus but it seemed to me to a show for adults.
The title is Chotto Desh. It's a tale of a young man's dreams and memories from Britain to Bangladesh.

Chotto-Desh.jpg

The funniest scene for me was the scene that his father was scolding.
He danced and acted his father by himself.
The dancer painted eyes, eyebrow and a mouth of his father on a bald top of his head
and began to dance keeping his face down, in short,
His painted face faced audience all the time.

It was deadly funny but I felt serious.
The theme of it was about immigrants, wasn't it?
When a voice of his father on speakers was scolding him,
He was dancing all sorts of dances,
for instance, Ballet, Hip-Hop, Boxing, and Dance like Michael Jackson that audience of children liked very much and eventually,
he found his own contemporary dance.

And then I found I was touched by a story about identity all the time,
such as Billy Elliot and Bent it like Beckham.
I should think about identity, shouldn't I?
Is it a boring or commonplace theme?
No, it isn't not! It's up to me.

https://www.youtube.com/watch?v=kENBz2xbIEU

2016年01月20日
 ■  London日記 2ヶ月と20日目

My life is really kind of hectic just at the moment.
I met an Artistic Director of Yellow Earth Theatre that hosts a play-reading festival today.
We talked about her interpretation and casting of my play.
She commented that my play was very different from others and very Japanese.
I didn't find my play Japanese but I was happy to hear that.

After the meeting, I got home and then I managed to finish to write another short play.
It had been hard to write a play taking part in some workshops.

However, I think I've actually got used to my London life recently.
I no longer feel annoyed and depressed when I go to see a play.
I'm thinking of a next step. What should I do?
But my English speaking doesn't improve at all.

I've got to read as many books as possible!

puppet01.jpg

By the way,
I had a course of puppetry yesterday.
I learnt how to manipulate a table top puppet and a marionette.
There weren't Japanese participants except me.
Most participants were theatre artists.
It was good for me to improve my English speaking and make friends with other theatre artists.
And most of them were women. That was good for me as well.

2016年01月15日
 ■  London日記 2ヶ月と15日目

I'm deadly busy this week.
I've taken three workshops.
The first one is Puppetry Foundation Course of Little Angel Theatre.
The second one is Table Top and Bunraku Puppetry Course of Little Angel Theatre.
The third one is Complicite Open Workshop: Adapting the Encounter.
I just uploaded some pictures of puppets.

2016年01月09日
 ■  London日記 2ヶ月と9日目

I'm thinking about adaptation now.
I watched three shows yesterday.
One of them was "I believed in unicorns" at the Orange Tree theatre.
It was the second time I watched the play.
I liked it when I watched it for the first time so I bought both the original story and the adapted script.

ibielieveinunicorns01.jpg

It is a story by Michael Morpurgo and about reading books.
There are three main characters who are a boy called Tomas, his father and a librarian.
A leading role in the original story is Tomas but a leading role in the adapted script is a librarian.
And the play is a mono-drama that is very interactive.
I enjoyed it cos there are a lot of metaphoric ways that you call Mitate in Japanese.
I don't know how to explain about MITATE in English.
Anyway, the performer did well using Mitate with books.

ibielieveinunicorns02.jpg

But, in my opinion, the most important thing in the original story is telling us about war through reading books.
Why is reading books important?
Cos reading books has magical powers like unicorns.
Unicorns metaphorise that books make your mind open and make you want to ask questions.
As you know, war wants you not to ask questions.
It wants you to do as you're told.

In that perspective, we have a dilemma.
The show is enjoyable for children but it is too enjoyable to catch the essence of the original story.
However I don't know how to catch it and I really enjoyed the show.
I'm not sure whether young audience can understand the essence of it, either.

ibielieveinunicorns03.jpg

2016年01月05日
 ■  London日記 2ヶ月と5日目

I watched a musical called Bend It Like Beckham.
It was better than I expected. I really enjoyed it.
It was like Indian version of Billy Elliot.
A girl who has talent of football faces the disapproval of her parents.
Because she is a girl and Indian.
It was a story about identity of an Indian girl.

bend-it-like-beckham-01.jpg

There were a lot of Indian dance scenes and they were exciting.

The actress of a leading role was excellent as well.
She had a very expressive face.
And I was happy to watch it in London,
cos I think it represents one of aspects of contemporary British culture.

It makes me want to watch the film of Bend It Like Beckham.

bend-it-like-beckham-02.jpg

2016年01月03日
 ■  London日記 2ヶ月と3日目

I live here as if I become a child cos I can't speak English well.
I speak English like a pupil.
However, that's why I can find one of truth.

One of my friends in Japan suggested me to read a lot of easy books to improve my English speaking,
So I began to read books of juvenile literature from the Christmas Holidays.

I read four books so far.
It was easy for me to read and understand them
and all of them were excellent.
And the most interesting one for me was
There's a Boy in the Girls' Bathroom by Louis Sachar.

book01.jpg

There were a lot of simple phrases but I was touched.
I came to realise that it doesn't matter whether you know a lot of difficult words.
What if you were an English writer?
What if Louis Sachar were a Japanese writer?

It is important to see something in your heart.

Anyway,
it is a story about a boy who doesn't like his school and is good at lying.
And then he meets a strange counselor.
And...

2016年01月01日
 ■  London日記 2ヶ月と1日目

I had a splendid time on New Year's Eve with my Korean friends who have been from Tokyo.
One of them brought soba from Japan so we were able to have Toshikoshi Soba here.
It was special for me to have Toshikoshi Soba in London.
I appreciate my friends bringing it.

london-newyear2016a.jpg

I felt that it was happy to see fireworks in celebration of new year and not to see bombs by terrorists.

A lot of things would happen this year.
But we just live, that's all.
Don't be afraid of anything might happen or not happen.

london-newyear2016b.jpg

2015年12月29日
 ■  London日記 1ヶ月と29日目

I got it! I totally understood what was happening at the theatre!
Well, yesterday has become my memorial day in London.
I watched the straight play called Bull at Young Vic.
I read the Bull's script beforehand and then
I was able to be understanding while the show went on as if I watched it with subtitles.

bull.jpg

I realised that I need to read scripts in English in advance.
Reading a translated one is not enough to watch.
You must read it in English!!!
If you read it in English, lines would come into your head as wave during the show.
Besides there are no stage directions in the book so you can imagine your direction before the show.

Anyway, at last I can write something about a straight play.
Bull is a black comedy. It is extremely and deadly black.
In fact, The main role finally dies.
99 percent of the play is dialogue so I was a bit bored,
but eventually I was touched.
The final 1 percent is so dramatic and metaphorical.
The visual direction just focuses on this final point.
Something falls down and something overflows!
Enjoy!

2015年12月28日
 ■  London日記 1ヶ月と28日目

I didn't do anything special for Christmas.
But my landlord asked me to take his dog for a walk,
cos he had to go back to Belfast for Christmas.
so I wasn't alone. I needed to look after his pets.
I was with an old dog called Billy and two cats.
Lovely!

My landlord offered me to discount the rent.
That's lovely as well.

Let me talk about a play that I saw yesterday.
It is called The Snow Child and for children of 3 years old and over.
It's a 50 mins play at Unicorn Theatre.

TheSnowChild1.jpg

There are a couple who is wearing skiwear.
But at the first scene, in fact, there is nobody.
There is just a lot of white balls.
All of a sudden, Balls moved and waved and then a couple appeared.

TheSnowChild2.jpg

They made a snow ball and manipulated it as their baby.
They used Bunraku techniques as well.
It stands for using two small balls as the baby's feet and a big ball as her head.
I thought the baby is a girl cos girls concentratedly watched the show better than boys.
Afterwards, the baby became a child.

When she did a somersault, I was really impressed.

2015年12月23日
 ■  London日記 1ヶ月と23日目

I applied for some workshops of Complicite about a month ago.
At that time, I was writing CV in English for the first time.
And I submitted it with a beating heart.

The day before yesterday,
One of Complicite's staffs replied me.
Eventually, I received good news.
I can take part in one of them!

I appreciate some of my friends giving me information about those workshops.

akikofriends-p.jpg

I also applied for a certain competition for Asian playwrights last week.
I looked for a translator to translate my script AOONI into English.
I had only about 11 days,
but the gentle translator translated it very quickly!
And then I read my translated script for the first time as well.

I had asked somebody to translate my script NIOI before,
but I was not good at reading in English at that time so I didn't read it.
Only this time, I had to read my script to make sure.
Now I'm wondering whether that I chose AOONI was right,

but I'm looking forward to the result!

2015年12月19日
 ■  London日記 1ヶ月と19日目

Do you know "pantomime"?
I suppose you don't know "pantomime".
Because it has two meanings in the UK.

One is the use of movement and the expression of your face to communicate something or to tell a story as you know.
The other is a type of play that is based on a fairy tale and is usually performed at Christmas in the UK!
I've been sick since last week but I'm getting better now.
I went to see a couple of plays this week.
I watched a typical Christmas Panto at Lyric Hammersmith the day before yesterday.
I enjoyed it.

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Panto is so interactive.
actors and actress of panto directly speak to their audience.
Most of panto's audience is children and they sometimes answer actively.
Audience and cast often sing songs together.
Children was singing loud and dancing!
It was quite interesting for me.
Besides there is another characteristic.
Some actors play female roles.
I don't know why.

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2015年12月15日
 ■  London日記 1ヶ月と15日目

I don't know how it was ten years ago but London is very international nowadays.
You can hear other languages anywhere in London rather than English.
I went to a "Mexican" fast food shop with my "Muslim" classmates of my language school today.
Everything goes like this.

However, I live with my British landlord.
I've heard of that British people let dishes be with soap bubbles when they wash and dry them.
You can see it in the film Wallace and Gromit.
Anyway, my landlord is a typical British man,
he did like it this morning! I was impressed!

Now I'm wondering.
To wash again or not to wash again.
That is the question.

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I've got to write something about a play!
I watched the play "I want my hat back" last week.
There are a lot of animals but their costumes aren't decorative.
That's why I love it.

It is a play for children but it has a macabre and cruel end.
I was surprised but came to realise that a macabre and cruel end is one of ways to tell you importance even for children when the scene came.

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2015年12月08日
 ■  London日記 1ヶ月と8日目

I apologize for writing this diary in English
but really need to improve my speaking English asap.
Cos I was totally not able to understand what was happening
when I went to see a play.
What a depressing experience!
So I decided not to write in Japanese any more.

By the way, already a month have passed. Time flies!

bigben.jpg

I can see the influence of Bunraku on a family show with puppets.
For example, In The Lorax that I watched yesterday,
you can see three manipulators who manipulates a main charactor's doll.
As you can guess, one manipulates its head and left hand,
the other one manipulates its right hand and the last one manipulates its foots.
I've seen that kind of puppetries sevral times here.
In The Lorax's case,
The Omodukai was able to say lines as well.
That was amazing!

lorax.jpg

It took 45 minutes to write this document!
How depressing!

2015年11月26日
 ■  London日記 26日目

朝起きたら、台所に知らない女が立っていた。
残念ながら、彼女は服は着ていた。
どうやら私が昨日飲みすぎて連れて帰ったわけではないらしい。
少し安心して、眼鏡をかけて、もう一度、彼女を見る。
インド系の中年の女性だった。
毎週来る家政婦の人らしい。それにしても朝7時半から来るとは。

私の同居人かつ大家であるイギリス人は、
普通のビジネスマンで、忙しそうだ。
いつも朝7時半頃には家を出て、帰ってくるのは夜8時過ぎだ。
家にいる時は、ほとんどテレビを見ている。テレビを見ている音がする。
ご飯は、外に食べてくることが多いようだ。猫を2匹飼っている。
そして、基本的には、掃除は週に一回来る家政婦が担当する。
なんか寂しい。
典型的なイギリスの独身貴族というのは、こんなものなのだろうか。
しかし、誰かが馬車馬のように働くからこそ経済が回る。
それは真実だ。(写真は、大家の猫の内の1匹)

catofjoel.jpg

今日は、ミュージカル「Billy Elliot」を見た。素晴らしかった。
素晴らしすぎてて、ずっと目から水を流しながら見ていた。
ストーリーに感動したわけではなく、
コーラスダンサーの踊りが素晴らしかったからだ。
もちろん、歌も振付も演出も脚本も素晴らしいのだろう。
しかし、明らかに、コーラスダンサーたちが素晴らしい。
彼らが凸凹していて、個性がはっきり見える。

日本で森山未来が出ていたRentを見たことがある。
森山未来のダンスは素晴らしかったが、他の出演者のダンスはクソだった。
「Billy Elliot」の、コーラスダンサーの質と個性に、文化的な蓄積を感じる。
そして、炭鉱という産業の没落がしっかり描かれているのが、私は好きだ。
まるで、主人公の少年の成功と引き換えに、炭鉱が没落しているかのように。

billyelliot.jpg

しかし、映画版よりも感動したのは、
やはり、アンサンブルが素晴らしかったからだと思う。
チケット代はそれなりにしたが、もう一度見ようと思う。

2015年11月24日
 ■  London日記 24日目

あっという間に三週間余りが過ぎた。Londonの生活にも、
英語が伝わらないことにも、聞き取れないことにも慣れてきた。
こっちに来て二週目に、携帯電話を買ったのだが、
(日本のi-phone5はSIMフリーじゃないから不便である。)
店員の言ってることがほとんどわからなかったけど、買えた。
先進国とは、そんなものなんだろう。

新しい部屋でも、ちゃんとWIFIがつながるようになって、
メールも小まめにチェックできるようになり、
いろいろ検索もできるようになった。

今日は、友人と奇妙な映画「The Lobster」を見に行き、
その後、一人で、David Hareの新作を当日券で見に行った。
(写真は、こっちで知り合った友人のYuさん)

withyu.jpg

私は、日本で見た、
National Theatre Liveの「Skylight」に、本当に打ちのめされた。
池袋と、吉祥寺と、2回見たぐらいに。

というわけで、劇場のホームページでは、
チケットは売り切れだったけど、David Hareの新作は
(たとえ、台詞がほとんどわからなかったとしても)
どうしても見たかったので、一時間前に並んだ。

hampsteadtheatre02.jpg

そうしたら、二階のDress Circleの中央というめっちゃいい席で、
しかも、この日は、聴覚障害の人のための、字幕付きの日だった。
なんと幸運なことだろう!
(二階席で、字幕と演技の両方が見やすかった。)
それでも台詞の80%は理解できなかったのだが。

hampsteadtheatre01.jpg

ただ、終盤では涙ぐんでしまった。
一番の泣かせどころの台詞は、よく理解できたのだった。
つまり、ロマンチックな台詞というのは、
簡単な単語や、単純な構文で表現される、ということなのだ。

子どものための芝居について。
11月21日の土曜日に、すごく普通の、あまりおもしろくない、
子どものための芝居を見た。
そうか、こっちでも、ちゃんとあまりおもしろくない芝居もあるんだ、
と少し安心した。最初に見た芝居が素晴らしすぎたから。
でも、そのあまりおもしろくない芝居も、
おもしろかった芝居と同じ劇場の芝居なのであった。

2015年11月19日
 ■  London日記 19日目

새로운 방에 이사했어요.
창문으로부터 아름다운 저녁놀이 보여요.

I read this article from Evening Standard.

Poll Findings
Should Britain extend its air strikes,
currently against Islamic State in Iraq,
to also target the extremist organisation in Syria?
YES:50% No:50%

イブニング・スタンダードでこんな記事を読みました。

世論調査結果
英国は、現在イラクのISに行っている空爆を、
シリアの過激派の組織を同じように標的にするよう、
拡大すべきか?
はい:50% いいえ:50%

kensalgreen01.jpg

kensalgreen02.jpg

2015年11月15日
 ■  London日記 15日目

この週は、ほとんどの時間を部屋探しに費やした。
だから、お芝居は、一本だけしか見られなかった。

こちらでの部屋探しは、
今は、主にMixbとかGumtreeなどの、情報サイトで物件情報を見て、
そこに書かれている個人の連絡先に
メールか電話をするという方法が大半だ。
(家賃が高いので、みんなルームシェアをしている。)

私は、現地の演劇人とルームシェアをするのが第1希望。
それが難しければ、native speakerで、
creativeな仕事をしている人との同居が第2希望だった。
できるだけ生活の中で、芝居の話を英語でできる環境に身を置こうと考え、
他の条件、家賃とか、利便性とか、部屋の広さとかは二の次だった。
しかし、現地の演劇人との同居は、
なかなか相手が見つからず、いても入居の時期が合わず、
とりあえずあきらめることになった。

次に、native speakerとの同居なのだが、
Spareroomというサイトで、
theatreというkeywordを持つ相手に片っ端から連絡したが、
これも私の英語が下手だからか、
見に行きたい物件の持ち主から返事が来ないことが多く、
そうこうしている間に、語学学校の寮から出て行く期限が迫ってきていた。

最終的には、native speakerだけど、
普通のbusinessmanとの同居に落ち着くことになった。
(しかし、彼がすごく二枚目なのが嬉しいのは、なぜだろう?)
これでやっと研修に集中できるというわけだ。

japanesefood.jpg

部屋の下見でいくつかのLondonの町をぶらついた。
小さな町にも、日本食材の店があったりする。
都市部では一風堂のラーメンも食べられる。嬉しいけど、寂しい。
やがて、世界は均一化していくのだろうか。

ramen.jpg

2015年11月14日
 ■  London日記 14日目

Parisでテロがあった夜、私はPUBにてビール一杯で酔っ払っていました。
その次の夜も、ビールそれもハーフパイントで酔っ払っていました。
ギネスの黒ビールは、美味しいです。
これは、ナイトバス(深夜バス)で自撮りしました。

pub201511.jpg

冷静に考えると、
テロの次の標的は、Londonの可能性は高いでしょう。
英国は、仏国よりも長くシリアに空爆してますからね。
なかなかスリリングな一年になりそうです。
個人的には、トリコロールをプロフィール写真に入れるのは、やめてもらいたいです。
デザイン的に美しいかもしれませんが、
まるでフランス軍を支持しているような気がします。
パリの悲劇に、写真で祈りを捧げたいなら、
エッフェル塔か、凱旋門の写真を、薄く重ねてほしいです。
個人と国家が違うと思うなら、
何気ない行動も、気を遣うべきでは?

ちなみに、英語のprayは、死者に対してはあまり使わないと、
私の英語の先生が、言ってました。日本語の祈るとは、少し違うみたいです。

2015年11月07日
 ■  London日記 7日目

今日は、Polka Theatreというところで、
マチソワ2本、子どものための芝居を見た。
どちらも素晴らしかった。
このレベルがこちらでは、当たり前なのだろうか?
だとしたら、すごいことだ。

1本目は、Beasty Baby という作品だった。
何より舞台セットというか、小道具の使い方に魅了された。
写真に写ってるベビーベッドが、ある時は太鼓になったり、
赤ちゃん用の食卓が鉄琴になったり。
掛け時計は、裏がmbiraというジンバブエの楽器になっているのだ。

beastybaby.jpg

終演後、近くの喫茶店で昼食を食べていたら、
出演者がやって来たので、思い切って話しかけてみた。
ものすごく緊張したけど、ここで話しかけなかったら、
何しにイギリスに来たかわからない。
そう思い、話しかけ、名刺も渡した。
なんと、相手の言ってることがわかる。
芝居の話だと、喋りが早くても、理解できたのだった。

2本目は、The Bearという作品。
こちらは、女の子が、巨大な白熊と出会うという、
それだけの話なんだけど、この巨大な白熊を、
文楽の人形のように、複数人で操っていく様がとてもいいのだった。
最後、女の子が、白熊の背中に乗る姿が切なくて。。。
どちらも、俳優が道具を完璧に使いこなしている。
さも簡単かのように、道具を操りながら言葉も言って、、、
そこに日本の俳優との大きな差を感じた。

beastybaby.jpg

2015年11月06日
 ■  London日記 6日目

英国はメシが不味いなんて誰が言ったんだ?
この間行ったイタリアンレストランで食ったスパゲッティが
とてもうまくて感動したぞ。
そうなのだ。食事には困らなそうなのである。ただし物価は2倍。
前述のパスタは、日本円で2,000円以上する。恐ろしい。

こっちで5ポンド1,000円のランチを探すのは難しい。
お店に入ったら、大体それより高い。ところが、
ヘルシーな日本食の安いチェーン店が流行っているのだ。
その名もwasabi。

wasabi01.jpg

写真下が、そのメニューの内の一つ。
日本料理というよりは、東アジアぽい。
日中韓料理ショップみたいなね。4ポンド95は、ほぼ1,000円である。
でも感覚的にはこれが日本の500円ランチと同じ感じなのだ。
お味は、松屋・すき家より美味しく、吉野屋に劣る感じ?
ちなみに、自炊もしています。

wasabi02.jpg

2015年11月03日
 ■  London日記 3日目

私は、今、Londonではなく、Bristolという街にいる。
Bristolは、ロンドンからCoachと呼ばれるバスで3時間ぐらいなのだが、
ここで見たい作品の地方公演があったので、見に来たのだ。
(ロンドン公演は10月31日で終わってしまっていたので)

bristol.jpg

来たばかりなので、現地で使える携帯端末を持っておらず、
迷子になったらどうしようと不安だったのだが、
無事に着き、芝居も見ることができた。

しかし、予想していたことだったが、
芝居の内容を理解することはできなかった。
英国に来る前に、在研で英国に来たことがある人の、
何人かに現地での様子を聞いていたのだが、
fringeという小劇場になればなるほど、
英語がわからないよとアドバイスをもらっていた。
果たして、その通りになってしまった。
特に、今回見たのが、一人芝居で、
台詞のテンポも早く、状況が全く推測できなかった。
やはり、旅行英語と、芝居英語は、
全然、別の段階なのであった。
演出家とは話すことができ、向こうのアドレスも聞くことができた。
Londonに住んでるらしく、戻ったらまた会えるかもしれない。

Bristol is a nice city and has 6 theaters.
Brewery Theatre where I have visited is a small one and has approximately 100 seats.
There is a cafe next to the theatre and you can have something to drink.
I've heard that it is a common style in the UK theatrical culture.
I'm afraid...I didn't take pictures of it.
It's my first cooking in the UK! At a dormitory in Bristol!

bristol-yh.jpg

2015年11月01日
 ■  London日記 1日目

ロンドンでの生活が始まった。
と言っても、まだ着いて、寝ただけなのだが。
噂に聞く、イギリスの入国審査は思ったよりあっさり通れた。
空港から出ると、
霧のロンドンが美しく、私を迎えてくれた。

avalonschoolhouse.jpg

写真は、私の宿である語学学校の寮である。
ここに、最初の3週間滞在する。
台所と、カウチがある。
これを、10人ぐらいでシェアするのだ。
狭い。汚くはないが、きれいでもない。
ロンドンは今、朝の7時。
いろいろ考えて、相部屋の部屋にしたので、
隣りのベッドには、ブラジル人が眠っている。
なんと私よりも年上に見える。
ブラジルで、風力発電の教授をやっているらしい。
なのに、英語を勉強しに来ているのか。
世界には、いろんな人がいる。
今のところ、英語では困っていない。

2015年10月01日
 ■  エッチな外国語は、忘れない。

英語でも、タイ語でも、
エッチな言葉は、なぜか覚えてしまうし、忘れない。

私は、RもVも発音するのが、あまり得意ではないのだが、
先日、vaginaの発音だけが異常に上手いねと、
private teacherに褒められた。
(なぜ、vaginaの話になったのかは、ここでは問わない。)
先生が、笑い出すぐらい発音がよかったらしい。

『ストーリー・オブ・ラブ』(原題:The Story of Us)という映画に、
主人公の友達が、vaginaについて語るシーンがあるのだが、
私の耳には、ジャイナという音しか聞こえなくて、
膣がヴァギナだとは知っていたから、
後でスペルを調べたら、vaginaだった。

でも、そのシーンを何度見ても、
ジャイナにしか聞こえなくて、
頭のvaの音をかすかに発音してginaを強く言う練習をしていたら、
vaginaだけ、とても発音がよくなってしまったのだ。
しかも、耳から覚えたので、全然忘れないのだ。

タイ語でも、エッチな言葉だと忘れにくい。
タイ語で、水をこぼすことを、ナムホッと言う。
ナームが水で、ホッがこぼすだ。
同じく、牛乳をこぼすだと、ノムホッなのだが、
これには別の意味もあるのだ。

ノムは、牛乳であるとともに、おっぱいも意味する。
そして、女性の胸の谷間がチラリと見えることを、ノムホッと言うのだ。
ニュアンスとしては、こぼれるほどのおっぱい、という感じだろうか。
私は、このノムホッの発音が異常に良いらしく、
タイ人の知人に発音してあげると、
みんな爆笑する。
これも、タイで耳から覚えた言葉で、忘れない。
(胸の大きい女性とすれ違った時に、
タイ人の友人がノムホッだぜと教えてくれたので)

これだから、男はね。

2015年09月29日
 ■  自殺率の高い台所

タイから帰ってきてから始めたことのもう一つに、料理がある。

ロンドンでの生活を見据えて、
自炊の技術を身につけておかなければと思ったのである。
これもストレッチと同じで、始めてみると楽しいのだが、
ストレッチ以上に、その人の性格が出るのが、よくわかった。

私は、物事を整理するのが得意ではない。
ゆえに、頭の中がとっちらかっているのはいつものことだが、
料理をすると、台所もとっちらかる。
そして、物がよく燃える。食べ物ではない、物が燃える。
鍋掴み、とか、食品の入っていた容器とか、
焚き火を眺めていた人が、火に近すぎて燃える、みたいな。

皿もよく自殺する。私が割るわけではない。
皿のほうから床へ飛び降りるのだ。自殺率の高い台所だ。
日本の自殺率を何とかする前に、台所の自殺率も何とかしなければ。

しかし、今まで、高嶺の花だった料理というものが、
自分の手元にやってくる感覚は何とも言えない。
特に、フレンチトーストがあんなに簡単に作れるものだったなんて!
毎日だって、食べれるんだよ、フレンチトーストが!

