2015年10月28日
 ■  第1回「二十世紀俳優トレーニング」勉強会

ロンドンに行くにあたって、
唯一の劇団員の山村茉梨乃を一年間放っておくのも可哀想だと思い、
俳優トレーニングの勉強会を行うことにした。
参加者は、茉梨乃が共に学びたいと声をかけた若手の演劇人5人で、
「二十世紀俳優トレーニング」という本を、みんなで読んでいく、
というただそれだけの会だ。

この本は、12の章と序章から成っていて、
各章で、12組の演劇の実践家の、トレーニングを解説し、
分析を語るという内容になっている。
勉強会の参加者は、各自、好きな章を担当し、
一ヶ月に一回の勉強会の、自分の担当の回に、
その章には何が書かれていたかを、
必ず画像と映像を伴った表現で、15分のプレゼンテーションをする、
というのが私が決めたルールである。

10月25日に、第1回を行い、簡単に、自己紹介と勉強会の趣旨の説明、
今後の流れを説明して、
今、次回の日程を調整しているところだ。
僕は、スカイプで参加する予定である。

第2回は、12月の頭に、第9章のピーター・ブルックを取り上げる。
これは、新国立劇場で、彼の作品が上演されるからである。
みんな7,000円のチケットは、ちゃんと取ったのだろうか?

2015年09月10日
 ■  タイの現代演劇についてのリサーチ2015

最近は、6月~8月に忙しくてできなかった、
タイの現代演劇のアーティスト・プロデューサーへのインタビューを、
まとめる作業をやっています。

今年の4月~5月に行った、タイの現代演劇についてのリサーチは、
9組のタイの現代演劇のアーティスト・プロデューサーへ、
インタビューを行いました。一組毎のインタビューを、
「タイ演劇のキーパーソン・劇場」として、まとめました。

主要なタイの演劇人たちの個人史や信念を
できるだけ取り上げようと意図しました。全編読んでいただければ、
バンコクの今の演劇状況が浮かび上がってくると思います。
ご興味がある方は、PDFでお送りします。
但し、必ず、感想か、さらに聞きたくなったことを教えていただきたいです。

タイの現代演劇についてのリサーチ2015
「タイ演劇のキーパーソン・劇場」

1. プラディット・プラサトーン(Pradit Prasartthong)氏
2. ナルモン・タマプルックサー(Narumol Thammapruksa)氏
3. トンロー・アートスペース(Thong Lor Art Space)
4. クレッシェント・ムーン(Crescent Moon theatre)
5. Bフロア(B-floor)
6. ニコン・セタン(Nikorn Sae Tang)氏
7. デモクレイジー・スタジオ(Democrazy Studio)
8. ベイビー・マイム(Baby Mime)
9. クリエイティブ・インダストリーズ(Creative Industries)
10. 番外編「東南アジア・米文化の精霊的な面からの考察」を見て

※写真は、バンコクのスラムを訪れた時の写真。

2015年08月31日
 ■  Contemporary Asian Masks @チェンマイ,2015

チェンマイでの「Contemporary Asian Masks」の活動を終え、
(2015年)8月30日に東京に戻ってきました。

昨年のバンコク公演をきっかけに始まった、このCollaborationですが、
チェンマイでは、一俳優として参加しました。
俳優として稽古するのは、
2012年の韓国の演戯団コリペのワークショップ以来、
そして、その時には稽古はしたけど、
ゲネプロのみの出演で、本番は出演しなかった。
俳優として、人前に立つのは、人生で初めての経験でした。
もちろん、本当にチョイ役でしたが。

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演出でも作家でもない視点で、
舞台の袖にいたことは特別な感情を僕に抱かせました。
不思議なことに、最終日の上演では、誰よりも下手糞な俳優なのに、
少しでも長く舞台にいたいという気持ちが湧いていました。

市場で、自分で衣装を揃えたり、素敵な衣装を着る喜びを知ったり、
本番直前の稽古で、(衣装で稽古すればいいやと)
稽古着を持っていかなくて、共演者に叱られたり、
「どんな父親なのか、わからない」とキャラクターにダメ出しされたり、
俳優がよく言う「気持ち悪い、つながってない」
という感覚が少しだけわかったり、
舞台袖で、出ていない時に太鼓を叩いたり、
挙げればきりがないけど、新しい体験ばかりでした。

これが、次に演出をやる時に役立てばいいんですが、
多分、また時間が空いたら、あの感覚は忘れていくんでしょう。
しかし、どこかでまた俳優をやりたいな。また海外かな。

2015年05月22日
 ■  2015年のタイ47日目

47日目(5月21日)

劇団クレッシェント・ムーンは、バンコクで最も古い劇団の一つ。

現在の、
劇団および劇場の、クレッシェント・ムーンの芸術監督は、
Sineenadh Keitprapai氏。

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“女性の問題”に関心を持って、活動をしている、演出家・俳優でもある彼女は、瞳の奥に強い炎を宿しているように、私には感じられた。「最も幸せを感じる時はどんな時?」という質問に、昨年上演した自分の演出作品について、プライヴェートな体験を交えながら語ってくれた。