料理を作るのがうまくなれば、
きっと芝居作りの段取りもうまくなる、そんな気がする。

2015年09月27日
 ■  捨てる先生あれば、拾う神あり

タイ語のPlivate Lessonを受けている話を書いたが、
英語でも同様に始めようと思い、
早速、例のサイトを利用して、
1,000円のTlial Lessonの先生を探して、連絡をしてみた。

メールでこちらの要望を伝える。
英語は、とにかく聞き取りの能力を伸ばしたい。
というのは、最近、発音に関してはかなりの上達を実感しているからだ。

アジア人同士での英語での会話は、あまり困らなくなったのだが、
これがEulopean、とりわけ英語Natibeになると、
相手が何を言っているのか、全然わからないことが多くて、
(ゆっくり何度も話せば、こっちの言いたいことは伝わる。)
この状況を何とかしたいのだった。

しかし、Tlial Lessonの後、
先生から一言。
「私にはあなたは教えられない。別の先生を探したがほうがいい。」
と、遠回りに言われてしまった。こんなことって、あるのか?
実は、レッスンを自由な会話にしたくて、
毎週一本、映画か小説について、語るということを提案したのだが、
「私は、その手のことに関して、知識がないし。。。」
普段、どんな風に英語を教えてるのか?と聞けば、
a situational lessonだと言うのだ。あ、切符買ったりするやつですね。
そんなものは、Natibeの先生じゃなくても教えられるし、、、
そもそも本で勉強できるのでは、、、と思いながら、その言葉は飲み込んだ。

しかし、イギリス人も遠回りに言うんだな、
何も恥ずかしがりやは日本人の専売特許じゃないんだと、
実感を持って知れたことがよかった。

その日の夜、駅前を歩いていたら、
アメリカ人の二人組から声を掛けられる。
「あなた、クールですね。英語、勉強しませんか?」
なぜ、俺が英語を勉強したいとわかったんだ?
なるほど、アメリカ人には、俺の個人情報ダダ漏れなんだな。
聞けば、無料の英会話をエサに、キリスト教の勧誘をしてるとのことでした。

日本人の英語コンプレックスを利用した、
なんと合理的な勧誘方法なのだろう?
実感を持って、「Oh my god!」の使い方が学べるなんて!
しかし、その時、俺はとても疲れていてお腹も空いていたので、
「I have to letuln back to my loom, because I'm leally hungly」
とだけ伝えて、彼らの元を去ったのだった。
彼らの耳には、俺の軽やかなイングリッシュが響いていたことだろう。

2015年09月26日
 ■  ストレッチのすすめ

タイから帰ってきてから始めたことの一つに、ストレッチがある。

共演者の今井美佐穂さんから、
「アツト君、身体硬すぎだよ、ストレッチとかしたら?」
とアドバイスされ、帰国後からほぼ毎日やっていたのだ。
何でも毎日続けると楽しくなっていく。

とりあえず、股関節を中心に伸ばして、3週間毎日やっていた。
すると、3週間でもかなり柔らかくなる。
調子に乗って、ストレッチのことをネットで調べたりして、
一年後に開脚(股割り)できるようになることを目標に、
どんどん、負荷を強くしていったら、
ある日、歩くのが困難なほど筋を痛めてしまった。

痛みが取れるまで、2,3日かかって、
その後、ストレッチを再開したところ、
8月31日の硬い状態に、股関節の筋肉が戻っていた。
いや、8月31日よりも硬くなっているような気がする。
「伸張反射」というらしく、
筋肉がこれ以上伸びてダメージを受けないよう、収縮してしまうらしく、
せっかく柔らかくなったのに、またゼロから、
いやむしろマイナスからのスタートである。

しかし、
ストレッチ中は呼吸は止めずに、ゆっくり伸ばさなくてはいけない、
このことを身を持って体験できたのはよかった。
何事もやりすぎはよくないし、進歩はゆっくりやって来るらしい。
焦っては、自分の身を痛めるだけなのだ。

2015年09月21日
 ■  タイ語のLESSON vol.1

本格的にタイ語をちゃんと勉強しようと思って、
タイ語通訳のSさんに、
お金を使わないでタイ語を勉強するにはどうしたらいいか、と相談した。
お金が無くても語学の勉強はできるのか?難しい課題である。

しかし、Sさんからは、「特に、最初は、きちんと習ったほうがいい、
なぜなら、日本語にない発音とかは、独学だと身に付けるのは難しいから」
と言われ、あっさりお金を使うほうに方針を転換することにした。

ただ、語学学校は高い。でも、グループレッスンは時間対効果が低いので、
安くプライヴェートレッスンを受けるために、
ハロー先生ドットコムというサイトを利用してみた。
http://hello-sensei.com/

いわゆる語学の先生と生徒の出会い系サイトである。
しかし、タイ語の先生は、若い女性(20代)、しかも、
教師経験: 1年未満、日本滞在歴: 1年未満の人が多くて、
さらに体験レッスン(60分)が500円???!
これは、本当に語学目的で使われてるのだろうか?と訝しく思う。

本来なら若くて、自分好みの容姿の異性の先生を選びたくなるところだが、
(それはあくまでリサーチのためだ!)
この日は、理性が本能に勝ってしまって、
むしろ、レッスン料が高い30代の人にした。時間対効果を優先したのだ。
ちなみに紹介料は、サイトに2800円払う。

お金を払うと先生のメールアドレスを教えてもらえる。
英語で最初に会う場所、時間、
そして、レッスン料の値引きの交渉をしたりして、
いざ当日!という流れである。

ここまで書いて、単なるサイトの紹介の文章になってしまったことに気づいた。
特に大きなトラブルもなく、進んでしまったのだよ。
ちなみに、すごく親切な先生だし、
日本語よりも英語が得意な人だから、レッスンも英語で、
英語の勉強になるという、なんか一石二鳥なのだった。

2015年03月13日
 ■  もうすぐ本番「憂鬱郡悲し村老い里」!

もうすぐ本番です!モズ企画。
「憂鬱郡悲し村老い里」は、老いがモチーフです。

死が怖くて、仕方がありません。
自分の死もそうですが、近しい者の死が。
ここ最近、父や母の友人の死が相次いでいて、
残り時間を意識せざるをえません。

withmyfather-p.jpg

この写真は、昨年の「匂衣」タイ公演で、
父を、字幕のオペレーターとして、バンコクに連れて行った時に、
現地の人しか乗らないような、街中の船で移動している時の写真です。
自分の父親に、自分の作品を手伝わせている演劇人は、
珍しいと思う(笑)。とても幸運だと思います。

さて、モズ企画。

エロティックな演出もうまくできあがり、
おもしろいし、笑えるし、楽しめる作品になったのだけど、
あと、もう一歩、「老い」とは何かに、迫りたいと思っています。
バンコクで父と過ごした日々に感じたことを、
どうにか、活かせないだろうか?

あと、ちょっともがきます。
なので、是非、見に来てください!
宜しくお願いします。

鈴木アツト

2015年02月23日
 ■  大杉漣さんとの写真

劇場で仕事してたら、
突然、大杉漣さんが、話しかけて来たので、
「太田省吾の小町風伝が好きだ」
って、言ったら、
「一緒に写真撮らない?」っていう、展開になった。

テレビ番組のアポなし、撮影。
太田省吾について、カメラ回ってる中、話すという変な経験をしましたが、
テレビ受けする話では全くないので、使われないでしょう。
でも、縁がつながればと思い、
「グローバル・ベイビー・ファクトリー2」、
見に来て欲しいと、アピールはしときました!

ohsugiren.jpg

実は、あるところで太田省吾の戯曲を演出しないかという話があるのです。
そして、匂衣が韓国でやれることになったのは、
演戯団コリペの「小町風伝」の大阪公演の時で、
イ・ユンテクさんに挨拶に行ったことがきっかけでした。
太田省吾つながりで、縁がつながっている!

これが縁で芝居を見に来てもらえたら嬉しいし、
いつか、僕の作品に出演してもらえたら最高ですよね。
頑張ろう!

2015年02月12日
 ■  英語でナンパ 三軒茶屋篇

「英語でナンパ 三軒茶屋篇」

以前、「英会話教室に通いたい。」で少し書いた、英語でナンパ。
1月は、三軒茶屋へお芝居を見に行った時に、
たまたま吉野屋できれいな外国人の女性が隣りに座ったので、
つい話しかけてしまったことがあった。

その女性は、やはり英語圏の人ではなく、ロシア人だった。
なんで日本に来たの?って、尋ねると、
「日本の詩人について勉強したくて。とりわけ、松尾芭蕉。そして石川啄木」だって。
彼女はまだ若かった。それなのに、アニメや漫画じゃなくて、日本の詩に興味があるとは!

その時に、芭蕉や啄木の詩の一つでも、そう、
「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」
ぐらい、英語で、演技しながらやれば、
ぐっと日本の演劇人のユーモアをアピールできたと思うのだが。
東京オリンピックに向けた、素晴らしい文化事業になったのに!
実際は、機転が利かず、ただ牛丼を食べて、別れてしまった。残念。

ちなみに、時間を戻せるなら、俺に言えたのは、これです。
working hard, working hard, My life will not become easy,
then I gaze at my hands.

はたらけど はたらけど が訳すの難しいね。

追記(2/13)
友人の俳優が、訳してくれたものは、こんな感じ。

I work hard, and I work hard,
but still living never becomes easy- I stare at my hands.

2015年02月07日
 ■  読書日記 シェイクスピア編その2

「読書日記 シェイクスピア編その2」

今週も2本ほど、小田島雄志訳を読んでみた。
「シンベリン」と「ジュリアス・シーザー」。

「シンベリン」は、イギリス(ブリテン)のある王様の名前。
しかし、この話の中では、さほど活躍しない。

「実は、誰が誰の息子で」という出生に関するどんでん返し、
「実は、彼は変装しているが本当の姿は」という人物の入れ替わり、
そして、最後には、様々な真実が明らかになり、
ハッピーエンドというプロットは、
シェイクスピアのよくある手法ではあるけれども、面白いなあと思わされる。

しかし、登場人物の魅力は、あまりない。
唯一、クロートンという愚かな王子が出てきて、
彼は、演じ甲斐がある役だと思うのだが、
途中でとある事情でいなくなってしまう。
俺は、このクロートンが、一番好きだったのに。ああ!

好きな台詞は、嫉妬に狂ったポステュマスの、
「ありとあらゆる欠点は、いや、地獄で知られているすべての悪徳は、
 半分というより全部、女のものだ。」
奥さんに浮気されたからって、ここまで言ってしまう男って。。。

---

「ジュリアス・シーザー」。もちろん、実在の人物。
しかし、この戯曲の、主人公は、
そのシーザーの暗殺者の一人、ブルータスである。
歴史劇で、実在の人物がたくさん出ているからか、
人物の造形に厚みを感じる。
序盤、シーザーは登場しないが、シーザーの噂話や、
その影響力ゆえに他の登場人物が右往左往している描写は、
とても見事だし、とても演劇的。

暗殺者たち、特に、
キャシアスのシーザー暗殺後の凡庸さの描写がいい。
つまり、大した男でないのに、
ローマを意のままにしているシーザーに嫉妬と恐怖を覚え、
彼を暗殺したキャシアス達は、
しかし、結局は、
シーザーという人間の大きさには足元にも及ばない存在
であることがよくわかる。

また、第三幕第三場、暗殺者の一人シナと同じ名前だというだけで、
怒り狂ったローマ市民に殺される詩人シナの場面が凄い。
「大衆」という存在に対する、
シェイクスピアの冷たい批評眼を明確に感じることができる。

「ジュリアス・シーザー」は名作だと思う。

2015年02月05日
 ■  読書日記 風立ちぬ

「読書日記 風立ちぬ」

ジブリのアニメ映画に影響を与えた、堀辰雄の代表作「風立ちぬ」。
他では、平田オリザの「S高原から」も、
この作品の世界観を借りて、戯曲を立ち上げたのだと思う。

読んでみるとわかるが、小説でしかできない表現が確立されている。
つまり、風が流れていくのが見えるかのような文体なのだ。
そして、その風は、
「結核を患っている恋人と過ごした時間」のメタファーになっている。
いつの間にか過ぎ去っていた、もう触れることができない時間。
その「風」が、ありありと感じられるし、読める。
特に、「序曲」の描写が美しい、と僕は思った。
宮崎駿が、これをアニメにしたいと思うのは、よくわかる。

2015年02月03日
 ■  読書日記 Ellie and the Cat

「読書日記 Ellie and the Cat」

文学座によって上演された「カラムとセフィー」の原作者である、
マロリー・ブラックマンの短編。
「カラム~」が人種問題を扱ってるハードな作風なのに対して、
こちらは明るく優しいソフトな内容。
さらに、英語初級者だった私も、なんとか読んでいけたので、
楽しく英語で児童文学を読みたい方におすすめ。

あらすじは、、、
父の仕事のために、転校を繰り返しているため、
なかなか友達ができないエリー。
いつも不機嫌で、誰に対しても無礼に振舞ってしまうんだけど、
心の底では、友達が、いや、親友が欲しくて欲しくてしょうがない。
ある時、エリーは、おばあさんの家に預けられるが、
そのおばあさんにも、すごく失礼な態度を取ったために、
魔法で飼い猫のジョリーと身体を取り替えられてしまう。
どうなる?エリー?

英語がわからないからこそ、気づけることがある。
例えば、smirkとかgrinという単語が何回か出てきたんだけど、
調べると、全て「笑う」系統の動詞で、
こと「笑う」に関しては、日本語よりも英語のほうが表現が多いことに気づく。

そもそも、英語の「笑う」は、
「声を出して笑う」laughと、
「嬉しそうな表情をする」smileの
二つの系統があることにも、今更ながら気づく。
そして、両方の系統で4つほどの「笑う」があるのだ。

仮説として、日本人はやはりイギリス人よりは笑わないのかな?
そして、イギリス人は、笑っている表情から、
より何かを読み取っているのかもしれない。

ここで、類語辞典の登場だ。日本語の類語辞典を引くと、
動詞に関しては、確かに、日本語の「笑う」は語彙が少ないのだが、
副詞(それもオノマトペ)の語彙は多い。
ヘラヘラ、ニヤニヤ、ゲラゲラ、ニコニコ等々。
つまり、日本人のほうが笑わなかったり、笑いの表現が乏しいとは、
単純には言えないな、と。

次の仮説。日本語は動詞よりも、
副詞で表現のヴァリエーションをつけている?
これは、またいつか、考えよう。

2015年02月02日
 ■  読書日記 シェイクスピア編その1

「読書日記 シェイクスピア編その1」

もはや若手ではない。そう感じ始めた私は、
最近、シェイクスピアを全作品読んでいないことに、
コンプレックスを持ち始めた。

そして、今週、2本ほど、小田島雄志訳を読んでみた。
「テンペスト」と「尺には尺を」。
これが、意外というと、演劇人の先輩たちに怒られそうなんだけど、
おもしろかった。
特に、「尺には尺を」が、現代に通じる部分がかなりあって、
やはり、古典に対する教養って大事だなあと、
本当につまらない感想を持った。ああ、恥ずかしい!

「尺には尺を」。
全編を通してではないんだけど、魅力的な登場人物が出てくる。
支配者アンジェロが特に、魅力的だった。
19年間、行使されていなかった、婚外交渉は死刑という法律を、
公爵代理(統治権力者)になってすぐに復活させた、堅物男。
そのアンジェロが、兄の助命を嘆願しにきた修道尼に恋をする。

このプロットの中からは、
・悪法は法、足りえるのか?
・信仰と世俗はどう折り合いをつけるべきなのか?
など、様々な今日的な主題を拾い上げることができるし、
何より、今や、恋をした独裁者となったアンジェロの傍白は、
滑稽かつ人間味があって、すごく好きだった。
後半、単純な悪者になってしまうのが、もったいない。

修道尼のイザベラも演じ甲斐のある役だ。
清らかでありながら、かつ、キリスト教の説教のような台詞を語りながら、
結果的に、権力者が抱きたいと思う、
そのフェロモンをどのように醸し出すのか?
有名女優なら、誰がふさわしいだろうか?

「テンペスト」は、世界観がおもしろいし、妖精をどのように演出するのか?
奇形の奴隷、キャリバンをどのように造形するのか?
というおもしろみはあるんだが、
人物の複雑性とか、戯曲の今日性は、あまりないように私には思えた。
でも、別の翻訳者の訳で読み直してみたら、
また違った感想を持つかもしれない。

うーん、シェイクスピアを今更知る、34歳の冬である。

2014年12月31日
 ■  2014年、年末の感染症。

多分、それはある人のある言葉がもたらした病である。
28日の昼、都内で打ち合わせがあり、そこで、

「私、アツト氏の台本はすごく好きなのに、
 アツト氏のこと人間として、そんなに好きじゃないっていうか、
 合わないなあって思うのはなんでだろう?って、時々考えるんですよ」

というありがたい言葉をいただいた。

その殺人予告のような言葉を聞いてから、一時間後ぐらいから、
急激に体調が悪くなった。ただの風邪ではない。吐き気がひどかった。
とりあえず、打ち合わせの途中で、席を立ち、トイレで吐いた。
打ち合わせを素早く終わらせて、家に着く頃には、もう立っていられなかった。
しかし、ベッドに入ると、今度は下痢が止まらない。

告白する。うんこをもらした。34歳となったこの歳で。
朝から何も食べてなかった。しかし、水だけは飲んでいた。
その水が全て出て行ってしまうのだよ、体外に。
福島の汚染水のことを、僕は思った。
原発よ、君だって垂れ流したくはなかったはずだ。
しかし、人間は、自分で汚染したものは自分で処理しなければならない。
それは、原発も下痢も変わらないのだ。

僕は、もらした時に穿いていたパンツを、
ビニール袋に詰めて、燃えるゴミに出した。
ウイルス性の感染症なので、洗って使うわけにはいかないわけだ。
「ああ、せめて、もっとかっこ悪いパンツを穿いてた時に、もらせばよかった」
そう思った瞬間、自分のケチさ加減というか、器の小ささを感じるのであった。
ちなみに、汚染したパンツもさほどかっこいいパンツではなかったことを、
客観的事実として、お伝えしておく。

しかし、他者の言葉が、ここまで自分の身体にダメージを与えるとは。
「アツト氏の台本はすごく好きなのに、アツト氏のこと人間として好きじゃない」
捉えようによっては、すごく作品のこと褒めてくれてるよね?
うん、希望を持って生きよう。

風邪は29日まで続き、30日には、快復いたしました。
お仕事でご迷惑をおかけしました皆様、
連絡ができなかったのは、このような事情があったのです。
ごめんなさい。来年もよろしくお願い致します。

2014年12月25日
 ■  英会話教室に通いたい。

英会話教室に通いたい。
All of a sudden、私は、そう思った。
しかし、お金が無い。私の通帳の残高は、人様にお見せできない。。。

どうしたら、お金を使わずに、英会話教室に通えるだろうか?

というわけで、東京にいる外国人を全てを、
英会話のteacherに見立てることにした。
見立ては、演劇人の得意技さ!

それで、電車の中で、外国人ぽい人がいたら話しかけて、
電車を降りるまで、英会話の勉強に付き合ってもらう、
という遊びをしていくことにした。
これは、決して、ナンパではない。
むしろ、これは演劇だ。だって、見立てだから。

私のteacherは、なぜか女性が多い。
しかし、これは決して、ナンパだからではない。
たまたま、話しかけたのが、女性のteacherだっただけだ。
そして、みんながみんなアメリカ人やイギリス人とは限らない。

一昨日は、話しかけたら、フランス人だった。Je t'aime.
違う。これは、ナンパではないし、フランス語会話でもない。英会話だ。

とにかく、英語で話す。最寄り駅が一緒?喜ぶな。これは、ナンパではない。
簡単に自己紹介して、相手の日本に来た理由を聞いて、
当たり障りのない会話の段階で、大体、別れてしまう。
会話の中だと、単語帳で覚えたての単語とか、パッと出てこない。
すごく簡単な単語だけ使ってしまう。
子どもっぽい英語を話してるんだろうなあ。。。

そして、どんなに会話が盛り上がっても、電話番号を聞いてはいけない。
だって、これはナンパではなく、英会話だから。
英会話の道は険しい。

つづく。

2014年12月10日
 ■  選挙権よ、ゴメン。

昨晩、不在者投票をしてきた。

私は、現在、杉並区に住んでいるのだが、
長い間、住民票を移しておらず、
私の選挙区は、多摩市である。
つまり、いつも選挙の時には実家に帰って、投票をしているわけだ。

今週の日曜日には予定があるので、
昨晩、実家に帰った際に、親父から、「おい、選挙行っとけよ」と言われ、
棄権するのも嫌だし、投票してきた。
だが、今回は、本当に、ネットで候補者について調べることもなく、
「自民党には入れたくない」という気持ちだけで行って、
男よりは、女のほうがいいだろうというくらいの気持ちで、
女性の候補者に投票した。
こいつが、ひどい人だったら、どうするんだよ?

比例区においては、
とある知り合い(それも、さほど仲良くない知り合いだ)が
「社民党の名簿1位の人が、ゲイだから、私は社民党に投票する」
という意見を聞いて、流されて、社民党に投票した。
人の意見を聞くのは悪いことじゃないが、
自分の意見を持たないのは悪いことだ。
今回の場合、なんとなく、ゲイの候補者に投票した。
さしたる主義、思想を持たずにね。
こいつが、ひどい人だったら、どうするんだよ?

投票の際に、国民審査の紙を渡されて、
最高裁の信任投票があったことを思い出して、慌てる。
いつもは、過去の判決を誰がどう出したかを見て、
バツをつけていたが、今回は、本当に面倒臭いという理由だけで、
全部にバツをつけた。
でも、全部にマルはどうしてもつけたくなかったんだよ。

こんな私の、考えなしの投票のために、
多くの祖先たちが、選挙権のために血を流したかと思うと、
胸が痛くなる。
でも、棄権だけはしなかったよ。選挙権よ、ごめん。

2014年11月13日
 ■  自画像「魔法の言葉~喫茶 音夢にて~」

終わった仕事と、終わった恋は、すぐに忘れなさい!
と人はよく言いますが、
なかなか、そんなに忘れられるものではありません。

11月に、「匂衣」のバンコク公演をやっている間に、
僕の、もう一つの作品が、東京で上演しておりました!
せんがわ劇場の、市民参加演劇の公演があったのです。

自画像「魔法の言葉~喫茶 音夢にて~」
http://www.sengawa-gekijo.jp/kouen/12863.html

自分が書いた戯曲の本番が見られなかったのは初めてです。
オムニバス作品で、その内、短編2本を書き下ろしたのです。
この仕事は、個人的には、すごく思い入れがあって、
というのは、参加者に、
自分の人生で大事なエピソードを、エッセイに書いてもらって、
それを基に、短編の演劇作品にする、という仕事だったんですね。

言わば、個人史を演劇にするわけで、責任も感じたし、
あと、演劇になるかどうかわからないようなエピソードを、
どう使うかっていうのも、苦労しどころだったんです。

それで、全然レベルは違うんだけど、
ニール・サイモンとか、チェーホフの短編みたいに、
ちょっと笑えて、でも少し苦くて、みたいなのを目指したんです。

出演者は、俳優としては素人の市民の方だったから、
上演が心配だったんだけど、
「鈴木さんのホンのところで、お客さん、笑ってたよ」
と報告があって、嬉しいかぎりです。

所詮、まだ34歳の若造なので、人生経験も足りず、
だからこそ、他者の人生を少し覗くことができたこの仕事は、
とてもおもしろかったし、勉強になりました!
どうもありがとうございました!

2014年08月24日
 ■  PETAのAsian People’s Theater Workshopに参加

フィリピンは、PETA/Philippine Educational Theater Associationの、
Asian People’s Theater Workshopに参加してきました。

すごく刺激的な8日間でした。
PETAとは、今後も関わっていきたいと思っています。

tina.jpg

2014年08月02日
 ■  国際児童青少年演劇フェスティバルおきなわ2014 三日目

フェスティバルにあるのは、舞台芸術作品の上演だけではない。
様々なテーマのシンポウジムに参加するというのも、
見識を広げるためには、重要だ。

しかし、上演やシンポジウム、
あらゆる出し物が同時並行で行われているので、
全てに参加することはできない。
そして、当たりもあれば、はずれもある。
演劇祭のメインの企画ではなかったけど、
「海外発信・交流の計画・実施する」というアーツマネジメント講座の、
プロデューサー下山久氏の話は、その中でも特におもしろかった。

「大人は自身で選べるけど、子供は選べない。
 だから、子供にこそ最高の物を見せなきゃいけない。」
「私の夢は、アジアの多国籍劇団を作って、
 アジア中の子供たちに素晴らしい児童演劇を見せて回ることです。」

というスケールがでっかい話をいっぱいしてくれた。
こんな人がいたのか。
世界の演劇状況を聞くと、
自分がいかに狭い世界で演劇をやっているのかということに気づかされる。

okinawa02.jpg
写真は、「りんがりんが」の上演後の風景。

さて、今日見た作品は、どれもとても素晴らしかった。
「りんがりんが」「バルトロメオ」「石・棒・折れた骨」。
特に、「石・棒・折れた骨」は、
子供よりも大人のほうが感動するのではないだろうか。
私は、クライマックスの演者のジェフからのメッセージを聞く度に、
涙が出そうになるのだ。
どこかでまとまった劇評を書ければと思うのだが、その時間があるかな?

いよいよ、明日が最終日である。

2014年08月01日
 ■  国際児童青少年演劇フェスティバルおきなわ2014 二日目

今年のフェスでは、アルゼンチン・フォーカスと題して、
アルゼンチンの三つ作品が、招聘されている。
「ボクのお人形」は、その中でも特に印象に残った。
60分の15歳以上向けの作品で、一人芝居。

doll.jpg
写真は、「ボクのお人形」の宣伝写真。

男優の、「母親が引っ越すので、
実家にあった自分が子供時代に使っていたクローゼットを、
引き取ってきた」という説明から芝居が始まる。

クローゼットから、子供時代の思い出、
バットマンのポスターや人形を取り出していきながら、
どう自分がゲイだと自覚して、家族にカミングアウトしたのか、
までを描いていた。

字幕の位置やタイミングが悪くて、
最初は作品の中に入っていけなかったのだが、
彼がもしかしたらゲイなのかな?とわかってくる、
つまり、作品の構造が理解できる頃には、俄然、おもしろくなっていった。

子供向けのお芝居だと、ノンバーバル(言葉を使わない)な芝居が主流だ。
私は、子供向けの作品を創りたいが、劇作家でもあるので、
そこにジレンマを感じる瞬間がままある。
しかし、この「ボクのお人形」は、
劇作家でなければ作れない言葉の芝居だった。

セクシャル・マイノリティーについてが主題ではなく、
自分の大切な秘密を、どう他者に伝えればいいかというのが主題だったのも、
思春期の観客にとって、とてもよかったのではないかと思う。

コーカサスの白墨の輪をベースにした、「女王の子」も、
同じくアルゼンチンの作品だった。こちらは、ノンバーバル。
この作品も私はとても好きだったのだが、
60分の上演時間中、3分の1の20分は、
コーカサスの白墨の輪の物語とは関係ない、
観客を引き込むための遊びをやっていた。
やはり掴みを丁寧にやられると、作品の世界に入っていきやすい。
子供向け(だけでないかもしれないが)の作品には、
この掴みがとても重要な要素だと思う。

2014年07月31日
 ■  国際児童青少年演劇フェスティバルおきなわ2014 一日目

沖縄で、ウィークリーマンションみたいなのを借りて、
一週間ぐらい滞在している。
ホテルでもよかったんだけど、こっちのほうがより安かったわけだ。
一週間、掃除は入らないんだけど、
部屋の中には炊飯器もあるし、自炊したほうが安く済むし、
自転車も借りられるということで、この部屋を選んだ。

国際児童青少年演劇フェスティバルおきなわは、
昨年までの名称は、キジムナーフェスタだった。
つまり、若い観客向けの演劇のフェスティバルである。
作品は、世界中から集まってきている。
観客は、ほとんどは日本人だけど、外国人も結構いて、
今日は、デンマークの作品を、ノルウェーの人と、
ムーミン(フィンランドの漫画)について話しながら、見た。

okinawa01.jpg
写真は、「スノーアイズ」という作品の後の、ワークショップ風景。

北欧は、児童青少年演劇に力を入れている国なんだろうか?
先日、高円寺でもデンマークの作品を2本、見た。
いつか、スカンジナビアにも行ってみたい。

フェスの受付には、韓国人のボランティアがいた。しかも、日本語ペラペラ。
外国人が手伝いたいと思うフェスティバルが日本にあるのが嬉しい。
それにしても、韓国の人は、勉強熱心だと思う。

僕が、児童青少年演劇に興味を持ったのも、
韓国で見たある作品が影響している。
それは、日本語に訳すと「粉よ、粉よ」みたいなタイトルなんだけど、
小麦粉を使った、パンの妖精が出てくる芝居で、
小麦粉を使って絵を描いたりする演出と、楽器の生演奏、
そして、麦殻を敷き詰めた客席で、
観客が裸足になって、その麦殻の感触を味わいながら見る、
という舞台美術がとても素敵だった。

今回もそういった素敵な作品に出会えればと思っている。

2014年07月01日
 ■  キジムナーフェスタへのお誘い

インゾウ読書会にご参加された方にはお話ししましたが、
僕は、「新しい子供のためのお芝居」を作りたいと考えていて、
この一年間、いろいろそのためのインプットをしたいなあと考えています。
それで今年は、毎年、沖縄で開催されている、キジムナーフェスタこと、
国際児童・青少年演劇フェスティバルを見に行こうと思っています。

キジムナーフェスタのホームページ
http://jp.nuchigusui2014.com/

東京では、まだ知らない人もいるかもしれませんが、
キジムナーフェスタは、
子供のためのお芝居の、世界的なフェスティバルです。
ご興味ある人は、これを一緒に見に行きませんか?

僕は、7/30~8/4まで、那覇市に滞在する予定です。
お芝居を見ながら、
「新しい子供のためのお芝居」について、語り合えたらと思っています。
(沖縄に行くのは難しいという方も、
 今年は一部のプログラムを東京でも上演するようです。)

その他、僕が気になっている子供のためのお芝居は、
随時、紹介していきたいと思います。

鈴木アツト

2014年06月11日
 ■  Real Arts Conversations 第4週目、5週目

RAC(Real Arts Conversations)のレッスンが楽しくなってきた。
この2週間は、予習・復習の時間をできるだけ取るようにした。
そうすると、どんどん楽しくなってくる。

今日は、
I'm gonna tell you about a production that I saw.
自分が前に見た芝居を、みんなの前で英語で紹介する。
私は、フィリップ・ジャンティの「動かぬ旅人」を紹介した。

It was performed at Parco Theatre in Shibuya in 2013.
I thought the production was very captivating.
The directions takes elements from mime, dance and dolls.
The performers handled various dolls and puppets.

pg1.jpg

pg2.jpg

Some dolls of the face same as a performer appeared and,
Some dolls of naked children with performers' heads appeared and,

pg3.jpg

pg4.jpg

One of those was a doll with an armor.
When it take off the armor, it became a business man.
It was us in a suit, I thought.
I felt as if I were in a dream.
And I could catch the wonder images and pholosophocal message from this production.

他の参加者では、
ピーター・ブルックの「ザ・スーツ」のことを紹介した人がいて、
その話もとてもおもしろかった。「ザ・スーツ」、見たかったなあ。


Real Arts Conversations 第1週目
Real Arts Conversations 第2週目、3週目

2014年06月08日
 ■  デイヴィッド・ルボーの公開ワークショップ

デイヴィッド・ルボー演出の「昔の日々」を見てきた。

この公演には、アフターイベントで、
公演後に1時間の公開ワークショップがあって、
実はそれが目当てで見に行ったのだった。

ルボーが演出で最も重要視ししているのは、
芝居が「生きているか、否か」であり、
生きていれば、演技には「変化」があるから、
その「変化」が起こっているか、どうか、
起こっていなければ、何か「変化」を起こそう、とするらしい。

最初にやったのは、キャッチボール。
相手の名前を呼びながらボールを投げる。
名前を呼ぶ時に、いろんなニュアンスを込めるが、
相手から来たのと同じ意図は、繰り返さない。
例えば、「元気?」というニュアンスを込めたら、
次の人は、「死ね!」みたいなニュアンスで返すとか。
相手をよく見てないと、同じ意図で繰り返してしまう。

次は、一人が、
辺境の言語(日本人が誰も聞いたことのない言語)でスピーチして、
もう一人が、それを翻訳する、というもの。
これも相手のアクションをよく見てないとできない。
遊びみたいだけど、
一人より二人のほうができる、ということを感じられる。
相手が与えてくれるから、おもしろくなる。

俳優は時に孤立する。
一人だと閉じてしまう。
だから、Creativeは全てYesから始まる。
相手を受け入れることから始まる。
そんな説明があって、

次は、
前提のある質問に、ブロックしないで答えていく。
それを繰り返す。
例えば、
「なんで全身が青いんですか?」みたいな質問に、
全て、Yes,こうこうこうで、と答えていく。

次に、
二人羽織みたいなワーク。パートナーの手を手がかりに、スピーチ。
その次は、その発展系。
椅子に座って、二組で二人羽織の会話。
距離が近い(男女がふれあえる距離)のがポイント。

他者からの影響をブロックしない。
僕らは、片羽根の天使。
お互いがいることで飛ぶことができる。

こんなようなことをやっていました。
抜けていることもたくさんあります。
これは僕自身の備忘録としてのメモ。

2014年06月06日
 ■  劇場がアーティストを派遣する意味

昨日(6/5)は、調布の中学校に演劇アウトリーチで行った。
講師は、tamagoPLINのスズキ拓朗。俺は、助手の一人として参加。
拓朗の、ワークショップは、おもしろい!うまい!
たった60分の授業だったけど、濃密な時間だった。

60分の授業でやったことは、
ボールを使ったゲームを20分。
ペアになってやるワークを20分。
音楽に合わせて踊るワークを10分。
後は、準備と片付けで5分ずつ。

中学生は、とにかく、自分の仲間とつるみたがる。
けれど、拓朗の、絶妙な持って行き方で、
彼らは、いつの間にか、知らない大人と手を合わせたり、
体重を支え合ったりしていて、
それだけでこっちは感動してしまうのだった。

他人の重さ(体重だけじゃなくてね)を、
本気で感じる、自分の重さのように感じるってことを、
俺はすごく大事にしてるんだけど、
拓朗のプログラムも、そういうものだったと思う。
で、人間は、他人の重さをしっかり感じられた時にだけ、
本当に他人の存在というものも受け止められるんだと俺は思っている。

演劇アウトリーチの目的って何だろう?
劇場がアーティストを派遣することの意味は?
コミュニケーション講座とか、表現教育とか、
って名前の授業だと、生徒の、
コミュニケーション能力を養成しなきゃとか、
表現力を高めなきゃって思っちゃうんだけど、

「他人の重さを感じる」
アーティストがそれを必死に伝える。、
俺はそれだけでいいんじゃないかと思うんだよ。

2014年05月28日
 ■  Real Arts Conversations 第2週目、3週目

毎週水曜日の午前中は、セゾン文化財団の
RAC(Real Arts Conversations)のレッスンがある。
この話が来た時には、すげえ嬉しかった。
超頑張って、英語力を鍛えようと思っていたが、
水曜日を迎える度に、予習・復習せずにいる自分を発見する。
人間は、簡単に怠ける。これでは英語は身につかん。

さて、2週目と3週目は、
ある作品を見て、それを英語で紹介するという内容だった。
例えば、Sylvie Guillemの「Boléro」。
でも、まずは中学生の英語みたいに、
The set design is stark.とか、
The costume is simple.とか、そんな感じなのよ。
それで、starkっていう単語の意味がわからないから、
恥ずかしいやら、情けないやらで、まいってしまうわけ。

で、講師のイギリス人の先生が、英語で、
Waiting for Godotのsetみたいなのがstarkだって言うわけ。
すると、ああ、ああいう感じかってすごくよくわかるじゃない。演劇人なら。
それが結構、楽しいんだよね。

来週は、急展開で、英語で演出してみようみたいな企画なのだ。
さあ、どれだけ予習ができるだろうか。

Real Arts Conversations 第1週目

2014年05月26日
 ■  ”子供のためのメーテルリンク”「青い鳥」「室内」

第2回インゾウ読書会
”子供のためのメーテルリンク”シリーズ
「青い鳥」「室内」

日時:2014年5月26日 18時~22時
場所:杉並区荻窪の劇団印象の稽古場

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2回目のインゾウ読書会。昨日は、僕も含めて、15名が参加した。
昨年、評判になったSPAC「室内」に出演している、
吉植さんも参加してくれて、クロード・レジの演出の話も聞くことができた。
「室内」は、僕は松田正隆さんに薦められて読んでいた。(その時の感想

吉植さんの発話は、ものすごいスローペースで、
最初は、まどろっこしかったんだけど、
ずっと聞いてると、精神状態が日常とは別のモードに移行させられて、
耳が目になったかのように、台詞を音で凝視できるようになっていった。
そして、戯曲に書かれている、たくさんの沈黙を大事にされていた。

ある参加者が、
「自分は、「室内」のおもしろさを説明されたらわかるが、
これは、上演だけを見て、おもしろいと思えるかわからない」
みたいなことを言っていたのだけど、
吉植さんが、
「僕らの上演でも、観客が途中で帰ってしまうことはあったけど、
いいパフォーマンスができた時は、帰らないで集中して見てくれた」
と返答していた。
クロード・レジの演出は見ていないからわからないが、
僕も、「室内」は、たくさんの観客がおもしろいと思える演劇作品になると思う。

「青い鳥」については、議論の時間が少なかった。
しかし、「幸福は、身近なところにある」という教訓劇にしてしまうのは、
作者の意図と最も離れているのではないか、という意見が出た。

「青い鳥」とは何なのか?何のメタファーなのか?
そして、演劇におけるメタファーとは何か?
そういったことを話せればよかったと思ったので、
次回、もう一度、「青い鳥」を取り上げてもいいかもしれない。

コメント追記:
吉植「ヨーロッパのお客様はやっぱりかならず帰る人はいるんですが、
 帰り方や頻度が結構変わって見えるんですよね。
 あと、私も「結論(教訓)なんかナゾでいいんだよ!
 疑問(青い鳥って何?何故青い鳥を探すの?)こそ明確に提示すべきなんだよ!
 そうじゃなきゃ安い教訓話か、作り手と一部受け手が結託して頷き合う
 コンセプチュアルアートになっちゃうだろ!」 という声に共感しました。」

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・第1回インゾウ読書会「14歳の国」(戯曲で平成を振り返るシリーズ)
http://www.inzou.com/blog/2014/05/post_413.html

2014年05月23日
 ■  せんがわ劇場演劇アウトリーチ 13歳の国

5/23、せんがわ劇場の演劇アウトリーチ事業として、
調布市の中学校に行ってきた。
僕らが受け持つことになったのは中学1年生のクラス。
そこは、久し振りに訪れた13歳の国だ。

とにかく、彼らはすごく恥ずかしいことを気にしていた。
恥ずかしいことをするぐらいなら、死んだ方がましだ、
と思っているのかもしれない。
つまり、そもそも、あらゆる「表現」をしたいと思っていない。

そうした状況で、
「表現」をしてみようと言うのは、
なかなかに、暖簾に腕押し状態だった。
「表現」は、技術の前に、モチベーションという課題があるのだと、
当たり前のことに、こちらが気づかされる。
つまり、「まだ表現をしたいと思っていない子」は、
どうしたら、「表現をしてみようと思う子」になるか、という課題だ。

俺だって、書きたいと思えないと、書き始めらんないんだから。

子供たちとの印象的な出会いがいくつかあった。
どのように育っていくのか、それも楽しみである。

2014年05月21日
 ■  せんがわ劇場演劇アウトリーチ打ち合わせ 5/21

せんがわ劇場の、演劇アウトリーチ事業の2回目の打ち合わせがあった。
そして、いよいよ5/23から、実際に学校に行く。ドキドキする。

THEATRE MOMENTSの佐川さんが、
校歌を使ってやるプログラムという叩き台を出してくれたのだが、
これがなかなかに刺激的なアイディアだった。

校歌なんて、中学生の、特に男子にとっては、
全然興味をそそらないものかもしれない。
でも、そこの中学の校歌はよく読めば素敵な詞なのである。
僕らの、案内がうまくいけば、
自分たちの態度次第で、同じテキストでも見え方が違う(世界が変わる)、
ということを、中学生に体感してもらえるかもしれない。

また、
最終日には、保護者を参加させたいというプランも出て、
これもどうなるか、楽しみである。
人はどのようにして演劇と出会うのだろうか?

2014年05月18日
 ■  戯曲で平成を振り返るシリーズ「14歳の国」

インゾウ読書会(戯曲で平成を振り返るシリーズ)
第1回「14歳の国」

日時:2014年5月15日 18時~22時
場所:杉並区荻窪の劇団印象の稽古場

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演劇における身体について、
いろんな人と話したいと思って企画した読書会。
一回目は、僕も含めて、14名が参加した。

宮沢章夫の戯曲はとてもおもしろかった。
特に、女性だけのグループで読んだ時は、
戯曲に書かれていた、男性のヒエラルキーを超えた、
何か新しい存在に登場人物たちが見えた気がした。

ただ、リーディング後の話し合いが、
劇作家としての問題意識、
演出家としての問題意識、
俳優としての問題意識、
を整理しないで進めてしまったので、
ちょっとグダグダしてしまった。
そして、特に、身体のことを考えるのに、
テーブルトークを中心にしてしまったのはよくなかった。
その点は、反省しなければいけない。

宮沢章夫を取り上げたのは、
自分の演劇観が、段々と保守化しつつあるという危機感があったからだ。
だから、演劇の新しい可能性を常に探っている表現者、
宮沢章夫について勉強したかった。
しかし、宮沢章夫の演劇観が、
僕の「表現者としての根っこ」からは遠いとも、また思った。
だから、勉強のための勉強になってしまったのかもしれない。

上演を前提としない勉強会は、中々難しい。
次は、もう少し、上演を意識して、
読書会のプランを練ってみようと思う。

2014年05月15日
 ■  Real Arts Conversations 第1週目

セゾン文化財団が主催する、舞台芸術関係者を対象とした、
英語でのコミュニケーション向上を目指す研修、
RAC(Real Arts Conversations)に参加することになった。
(共催:ブリティッシュ・カウンシル)

今年は、タイの演劇人との交流もあり、
近い内に、イギリスの演劇も勉強しに行きたいと思っていたから、
渡りに舟だった。今日が、その第1日目。

レベル的には初級だけど、僕にとってはついていきやすいレベル。
そして、かなり具体的な内容で、自己紹介から始まって、
外国のパフォーマーの公演終了後にどうやって相手に話しかけるか、
のロールプレイ等々。

でも基本的には、自分のことを話すので、
英語のトレーニングというよりは、
アーティストとしてのプレゼン能力研修という感じだ。
単語や言い方がわからなくて、会話に詰まるというよりは、
自分が(アーティストとして)何がやりたいのか、どう関わりたいのか、
がはっきりしてなくて、詰まる。それがロールプレイの中でわかっていく。

今の僕にとっては、最も必要なトレーニングだと確信した。

2014年05月14日
 ■  ベトナムと原発 ~複雑な心境~

最近、会った何人かの人から、
国際交流基金の中にアジアセンターができた(復活した?)
という話を聞いた。安部政権が、
アジアとの文化交流に金を出すという動きがあるかららしい。
へえ、右翼的な政権だと思っていたが、どうしたことだ?と思っていたら、
東南アジアに原発を売って、
口封じというか文句を言わせないためにとかいう、
どうしようもない裏の意図があるらしく。。。

とりあえず、
ベトナムが日本の原発を買ってくれた、というのは有名な話のようだ。
ベトナムよ、本当にそれでいいのか?

“原発輸出”最前線のベトナムの村を歩く
http://toyokeizai.net/articles/-/32444

アジアセンターでは、2020年までの7年間を目途に
「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うアジア」を実施するらしい。
2020年の東京オリンピックが、
2011年の3.11を忘却するための装置として、機能し始めている、
そんな気がしないか?

こういう流れの中で、素朴にこの流れに乗っていいのか?
アーティストとして。

2014年05月13日
 ■  タイの演劇といかに関わるか?

芸劇のTACT/ FESTIVALの企画の一環で、
タイの劇団、B-Floorのメンバーが来日している。
「ユーディの冒険」というパフォーマンスを11日までやっていて、
2,3日観光したいけど宿がないということで、
僕の実家にホームステイすることになった。

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昨夜(5/12)は、ちょっとした歓迎パーティーをした。
酒に酔ったうちの親父が、なぜかロカビリーを歌って踊り出した。
タイのみんなは、楽器を取り出し、それにリズムをつけてくれたりして、
なかなか盛り上がった。音楽はいい。言葉がいらない。

物事には歴史がある。積み重ねというべきか。
タイとの関わりで言えば、
2009年11月 「赤鬼 タイ大衆演劇”リケエ”ヴァージョン」
2012年5月 国際演劇交流セミナー2012「タイ特集」
2012年12月 「Destination」
2013年11月 タイ旅行・Bangkok Theatre Festival見学
2014年2月 タイ旅行
そこには、いつもタイの音楽があったように思う。
だから、僕がタイの演劇と交流しようとするなら、
彼らの音楽をどう学ぶかというのは、避けられない問題なのでは?

「ユーディの冒険」について、思ったことをメモ。
レインコートの人形がおもしろかった。
新聞をつなぎ合わせて、大きなお化けにするのもおもしろかった。
最後に子供たちが手をつないで、
そこを人形が歩いていくところは、
学校ワークショップに取り入れられるかもしれない。

2014年05月11日
 ■  松田ゼミで、徹夜で語り合う!

昨日(5/11)は、松田ゼミの2013年度の最後の集まりだった。
15時に立教大学の池袋キャンパスに集まって、
そこから朝3時まで、場所を変えながら、ずっとみんなで話していた。
12時間、同じメンバーで、芝居の話をしていて、飽きない。素晴らしいことだ。
まさかこんなに仲がいい集まりになるなんて、当初は想像もしていなかった。
7人+松田さん、それぞれ作風がバラバラなのが、よかったのかもしれない。

誰かが、「土俵に乗りたい」と言っていた。
つまり、劇作家として、世に出るにはどうしたらいいか?みたいな話だ。
自分の劇団を持たず、演出をしない作家だけの人は、
作品を書いても、それを上演する機会が無いのだ。
劇作家として世に出る以前に、作品を上演したい(作品を世に出したい)、
この気持ちはどうしたらいいのか。

原田ゆうさん 鈴木穣さんは、それぞれ、
劇作家協会新人戯曲賞、「日本の劇」戯曲賞の受賞者だ。
でも、賞を獲ったからと言って、次につながるわけでもないらしい。
つまり、仕事のオファーとかは別に来ないらしい。
いい作品を書く才能と、土俵に乗る才能は、また別の話なのだ。

プロデューサーにこっちを見てもらわなければ。
新国立劇場の2013/2014シーズンのラインナップなんて、
8本中6本は海外の戯曲だからね。
せめて、半分は日本の作家の作品をやるべきなんじゃないの?
え?TPP?

劇作家協会の月いちリーディングとか、
もっと他の劇場にも、普及しないかなあと思う。
せんがわ劇場とか、やってくれないかなあ。

関連リンク:
・研修課松田正隆ゼミ、初参加!
http://www.inzou.com/blog/2013/12/post_384.html

・松田正隆さんの弟子になる?
http://www.inzou.com/blog/2013/08/post_369.html

・ 「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」 2013年6月30日の日記
http://www.inzou.com/blog/2013/07/_2013630.html

・月いちリーディングを終えて2013
http://www.inzou.com/blog/2013/07/2013_3.html

・読書日記「海と日傘」
http://www.inzou.com/blog/2013/06/post_365.html

2014年05月09日
 ■  日韓演劇交流センターの委員に

日韓演劇交流センターの委員になった。
昨年(2013年)の2月に、シアタートラムで演出した「海霧」が、
かなり評判が良かったからだ。あれは、今から思えば、まぐれだった。
でも、でかい劇場での成功は、次につながる。見に来てくれる人が多いから。
そのおかげで、各種助成金がもらえるようになった(と勝手に思ってる)。

そして、日韓演劇交流センターの委員だ。
これは韓国に恩返ししろっていう、演劇の神様からのメッセージだろう。

それにしても、委員の人たちは、韓国のことも韓国演劇も好きだなあ。
俺なんか比べたら全然弱いよ。
その分、まだ伸び代があるっていうことかもしれないんだけど。
とりあえず、韓国演劇勉強会とか企画しようかなあ。
勉強会好きだなあ、俺。

2014年05月07日
 ■  せんがわ劇場演劇アウトリーチ打ち合わせ 5/7

せんがわ劇場の、演劇アウトリーチ事業に今年から参加する。
5/7がその1回目の打ち合わせだった。
調布市の中学校に行って、コミュニケーション講座という授業の中で、
演劇を伝える。もしくは、演劇で伝える。
メンバーの内、僕だけ今年からの参加だったので、
みんなの発言の一つ一つが新鮮だった。

ある人が、
「演劇部じゃなくて、演劇に興味がない中学生に向けてだから、
 難しいんだよなあ」と言ってて、
そういえば、俺、最近、中学生と接してないから、
どんななのか、すごく楽しみになってきた。

また、ある人が、
「先生(教職員)の研修としてのアウトリーチも提案していきたい」
なんて言ってて、同様に、"先生"とも接してないから、
今の"先生"と出会ってみたい。

現場には、様々な発見があるはずだ。また様々な課題もあるはずだ。
そして、今の時代の空気を、自分の生活圏外の場からも感じたい。
今はそれが欲しいのだ。

2014年05月02日
 ■  演劇は音楽をどのように描くことができるのだろうか? Vol.1

演劇は音楽をどのように描くことができるのだろうか?
そんなことを考えながら、新作を書いている。
そして、今日は、斎藤憐・作「ジョルジュ サンドとショパン」を読んだ。

タイトルの横に、「ドラマリーディングwithピアノコンサート」と書かれている。普通の演劇公演ではなく、俳優が台本を持って、音読されることを前提に執筆されている。その狙いにふさわしく、「手紙のやりとり」という構造が選ばれている。ジョルジュ・サンドとサンドの元恋人である弁護士のミッシェルの往復書簡。小説には、書簡体小説という形式があるらしく、だから、これは小説とも呼べるかもしれない。

手紙のやりとりの合間に、時折、ピアノ演奏が入り込む。もちろんショパンの曲だ。サンドと元恋人の往復書簡から、舞台には登場しない現在の恋人ショパンを、観客の想像力とともに浮かび上がらせる、演劇的な仕掛けだ。もちろん、それは成功している。しかし、もっと直接的に、音楽を、ショパンを描くことに挑戦するとしたら、どのような方法があるだろうか?

というのも、作者の興味が、小説家で劇作家でもあった、ジョルジュ・サンドに目が行き過ぎている。あるいは、彼女が支持した革命や運動に目が行き過ぎている。それは作者の狙いだからしょうがないのだが。ジョルジュ・サンドがどんな女で何と戦った人間だったのか、また、ショパンがどのような時代を生き、またどのように時代に翻弄されたのかは味わうことができる。しかし、ショパンの音楽そのものが演劇的に立ち上がってはいないと僕には思えた。しかし、音楽そのものを演劇的に立ち上げる方法などあるのだろうか?

ショパンの音楽についての描写は、例えば、「あんなほっそりとした指先からあんな華麗なリズムが生まれるなんて奇跡です」とか、「右手は終始十二個の八連音符、左手は六個の四分三連音符という難しさだ。これは練習曲じゃない。忘れがたい感銘。僕は魅了され、幼な子の夢の中を彷徨っている」とか、物理的な物に変換されている。手や指についての描写。これが文学の範囲を出ていない気がして、もっと新しい描き方が無いだろうかと思うのだが。

2014年04月29日
 ■  暇があっても、クソしか書けない。

4月も終わろうとしている。
3月末に公演が終わってから、
この1年間で久し振りに余裕のある時間を送っていた。
いろいろインプットして、新作でも書き始めようと思っていたけど、
1ページも書くことなく、4月が終わろうとしている。
じゃあ、インプットをたくさんしたかというと、、、まあ、ほどほどだ。

時間が無いから書けないというのは、嘘だね。

時間があっても書けなかった。
本当に必要なのは、勇気だ。
書けないのは、
新作が駄作だったらどうしよう?
という潜在的な不安があるからだ。
書き始めなければ、
自分の実力の無さとか才能の無さに向き合わなくてもいいもの。

「暇があっても、クソしか書けない。」

この現実に、向き合うための勇気が、
物書きに絶対に必要なのだ。
そして、その勇気は他の人からもらうことはできない。
自分の内側から絞り出すしかないのである。

2014年04月24日
 ■  イギリス王立演劇学校の選考基準

世田谷パブリックシアターの、
「世界の演劇教育を知る」シリーズ、「イギリス演劇と王立演劇学校(RADA)」
に行ってきました。

http://setagaya-pt.jp/workshop/2014/04/post_313.html

これは、誰でも参加できるプログラムだったから、
俳優や演出家の知り合いを誘えばよかった。
また、別の回がある時には、是非、皆さん一緒に行きましょう!

・イギリス演劇の流れの概要がわかった。
・イギリス演劇教育の流れの概要がわかった。
・RADAの選考基準の話から、俳優とは何かを考えさせられた。

他にもおもしろい話は、たくさんあったんだけど、
僕が最も興味を持った、
RADAの選考過程と選考基準の話だけ書きます。

RADAの、入学試験は、6ヶ月間のオーディションです。
4段階あって、
1段階目で、3000人の受験者が300人へ。
2段階目で、150人。3段階目で、90人。最後入学できるのが、30人。

ほぼ半年間、授業を受けながら選抜されていくという感じ。
スピーチや演技のテストもあるんだけど、
長いインタビュー・面接が重視されている印象が、話から窺えた。
3000人から、たった30人だけ。
一体、どんな人が選ばれるのか?
興味があったので、
その選考基準で何を重要視しているのか、質問してみた。

バランスを考えて選抜するのか?
15名の内、男優と女優は半分ずつなのか?
身長が高い人、低い人、太っている人、痩せている人、それとも、
潜在能力や才能があると思われる人であれば、バランスは考えないのか?

最初に、背景(background)を見ている、みたいな答えが帰ってきた。
俳優は、両極端のキャラクターを演じなければならない。
そのために、自分の今いる環境で、
どれだけの人間、作品に出会ってきたか。

しかし、最後に、
「人の脳内に影響を与える影響力、存在感は(学校で)教えることができない」
と言いながら、ある労働者階級の黒人の男の子の例を説明してくれた。
彼が、歌の授業で、ラップを歌いながら、
自分自身で「俺の根っこはここ」って発見していった話とか。

う、書いてて、まとまらねえ。

付け加えるとすると、
「目の前の人の脳内に影響を与えることができる存在感」、
それが選考基準だ!

2014年04月23日
 ■  百メートルを三日で走ってみろ

「百メートルを三日で走ってみろ」

いい言葉と出会えただけで、僕は幸せになれる。
その日一日が、キラキラと輝く。
できれば、毎日、いい言葉、新しい言葉と出会いたい。

今日は、宮沢章夫の「富士日記2.1」を読んでたら、
そういう言葉と出会った。

以下、長いが引用。

-----

特別な人はいて、どんな世界でもほんとうにすごいが、普通は、そうでもないのであり、人は凡庸に生きている。したくてもできない。

百メートルを9秒台で走るのは普通ではできない。天才たちだ。10秒台で走るランナーなど世界中にごろごろしているだろう。凡庸である。それももまた普通だ。だとしたら、その百メートルの走り方を変えればいい。なぜなら、人はうまく走れないし、そんなに速く走れないからだ。走り方を変える。さまざまな走り方があると思う。

<中略>

百メートルを三日で走ってみろと書いた。たいへんなんだよ、きっと、百メートルを三日で走るのは。だがそれをやってみよう。

------

僕は僕なりの百メートルの走り方を見つけたいのだ。

2014年04月20日
 ■  モズ企画、そして、西島秀俊

4/18は、モズ企画の会議だった。
韓国の新人劇作家の短編を、
日本語に翻訳して上演し、日本に紹介しようという”志"でやっている、
モズ企画の、韓国新人劇作家シリーズ。
私は、来年上演する第三弾にも参加することを決めた。

過去2回は演出として関わり、
次回(第3回)も演出として関わりたいと思っているのだが、
その次、もしくは、その次の次では、翻訳を担当したいと思っている。
しかし、そのためには、本当に計画的に韓国語を勉強しなければ。

演出としても、もっとイメージを持って臨みたいと思っている。
第一弾では、初めて他者の戯曲を演出するのでいっぱいいっぱいで、
第二弾では、戯曲の紹介的な演出に留まってしまい、
演出のメッセージは出せなかった。
第三弾では、戯曲の魅力を引き出しつつ、
自分の世界観との相乗効果を生むような、そんな作品を作りたい。

そして、もっと積極的に、
自分が担当する戯曲の作家と関わりながら、演出をしてみたい。

さて、蛇足だが、
年配の女優さんが雑談で、西島秀俊を、その肉体を、話題にしていた。
(「MOZU」というドラマに出ているから、モズつながりで)

男から見ても、あのカラダは魅力的だ。
なんか久し振りにカラダが話題になる俳優が現れた。
細マッチョっていう、らしいっす。
旬なカラダ、西島秀俊のカラダの魅力を考えることは、
自分の演劇に何かしら、プラスにならないだろうか?

そうだ、第三弾では、
私なりの、身体の提示の手法も探ってみたい。
そのためには、日々、世の中の、話題の、「肉体」にも関心を持たなければ。

2014年04月13日
 ■  世界とわたりあうために

ここ2,3日は、10月のタイ人との共同作業のため、
ひたすた英文メールのやりとりをしている。
僕のことをご存知の方はよくわかっていると思うが、
僕は、計画的に活動するのが苦手である。

昨年の、日韓交流企画で、韓国人3人を東京に招いた時には、
計画についての連絡があまりに無くて不安になったと、
韓国人から言われた。
「細かいことにあまり文句を言わない韓国人が、
不安を口にするんだから相当だよ、アツト」
と言われた。

今回は、より言葉が伝わりにくいタイ人と一緒にやるのだから、
昨年と同じ轍は踏めない。。
だから早め早めに連絡を取っているのだが、
それにしても、条件面での交渉などを英語でやるのはタフだ。
でも、タイ人だって母国語じゃないわけだから、俺も頑張らなければ。

本屋で、平田オリザの「世界とわたりあうために」を立ち読み。
タイのところと、韓国のところだけ、読む。
平田オリザの劇団、青年団は、「ソウル市民」という作品の、
韓国上演の時に、台詞を全部、韓国語でやるということに挑戦した、
という下りで、目が点になってしまった。
準備には一年以上かけたらしい。

外国人がその国の言葉で、芝居を上演しても、カタコトになってしまって、
質の高さを保持できないのではないか?という批判はあるだろう。

でも、すごくない?

あんた、真似できる?
少なくとも、韓国の観客に、その気持ちは伝わったんじゃないだろうか。
「ソウル市民」は、日本が朝鮮から朝鮮語を奪っていた時代の話だから、
余計に。

俺は、どれだけ本気に韓国と交流してきたんだろう?
俺は、どれだけ本気にタイと交流したいと思ってるんだろう?

2014年04月09日
 ■  若手問題勃発

最近、年上の演劇界の先輩たちと、一緒に仕事をすることが多くなってきた。
嬉しいことだが、それと同時に、ある問題が勃発し始めている。

若手問題である。「どこまでが若手か?鈴木アツトは若手なのか?」

苦手じゃないよ。若手だよ。
私を「若手」として、扱わない人たちが出てきた。まずい。
もちろん、私を「苦手」として、扱う人たちもたくさんいる。まずい。

「若手」には、年齢が若い、という意味の他に、
実力が未熟、まだ売れていない、
みたいなニュアンスが含まれる。まだ売れていない。。。
その、まだ売れていない状態なのに、
「若手」大学の卒業証書が送られようとしているのか?

「若手」「若手」「若手」「若手」「若手」「若手」「若手」
都の西北にこだまする、若手大学の校歌が聞こえてくる。
この校歌は、あと何年聞けるのだろうか?
いや、もう、知らないところで、卒業していたのだろうか?

とにかく、私は、33にもなって「若手」という言葉にしがみついている。
そして、若手卒業という現実に向き合わなければいけない、
そんな2014年の春です。

gbf0600.jpg

写真は、「グローバル・ベイビー・ファクトリー」の、受精卵のシーン。

「私こそ若手だ!」と言ってる?

撮影:青木司

2014年02月03日
 ■  インド・タイ旅行10日目

深夜まで中華街をうろついていたので、
この日も起きれず、午後になってアポなし取材開始。
前日同様、ネットで、
バンコクの代理出産を行っていそうな会社・病院を検索し、
実際にその場所に行ってみる。

そこも昨日のエージェンシーと同じように、
立派なビルの中の、きれいなオフィスだった。
タイでは、代理出産は贅沢品なのだろうか?
さてさて、オフィスは土曜日のせいか、営業しておらず、取材終了。
最後は、尻すぼみになってしまった。

滞在先から一駅のMo Chit駅に向かい、
Weekend Marcketをぶらぶらする。
バンコクも2回目だから、だいぶ慣れた。
一人で行って、楽しめるところも増えた。

17時半にTuaさんと最後の晩餐をして、
Ari駅まで車で送ってもらう。
そして、空港へ。

タイに来た目的は、実は二つあった。
一つは、タイの代理出産ビジネスの取材。
もう一つは、タイの演劇人との交流。
今年秋に、
「匂衣~The blind and the dog~」の、
タイ・ヴァージョンを作りたいと思っていて、
その現地での準備もしたいと思っていたが、
そちらのほうも、全然進まなかった。
しかし、焦ってもしょうがない。ゆっくり準備しよう。
マイペンライ。そして、グッバイ、バンコク!

東京では、
「グローバル・ベイビー・ファクトリー」の稽古の日々が待っている。

2014年02月01日
 ■  インド・タイ旅行9日目

午前中は疲れて、ほとんど起きれなくて、11時に起床。
トゥアさんとブランチを食べた後に、
バンコクの代理出産エージェンシーにアポなし取材開始。
しかし、厳しい。

バンコクの中心街近くのあるビル。
一階は、リッチな感じのショッピングモールで、
上の階がオフィスビルになっている建物。
HPに書いてあったフロアに行ってみたが、その会社名のオフィスはない。
ウロウロしていると、
共同の受付みたいなところの、お姉ちゃんが気にしてくれて、
事情を説明すると、多分、あの会社じゃないかと、
取り次いでくれた。

現れたのは、50代の穏やかな感じのキャリアウーマン。
英語も聞き取りやすくて、
これはいい取材ができるのでは、かなり期待してしまったが、
researchという言葉を聞くと、すぐに険しい顔になった。

HPでは、うちの会社が、代理出産をやっているように見えたかもしれないが、
基本的には、仲介とカウンセリング(相談)だけをやっている。
クリニック、そして、代理母、両方とも紹介するのは難しい。
プライバシーもあるし、相手がそれを望まないだろう。

優しかったが、はっきりと取材を断られてしまった。
少し粘って、クリニックだけでも紹介できないか?と聞くと、
行くだけ行ってみてと、あるクリニックの場所と名前を教えてもらえた。

先のエージェンシーから、BTS(電車)で一駅。
そのビルもとてもリッチな感じ。
ビルの1階でセキリュティーチェックがあり、
パスポートを渡して、カードキーをもらって、クリニックへ。
明らかに高級感あふれる部屋。
受付で要件を伝えて、10分ぐらい待つと、
「ドクターは、(取材を)望んでいない」とナースからの伝言がある。
インドとは、全然違う反応に呆然としてしまう。

トゥアさんには、多分、取材は難しいんじゃないかと言われていたが。。。
完全に認識不足。準備不足。しかし、
多くの部分で、インドとタイの国民性の違いを感じることになった。

夕方以降は、トゥアさんの友人たちと、
観光スポットを巡るが、気分が沈んで、全然楽しめなかった。

chinatown.jpg
※写真は、旧正月を迎えた、バンコクの中華街。

2014年01月31日
 ■  インド・タイ旅行8日目

飛行機は、朝5時(タイ時間)に、
バンコクのスワンナプーム国際空港へ到着。
そこからトゥアさんちへ。
トゥアさん、こと、プラディット・プラサトーンさんは、
タイの劇作家、演出家、俳優である。
http://performingarts.jp/J/pre_interview/0910/1.html

僕は、2012年の12月に、バンコクのデモ運動を扱った、
「Destination」のリーディング公演を演出した。
そして、今、バンコクは大規模デモで騒がしくなっている。
またしても、自分が演出した作品の世界に入っていくようだ。

しかし、今のところ、デモにさえ近づかなければ、
全くと言っていいほど、危険は感じない。
日本での報道は、大袈裟に伝えられすぎていると思う。
too much(やりすぎ)なのだ。

トゥアさんは、
政府側も、デモ側も、支持しない。
特に、今回のデモはtoo muchだと言っていた。

インドのムンバイの次がバンコクだったので、
いろいろと街の雰囲気を比べてしまうが、
バンコクはものすごく、今、経済が発展している感じがした。
その結果、中産階級がかなり厚みを増している気がする。
インドのように騒がしいわけではないのに、
街がエネルギッシュな感じがする。
人々に余裕が見てとれるというか。

トゥアさんにそのことを話したら、
バンコクはそうかもしれないが、
経済発展は、他の地域との格差を広げているとのこと。
地方の貧しい層には、その恩恵が届いていないと。
バンコクは今ものすごいスピードで変わっている。
10年後、全く想像できない姿に変わってしまうのではないか。
と、トゥアさん。

さて、演劇はどうか。
バンコクには、今、50ほどの劇団があるが、
常時活動しているのは、20ぐらいとのこと。
これは、福岡の演劇事情と重なるところがある。

この日の夜も、Democrazyという洒落た名前の劇場で、芝居を見た。
50人はいない観客は、ほぼ全員、演劇関係者だったと思う。
チケット代600バーツ(約1800円)は、タイでは高額なので、
一般の観客層ができあがっているわけではないようだ。
あらためて、韓国の大学路の演劇状況の素晴らしさを思い出す。

tua-atsuto.jpg
※Democrazyの前で、開演を待つ、トゥアさんと私。

2014年01月30日
 ■  インド・タイ旅行7日目

せっかくインドに来たのに、
観光をしても、自分は得るものは少ないと昨日わかったので、
今日は、代理出産ビジネスの取材を、続けることにした。

ムンバイにも代理出産をやっているクリニックはあるだろうと予想し、
google map で、mumbai infertility clinicと検索したら、
170件ぐらい出てきた。そのクリニックのHPを見て、
医療内容に、surrogacyとあれば、代理出産をやっているということである。
宿泊しているホテルから、歩いていける距離の三件に
とりあえず行ってみることにした。

しかし、クリニックを見つけることは中々難しいだろうなあと思っていた。
7日間の滞在で、英語の看板がないところが多いことがわかっていたし、
道の名前も、HPやgoogleには英語名があるのだが、
実際は英語名が出ていないところも多いのだ。
案の定、1件目と3件目のクリニックは見つけることができなかった。
が、2件目のMUMBAI FERTILITY CLINIC & IVF CENTERは、
発見することができた。

mumbai-clinic.jpg
※ムンバイのクリニック。銀色の車の向こうに入り口がある。

クリニックの外観はここが病院?というぐらい、インドぽい汚さだが、
中に入るとものすごくきれいで、清潔で、近代的な内装の病院であった。
若干、緊張して、クリニックのドアを押す。
入ってすぐの廊下に、四、五人のインド人の患者たちが、
椅子に座って順番を待っている。とりあえず、いつもの調子で、
「日本人で、鈴木アツトで、作家で、代理出産をテーマにした台本を、、、」
と伝えると、しばらく待つようにという指示があった。

壁には、赤ちゃんを抱いた、夫婦の写真が一面に飾られている。
Total 999 Pregnanciesの文字。
そして、代理出産の件数もあり34/80、43%と成功率も書かれている。
15分ぐらい待っていると、ようやくドクターの手が空いたようで、
インタビューをさせてくれた。

このクリニックでは、患者(クライアント)はインド人だけであり、
外国人は扱っていない。
外国人を扱っているクリニックとしては、
デリーにあるAクリニックが有名だから、調べてみたらどうか。
アーナンのクリニックについては、もちろん知っている。
私のクリニックでは、
代理母を代理母ハウスのように集めて生活させるということはない。
私から言わせれば、代理母ハウスはあまり人間的とは言えない。
代理母は、夫と会えないんだろう?(週末しか会えないと、僕が答える)
ここでは、そういうことはない。普通の部屋で、ケアをされながら暮らしている。
インドも国際的な代理出産に関しては法律が厳しくなっている。
(イスラエル等の)ゲイのカップルが、代理出産を行うことが難しくなっている。
彼らは、インドでできるのか、他ならどこの国でできるのか、
情勢を見守っている。 等々という話を聞くことができた。

こういう時に、自分の英語力の無さを心底呪う。
ドクターの喋るスピードが速くて、きちんと理解できたのか自信がない。

ただし、やっぱり、アーナンだけでなく、
ムンバイのクリニックを一つでも見ることができたのは、よかった。
ムンバイのこのクリニックも忙しそうだったが、
アーナンのクリニックのほうが、もっと待っている患者が多かった。
それに、雰囲気が全然違う。

自分の関心は、代理出産だけでなく、
メディカルツーリズムにあるということも鮮明になった。

経済的な格差を利用して、
他人の身体を使い、子供を産ませている、という視点で見れば、
代理出産は、許されざる行為だ。
しかし、少なくとも、ムンバイのこのお医者さんは、
医師として、患者のニーズに、真剣に応えているだけ。
代理出産は、普通の医療行為であり、
不妊治療の一つのプロセスだと、捉えている。

普通とは何だろう?
普通の幸福。普通の人生。普通の家族。
普通(の子供を持つ人生)を求めて、
普通じゃない方法(代理出産)に手を伸ばすという矛盾。
じゃあ、不妊の人は、自分の運命を受け入れるべきなのか?
頭がグルグルする。

23:20発の飛行機でタイ・バンコクへ。
グッバイ、インド!

2014年01月29日
 ■  インド・タイ旅行6日目

今日は、観光スポットを回ってみたが、
特に、インドのことを深く知ることができる出来事はなかった。
旅にトラブルが無いと、退屈だし、寂しい。

elephanta.jpg

たまたま入った、レオポルド・カフェというところが、
2008年のムンバイ同時多発テロで襲撃された場所の一つだったことは、
私のテーブルの前の窓を、写真に撮っていた人たちから聞いた。
その窓には、銃痕が!!!おお、怖っ!
話を聞いて、ゾッとした。
途端にオロオロし始めてしまい、自分の小ささを実感する。

leopoldcafe.jpg

宗教とは、本来、とても平和的なもののはずだ。
心に平穏を与えてくれるのが、宗教。
そういえば、アーメダバードで見た、
モスクでお祈りをしているイスラム教徒たちの安寧な姿は、
とても羨ましかった。
特定の信仰を持たない者には、
100%理解することはできない世界だからだ。
彼らの笑顔はとても優しかった。
信仰というのが、なにか心の美とつながっていることが実感できる。

しかし、その宗教が、信仰、暴力的な顔を見せることがある。
むしろ、宗教には、暴力に正当性(大義名分)を与える機能があると、
言うべきだろうか。

レオポルド・カフェを出て、
アラビア海が見える、マリーン・ドライブへ。

この海の向こうには、アラブの国や、アフリカの国がある。
僕には、この海の向こうを自分の目で見る機会があるのだろうか。
それとも、この海の向こうは、知らずに一生を終えるのだろうか。
エジプトのピラミッドは見に行きたいなあ。

arabian-sea.jpg

いよいよ、インドは明日で終わりだ。

2014年01月28日
 ■  インド・タイ旅行5日目

今日も移動日。
アーメダバードから、Jet Airwaysに乗って、ムンバイへ。
昨日、写真撮るって言ってたタクシーの運ちゃん、
時間どおりに迎えに来なかったので、リクシャーで空港へ。
ごめんね。でも、また飛行機に乗り遅れたくなかったのよ。ごめんよ。

旅もいよいよ、終盤。ムンバイで二泊して、次はタイ・バンコクである。

さて、ワタクシ、
ムンバイの空港で手品を使うお茶目なインド人に遭遇しました。
その彼は、プリペイドタクシーのコーディネーターだったんだけど、
私が、1500ルピー渡したら、
向こうが渡した瞬間にすり替えて、550しかもらってないって言うの。
こっちも、インドのお金に慣れてないから、おかしいなあと思いながら、
もう一回1000ルピー渡したんだけど、
後で考えたら、、、慣れてないからこそ、間違えない。。。
はい、カモられました。

しかも、ムンバイの空港から、ホテルのあるムンバイ中心部まで、
1500ルピーは、ちょっと高いんだよね。。。
はい、カモられました。
でも、見事だったんだよ。その手口。
だから、素晴らしい手品を見たと思うことにした(泣)。

インドにいると、価格と価値の差について、考える機会が多い。
タクシーの1000ルピー(1800円)はちょっと高いんだけど(泣)、
例えば、バナナの場合はどうだろう?
今日、僕はバナナ6本を20ルピーで買ったんだけど、
ホテルのボーイさんから、「それ高いよ」って指摘された。
「たくさん付いてる房で40ルピーだよ」って。
じゃあ、1本2ルピーぐらいが適正な相場か。
外国人料金で買うか、現地の人と同じにこだわるか。

自分も演出料を、余裕のある団体からは多めにもらうし、
余裕のない団体からは少なめでも我慢するし、価格なんて常に流動的で、
買う相手に合わせて変える、関係性によって変える、
というほうが、人間的なのかもしれない。そして、
スムーズに現地の人と同じ価格で物が買えるようになっていくということが、
インドを知っていくということなんだろうと思う。

anand-dress-shop.jpg

※写真は、アーナンの服屋さん。
 衣装で使うパンジャビドレスやインドのガウンをたくさん買いました。
 観光地ではなかったから、おそらく、現地値段で?

2014年01月27日
 ■  インド・タイ旅行4日目

今日は移動日である。
アナンド(インド人の発音だと、アーナンに聞こえる)から、
アーメダバードへ、プリペイドタクシーで1時間半。
ドライバーは、行きにアーナンに連れてってくれた奴なんだけど、
(行きに、帰りのタクシーを彼に予約しておいたのだ)
帰りは、とっても遠慮がなくなっていた(仲良くなったってこと?)。

冷房をガンガンに入れるし、
インドのポップスを大音量で流すし、
CDと一緒に歌い出すし、しかも音痴だし、耳に優しくない旅だった。
でも、いい奴だったから、OK!英語通じないけど、OK!
なぜかわからないけど、動物園の門の前に連れていってくれたし。
インドのポップスのCDをコピーさせてくれたし。
彼とは、明日、空港に送ってってもらう約束をしたので、
明日は、是非写真を撮って、どんなナイスガイか紹介したいと思います。

アーメダバードのホテルにチェックインして、
ランチを食べに街をブラブラ歩く。
アーメダバードは、アーナンより大きい街だが、その分、貧富の差が目につく。
アーナンではほとんど見えなかった物乞いの子供たちが、
俺のジーンズの裾を引っ張ってくる。
これは、夜暗くなったら、出歩けないなあと、少しびびる。

さて、昼食である。
三日目の早朝の下痢以外は、
特にお腹を壊すこともなく、元気に過ごせていた。
しかし、この昼食は、あまり美味しく感じなかった。
内臓がインド料理に慣れてきたけど、
舌がインド料理に飽きてきた、のかもしれない。
人生ってままならないものだ。
でも、アーナンで、僕が2回通ったレストランの食事は美味しかったし、
アーナンのホテルのルームサービスも、とても美味しかったんだけどね。
ここは普通。

アーナンが恋しくなり、その気持ちが伝染して、日本が恋しくなり始める。
ホームシックだ。そして、せめて夕食はさっぱりしたものが食べたいと、
ルームサービスで、禁断のPizza Margaritaを頼んでしまった。
インドで、マルゲリータ・ピザを頼んでしまうなんて。心が弱くなっている。
ちょっと待って、Pizza Margarita?スペルが違わないか?
本来なら、Pizza Margheritaだろうに。

届いたPizza Margaritaは、俺の想像のPizza Margheritaではなかった。
インド風にアレンジされた、Pizza Margaritaだった。
全然さっぱりしてない。香辛料がしっかり利いていて、とってもスパイシー。

ごめん、インド人。
俺たちも、普段、俺たち日本人が食べたい、マサラっぽい日本の料理を、
インドカレーと偽りの名前を付けて、食していた。それは謝る。
でも、これは、マルゲリータ・ピザじゃないよ(泣)
ホームシックが頂点に達し、気を紛らせようとテレビをつけたら、、、
インドのニュース番組で、安部首相の顔がアップで映っている。

いくら日本が恋しくても、見たいのはお前の顔じゃない!

anand-marcket.jpg
※写真は、アーナンのマーケットで服を買う女性たち。
 どこの国でも、女性はファッションが大好きだね!

2014年01月26日
 ■  インド・タイ旅行3日目

インド時間3:30AMに起床。日本時間だと朝7時なので、
体内時計が正常に働いていることが確認できたわけだ。
起きると、すぐに下痢が始まる。
お腹がすごく痛いわけじゃないんだけど、下痢が止まらない(笑)
なんだかインドぽくって楽しくなってきた。

下痢をしたり、また眠ったりを繰り返してる内に、
5時間が過ぎ、お腹が空いてきた。
さすがに、止まらない下痢に焦りを感じ、
とにかく出したからにはいれなきゃと、ルームサービスで朝食を頼んだ。
正露丸を飲み、食事を済ませたら、下痢は止まった。
(後で調べたら、下痢の時には、あまり食べない方がいいらしい)

今日は、インド旅行のメインイベントが待っている。
世界一有名な代理出産クリニックに、
アポなしで取材に行くという大事な日なのである。
というわけで、ホテルに引き篭もっているわけには行かず、
「ゲリ帝国の逆襲-The GERI Empire Strikes Back-」に備え、
日本から持参したオムツを穿いて、出発することにした。
オムツを穿いたのは何年ぶりなんだろう?前回の記憶はもちろんない。
でも、あと50年生きれば、再び穿くようになるんだから、いい予行演習である。

ホテルを出るとすぐ、オートリクシャーの兄ちゃんから、
「XXXクリニックに行くの?」と声をかけられる。
なんでわかるんだ?超能力?インディアンエスパーに敬意を表して、
歩きで行くのをやめて、リクシャーで送ってもらうことにした。

実は、これがすごいラッキーだったことが後からわかる。
しかし、その辺の事情は書けないので、割愛。

クリニックは驚くほど混んでいた。
きっとアポなしの取材なんかOKしてくれないだろうと思えてきた。
とにかく、受付の女性に、「自分の名前は鈴木アツトで、
日本人で、作家で、代理母の取材をしたくて来た」と、
拙い英語で伝えると、中で待つようにと言われた。
待合室には、恐らく依頼人であろう、
カナダ人の夫婦とインド人の夫婦がいて、
カナダ人の奥さんが僕に明るく話しかけてきた。

僕は、ドクターの部屋にすぐに呼ばれ、
その有名な女医さんに、事情を説明した。

「あなたは代理出産を、ポジティブに描きたいの?ネガティブに描きたいの?」

その相手からの、最初の質問が特に印象に残っている。
僕は、「まだわからない」とだけ答えた。
はっきりしない男だと、多分、思われたと思う。
でも、代理母ハウス(代理母が出産まで生活する寮みたいなところ)
を見学する許可が下りる。ただし、通訳はいないとのこと。

クリニックから案内をしてくれる女性が一人付いてきた。
彼女は、多少、英語が話せた。
リクシャーで郊外の代理母ハウスへ行く。

とにかく、代理母たちと話してみたかった。
こっちは英語だって拙いし、むこうは英語は喋れないけど、
生活が知りたかった。何を考えてるのかを感じたかった。
運良く昼食の時間で、昼食を作っているところを見てたら、
「もしかして、食べる?」と聞かれて、「うん!食べる」と即答。
もちろん、早朝の下痢のことが頭を横切るが、大丈夫。
万が一、下痢になっても、僕はオムツを穿いている。
というわけで、代理母たちと同じものを食すことに成功する。

eat-indianfood.jpg

途端に、案内の彼女が、とてもフレンドリーになっていく。
「この人、同じご飯食べたんだよ」と、みんなに言ってくれるから、
みんなもおもしろがって、興味を持ってくる。
だからといって、言葉が通じるようになったわけじゃないから、
深いインタビューとかはできないんだけどね。

「私、日本人の子供を妊娠してるんだよ」と言ってきた女性がいた。
彼女は、クライアントからもらったであろう、お守りを見せてくれた。

今回の旅行は、
なんだか、とても不思議な感覚になる。
「グローバル・ベイビー・ファクトリー」は、僕が既に書いた物語である。
既に書いた物語のために、取材をしていて、
自分が書いた物語の中に入り込んで、
自分が書いた登場人物たちと話しているような気がするのだ。
もちろん、実在のクリニックを元に書いたからなんだけど。

江戸川乱歩の「押絵と旅する男」じゃないけど、
現実と自分が書いたフィクションが混ざり合う、蜃気楼の中の世界のようだ。

下半身のオムツの感触が、僕を現実に戻す。
たった一週間の取材で、この代理出産ビジネスについて、
インドについて、インド人について、何がわかると言うのだろう?
それに、依頼人側の視点だって、もっと考えて描かなければ。
あのクリニックの待合室の雰囲気。妻の表情と夫の表情。
国際的な代理出産。その扱うことの難しさを、あらためて思う。

2014年01月25日
 ■  インド・タイ旅行2日目

飛行機に乗り遅れた。いきなりのトラブルだ。

目的地アナンドは、ムンバイから直接行くことができず、
国内線でアーメダバードまで行って、そこから車なんだけど、
この最初の飛行機に乗り遅れた。

俺のEチケットでは10:15出発ってなっていた飛行機が、
なぜか9:45に出発するらしい(笑)
要するに、9:20での受付が遅すぎた。
空港には、余裕を持って行きましょう。
「14:10の飛行機に変更はできる」と言われ、
4時間、空港で待つことに。

スチュワーデスには美人が多い、
トイレ掃除の人は肌が黒い人が多い、
インドでは、外見がもろ職業に反映している気がする。
運転手、荷物持ちの人が、やたらとペコペコしている。
「職業に貴賎なし」ってのは、
この国では通じない気がするのが、直感的にわかる。
しかし、生まれた瞬間に、職業と貴賎が決まってしまうというのは。。。

アーメダバードからアナンドまでは、プリペイドタクシー。
全ての車とバイクがクラクションを流しなら、
猛スピードで道をかっ飛ばす。あれ?信号は?無いの?
そう、信号が無いんだよ。インドには。
なんか、街中で、F1のモナコグランプリをやっているかのようなレースぶりで。
しかも、ノーヘルでバイクの二人乗りする奴ら多数。

indian-bike.jpg

ホテルに着いた。でも中々チェックインできなかった。
旅行の目的を聞かれ、観光と言っても納得してもらえず、
しょうがないから、「代理出産クリニックを見に来た」って言ったら、
「それだと、観光ビザじゃダメだぜ」
「いや、特にアポイントメントは無いんだよ」
「・・・」
というわけで、なんとか、泊まることができましたとさ。

2014年01月24日
 ■  インド・タイ旅行1日目

タイ国際航空で、バンコクのスワンナプーム国際空港経由して、
ムンバイの、シャートラパジ・シバジ空港へ。
写真は、飛行機から見たムンバイの夜景である。

mumbai_nightscape.jpg

飛行機に乗っていた時間は、7時間と4時間半。
先週も福岡に飛行機で行ったから、
だいぶ飛行機が怖くなくなってきた。
人間、慣れるものだ。

今回は窓際に座れたのもよかった。
月並みだが、窓の外で、
世界がどんどん小さくなっていくのを感じられた。
自分は、なんて小さなことを気にして生きているのだろうと、
日々の生活のあれやこれやに右往左往している自分を省みた。

空港を出ると、
すぐにPick-Upの運転手と会えて、ホテルへ。
運転手に「英語話せる?」って聞いたら、「No, Sir」って言われたのが驚きだった。
「Sir」かあ。なんかこそばゆいなあ。

ホテルのカウンターでは、今度こそ英語でやりとりをしたのだが、
相手のインド訛りがきつくて何言ってるのかわからない。
こっちの英語も日本訛りで、よくわからないんだろうなあ。
明日からが心配である。

明日は、インドの地方都市Anandに向かう。
序盤にして最大の山場なのだ。

This picture is a night view of Bombay seen from the airplane.
Now I'm in Bombay of India.

It was good that it was able to sit down by the window.
I was able to feel outside the window that the world became small rapidly.
I cared about the very small thing and, probably, was alive.
I was running about in confusion to the daily life.
But I want to change my life now.

2013年12月31日
 ■  研修課松田正隆ゼミ、初参加!

12/29は、劇作家協会研修課松田正隆ゼミがあった。

そうなのだ。俺は、松田正隆ゼミに入っていたのだ。
夏にはあんなに、この人から学びたいと思っていたのに、
忙しさに紛れて、すっかりそのことを忘れていた。
俺は、前回の10/6は出席できず、一昨日、初めて出席したのです。

このゼミの松田さんの立ち位置は、
なんか講師っていうか、友達みたいな感じで、
ある意味、メンバーを放し飼いみたいな感じなんだよね。

最初から肯定してくれるから、安心できるんだけど、
その安心に甘えてしまったら、俺はダメになるタイプだと思うんだよな。

なぜ、課題戯曲がメーテルリンクの、「室内」だったのか?
なぜ、参考図書として、
ペーター・ションディの「現代戯曲の理論」を読ませたのか?
あんま松田さんは言わないから、もっと自分から聞けばよかったし、
そもそも、自分で考えておくべきだった。

とにかく、このゼミがある間は、
必死で、松田さんの戯曲そのものもたくさん読みたいと思っている。
今まで読んだのは、
「海と日傘」、「月の岬」、「紙屋悦子の青春」の初期の三作品のみだから、
難解だと言われている、最近の作品も読まなきゃ。
勉強したいことが、死ぬほどたくさんあるなあ。


関連リンク:
・松田正隆さんの弟子になる?
http://www.inzou.com/blog/2013/08/post_369.html

・ 「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」 2013年6月30日の日記
http://www.inzou.com/blog/2013/07/_2013630.html

・月いちリーディングを終えて2013
http://www.inzou.com/blog/2013/07/2013_3.html

・読書日記「海と日傘」
http://www.inzou.com/blog/2013/06/post_365.html

2013年11月21日
 ■  タイから英語の長文メール

Follow me on twitter! http://twitter.com/@Atsuto_Suzuki


モズ企画「韓国新人劇作家シリーズ第2弾」
2013年11月27日~12月1日@新宿・タイニイアリス
【チケットのご予約はこちらから】
http://ticket.corich.jp/apply/49836/b/


タイで出会って、英訳された「匂衣」の台本を渡した方から、
長文の英語メールをいただく。

もちろん、俺はスラスラ英語が読める。
まるで、フランス語を読むように、英語が読めるんだ。

うん。
very good storyって書いてあるし、いい感触だ。

もちろん、それ以外のところも、きちんと読めている。
内容を理解している。
ここで、それについて書かないのは、
英語ができないからじゃない。
どう、日本語に訳していいか、わからないだけだ。
訳すのが難しい内容のメールなのだ。

とりあえず、
Thank you!とだけ返信を送っておこう。
別に、英語ができないから、短い文章というわけじゃない。
忙しいから、たくさん書けないだけだ。

2013年07月15日
 ■  読書日記2013年7月 その1

Follow me on twitter! http://twitter.com/@Atsuto_Suzuki

「室内」
モーリス・メーテルリンク著
倉智恒夫・訳

「フランス世紀末文学叢書12」より、
メーテルリンクの、「室内」「群盲」「タンタジルの死」「忍び入る者」を読む。

四篇に共通しているのは、死が忍び寄ってくるという構造だ。
そして、他の三篇が、死を受け取る側の視点から描いているのに対し、
「室内」は、死を受け渡す側の視点から描いている。
それがとてもユニークに感じた。

言い換えれば、死神の視点から、
"幸福な生"="室内"を描いているのだ。
対話劇だが、台詞が長いので、モノローグのようでもある。
その長台詞は哲学的であり、
真っ黒な底なし沼に落ちていく時のような、
残酷な快感がある。

いつか演出してみたい戯曲だ。

2013年07月04日
 ■  「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」 2013年6月30日の日記

「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」を見に、
久し振りに原美術館に行って来た。

初めて海を見る人々の表情をとらえた映像作品「海を見る」(2011年)、
失明した人々を取材し、
写真とテキストで綴った「最後に見たもの」(2010年)、の2部構成。

hara-museum.jpg

「海を見る」は、想像よりは、凡庸な作品だった気がする。
大人になってから、初めて海を見た人の内面に迫っていたかというと、
迫りきれてない気がした。
映像ではなく、写真で表現したほうがよかったんじゃないか?
初めて海を見た子供たちの映像(みんな、海に入って、ジャブジャブ遊ぶ)は、
おもしろかったけど。

「最後に見たもの」は、
ものすごく暴力的な作品で、エピソードも多彩でおもしろかった。

ソフィ・カル展は、松田正隆さんが薦めてくれた。

月いちリーディングの時に、「匂衣」は、
宮沢章夫さんの著書「演劇は道具だ」の中で、
宮沢さんが、ある写真家の「盲目の人々」という展示について書いた文章に、
inspireされて発想した作品だったことをみんなに話したら、
松田さんが、
「それ、ソフィ・カルだよ。今、展示やっていて、
明日まで原美術館でやってるから見に行けば?」
と教えてくれたのだった。

ミュージアムショップで、「盲目の人々」の写真集も売っていた。
点字の装丁、写真、テキスト、どれを取っても刺激的で、
僕は、ソフィ・カルの作品では、この「盲目の人々」が一番好きみたいだ。

数年前まで、原美術館から歩いて15分くらいのところに住んでいたから、
街並みが懐かしかった。
ただ、僕の住んでいたマンションは、もう取り壊されてなかった。
時は過ぎていく。

2013年06月20日
 ■  オーディション 2013年6月19日の日記

今日はオフなのに、
朝から、せんがわ劇場で、打ち合わせがあって、
その後、主催事業「彼女の素肌」のオーディションを手伝った。
オフなのに。ああ、疲れた。

というのは、
俳優経験のない僕は、オーディションについて、
あまりよくわかってないんですな。
去年やった、トラムのリーディングためのオーディションでも、
選ぶ側のこっちが緊張してたぐらいで。

で、「彼女の素肌」の演出家が、
文学座の西川信廣さんだったこともあり、
ベテランの演出家のオーディションをのぞきたくて、
手伝うことにしたのだった。オフなのに。

ここまで書いて、オーディションが明後日もあることに気づく。
危ない!内容は書けない!

とにかく、今日を終えて、思ったのは、
トラムのリーディングで、自分がやったやり方は、
間違ってなかったってこと。
オーディションなんて、演出が何を見たいかによって、
千差万別なのだ。

次、僕がオーディションをするのはいつだろう?

2013年06月18日
 ■  その河をこえて、五月 2013年6月18日の日記

10月に、BeSeTo演劇祭で発表する新作を
そろそろ書き始めなければいけないと思っている。
それで、昨日、とにかく、出だしを書いてみたんだが、
「これおもしろいの?」っていう感じだったので、
書いたものは、すぐに破棄して、
今日はリサーチの日にした。新国立劇場の情報センターに行った。
「その河をこえて、五月」の記録映像を見るためだ。

「その河をこえて、五月」は、2002年に新国立劇場で上演された作品で、
http://www.nntt.jac.go.jp/season/s158/s158.html
日韓国際共同制作の先輩的作品として、評価も高かった。
では、その出来は、、、

僕は、平田オリザはあまり好きな劇作家・演出家ではないのだが、
この「その河をこえて、五月」はとても良かった。
平田オリザの、韓国と深く関わろう、付き合おうとする、
真摯さ、誠実さのようなものを強く感じた。

まず、場所の設定がいい。
ソウル・漢江の河原。しかし、そこは、
日帝時代に日本人によって植えられた桜の木の下。
とても皮肉が効いている。

各世代の日韓関係が交差しているのもすごい。
僕は、韓国のことを考える時に、
自分と韓国の関係だけを考えてしまっていた。

けど、父母から見た日韓関係、祖父祖母から見た日韓関係というのも、
同時に見えてないと、非常に浅い視点で描いてしまうことになる。

また、典型的な韓国人のイメージ(大酒飲みとか)を提示しつつ、
さりげなく、お酒の飲めない韓国人とかを出して、
そこから、韓国社会の問題点をさりげなく見せているのも、うまい。

一番さすがだなあと思ったのは、
日本人の鈍感さの描き方である。
悪意によってではなく、鈍感さによって、
日本人は韓国人を傷つけたり、怒らせている。
そのことを、 平田オリザは見逃してないんだよな。

さて、僕はこれを見て、どんな作品を書くんでしょうか?

2013年06月14日
 ■  読書日記2013年6月 その1

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「海と日傘」
松田正隆・著

好きな作品。
今度、松田さんと会うから、
読んで嫌いだったら、どうしよう?と思っていたが、
とても好きだったから、よかった。
これ、31歳の時に書かれたんですね。へえ。俺、今、33歳、、、。

夫と妻以外の、登場人物の出番が少ないけど、
多分、全ての役で、俳優は演じ甲斐を感じられると思う。
それは人物が書き込まれているというのとは違って、
余白が設計されている、ということなのだ。
書き足りてないということでもなく、余白。

俺は、自分が説明過多な作風だから、
このトーンというか、文体には憧れるな。
余白は、演じるのも、演出するのも難しいと思う。
だって、舞台上に無いものを想像させなきゃいけないわけだから。
ああ、余白。しかし、これこそ演劇の魅力だ。

妻の病気が何なのか、
わかって読むのと、わからないで読むのとでも、
印象が違うんじゃないだろうか、それもこの戯曲の魅力の一つだ。
僕は、岡野宏文さんがこの戯曲を解説してる文章を先に読んでいたので、
どういう病気なのか、具体的にわかって読んでいた。

しかし、恐らく、岡野さんの解説を読まなかったら、
俺はこの病気が何かはわからなかったと思う。
それぐらいほんのりとしか描かれていない。
この描写で、病気の正体を察知した岡野さんはすごいな。
病気の正体がわかって読むと、後景が浮かび上がってくる。

2013年06月10日
 ■  せんがわ劇場・演劇コンクール The 惨敗!

せんがわ劇場、演劇コンクール。
ご来場いただきました、皆様、ありがとうございました!

劇団印象の「終の棲家」は、気持ちいいくらいの惨敗でした。
審査員には怒られたというか、
何度か見てもらっているある審査員からは、
今まで見た印象の作品(匂衣、空白、青鬼)の中で一番おもしろくなかった、
とまで言われてしまって、、、

老人が髪を刈られる、
昔、劇場だった建物が老人ホームとして使われている、
そういうアイディアはおもしろいのに、
アイディア止まりだと、、、

恥ずかしい話、
自分ではそこまでおもしろくないと言われるとは、
思っていなかったのです。

今回、場面転換がない、ワンシチュエーションもの、
というあまり書いたことのないスタイルだったので、
自己評価が甘くなっていたのかもしれません。
秋に向けて、一から出直しです。

自分では、この「終の棲家」という作品は好きだったし、
いろんな可能性を感じたので、
もっと丁寧に、徹底的に書き直して、
いつかもう一度挑戦したいと思っています。

2013年04月30日
 ■  延命を望むか? 2013年4月29日の日記

しばらく更新をご無沙汰してしまった。
心に余裕がなかったのである。
しかし、売れていなくても、食べられていなくても、心は作家である。
少しは、物を書いておきたくなった。

今日は本を読んだ。
「間違えてはいけない老人ホームの選び方」というタイトルだ。
今、新作で老人ホームの話を書いているから、参考文献というやつだ。
この本には、自分の希望チェックシートというのがついていて、
その膨大な量の項目の一つに、”延命を望むか?”というのがあった。

人工呼吸器: してほしい してほしくない
胃ろう: してほしい してほしくない
経管栄養 してほしい してほしくない

どちらかを丸で囲むのである。鉛筆を持つ手が震える。
特に、「胃ろう」という言葉に、僕は震える。
「胃ろう」という言葉は、恥ずかしながら、3年ぐらい前に知った。
祖母が、何度か入退院を繰り返していた時期だ。
家族が、「胃ろう」はしない、するを、なんとなくつぶやいていた時期だ。
(祖母は、胃ろうはせずに、その次の年に亡くなった。)

胃に管を通してまで、生きたくないと、32歳の鈴木アツトは思う。
しかし、「胃ろう してほしくない」を、丸で囲むのは、
なんとなく怖いのだ。
何か、その瞬間、自分の死が決まってしまうような気がして。

とにかく、知らないのだ。「胃ろう」について。
新作では、特に、ふれないつもりなのだが、
「胃ろう」については、もっと知りたいと思うし、
自分の目で、実際はどんなものなのかを見たい、と思っている。

2013年04月03日
 ■  「或る別な話」稽古1日目

今日は、昼間は、新国立劇場の情報センターで、
2003年に上演された、別役実作、坂手洋二演出の、
「マッチ売りの少女」の記録映像を見てきた。

事前に戯曲を頭に入れて見に行ったので、
隅々まで、演出を研究することができた。
坂手さんの演出は、オーソドックスだけど、
ポイントをしっかり捉えていて、とても参考になった。
(「マッチ売りの少女」の映像を貸してくださろうとした皆様!
 ありがとうございました。やっと見ることができました!)

夜は、「或る別な話」の稽古初日である。
そう、こっちはもうあと一ヶ月半で本番だ。
怖い。

正直、別役実を演出するのは、怖い。
鈴木アツトという演出家の、底の浅さが見えそうで。
ようするに、「全然、戯曲読めてないよね?」
と思われそうなぐらい、別役実の戯曲は難しく深い。

けれども、この怖さは、誰にも渡したくないとも思う。
演出家だけが味わえる極上の恐怖なんだから。

そして、出演者が決まりました!

-----

福岡演劇フェスティバル・FFAC企画
創作コンペティション
『一つの戯曲からの創作をとおして語ろう!』vol.4
「或る別な話」 作:別役実 
演出:鈴木アツト
出演:島田静仁、難波真奈美、金恵玲、泉正太郎

日時:2013年5月18日(土)、19日(日)
会場:福岡・ぽんプラザホール
料金:前売券1000円/当日券1200円

2013年04月01日
 ■  「終の棲家」稽古1回目

今、俺は「老い」に興味がある。

自分が老いた時の、「夢」。
自分が老いた時の、「恋」。

というわけで、

第4回せんがわ劇場演劇コンクール参加作品
「終の棲家」
作・演出:鈴木アツト
日時:2013年6月8日(土)15時(全1ステージ)
会場:調布市せんがわ劇場

の稽古が、昨日から始まった。
これから産みの苦しみが始まる。
うげえ~!

2013年03月27日
 ■  まつもと市民芸術館

まつもと市民芸術館に行ってきました!
いい劇場でした。
赤い座席がかっこよかった!
いつかここで演出したいなあ。

Today, I went to the Matsumoto Performing Arts Centre.
It was a good theatre!
The red seats were so cool!
I want to direct a play here, someday!

mpac-b.jpg

2013年03月17日
 ■  別役実を読む その1

5月の福岡公演のために、
別役実の戯曲を読んでいます。

今のところ、
「象」
「マッチ売りの少女」
「にしむくさむらい」
の三つの戯曲を読みました。

「象」は僕にはわからないところが多かったんですが、
「マッチ売りの少女」「にしむくさむらい」は、
非常にわかりやすくて、
別役実に対する先入観=わかりにくさ、みたいなものは、
偏見だったんだと反省しています。

それはそれとして、
三つの戯曲、それぞれに作風が違う気がして、
そのことにも少し驚きました。
つまり、文体を書き分けられる作家なんですね、別役は。
別の言い方をすると、常に変わっていく作家というか、
常に、自分の中での新しいものを追い求めている作家というか。

自分の不勉強を反省しました。

2013年01月03日
 ■  若手演出家コンクール2012「優秀賞」受賞

日本演出者協会の若手演出家コンクール2012にて、
「優秀賞」を受賞しました。
昨年2012年の12/29に、演出者協会の忘年会があり、
そこで、表彰式がありました。

I won the prize for an excellent work of the young director contest 2012 of Japan Directors Association.

director2012.jpg

賞は目的ではなく手段です。
2月に最終審査公演があるのですが、
もし、それに勝つと、
ソウル演劇祭に参加することができるのです。

A prize is not the purpose but a means. There is the final contest in February. If I win, I can participate in Seoul Theater Festival of the next year.

jda2012.jpg
忘年会に来ていた、大塩さん、拓朗くん、トゥアさん、そして僕。

2012年12月28日
 ■  せんがわ劇場 2012年納会

公共劇場について、いろいろ。

昨夜(12/28)は、せんがわ劇場の納会。
約一年、公共劇場の中にいて、いろいろ見えてくるものがある。
せんがわ劇場は、今、芸術監督は置いていないのだけど、
芸術監督が一人いても、
それだけで劇的にいろいろうまくいくってことは無いなあって最近思う。
やはり、チームワークをどう構築するのかが大事だよね。

そういえば、芸劇(東京芸術劇場)は、
警備員さんの雰囲気が変わったと思う。
フリースペースのソファーに落ちていたゴミを、
巡回しながら何気なく拾って片付けていた。
多分、そういう意識が働いている全員に広がっているんだ。
いい作品を作るだけでは足りなくて、
人が集まる場所を愛せる人が働いているかどうかも大事。

最近、昔、吉祥寺シアターで働いていたという人と知り合ったんだけど、
俺の吉祥寺シアターでやった2作品を覚えていてくれていて、嬉しかったな。
劇場の職員は無理のない範囲で、
主催事業だけではなくて、貸館の公演も見てほしい。
見て、感想とか言わなくていいから。
見るだけで応援になるんだよ。

2012年12月24日
 ■  2012年の演劇活動を振り返る。

2012年の演劇活動を振り返る。

昨日12/23で、
「Destination」の公演が終わり、
僕の、2012年の演劇の仕事がほぼ終わった。
もちろん、来年に向けての準備がまた今日から始まるのだけど。

2012年の演劇的出来事を下にまとめてみた。
すごく世界が広がった1年だった。
いろんな演劇人のタイプがいると思うのだけど、
僕は海外を意識することによって、または、
アジアの演劇人と交流することが、
直接的なレベルアップにつながるタイプなんだというのを実感した。
韓国、タイ、インド、シンガポール、どの演劇人との交流も、
刺激的で、新しい世界を僕に示してくれたし、
そこで得たものを確実に作品創作に活かすことができた。

さて、2013年。
来年の目標や抱負はたくさんあるんだけど、ここには書かない。
去年の12月には、
2012年がこんな充実した1年になるなんて思ってもみなかった。
だから、来年に向けての想いは胸に秘めておく。
そのほうが、いい結果を呼ぶんじゃないか、そんな気がするのだ。

2012年、鈴木アツトの演劇活動一覧
1月 金世一氏のWSで「足踏み」が取り上げられる。
2月 演戯団コリペ海外交流演技WSに、俳優兼作家として参加。
3月 演戯団コリペ海外交流演技WS公演にて「匂衣」を上演。
4月 調布市せんがわ劇場に再就職。
5月 タイの演出家トゥア氏のWSに、俳優として参加。
6月 劇作家協会・月いちリーディングに
   「グローバル・ベイビー・ファクトリー」が取り上げられる。

7月 密陽夏公演芸術祝祭にて「匂衣」を上演。
8月 居昌国際演劇祭にて「匂衣」を上演。
9月 日暮里・ART CAFE 百舌で「青鬼」を上演。
9月 D.Festa 大学路小劇場祝祭にて「青鬼」を上演。
9月 インドの演出家グハ氏のWSに、俳優として参加。
10月 シンガポールの劇作家ハレシュ氏の劇作WSに参加。
10月 モズ企画公演にて「一級品人間」を演出。
11月 韓国現代戯曲ドラマリーディングのためのオーディション実施。
12月 「グローバル・ベイビー・ファクトリー」が収録された、
    優秀新人戯曲集が出版される。

12月 劇作家協会新人戯曲賞公開審査会(最終候補にノミネート)。
12月 若手演出家コンクール2012の最終候補にノミネート。
12月 紛争地域から生まれた演劇シリーズ4にて
    トゥア氏の「Destination」を演出。

2012年11月19日
 ■  読書日記2012年11月 その1

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「幻想の国」
M.R.ニミットモンコン・ナワラット著
吉岡みね子・訳

1946年に書かれたタイの小説。
1932年の、立憲革命(専制君主制から立憲君主制への移行)時に、
変革の背後で権力闘争に翻弄された、政治犯が主人公。
そのモデルは、謀反の容疑で投獄された作者自身である、らしい。

66年前に書かれた、外国の、それも政治小説なので、
日本人の読者がおもしろいと思って読めるかと問われれば、、、読めない!
そもそも主人公ルン、お前、頭でっかちすぎるだろう!
主に、主人公の政治思想と、
恋愛エピソードがサンドイッチされた構成になっているんだが、、、

自分のことを貧しくとも、頭いいと思っている主人公が、
女の外見だけを見て、一目惚れする、その手の恋愛が繰り返される。
別に外見だけで恋してもいいんだけどね、
それを冷めた眼で眺める視点も必要じゃないかい?
この主人公はガチだからね。本気で詩的な美しい恋だと思ってるからね。

文学にはユーモアがないと。
ミハイル・ブルガーコフの「犬の心臓」は、
当時のロシアのエリート階級を批評している小説だけど、
直接的にそれを描いてない。
犬というモチーフを使って、滑稽に描いている。
「幻想の国」は、直接的すぎて、読むのに疲れてしまった。


「物語タイの歴史 微笑みの国の真実」
柿崎一郎・著

タイの大昔から現代までの歴史を新書一冊にまとめた本。
しかし、固有名詞が僕には馴染みのないものが多く、
ページをめくるたびに睡魔が襲う。
知らない歴史を学ぶのは、結構大変っす。

タイの歴史を追いながら、
同時に東南アジアの歴史も追っていけるよう書かれている。
タイとラオス、カンボジア、ベトナム、
ミャンマー、マレーシアの関係もよくわかった。
タイは、こうした東南アジア諸国の中では、先進国であり、
唯一、西欧列強に植民地にされなかった国なのだ。

しかし、地続きの国における領土問題は、
島国のそれと比べられないくらい大変なんじゃないだろうか?
日本は、今、顕在化しているのは、尖閣、竹島、北方領土ぐらいでしょ?
タイの国境は、ここ100年で見ても、劇的に変わりまくっているわけなので。

「Destination」が書かれた背景も、おぼろげながら、見えてきた。
しかし、演劇人がやるべきことは、
政治や歴史を上から見ることではなく、
生活や日常の景色と共に、下から見て、丁寧に拾い上げることなので、
通史は知識に過ぎない。

2012年07月18日
 ■  読書日記2012年7月 その1

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「グローバリズム出づる処の殺人者より」
アラヴィンド・アディガ著
原題「The White Tiger」by Aravind Adiga
鈴木恵・訳

インド人作家が英語で書いた小説。2008年ブッカー賞受賞。
仰々しいタイトルだが、原題はThe White Tiger。
出版社が日本で売るために、このタイトルにしたのだろう。
インドの壮絶な格差社会を描いているが、
文体が特に素晴らしいとは、僕は思わなかった。

格差、カースト、差別、それを象徴するのが、
英語の習得度合(正しい発音)や、肌の色、そして、金という、
インドの身も蓋もない現実を、男性目線で描いた作品である。


「グアヴァ園は大騒ぎ」
キラン・デサイ著
原題「Hullabaloo in the Guava Orchard」by Kiran Desai
村松潔・訳

男性インド作家の次は、女性インド作家の小説を読んでみた。
第一章が素晴らしい。
文体は、色とりどりの言葉をぐつぐつ煮込んで、
食べたことのないようなスープにしたような感じで、
読んでいると、視覚だけでなく、嗅覚や聴覚も刺激される。

この小説は、
雨季(モンスーン)の到来の最中、
ある女が出産するシーンから始まるのだが、
アルンダティ・ロイという別のインド女性作家の小説の冒頭も、
モンスーンのシーンから始まっていた。
インドの作家にとって、モンスーンは、
非常に大事な感性の源になっているのかな?

日本語訳がすぐ手に入るインドの小説は、
インド人作家が英語で書いたもの(多くはイギリスのブッカー賞受賞作)で、
基本的には中産階級以上の出身が書いているということになる。

そういった作品群が
どれだけ貧困層の現実を反映しているかわからないけど、
女性がお化粧したい、お洒落になりたい、
ファッショナブルでいたい、と思う感性。
天気、季節の変化によって、日々の思いが動いていく感性。
そういったものは、日本人女性のそれと根本的には変わらないのだと、
僕は信じることにした。

2012年06月07日
 ■  読書日記2012年6月 その1

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「ふしぎなキリスト教」
橋爪大三郎×大澤真幸・著

ユダヤ教とキリスト教カトリック、キリスト教プロテスタントの違いがよくわかる。
イスラム教についてはあまり書かれてない。
プロテスタントから、つまり予定説と資本主義のつながりのところが、
僕には一番へえっとさせられた。
ユダヤ教の成立過程の説明もおもしろかった。


「こんにちは、母さん」
永井愛・著

2001年、初演。

永井愛の戯曲って、台詞の上に書かれた役名を読まなくても、
誰が言ってる台詞かわかる。
それだけ人物を書き分けるのが巧い。

本作は、会社のリストラがモチーフ。
リストラされる方の話かと思わせといて、
リストラする方の話に持っていく展開も巧い。

2012年05月29日
 ■  読書日記2012年5月 その2

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「犀」
ウージェーヌ・イヨネスコ著
原題「Rhinocéros」par Eugène Ionesco
加藤新吉・訳

1958年、発表。
言わずと知れた古典の名作。3幕もの。
天才と狂気は紙一重というか、どういう精神構造していると、
こういう戯曲が書けるのだろうか?

1幕の論理学者と老紳士の会話は、何を表現しようとしているのか、
俺には全くわからなかった。

ただ、主筋ははっきりとしてるので、そっちにはついていける。
というか主筋は相当におもしろい。
2幕2場の親友との会話とか、爆笑ものだもの。

イヨネスコの作品は、その演劇性を
生半可な読者だと読み取れないから、
どうやって舞台化するのか想像するのが難しい。
演出家の力が問われる。

2012年05月27日
 ■  佃さん、中津留さんと。

昨夜は、劇作家協会の月いちリーディングに
お客さんとして初めて参加。
終了後の飲み会にも参加した。
佃さんと、TRASHMASTERS中津留さんの隣りの席になり、
劇作についていろいろ話せたのがよかった。

中津留さんは、強面で怖い人なのかと思ってたけど、
昨夜の主役のオノマリコさんに真剣にアドバイスをしていて、
その優しさに驚いた。
作風から、もっと嫌な感じの人なのかと思ってたのだ(笑)
そして、書く苦しみを知っている同業者からのアドバイスが、
一番もらいたい助言になるのだなあと思った。

主役(=作者)は、本編だけでなく、
交流会(飲み会)に長くいたほうがいい。
先輩の劇作家が、自分の作品について、アレコレ、
本当にあれこれ言ってくれる機会なんて、滅多にないもんな。

今回は、佃さんとは口論にならなかったのもよかった(笑)
スズナリでの本番を控えていて、
稽古でお疲れだったからかもしれない。
佃さんからは、一、二年前に、
「鈴木、とにかく作品は20本書け、
 20本書いたら、書く(劇作)ということが見えてくるよ」
と言われ、そういうもんかと思ったものだ。

その時は、書くのが辛くて辛くてしょうがない時期だった。
けど、その言葉を信じて、とにかく書こう。書いたら次を書こう。
20本目が書けたら、きっと何か見える、と素直に信じた。
佃さん、今、18本目ぐらいだけど、
あの時より、書くのがまた楽しくなりました。あっざす!

2012年05月09日
 ■  読書日記2012年5月 その1

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「制服」
安部公房・著

1954年、発表。1955年、初演。
安部公房の作品は、「友達」もそうだが、
キャラクターが強烈に臭ってくる類ものではない。
だからか役名も、名前ではなく、
制服の男、青年、ひげ、女房、となっている。

その分、構造というか趣向がおもしろい。
幽霊が少しずつ増えていく仕掛けは巧い。

禁酒をしている制服の男が、
酒につい手を出すところもおもしろい。
これは、黙阿弥の「魚屋宗五郎」からのイタダキなのだろうか。


「オッペケペ」
福田善之・著

1963年、初演。
安部公房の「制服」に比べ、
圧倒的に、キャラクターに色と臭いと匂いがある。
いい台詞もたくさんある。熱い。
僕が川上音二郎に興味があることもあって、
すごく好きな作品だった。

ただ、別の視点で言えば、
安部公房の「制服」は、翻訳しやすそうだし、
国際的な視点で描かれていた気がする。
日本と朝鮮の関係を描きつつも、無国籍な世界観がある。

「オッペケペ」を海外でやって受けるかというと、微妙だ。
台詞のリズムや、物語の文化的背景が、
とても日本的であり、何よりそこがおもしろいから。

この芝居の中では、川上音二郎は敵役として描かれる。
自由民権運動の活動家だった男が、
その政治活動の手段であったはずの演劇の魅力にとりつかれ、
手段と目的が入れ替わってしまう=転向してしまう、
というのが大事な柱になっている。

この川上(劇中では城山)の団十郎について語る台詞が、
とにかく、いい!

2012年04月27日
 ■  読書日記2012年4月 その6

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「ドレッサー」
ロナルド・ハーウッド著
原題「The Dresser」by Ronald Harwood

1980年初演。僕が生まれた年だ。

ドレッサーは、衣裳スタッフのことかと思ったら、
どちらかというと、付き人というニュアンスみたい。
バックステージもので、
あるシェイクスピア劇団の地方巡業公演で、
座長が、体力的にも精神的もダメになってしまっている、、、
しかし、今は本番60分前で、、、
ドレッサーのノーマンが、
ボロボロの座長を舞台に上げようと、
必死になって手を尽くす、という筋だ。

簡単に言うと、舞台人(演劇人)の業がテーマだ。
訳者あとがきで気づいたのだが、
精神的におかしくなった座長が見ている幻の中の、
「奴」は、シェイクスピアのことなのね。

シェイクスピアの栄光に身を粉にして仕える、
シェイクスピア劇団の座長(劇中でリア王を演じる)。
その座長に、身を粉々にして仕える付き人のノーマン。
そして、舞台というものは、
どれだけ精一杯やっても、
他人(観客)の記憶の中にしか残らないもの。
そういう構造の構築が巧い。

2012年04月26日
 ■  読書日記2012年4月 その5

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「萩家の三姉妹」
永井愛・著

2000年初演。読売文学賞受賞作品。
読むのは二度目である。

永井愛の作品は、結構、読んでるが、
その中ではあまり好みではない作品。
ただ、キャラクターが、しっかり書き分けられてるし、
バックグラウンドが過不足なく見えてくるし、
何より、台詞に作者の思想が滲み出てる。

その思想は、長台詞でダーッと説明されるのではなく、
短い会話の応酬の中で、台詞に刻み込まれているのだ。
これを、巧いとは言わずして、何と言う?

脇役だが、文絵というキャラクターがいい。
意外と、主人公の鷹子が魅力がないかなあ。

2012年04月23日
 ■  読書日記2012年4月 その4

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「調理場」
アーノルド・ウェスカー著
原題「Kitchen」by Arnold Wesker

その名のとおり、レストランの調理場を舞台にした群像劇。
1957年に書かれ、1959年に初演。
「Dinner Rush」というアメリカ映画(2000年)があったけど、
ああいう調理場という名の戦場の雰囲気が漂う戯曲。

ただ、映画には、食べる喜び、作る喜びがあるが、
この戯曲にはそれはない。
「食物の質はできあがるスピードに比べれば重要ではない」
レストランが物語の舞台だからだ。
人間をその生産能力でしか評価しなくなった効率主義に、
敗れていく、調理人たちがいるだけだ。

日本の戯曲にあまりない特徴としては、
台詞に、英語だけでなく、
ドイツ語やフランス語が混じっているところ。
調理場というのは、外国人が集まりやすい職場だ。
僕がバイトしていた居酒屋の調理場も、
韓国人や中国人がたくさん働いていた。
そして、突然いなくなったりした。

日本の戯曲も、
もっと外国語が混じるようなものが生まれてこないと、
今の日本を反映したものにはならないんじゃないだろうか。

2012年04月22日
 ■  読書日記2012年4月 その3

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「毛皮のマリー」
寺山修司・著

寺山自身が語っているとおり、
「祝祭的人間」ばかりを集めたカーニバル演劇。

「誰でも5分間ずつなら世界的有名人になれる」
素人ばかりの「変態者の群」が、
新劇の啓蒙的近代主義へのアンチ・テーゼの役割を果たした、
らしい。
男性器の肉の魚拓?を取ったり、もおもしろい。

毛皮のマリーは、寺山の母親のハツがモデル、
(そうとしか読めない。)
その母親の支配から、息子(美少年)=寺山が、
逃亡を企てるという筋だが、
ゲイ達のダンス他、たくさんのイメージシーンがあり、
物語を語ることには重点が置かれていない。

とはいえ、
やはり母息子関係のところが一番おもしろい。

2012年04月20日
 ■  読書日記2012年4月 その2

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「花咲くチェリー」
ロバート・ボルト著
原題「The Flowering Cherry」by Robert Bolt

映画「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」の
脚本家ロバート・ボルトが1957年に書いた作品。二幕物。
そして、今にも通じる古典的傑作だと思う。
興味を持ったのは、この作品が、
ボルトの保険会社に勤めていた体験から書かれたものだったから。
僕の父も、保険会社に勤めていたのだ。

主人公は、勤めている保険会社を辞めて、リンゴ園を経営し、
残りの人生を過ごす夢を持っている、イギリスの普通の父親だ。
その夢の顛末が、家族関係の中で、段々と見えてくる。
特に、夫婦がセックスレスだと暗に示すことで、
妻と夫の関係性をうっすら浮かび上がらせるところはうまい。

登場人物は7人。このキャラクターの設定が素晴らしい。
キャラの性格と、物語上の役の機能が、過不足なく描かれている。
強いて言えば、キャロルという娘の女友達が、
もっと過剰に描かれてもよかったか。
この役の役割は、ウィリアムズの「ガラスの動物園」における、
ジム・オコナーだが、
ジムの平凡であるがゆえの残酷さほど、印象的ではなかった。

リンゴ園とガラスの動物園。
やっぱり、モチーフとしては、
ガラスの動物園のほうがロマンチックだ。
そういう意味で、本当の名作となるには、
ロマンチックさももっと必要なのかもしれない。
とはいえ、素晴らしい作品には違いない。

知らないけど、凄い作品っていっぱいある。
もっともっと読んで、もっともっといい作品を書きたい。

2012年04月17日
 ■  読書日記2012年4月 その1

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「小町風伝」
太田省吾・著
李潤澤氏が演出した本番を見ているから、内容はわかってるのだが、
戯曲だけ読んでもその魅力はわからない。
多分、俺の戯曲の読み込みが甘いんだろうなあ。
たとえば

「風かしら、、、誰、、、なに、、、
 ガラス戸だわ、ガラス戸がすべってくる」

という台詞があるが、これがどんな情景なのか、
イメージして読むと、見えてくる世界が全然違う。
結局、戯曲は文字だけで読んでしまってはダメなんだけど、
イメージで読むというのは、そんなに簡単ではない。

「沸いた、沸いたね、煮えたった鏡。
 からまってこんぐらがって干からびた、
 あたしというラーメンをほぐしておくれ」

は、好きな台詞。
しかし、この台詞だって、自分ならどう演出するんだろう?
って迷ってしまう。
詩的で素晴らしい台詞がたくさんな分、
演出するのは難しい!

2012年01月23日
 ■  読書日記2012年1月 その1

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「卍(まんじ)」
谷崎潤一郎・著
昭和3年から5年に雑誌で発表された作品。
谷崎が、関東大震災を経て、関西に引っ越した後、
関西の女性を関西弁の音の響きを通して描こうとした作品と言われている。
そんなわけで、「のん」=助詞「の」に鼻音がついた言葉の響きとか、
言葉が可愛らしい。

でもね、
美しい女は強く、その強さで崇拝する者を支配する、というSM的要素が、
谷崎の作品の強固な構造だと思うんだが、
「光子」は強さの部分で、完璧でないところがあって、
だから、その美しさの描写にもひび割れがある気がしてしまう。
Mの登場人物、そして読者を支配しきれてない。

足フェチの要素、現実がいつの間にか幻想にすりかわる構造、病気の描写、
などなど、
晩年の傑作の中に、散見する手法がまだ出てきていないのにも注目すべき。
要は大作家でも変わっていくということか。


「少年」
谷崎潤一郎・著
明治44年だから、谷崎が25歳の時に書いた短編。
子供たちのSMがモチーフで、ちょっとグロくて、ついていきにくい。
痛み系のSMより、精神支配系のSMを描く、谷崎の方が好きだ。

2012年01月17日
 ■  アリス30周年参考資料「ピッコロシアターのあゆみ」

タイニイアリス30周年記念企画、活動状況はこちら。
http://alice30.tinyalice.net/

早稲田の演劇博物館に行って、
「ピッコロシアターのあゆみ」を読んできました。

こちらの「OMSとその時代」とは違って、
思い出のインタービューはほとんどなく、
基本的には客観的データと写真で構成されていました。

本の構成は、
・ご挨拶
・30周年に寄せて関係者(知名度がある人)の一言
・10年間で受賞した賞
・自主事業のあゆみ
・施設の概要等
・催物日程表

です。この内、

・自主事業のあゆみ
・施設の概要等
は、さらに詳しく分かれていて、

・自主事業のあゆみ
1)鑑賞劇場(演劇の買い公演?)
2)室内楽サロン(音楽の買い公演?)
3)文化セミナー
4)実技教室(いわゆるワークショップ)
5)演劇学校
6)舞台技術学校
7)県立ピッコロ劇団
8)ピッコロフェスティバル
9)展示

施設の概要等
1)沿革
2)組織機構
3)施設の利用状況
4)資料室(蔵書)
5)研修等受入状況

となっていました。

思い出を語るという様式ではないので、
見た目は、やや寂しい感じがしましたが、
客観的なので、読んでいるといろいろ見えてくるものがありました。

たとえば、鑑賞劇場は、買い公演の年表ですが、
演劇の公演には、必ず1枚その公演の白黒写真が載ってました。
どんな芝居がやられてきたかが、
サーッとページをめくっていくだけで、頭に入ってきます。
(年表に載っていた情報は、年度、月日、団体と公演名、作、演出、出演者。)

また、演劇学校の応募、入学、修了の人数が、
毎年、きちんと報告されているので、
段々と応募者が減っていてる状況が見え、次の10年は学校は存続するのか、
など、考えさせられました。
やはり客観的というのは大事ですね。
※ピッコロ劇団に、俳優の空きがない、というのが不人気の理由みたいです。

買い公演と、付属劇団の公演、そして、全イベントの日程と、
一冊の中に年表が数種類あるし、
アリスの記念本のとても良い参考になる気がしました。

2012年01月11日
 ■  アリス30周年参考資料「OMSとその時代」

僕がお世話になっている劇場・タイニイアリスが、
2013年に30周年を迎えます。
今、30周年に向けて、記念本の出版を計画しています。
活動状況は、こちら。
http://alice30.tinyalice.net/

というわけで、いろいろな劇場の記念本を読んでいます。
「OMSとその時代―柱のある劇場 扇町ミュージアムスクエアの18年」
今日は、この本を読んだ感想をメモ。

大阪の小劇場、扇町ミュージアムスクエアの閉館を記念して、
出版された本で、

本の構成は、

1.巻頭グラビア
・カラーのチラシ(演劇と映画、それぞれ18枚ずつ)
・7回行われた劇場プロデュース公演の写真

2.インタビュー
・三つの時代に区切られた、演劇の作り手68人のインタビュー
・劇場にゆかりの新聞記者6人のインタビュー

3.巻末おまけ
・イラストの地図
・OMSの基礎知識(トリビア)
・年表(項目は、期間,団体名,タイトル,作・演出の名前)

内容の80%ぐらいが、2.の作り手68人のインタビューでした。
インタビューは、閉館を記念して作られた本だからか、
基本的には、OMSでの思い出を語るもので、
東京より大阪のほうが劇団同士が仲が良いなど、
演劇の地域性の違いも見えるような気がしました。

新聞記者のインタビューが、別の視点を獲得できていれば、
さらによかったと思うのですが、
こちらもOMSでの思い出を語るもので、
客観的にこの劇場がどう見られてきたのか、などは、
残念ながら、わかりませんでした。

その時期その時期の、劇場に対する客観的な評価というのは、
どうやって調べればいいのでしょうか?

2011年12月24日
 ■  読書日記2011年12月 その2

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「少将滋幹の母」
谷崎潤一郎・著
同じ作家を続けて読んでいくと、
あるモチーフが繰り返し使われていることに気づかされる。
たとえば、「痴人の愛」のナオミという人物は、
「刺青」の女にその原型を見出せるし、
「少将滋幹の母」では、現実の愛する人よりも、
記憶が幻想と交じり合ったイメージのその人の方が
美しくまた尊いのだという「春琴抄」のテーマが繰り返されている。

頭では主役のように描かれ、
やがて物語に出てこなくなってしまう「平中」というキャラが
僕にはおもしろかった。

女好きで、
当時の女性たちを口説いていく様子が細かに描かれているのだが、
もてるのに、ところどころが三枚目で、
肝心なところで失敗するのがかわいらしい。
墨の水の涙のくだりや、
ラブレターの二文字の返事のエピソードなどが特に。


「盲目物語」
谷崎潤一郎・著
今年の大河ドラマの「江~姫たちの戦国~」と同じ時代設定で、
お市の方に仕えた盲目の按摩の視点で語られる。
美しい日本語の古典的文体は読んでいて気持ちいい。

が、目が見えない男が、絶世の美女に仕えるという設定、しかも
始終その美女のからだに触れていられる(按摩という)設定なのに、
谷崎特有の変態性がほとんど出てこないのが残念。

「盲目物語」の二年後に発表されたのが「春琴抄」だから、
下書き的作品なのかもしれない。

2011年12月17日
 ■  読書日記2011年12月 その1

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「瘋癲老人日記」
谷崎潤一郎・著
時間を作って谷崎を読み漁る日々。
漢字とカタカナだけで綴られる文章の遊び性は、
句読点が極度に少ない「春琴抄」と似ている。
難しい漢字も多く、一々調べながらだと、時間がかかってしょうがない。
だが、段々慣れてくると、それが快感になってくる。
そして、最後でその結構が崩れる構成になっていて、見事の一言だ。

以上が様式的な話だとすると、
インポになった77歳の老人の性欲の話だという内容も、
とても「今」的だし、物凄い傑作だと思う。


「痴人の愛」
谷崎潤一郎・著
こちらは一人称で語られる告白調文体(ナレーション文体)。
妖婦に翻弄される男が、筒井康隆の登場人物のように、
徹底的に破滅していくので、笑えるのに、怖い。
特に男の読者は、身につまされるのではないか。

また、破滅によって、逆説的に救われるというのが、
谷崎潤一郎的だと思う。

2011年12月13日
 ■  読書日記2011年11月 その2

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「永遠の0」
百田尚樹・著
「妻月」を観に来てくれたお客さんからもらって読んだ小説。
特攻隊として死んだ零戦パイロットの祖父を持つ青年が、
祖父の戦友たちに祖父がどんな人間だったのかを、
聞き取り調査しながら、祖父の本当の姿を知っていくというプロット。

零戦や特攻隊、太平洋戦争について、
時系列で知ることができる構成なので、
歴史の入門書としてもおもしろく読めた。
特攻隊の戦果確認を電信の打電(モールス信号)によって
特攻隊員自らがやらされていた、というエピソードは、
あまりにも悲惨で読むのが辛かった。

2011年11月24日
 ■  読書日記2011年11月 その1

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「ワーニャおじさん」
アントン・チェーホフ著
小野理子・訳
チェーホフの四大戯曲の中で、唯一読んでいなかったもの。
でも一番好きかもしれない。一言で言えば、
主人公のワーニャがそれまでの47年間の人生を後悔する様子を、
その姪のソーニャの視点から眺めるという構成。
そのワーニャの後悔の長台詞に胸が打たれた。

読者や観客というのは、自分の過去の経験・体験を通して、
作品を見てしまう。自分の背景から逃れて作品は見られない。
ワーニャの後悔は、中年の男が持つ典型的な感情だから、
僕は感情移入してしまったけど、
女の人がこの作品を読んだら、全く別のことを感じるのかもしれない。


「結婚申込」
アントン・チェーホフ著
牧原純・福田善之の共訳と、松下裕の訳で。
20分ぐらいの短編を書く勉強のために、人に薦められて読んだ。
最初、読んだのは、牧原純・福田善之の共訳のほうで、
九州の方言で訳されたユニークな翻訳のものだったんだけど、
僕は全然おもしろいと思えなかった。

で、なんでこんなの薦めたんだろうと思ったりしたんだけど、
たまたま別の訳(松下裕・訳)を見つけて読んだら、
おもしろいと思えたし、薦めてくれた意図もよくわかった。
それに、翻訳について考えるきっかけにもなった。

結局のところ、言葉のリズム、
台詞から伝わるキャラクターの類型的な描写が、
方言訳だと僕には全然読み取れなかった。
戯曲の構造、筋の構成は、笑わせる劇として方言訳でも用意されている。
つまり翻訳しても消えないものだけど、
台詞のリズムは地域限定的に理解される性質のものなんだな。

そして、九州の方言で書かれた台詞も読めるよ。
読めるけどさ、、、僕は標準語でしか、
言葉の細かいニュアンスがわからない。そこが悲しい。


「チェーホフの戦争」
宮沢章夫・著
本を深く読む、とりわけ戯曲を深く読むという行為は、
なんと難しいのだろう。読む頻度を増やせば、
速く読むことはできるようにはなるが、それが何だと言うのだ。

著者がチェーホフの四大戯曲を深く読んで、
そこで発見したことを綴っているだけなのに、この本は、
読むという行為そのものへ著者の強い愛を感じられ、
そこに感動してしまった。もちろん、
チェーホフがどのように技法を戯曲に仕込んだのか、
ドラマツルギーとは何か、ということが
難しくない言葉で語られるのもありがたい。

2011年09月30日
 ■  読書日記2011年9月 その2

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「女子寮記」
山田時子・著
敗戦直後の演劇に、新劇以外の流れがあったことを最近知った。
職場演劇とか自立演劇とか言うんだそうだけど、
今で言えば会社の演劇サークルみたいなもんで、
これがやる方も、見る方も、とても盛んだったそうだ。
素人のものと馬鹿にできない作品もたくさん出たらしい。

その職場演劇から出た素晴らしい戯曲がこれ。
何作か読んだだけだが、新劇の作品が、
人間の内面や精神的なことを、抽象的かつ象徴的に描こうとしたのに対し、
「女子寮記」はものすごく物理的なことを具体的に描いてる。
つまり、日々のお米がいくらで、月々の給料がいくらで、という、
生活のコマゴマとしたことそのものがテーマだ!という感じ。

物の値段がとにかくよく出てくるので資料価値も高い。
作者に特に意図はないと思うが、
終戦して2年しか経っていない昭和22年12月に、
もうクリスマスパーティーをやっていたということが
スケッチされているのも興味深い。


「『日本』をめぐって 網野善彦対談集」
網野善彦・著
歴史学会の専門用語が多くて難しかったけど、全体的にはおもしろかった。
SFCの教授の小熊英二が舌鋒鋭いのでファンは是非読んでください。
百姓は農民ではなかった、という主張は目から鱗。
江戸の知られざるネットワーク型社会は凄かったんだね。

2011年09月25日
 ■  読書日記2011年9月 その1

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「その人を知らず」
三好十郎・著
唐十郎以降の劇作家については、なんとなくイメージを持てるのだが、
それより以前の作家については、全然知らない。
その中で三好十郎は、作品は読んだことがなかったが、
その高名が轟いていた。

この作品は、あるキリスト教の信者がその信仰のため
(汝、殺すなかれの教えを守るため)、
徴兵を拒否するエピソードを中心に、その男の周りの人々の群像劇。
場面転換が多いからか、集中がやや途切れ途切れになる感じがした。

正しいことを、一点の曇りなくやろうとする男のそばにいると、
周りの人間は悉く不幸になる。その様子は滑稽であり、悲しすぎる。
終戦を挟んで普通の日本人がどう普通に変容したかもわかる。
ただ全体的に重すぎ。
重たいのが悪いのではなく、重たい色、一辺倒なので単調なのだ。


「廃墟」
三好十郎・著
「その人を知らず」や「廃墟」の前半を読んだだけだと、
三好十郎というのは、論理的な作家だと勘違いしてしまう。
が、「廃墟」を最後まで読むと、
クライマックスの凄まじい長台詞の応酬・議論のぶつけ合いがあっても、
論理的には全く何も解決しない、なのに爽快な読後感。

長台詞に込められたその熱量は半端じゃない。
つまり全然論理の作家じゃない。
「廃墟」は、ワン・シュチュエーションなのもいい。
場が変わらないから、最後までエネルギーが溜まっていく
ドキドキ感がある。噴火もあるし。
前半では、お光というキャラクターがジャガイモを盗む描写が秀逸。

2011年09月12日
 ■  読書日記2011年8月 その4

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「水木しげるのラバウル戦記」
水木しげる・著
ラバウルという地名は、ある年代以上の人にとっては
太平洋戦争時の南方の激戦の象徴的固有名詞のようだが、
僕らの世代にとっては全く馴染みのない単語だ。
でも、僕のお祖父ちゃんもこの地に出征していた。

この本は、
南方の激戦と日本兵がその時どういった生活をしていたか、
の資料にもなっているし、
水木しげるの妖怪創作のインスピレーションが
どこから来たのかを知ることができる。
その意味でとても面白い本。

妖怪という想像上の生き物であっても、
作者の背景・体験と密接に関わってるから、
妖怪のキャラにリアリティーがあるんだな。

僕は、前作で妖精を作品に出して、大変苦労した。
それは僕の中で、妖精という存在が、
自分の背景・体験とつながっていなかったから。
頭の中だけで作ってしまって、
記憶や身体と結び付けられなかったのだ。
次にもし想像上の生き物を出す時のヒントをもらえた気がした。

もう一つ。作中に従軍慰安婦についての記述が出てきたが、
従軍慰安婦というと、
朝鮮の人がさせられていたというイメージが僕の中にはあったが、
沖縄の人もさせられていたらしい。
本土の人の慰安婦はいなかったのだろうか?
知らないことがたくさんある。


「トペトロとの50年 ラバウル従軍後記」
水木しげる・著
ラバウル戦記の続編。
主に、復員後の生活と、
その後漫画家として成功した後に訪れるラバウルでの後日談。
敗戦後の女の人の服装が多数スケッチされていたのが、
資料としてありがたかった。

2011年09月03日
 ■  読書日記2011年8月 その3

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「ナイチンゲールの沈黙」
海堂尊・著
「チーム・バチスタ~」の続編。
ちょっと、設定がぶっとびすぎてて、入り込めなかったし、
犯人もすぐわかっちゃったし(作者に隠す意図がなかった)、
なにより登場人物が多すぎでは?


「やりたいことがないヤツは社会起業家になれ」
山本繁・著
とある飲み会で、著者に会ったのがきっかけで読んだ。
友人の駒ちゃんと同業。そして、同じように頭の回転が速い感じがした。
世の中、社長になろうとする人は勤勉だ。
怠惰な自分が恥かしくなる。あああ。


「お稲荷様って、神様?仏様?」
支倉清/伊藤時彦・著
サブタイトルが「稲荷・地蔵・観音・不動/江戸東京の信心と神仏」。
日本人の信仰・宗教観について、調べたくて読んだ。
浅草寺が神仏のデパートだって知らなかったし、
神仏習合について、もっと知識を得たい。

日本人の信仰の主流は、現世利益を求める祈祷信仰であり、
制度としての檀家制度は葬式や先祖供養だけに限られる。
哲学的な教義や来世思想は
一人ひとりの信仰の内実にはほとんど浸透しなかったのではないか?
というようなことが書かれていた。

2011年08月20日
 ■  読書日記2011年8月 その2

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「礼服」
秋元松代・著
1949年の戯曲。
お母さんのお葬式で、あふれ出てくるある一家のあれやこれや。
2場の礼服のシーンは、演劇的に立ってる。
他に、
・「婚期」
・「ことづけ」

「雲の涯」
田中千禾男・著
1948年の戯曲。近所のおっさんが、
軍隊時代に主人公いじめた上官だったり、そのいじめ方とかはおもしろい。
やった方は忘れてるが、やられた方にはトラウマになっている。
そういう関係性が平和になった町内に染み込んでいるのだ。
他に、
・「ぽーぶる・きくた」

次、書こうと思っている芝居の資料として、
戦後(1949年頃)の演劇の台本をバーっと読んでるんだけど、
5本ぐらい読んだ感想として、戦時中はともかくとして、
戦後は、すぐに餓死するといった食糧事情ではなかった、
という印象を持った。
これは、もしかしたら、

戦後すぐに演劇をやることができた人たちは、
割と裕福な人だったかもしれない可能性が一つ。
もしくは、日々の生活のことではなく、
もっと人の内面や、精神的なことを描こうとした可能性が一つ。
とにかく、戯曲から読める当時の生活は、
言葉遣いの違い以外は、演劇の題材として今とさほど変わらない。

2011年08月10日
 ■  読書日記2011年8月 その1

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「母アンナと子連れ従軍記」
ベルトルト・ブレヒト著
帰国して最初に読んだのは、谷川道子・訳のこれだった。
ブレヒトの「肝っ玉おっ母とその子どもたち」の新訳だ。
恥ずかしながら、ブレヒトの戯曲はこれが初めてで、
だから過去の訳と比べてどうこう言えないけど、
この戯曲は相当おもしろかった。

主人公は戦争に食わせてもらっている従軍商人のシングルマザー。
「戦争なくして道徳心なし」「戦争が初めて秩序を作り出す」
など刺激的な台詞が満載。神父が
「平和は戦争の中にあり、戦争も平和だ」なんて言葉を吐くけど、
作家はどんな状況でこの戯曲を書いたのだろう?

この戯曲を読もうと思ったきっかけは、
密陽でこの芝居を見て、ストーリーがわからなかったからなんだけど、
演出的にいろいろ工夫があれば台詞がわからなくても、
もっと内容が見えたと思う。たとえば、
旧教軍と新教軍の軍服の色を赤と青とかはっきりと対比させるとか。

(密陽で見た芝居の)肝っ玉おっ母の職業も、わかりにくかった。
物を売っているのか?春を売っているのか?
娼婦だと演出的に明示したいなら、はっきり見せてほしかった。
従軍商人というものがなんとなくぼやけて見えた。
肝っ玉おっ母像は結構難しい。
叙情的に感情移入させては、
ただ単に戦争によって不幸にされた一人の女の話になってしまう。

彼女は、戦争の中でも、逞しく生きてきたし、これからも生きていく。
それこそが、
「平和は戦争の中にあり、戦争も平和だ」という言葉を、
アイロニカルに描く視点なのだと思う。

2011年08月06日
 ■  読書日記2011年7月 その3

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「チーム・バチスタの栄光」
海道尊・著
読みやすいし、おもしろい!
エンタメ系のミステリをあまり読まないけど、
止まらなくなってしまった。
個人的には、お話と設定が広がっていく、
上巻のほうがより楽しめた。
白鳥のイメージは、仲村トオル(ドラマ)でも、
阿部寛(映画)でもなく、及川光博!


「授業」
ウージェーヌ・イヨネスコ著
2年前にこのホンを李潤澤(イ・ユンテク)が
演出した作品を見ていなければ、今、ここまで
韓国とのつながりを持とうとは思っていなかっただろう。
はっきりと意味が示された台詞ではないので、
戯曲を読んでも、あまり内容がよくわからない。

数学と言語学の、言葉の羅列。老教授と女生徒。
この台詞、この関係性を読んで、イ・ユンテク氏は、
あの演出(男性器のナイフで、裸にされた女生徒を刺し殺す。
または、マザコンや聖母マリアのイメージ表現)をしたのか
と思うと、その詩的直感力に頭を下げるしかない。


「青い風船」
フェルナンド・アラバール著
「アラバール戯曲集Ⅰ」より、いくつかの短編戯曲を読む。
・「戦場のピクニック」
・「祈り」
・「二人の死刑執行人」
・「青い風船」

有名な「戦場のピクニック」もおもしろかったのだけど、
僕は何より「青い風船」がおもしろいと思った。

「青い風船」は簡単に言うと、
ピアノを弾いてる男が殺される話。心魅かれたのは、
ピアニストの恋人のセックスを暗示させるシーンの挿入の仕方や、
何かを連想させる=しかしはっきりと何なのかは示されない、
青い風船の存在とか。
抽象的だが、演出次第ではすごくわかりやすくもできると思う。

解説に、アラバールにとっての「殺人」とは、
他人を所有するための最終手段だ、という言葉があった。
それは、この作家の作風をとても端的に表していると思った。

2011年08月03日
 ■  密陽夏の公演芸術祝祭

7/27(土)~8/2(火)まで、
韓国の密陽というところに、
「密陽夏の公演芸術祝祭」を見に行ってきました。

金世一さん、龍田知美さん、
そして、タイニイアリスの西村博子さんと一緒でした。
龍田さんは、現地で、李潤澤さんのワークショップを現在も受講中。

演劇というものが、「地域」にどのように浸透させられるのか。
国の状況が違うので、単純比較はできませんが、
日本とは全く違う演劇の姿が、そこにはありました。
また詳しく書いていきます。

とりあえず、無事、帰国しました。

2011年07月21日
 ■  読書日記2011年7月 その2

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「夫が多すぎて」
ウィリアム・サマセット・モーム著
92年前に書かれた復員兵もので、三幕の喜劇いや笑劇。
今でも十二分におもしろい。特に、第一幕は笑える。
笑劇にありがちなのだが、笑わせようとしすぎて、
キャラクターよりギャグが重視されている。
そんな第二幕と第三幕は好きじゃない。


「復員者の噂」
井伏鱒二・著
短編エッセイ。敗戦後に、自分たちの故郷に帰ってきた兵士と、
それぞれの想いで迎え入れた家族のエピソードをまとめたもの。
多分、ノンフィクションではないだろうか。
日本人というのがいかに「恥」を感じる民族で、
「世間体」を気にする人々なんだなあと読んでいて思った。


「噂ばなし」
永井荷風・著
復員をテーマにした短いエッセイ。
井伏鱒二の同テーマのものより、面白く読めたのは、
最終的に女の身体論に落とし込めているからだ。
男女の肉体的な生生しさを、永井荷風に考察させたら、
それは面白くないはずがない。

2011年07月10日
 ■  読書日記2011年7月 その1

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戯曲「神」
ウディ・アレン著
イマイチ、ピンと来なかった。演出で遊べるかなあ。


戯曲「死」
ウディ・アレン著
短編集「羽根むしられて」に収録された2本の戯曲の内、
この「死」は傑作だと思う。
主人公が映画でウディが演じるいつものキャラクターだし、
それが物語にうまくはまっている。
つまり、神経質な男が理不尽な死の恐怖にさらされて
右往左往する感じがとても面白い。

売春婦の使い方もうまい。
軽妙な男と女のやりとりを入れつつ、
その売春婦に何気なく哲学的なことを語らせる。
軽いものの中に、サッと重いものを入れる、その匙加減が絶妙。

2011年07月09日
 ■  読書日記2011年5月 その1

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「三人姉妹」
アントン・チェーホフ著
これはガラスの動物園と同じで、追憶の劇という構造になっている。
今の観客にとっては110年前に書かれた戯曲だし。
4幕はおもしろいんだけど、
登場人物が多いのと名前がロシア名だから、
1幕2幕は誰が誰だかわかんなくなる。
冒頭からきっちり入るにはもう一回読まないとダメだ。


「ロボット」
カレル・チャペック著
ロボットという言葉はこの戯曲で生まれて世界中に広まった、
というだけあって、ロボットをテーマにした素晴らしい作品。
90年前の作品だが全く古びれてない。きっと手塚治虫も読んでる。
火の鳥のテーマにつながるところが多々あった。
それでも僕らはロボットを作ってしまうだろう。


「人形の家」
ヘンリク・イプセン著
近代劇は、人間の内面を描くようになったということで、
それ以前と分けられる、らしい。
ただこの作品は近代劇の金字塔だからというよりも、
女優が演じ甲斐があるから、今に残っている気がしてならない。
今は、人形の家でひきこもりたいのは、男だよね。

2011年05月05日
 ■  読書日記2011年4月 その2

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「青い鳥」
モーリス・メーテルリンク著
いつだって幸福は悲しい形をしてるんだよね。


「下北沢 さまよう僕たちの街」
藤谷治・著
期待してなかったのに後半がちょっとおもしろかった。


「ガラスの動物園」
テネシー・ウィリアムズ著
読んだことがなかったのが、恥ずかしくなるくらい素晴らしい戯曲。
これは印象でやってみたいかも。
龍田さんがローラで、三島さんがアマンダで、って勝手に妄想。

テネシー・ウィリアムズは「欲望~」を若い時に読んで、
あんまりおもしろいという印象を持たなかったので、
ずっと避けていたんだけど、オジサンになった今読んだたら、
おもしろさを感じるのかもしれないなあ。


「悪童日記」
アゴタ・クリストフ著
てがみ座きっかけで、読む。
この作家にとっては外国語であるフランス語で書かれた小説。
だからか文体がかなり特徴的だ。
一般的な語彙力で、つまり、単純な文の積み重ねで、
なぜここまで、強固な世界観を作れてしまうのだろう。
削ぎ落とすこと、その強さ!!


「ビビを見た!」
大海赫・作と絵
2度読む。
「人間社会の暗黙の了解」の範囲外の価値観で描かれているので、
絵本であるにもかかわらず、1度目は恐れおののいてしまった。
2度目でやっとその寓意に手を伸ばすことができた。
作者のあとがきで、さらに奥深さを見知る。
それにしても恐ろしく美しい本だ。


「月と六ペンス」
ウィリアム・サマセット・モーム著
睡眠時間を削って読んでしまった。。。
主人公と偉大なる画家ストリックランドだけでなく、
あらゆる登場人物の描写が明晰で生々しい。
特に凡庸なるストルーブの造形が見事。
誰でも芸術を愛せる。けれどもほとんどの人間が芸術からは愛されない。

2011年05月04日
 ■  読書日記2011年4月 その1

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「インドなんて二度と行くか!ボケ!!」
さくら剛・著
大野舞が貸してくれた。
ざーっと、流し読みしたが、おもしろかった!
あいつに薦められる本は大体おもしろい。


「刺繍」
「ペルセポリス」のマルジャン・サトラピ著
そこそこおもしろかった。
こっちはイランのイラストレーターが描いた漫画。
サブタイトルは~イラン女性が語る恋愛と結婚~。
イランの富裕層の恋愛ってこんな感じなのね。


「トムは真夜中の庭で」
フィリパ・ピアス著
小川洋子の「物語の役割」きっかけで読む。
読後感は、岩井俊二の「Love Letter」や
アニメ「時をかける少女」のそれに似ている。
つまり、時間をめぐる冒険。
僕はこういう児童文学が好きなんだなあ。

時間があれば英語でも読んでみたいぐらい、
美しい言葉がいっぱい出てくる。
ただ、僕の英語力だとそれこそ読み終えるまでに、
僕がおじいさんになってしまうくらいの時間が過ぎてしまうだろう。


「水滴」
目取真俊(めどるましゅん)著
目取真俊という芥川賞作家の、短編「水滴」もおもしろかった。
これは、在日コリアンの方に、
「芥川賞取ったって沖縄の作家については、
日本のほとんどの人は知らない」と言われたのがきっかけで読んだ。
1997年の作品。

「水滴」から、沖縄が抱える戦後がうっすらと見えてくる。
生きている人が持ち続けている戦争の記憶。戦友の記憶。
そういったものはいかに抱き続けていくべきなのか、
そんなことを僕は考えさせられた。
そして、本土と沖縄の、記憶に対する距離感の差を考えさせられた。


「犬の心臓」
ミハイル・ブルガーコフ著
コンプリシテが、昨年、
この作品を元にオペラ「A Dog's Heart」を作っていて、
ずっと読みたかったのだ。
犬の脳に、人間の脳下垂体を移植して、
犬人間を作っちまうってすごい話で俺は超好きだった。
作家が医師でもあるからちゃんとリアル。

2011年01月04日
 ■  2010年を振り返って

2010年は、僕にとって転換点でした。

4月に「匂衣(におい)」
7月に「霞葬(かすみそう)」
12月に「空白(そらしろ)」(再々演)

と久し振りに年間3公演をやった忙しい年でした。
何より、「匂衣」は作品的にも各方面から評価をいただき、
作り手の僕らにとってもとても手応えのあった作品でした。
また、突然やった「空白」が思った以上に評判が良く、
「空白」を含めたレパートリーを持っていくことの重要性を、
認識させてくれました。

戯曲賞では、愛知のAAF戯曲賞に2年連続ノミネート。
惜しくも賞は逃しましたが、
公開審査で絞られるのは何よりの経験になります。
2011年は劇作家協会の新人戯曲賞でも最終候補に残りたいです。

今年は、新作を2本、劇団用に書きます。
できたら再演を1本、上演します。
外部にも1本は、新作戯曲を書き下ろしたい。
そして、演出に専念したものを1本やる予定です。
また、いよいよ、韓国公演の足ががりもつけたい。

そんなわけでいろいろ応援よろしくお願いします。

2010年10月16日
 ■  鳥の劇場(鳥取)へ行ってきます!

鳥の劇場。なんて素敵な名前でしょうか?

鳥の劇場という名前は、劇団名でもあり劇場の名前でもあります。
鳥取県鳥取市鹿野町の廃校になった小学校と幼稚園を劇場に変えて、
2006年から演劇活動をしている劇団があるんです。

鳥の劇場
http://www.birdtheatre.org/

おもしろそうな活動をいろいろしていて、
どんなところかすごく気になっていたのですが、
来週、盟友の上本くん(AAPA)が、鳥の劇場に、
ダンスを作りに行ってくるとのこと。
AAPAを見に行くついでに、
以前から興味があった鳥の劇場も見てくることにしました。

AAPA
http://aapa.jp/

神戸より西に行くのは初めて、という日本も知らない僕ですが、
19日(火)から、鳥取を旅してきます。

2010年09月14日
 ■  高円寺阿波おどり2010

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杉並区に引っ越して2年目だけど、今年は初めて高円寺の阿波踊りを見た。
見る前は、「阿波踊りなんて。。。」ってちょっと馬鹿にしていたんだけど、
観客のすごい熱気、踊り自体の面白さに、
夜21時のフィナーレの瞬間には思わず感動でふるえていた。

見どころは、まず衣装。
踊るグループのことを連というらしいんだけど、
各連ごとに違う色艶やかな浴衣や着物が南国の蝶のように美しい。

そして、踊りの構成。緩急。阿波踊りには、
男踊りと女踊りという2種類があることを見て初めて知ったんだけど、
男踊りが休みになると女踊りが来て、
女踊りが休みになると男踊りが来るという、
このサンドイッチがなんともたまらない。

男踊りは、豪快に踊られ、
だからこそ、その後に来る、
小さな振りの積み重ねの、女踊りがより美しく感じてしまう。
そして、女踊りが一休みすると、またダイナミックな男踊り。
こういう構成って、多分、ダンスにも活かせるんだろうなあ。
自分の演劇にも、どこかで取り入れたいなあと思います。

2010年09月12日
 ■  エロバリ=エロバリアフリー

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一週間ほど前なんだけど、”エロバリ”に行ってきた。
きっかけは、寺脇さんのブログ
エロバリ=エロバリアフリーだ。
というと、なんかすごそうなんだけど
バリアフリー仕様のポルノ映画。
要は、副音声および日本語字幕つきの、ポルノ映画だ。

中野の映画館のモーニングショーで
朝9時半からポルノ映画を見るってどうよ?と思ったんだけど
エロバリアフリーっておもしろそうだなと思って観に行った。

朝9時半だから、案の定、お客さんもすごく少なかった。
ポルノ映画だからか、設定や展開がオイオイというか
安易な感じも拭えない。
けれども、エロバリは単に視覚障害者向け、聴覚障害者向け、
なのではなく、 健常者も障害者も
同じものを一緒に見る・聞くというのをコンセプトにしていて
特に副音声ではそれがある程度成功していたと思う。
副音声のコンセプトは「覗き見」だったらしいが(笑)。

字幕のほうは、映画館だから、耳ふさいでも聞こえてきてしまって
いいのか悪いのか、判断できなかった。
でも、映画館であえて目をつぶって映画を聞くって
なかなかしない体験で、良いね。
ポルノ映画だけど(笑)。

2010年08月11日
 ■  井上ひさしの「夢の痂」

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今年の夏は戦争についてとても考えてしまう。
歳を取ったからだろうか。

寺脇さんと飲んだ時、
新国立でやった、井上ひさしの「夢の痂」 について、
僕は、「天皇に対する責任追求が甘い気がした」なんてことを、
生意気にも口にして、
「俺もお前みたいに若い時はそう思ったと思うよ」
なんて言われてたんだけど、

寺脇さんのブログの中で、こんな言葉を見つけて、
胸に重いボールをぶつけられた気がした。

「井上ひさしさん」より引用
http://www.f-kyoukai.com/blog01/?p=152

>井上ひさしの歴史劇が、
>戦争を引き起こした連中を糾弾するだけでなく
>わたしたちひとりひとりの心の中にも
>戦争につながる要素があったのかもしれない、
>と問いかける姿勢とつながってきます。

あの芝居を、
わたしたちひとりひとりの心の中にある、
戦争につながる要素という視点で見直したら、
何が見えてくるのだろう?

お芝居は映画と違って、
DVDを借りてきて見る、ということができないけれど、
もし、また再演があれば、
そういう視点を通して、
あの芝居と出会い直したい。

関連エントリー:
井上ひさしの「小林一茶」
井上ひさし「絶筆ノート」を読んで
井上ひさしを語り継ぐ

2010年08月06日
 ■  芝居はね、1本見ただけじゃわからない。

寺脇さんとお酒をご一緒した。

当然、お芝居の話をした。
寺脇さんは、

寺脇「君んところは役者がいいね。そこは気に入った」
鈴木「ホンはどうですか?演出は?」
寺脇「芝居はね、1本見ただけじゃわからない。
 イチローだって3割しかヒットは打たないだろ?」
鈴木「それってダメだったって意味ですか?」
寺脇「まあこれからだな」
鈴木「・・・」
寺脇「好きな作家は誰なの?」
鈴木「野田秀樹です」
寺脇「俺はあいつの芝居は好きじゃない」
鈴木「・・・」
寺脇「他には?」
鈴木「あ、井上ひさしを最近読んで」
寺脇「お、俺は井上さんは好きだぞ」
鈴木「小林一茶というホンは面白かったんですけど」
寺脇「あれは初演を見たけど俺は好きじゃなかったな」
鈴木「・・・」

という風に、会話も弾み、

鈴木「俺は野田秀樹好きなんですよ」
寺脇「別に俺は野田秀樹好きなヤツを否定してねえぞ。
 ただ、お前がMを好きだったら否定するけどな」
鈴木「・・・」
寺脇「まさか好きなのか?」
鈴木「ダメっすか?」
寺脇「あんな歴史の勉強もしてないヤツを好きだなんて」
鈴木「ダメっすか?」
寺脇「あれはナルシストだぞ?俺は表現者でナルシストは大嫌いなんだ!」
鈴木「表現者なんてナルシストじゃなきゃやってられません」
寺脇「わかった。もう、てめえの芝居なんか見ねえ!」
鈴木「さっき、また見るって言ったじゃないっすか?」
寺脇「クソっ、そういえば言った。ブログにもまた見るって書いちまった!」

という、楽しい時間を過ごしました。
※会話の内容は、かなり脚色してあります。

2010年07月31日
 ■  井上ひさしの「小林一茶」

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野田秀樹が「井上ひさしを語り継ぐ」で、
「小林一茶」を読んだというそれだけの理由で、
僕は、「小林一茶」を読んだ。

井上ひさしは、いい話を書く、作家だという偏見が僕の中にあった。
でも、小林一茶は、その意味では、いい話では、全くなかった。
物書きの、いやらしい業の話だった。
つまり、俳諧師として名を上げるためだったら、
周りの人間をいくら不幸にしても構わない男の話だった。

その業というのが、
いわゆる物書きの業だけではなく、
人間の業という、普遍的なところまで立ち昇ってるから、
おもしろかった。

そして、野田秀樹が、
「24歳の時に、言葉のプロになろうと思っていた時に出会った」
と言って、なぜ、語り継ぐ会で読む戯曲として、
この作品を選んだのかも考える。

「小林一茶」の中にある、あるものが、
僕の作品に一番足りないもののような気がするのだ。


関連エントリー:
井上ひさし「絶筆ノート」を読んで
井上ひさしを語り継ぐ

2010年06月17日
 ■  井上ひさし「絶筆ノート」を読んで

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6/16(水)

深夜のコンビニで、
文藝春秋の井上ひさし「絶筆ノート」を立ち読みした。
一人の作家がどう死んでいくのかが克明に綴られていた。
作家として言葉を残すことの執着。
癌が病なのか?その執着が病なのか?
それほどまでに、井上ひさしの残す言葉への執着は病的である。
そしてだからこそ、凄い。

半年以内の自分の死を自覚している者にとっての、
生きる意味とは何なのだろうか?
自分のことだけを考えていたら、生きる意味は無いのではないか?
どんなに幸福であっても個人の生には期限がある。
ヒトの中に永遠を求めてしまう性(さが)があるのなら、
非永遠である個人の人生にどんな意味を見出せる?

残る(かもしれない)言葉を書くということは、
残る者に向けて、言葉を書くということだ。
個人の生の期限を越えた行為だからこそ、意味を見出せる。
井上ひさしの「絶筆ノート」から、そんなことを感じた。

2010年05月24日
 ■  井上ひさしを語り継ぐ

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5/23(日)

劇作家協会の「井上ひさしを語り継ぐ」をお手伝いする。井上ひさしさんの戯曲を、劇作家たちが選んでリーディングするという公演。なんと、野田秀樹さんも参加されていた。そして、リーディングというのがあまり好きでないので、期待してなかったのだが、とても素敵なイベントだった。

野田さんは、井上さんの「小林一茶」を読んだ。「24歳の時に、言葉のプロになろうと思っていた時に出会った」という挨拶があって、「俺の方が言葉に対して少しばかり優しかったのさ、あるいは、より厳しく考えていたというか」で終わる、言葉を書く者の覚悟が込められた台詞を読んだ。最高だった。

終演後の打ち上げでは、AAF戯曲賞の時に審査員だった、愛知の佃典彦さんとずーっとお話しした。「書き始めた戯曲は、決して、途中で書くのをやめちゃいけない。途中で書くのをやめるのは、生まれたばかりの子供を置き去りにして殺すようなものだ。大量虐殺だ。登場人物は生きているんだ」

2009年07月27日
 ■  消えた劇場と主観的大切論

7/25(木)

うちから花火が見えるからおいでと誘われて、
友人宅の花火見パーティーにのこのこ出て行ったのは、
花火がめあてではなく、
そのおうちのご主人が寿司職人で、ご馳走がちらし寿司だったからと、
そのおうちというのが森下にあって、
取り壊されたと噂に聞くベニサンピットがどうなったか見に行けると思ったからだ。

森下と隅田川はそこまで近くはない。
頭に東京の地図と距離感覚がないから、
マンションの窓から見える花火が思いの外小さかったのには、
花火めあてではないとは言え、いささかがっかりした。
いや、がっかりしたというか、笑ってしまった。
だって、窓から見えるその花火はかわいいほど小さかったのだもの。

それでも、リビングにあった大画面のテレビの花火中継よりは、
肉眼で見る花火のほうに、なぜか心は動いた。
ちっちゃくても自分の目で見たほうが感動するのはなんでだろう?
こんなことなら日食も自分の目で見ておくんだった。

23時半頃お暇し、
白い壁に覆われ、その壁の中はからっぽの旧ベニサンピット跡地を覗く。
跡地の正確な場所を聞いた時に、「もう何もないよ」と言われたが、
何もないということを自分の目で確認したかった。
ジャンプして壁の向こう側を覗くと、やはり何もなかった。

僕は、この劇場では、空白に落ちた男しか、見ていないが、
その時に感じた、劇場の質感ははっきりと記憶に残っている。
そして、劇場がなくなるということは、
多くの作り手と観客の双方が愛した、この質感が消えることなのだと、
今さらながらに思った。

2009年07月15日
 ■  後輩なのに先輩

7/14(火)

今日も、くろにくるりのお手伝い。
16時からという約束だったので、
来年春にやりたいと思っている新作を書き進める。

ギャラリーで大学の後輩の有田くんと再会。
後輩だが、仲間の中で誰よりも早く、
パパになったアリ。
娘が好きで好きでしょうがないアリ。

かたや定職も持たず、
家庭を持つことも拒否する人間失格男。
アリはもう後輩なのに先輩である。

2009年07月14日
 ■  農業少女と大野舞

7/13(月)

何人かの知人、友人を、
大野舞さんの個展「くろにくるり」に誘う。
そういえば、大野舞さんは、
僕が演劇を始める直接のきっかけを作った人だ。
連れて行った人を彼女に紹介する時に、そのことがふとよみがえった。

mai20090711.jpg
(写真は11日のパーティーの様子です。)

彼女が主演して、大学内で上演した、
野田秀樹・作「農業少女」を見ていなかったら、
僕はきっと演劇をやろうなんて思わなかったに違いない。
古家寛くんの演出は今振り返ってみても斬新だったし、
なにより、あの時の大野舞さんはすごくよかった。
そして、今回の個展もすごくいい。

「農業少女」は、今年の秋に東京芸術劇場で、
タイの役者が演じるバージョンが上演され、
来年の春には松尾スズキが演出し、
多部未華子、吹越満、山崎一、江本純子が出演するものが、
上演される。

その時、僕は、あの農業少女と再会できるだろうか?

もうすでに、農業少女でも役者でもなく、
画家・大野舞になってしまった彼女の作品を眺めながら、
そんなことを思った。

2009年07月11日
 ■  Denali's Exhibition 2009 -くろにくるり-

ブログへのコメントを長い間放置してしまっていました。
何人もの方がコメントを書き込んでくださってくれていたようですが、
大量のスパムと忙しさにまぎれて、見落としていました。
一番古いものは今年の2/6、大野舞(Denali)さんでした。

ここ一週間のコメントには順次お返事させていただきますね。
さて、その忙しさの原因を作ったのも大野舞(Denali)さん。
一昨日から表参道で個展をひらいていて、
そのオープンのお手伝いをしておりました。

img20090616.jpg

=============================================
「Denali's Exhibition 2009 -くろにくるり-」
=============================================
会期:2009年7月9日(木)~15日(水)
場所:ギャラリー Concept21
住所:107-0061 東京都港区北青山 3-15-16
Tel.&Fax:03-3406-0466
時間:11:00AM-19:00PM(最終日15時までです)

※11日(土)の16-18時は会場にてちょっとしたパーティを予定しています。

2009年06月19日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ その3

いよいよ、プロペラの公演が2週間後だ。チケットを買った。

身体をフルに使い、自ら歌い、楽器を鳴らし、
舞台を駆け巡る身体性が持ち味。
プレースリリースどおり、
「400年の時空を一気に飛び越え、
堅苦しくなく 素直に楽しめるエンターテイメントとして、
私たちが今までに見たことのない世界へといざなってくれる」
のなら、普段あまり演劇を見ないだろう僕の友人を誘って、
2回目を見てもいいと思ってます。
それは、1回目にかかってます。期待してるぜ!

2009年06月01日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ その2

youtubeにプロペラのプロモーションビデオがアップされてた。

演出家のエドワード・ホールは、
日本へ歌舞伎留学の経験があるらしく、
また、プロペラ設立のきっかけになったのは、何と宝塚らしい。
宝塚の男性版でシェイクスピアをやったらどうなるのかというのが、
最初の発想だったらしい。

2009年05月25日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ その1

アメリカから帰ってきた達郎が、
何かおすすめの芝居がないか?と聞いてきたので、
「プロペラ」という劇団をおすすめしてみる。

propeller-a.jpg
photo by Anthony Field

演 目 :『ヴェニスの商人』『夏の夜の夢』
会 場 :東京芸術劇場 中ホール(池袋駅西口)
公演日程 :2009年7月2日(木)~12日(日) 13回公演

フィジカルシアターというのは、
簡単に言えば、身体を使うことを重視した演劇で、
日本では野田秀樹、イギリスではサイモン・マクバーニーが有名。
劇団印象-indian elephant-も、
優れたフィジカルシアターをつくることを目指してる。

達郎とは、一緒に「エレファント・バニッシュ」を観て、
衝撃を受けたわけだから、多分、好みに合うのじゃないだろうか?

2009年02月05日
 ■  かわいいのか?怖いのか?大野舞の画

驚いた。
チラシが好評である。
いや、それは、毎度のことなので、もう驚かない。
チラシを渡した人からの反応もいいし、
電話やメールで、チラシ見ました!いいですね!って反応が来る。
でも、それはありがたいことにいつものこと。

じゃあ、なにに驚くのかってーと、
大野舞の画を、みんなかわいい!っと言うのだ。

そう、たしかにかわいい。
かわいいんだけども、
よく見ると、僕は彼女の画はすごく怖い画でもある気がするのだ。

みんながかわいいと思うのは、
彼女が選ぶ色が、カラフルで、幸福感に満ち溢れているからだ。
でも、その幸福感に隠れて、
幸福なまま、こちらの息を、呼吸を止めようとするような、
そんな妖しくて、怖い魅力を、僕は彼女の画に感じずにはいられない。

彼女の画で、
ずーっと、印象の宣伝をさせてもらえてきたのは、
これまた、幸福であり、怖いことでもある。

2009年02月01日
 ■  イスラエルとパレスチナ

2月になった。
「青鬼」も、今回の演出プランが明確になりつつある。
僕は、この「青鬼」で、「食べる」というモチーフで、
現代に挑むんだ。皆さん、見ててください!
そんな矢先、知人のブログを見て、愕然としてしまった。

印象も、「青鬼」「枕闇」と撮ってもらった、ある舞台写真家のブログ。
http://de-tokio.way-nifty.com/gekijou/2009/01/post-0ca9.html

彼の知り合いのパレスチナ人から、
イスラエルから全面攻撃を仕掛けられた、
今のガザの現状を伝える写真が届いた、
というエントリー。そこには、写真のリンクが。

http://aoki.art.coocan.jp/gaza/

途端に、無力感に苛まれる。
今、自分がしてることは、世界のある状況と何も関係がないのではと。
もちろん、
関係ないと開き直って、自分が信じる面白さを、愚直に追求する方が、
関係があるように振舞うことよりも、本当は誠実なのかもしれない。
僕らには僕らの、生活があるのだから。

でも、でも、でも。

2009年01月14日
 ■  パフューマーあるいはフレーバリスト その3

前回の復習。
クサいと、いいニオイは紙一重。
そして、臭いを1000分の1に薄めると、いい匂いになる。
(以下、ネガティブな香りは臭い。ポジティブな香りは匂い。)

香りの、
何かを1000分の1に薄めると、
価値が反転するという構造は、
考えてみると、とても面白い。

憎悪を1000分の1に薄めたら、愛情になるのだろうか?
戦争を1000分の1に薄めたら、平和になるのだろうか?
いや、ならないだろう。
憎悪も戦争も、薄めたって、
憎悪は憎悪だし、戦争は戦争だ。

でも、
ストーカーを、1000分の1に薄めたら、
よき恋人にはなる気がする。

SMの話。
痛みを1000分の1に薄めたら、快感になる?

ネガティブを1000分の1に薄めたらポジティブになるもの。
そんなものを探してみると、結構、幸せになれる。
しかし、現実世界には、そんなものは滅多にない。
香りの世界においてだけ、小さな奇跡があふれてる。

2009年01月10日
 ■  パフューマーあるいはフレーバリスト その2

麝香(じゃこう)って言葉を知ってる?
僕は、その日(1/1に)、初めて知った。
鹿の性腺分泌物で、超~高価な香料のこと。
大元は、ウん百万もするらしい。
それを薄めて、いろいろなものに使うんだよね。

で、すごくいい匂いがするんだろうけど、
元の香料自体は、、、

臭いらしい。
耐えられないくらい、、、臭いらしい。
そりゃあ、そうだ。
性腺分泌物って言ったら、
下のあそこらへんのことだからね。
フェロモン出てたり、臭いだろうよ。

で、その臭いものを1000倍とかに薄めて、
香水とかに使うわけだけど、
1000倍に薄めたものはいい匂いになる。
つまり、クサいものと、いいニオイってのは、
紙一重ってこと。

僕らのうんこも、1000倍に薄めて嗅いだら、
シャネルの香水よりもいい匂いになるのかもしれない。

2009年01月06日
 ■  パフューマーあるいはフレーバリスト その1

Perfumerについての話。
といっても、ポリリズムのPerfumeファンといったもんじゃなくて、
パフューマーという職業があるんですよ。

僕は、自分の芝居に、
意識的に匂い・臭いという要素を取り入れてるの。
理由は何個かあって、その一つが、
匂い・臭いってのは、目に見えないものでしょ?
目に見えないものを、見せるのが芝居だって思ってるから、
匂い・臭いが見えたら、その芝居は、一つ成功だよね。

ちなみに、
匂いと臭いってどう違うんだろう?
僕は、ポジティブな香りを匂い、
ネガティブな香りを臭い、って使い分けてる。
一般的にはどうなんだろうね?

というわけで、自然に匂い・臭いってことを、
暇を見て、調べるわけ。でも、
香水の本はたくさんあっても、
意外と、香水を作る人、
もしくは、香水以外の香料やフレーバーを作る人について、
書かれてる本は少ないんだ。
ざっと、調べた感じね。

少しだけわかったのは、
調香師っていう職業があること。
今風に言うと、パフューマーとかフレーバリスト。
要は、匂いを作る仕事。
でも、具体的なことがわからない。
彼らのリアルな生活、思考、もろもろのディテイルが。

で、お正月。
親戚同士の集まりで、僕と同い年のいとこが、
パフューマーであることがわかった。
本人が、パフューマーの仕事をしていること、
どんな面白さがあるのかを、わかりやすく話してくれたのだ。

2009年01月03日
 ■  2009年の目標

あけましておめでとうございます。
今年もよろしく!

2009年の目標は、新作を2本書くこと。
つまり、再演を3月と10月にやりますが、
それ以外に、もう二回公演をやりたいと思ってます。
5月か6月に一回と、12月か2010年の1月にもう一回。
今は、青鬼のリライトと新作を並行して書いてます。

書きたいことはたくさんあるので、
生きてるうちに書けるだけ書きたい。

2008年12月07日
 ■  ナースのお仕事

高校時代の友人が、ナースと鍋パーティーをするので、
来ないか?と誘ってくれた。それで、
大量のナースと鍋を共にしてきた。断じて合コンではない。

テレビドラマを見ればわかると思うけど、
医者ものと刑事ものって面白いでしょ?
看護婦(今は、看護士ですね)も、
ちゃんと日頃から研究しておかないとという、
殊勝な気持ちでございます。
で、その研究成果はというと、

意外と、みんな彼氏がいる。
そして、彼氏は意外と、医者じゃない。
こんなことを聞いてみたが、断じて合コンではない。

実は、あんまりいろいろ聞けなかったんだよね。
だって、「どんなミスしたことある?」
って、看護士1年目の子に聞いたらさ、
涙目になっちゃったりしてね、困ったよ。

あ、医療ミスってことじゃなくて、
点滴をうまくつけてあげられなかったらしいんだけどね。

どちらにしろ、彼女たちは、
自分のミスが、患者の生死を左右するという現場に、
これから、どんどん関わることになるわけです。
そういうプレッシャーがあるのか、ないのか、
あるなら、どこで発散するのか、しないのか、
彼女たちのお酒の飲み方から、そんなことが見えてくるかな?
と期待しつつ、鍋でお腹がいっぱい。

2008年11月01日
 ■  さよなら大崎

10/31(金)

ブログの更新が滞っていましたが、引っ越しをしていました。
5年間過ごした大崎から、杉並区は西荻窪へ。

僕はドライなので、
大崎の、あの部屋には、まったく思い入れはないと思ってたのですが、
昨日(10/31)、鍵を返すにいたり、
からっぽになった部屋を眺めるにいたって、
自分の大事なものを、一つ失った気がしてしまいました。

大崎は、ルームシェアでした。
5年間で、入れ替わり立ち代わり総勢5人の友人たちと暮らしました。
5年間住み続けたのは、僕だけ。

同居人に演劇関係者はいなくて、
だから、価値観が全然違うのも面白かった。
メンバーとその周辺の、色恋沙汰もたくさん見てきたけど、
まだ書けないね。濃すぎて。
時期が来たら、いや、時効が来たら、
いつか、この5年間をネタに芝居を書こうと思います。

2008年09月25日
 ■  いらなくなった自分を捨てる

9/19(金)

昼。
映画「ヒズ・ガール・フライデー」のDVDを見る。

深夜。
田中さん、渡辺さん、に誘われ、
呑めないのに、ちょっとだけ呑む。

9/20(土)

昼。
実家に帰って、引っ越しのための片付け。
家具のほとんどない僕の部屋は、片付けと言っても、
捨てる本を選り分けるという作業がほとんど。
いらなくなった本を捨てるというのは、
いらなくなった自分を捨てるようだ。

夜。
うなぎを食う。

2008年09月21日
 ■  テレビで作り込んだコントはもう無理か?

9/17(水)

夜。
「崖の上のポニョ」@品川プリンスシネマ。レイトショー。
作り手の、これがやりたいが先行しすぎて、
キャラクターの行動に脈略がなかったり、
説明台詞が多かったり。
ただ、海の描写はすごい。

9/18(木)

夜。
引っ越さなきゃいけないので、部屋の片付け。
テレビをつけるとフジのコント特番をやっている。
そういえば、AERAのコラムで鈴木おさむが宣伝してたね。
これが、視聴率を取れないと、テレビでコントができなくなるって。

で、おもしろくない。だって、作り込んだコントじゃなくて、
芸人のアドリブ任せだから、どうしたってグダグダになる。
芸人の数が揃ったから、安心したのか、
テレビでコントやれるのが楽しくなりすぎたのか。
そのグダグダがバラエティーのグダグダより、さらにおもしろくないグダグダ。
もうちょっと、台本をしっかり書いて作ったほうがよかったのではないか?

スマスマのコントのほうが、全然おもしろい。

2008年09月18日
 ■  茶番だけで終わらない茶番劇

9/15(月)

夜。
小学校時代の親友のライブ。
スカのバンマスで、テナーサックス。
終わった後にちょっと話す。
来年、一緒に何かやれたらいいね、と。

9/16(火)

夜。
チャリT企画「ネズミ狩り」。千秋楽。
僕が見たチャリTのここ3作品の中では、ダントツに面白かった。
勝手なお願いだけど、
楢原さんには、茶番だけで終わらない茶番劇を書いて欲しい。
今回のような、ハッとさせられるものを書いて欲しい。
というわけで、大変刺激になった一夜でした。

2008年09月14日
 ■  講師が自信なさげだとこっちまで不安になる

9/13(土)

朝。
第2土曜日はセタパブのマイムWS。
作用と反作用が頭に残る。
講師が自信なさげだとこっちまで不安になる。
その姿に自分を見る。

9/14(日)

朝。
金曜日に続いて、茅ヶ崎でバラシ作業。
インパクトでがんがんビスをはずす。
その合間に、吉祥寺シアターでの父産美術ミート。

夕方。
昨日から読んでいた、立花隆の本を読む。
相対性理論、エントロピー、パリティ対称性の破れ、
などの発見の社会的意義をなんとなく理解する。
本の主旨とは関係ないが、読みながら、
今におけるサイエンスフィクションの可能性を再認識。

2008年09月13日
 ■  男のアラフォーはドラマになりうるか?

9/11(木)

夜。
HDにたまっていた「四つの嘘」、ラスト3話分をまとめて見てしまう。
ラストはともかく、第一話から第五話ぐらいまでは、めっちゃ面白かったな。
永作博美がすごく艶っぽかった。さて、
女のアラフォーはドラマになるが、
男のアラフォーはドラマになりうるか?


9/12(金)

夕方。
茅ヶ崎で、搬出後のトランクルームの整理。
ロンドン出発前の祐といろいろ話す。
今回は、役者が伸びたねえ、とか。
来年の吉祥寺シアターの舞台美術について、とか。