これは、彼女の作品のチラシである。詳細は、帰国報告会でお話しします。
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2015年05月19日
 ■  2015年のタイ44日目

44日目(5月18日)

バンコクの、主だった小劇場(200人以上入る小屋も含む)は、10軒ぐらいなのであるが、昨年(2014年)の5月にオープンして以来、ものすごい量のプロダクション(企画・制作をした作品)を生み出しているのが、トンロー・アート・スペース(Thong Lor Art Space)である。その名の通り、トンロー地域(日本人街で、日本食の高級レストランが軒を連ねる)にある。

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1年間で18のプロダクションを企画・制作している。その内、演劇系のプロダクションは8つ。他は、コンサートやダンス、アートの企画など様々とのこと。演出家や作家は所属していないので、その度に、外部から招聘し、時には、オーディションをして、出演する俳優を集める。

会社ではないが、私には、会社組織に見えるぐらい、きちんとしたグループに感じられた。基本的なメンバーは10人、マネージング・ディレクター(社長?)がいて、キュレイター(副社長兼プロデューサー?)がいて、他に、マーケティング担当、広報担当などが複数いる。今回、話を聞いたのは、マネージング・ディレクターのChrisada Chiaravanond氏と、遅れて参加した、キュレイターのLeon氏である。Chrisはアメリカへの留学経験があり、Leonはイギリスに3年間留学していたとのことで、二人とも非常に英語が堪能であった。※左がChrisで、右がLeon。

2015年05月16日
 ■  2015年のタイ39・40日目

39日目(5月13日)

Spiritual Dimensions of Rice Culture の続き。
13日は、プログラムはお休みだったため、インドネシアのバリ島チームと、
Siam Niramit Showを見に行った。

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※写真は、インドネシア・ジャワ島の舞踊

40日目(5月14日)

そして、最終日の14日は5時間の長丁場であった。
その中でとりわけ、私の興味を引いたのは、
やはり、インドネシアの儀礼パフォーマンスだった。

興味を持ってネットで調べた知識によると、インドネシア、
とりわけバリで見られる、観光客向けの芸能・美術のほとんどは、
1920年代以降のオランダ植民地時代以降の歴史の中で、
バリを訪れた欧米人との共同作業によって構築されたものである、らしい。
つまり、伝統芸能のエンターテインメント化、もしくは、
現代化に成功したということなのだと思う。
(あくまでネットの知識なので、帰国したら、きちんと調べたい)

そういう視点で各国の儀礼パフォーマンスを見ると、
ある部族の素の形そのままの儀礼は、
やはり、私のような部外者の外国人には退屈だし、
儀礼の中の舞踊を見ていると、
驚くほど踊りが下手な人が参加しているのだ。
つまり、部族の儀礼では、村落の全員が参加するし、
見せる(魅せる)ことは最重要ではないから、踊り手が洗練されていない。

比べて、インドネシアの踊り手は、職業性を感じさせる。
全ての踊り手が、ある一定のレベルに達している。
衣装も、民族的な要素がありつつも、
よく見れば洋服がアレンジされたものだ。
そして、そのように、現代化されているもののほうが、
私にはおもしろく感じた。インドネシアの芸能が、
どのように観光化・現代化されたのかを調べることは、
とてもおもしろいんじゃないだろうか?

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加えて、部族の儀礼パフォーマンスを除き、
ほとんどの儀礼パフォーマンスに、
各国の大学の演劇・舞台芸術学の先生、生徒が参加していた。
大学で、伝統芸能を教えるシステムが各国で確立されているのである。
羨ましくも感じたし、日本の演劇教育に対して、危機感も覚えた。

私は、大学時代、全く演劇に興味が無かった人間で、
学部も環境情報学部という、よくわからない学部なんで、
ロシアとかみたいに、
演劇エリートじゃないと演劇を職業にできないっていうのだと、
困ってしまうんだけど、
でも、もう少し教育システムが整ってないと、
やばいんじゃないの?日本!って思う。
私自身も含めて、
演劇に対する教養の浅さを外国人と接していると感じてしまうからだ。

2015年05月13日
 ■  2015年のタイ36・37・38日目

36日目(5月10日)

Spiritual Dimensions of Rice Culture in Southeast Asia
東南アジア・米文化の精霊的な面(からの考察)
みたいなイベントを手伝わないかとKopから誘われて、参加してきた。
5月10日は、その装飾のお手伝い。

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37日目(5月11日)と、38日目(5月12日)

SEAMEO SPAFAという、

Regional Centre for Archaeology and Fine Arts, is part of the
Southeast Asian Ministers of Education Organization (SEAMEO)

東南アジア外交使節団教育機関の、
考古学・芸術学地域センター(訳がおかしかったら、ごめんなさい)
というところが主催の、まあ、演劇学会みたいな感じなんですが、
昼間は研究発表(英語)、夜19:00から、各国の儀式的パフォーマンスを紹介
というプログラムになっていて、研究発表は、単語が難しくてついていけず、
でも、夜のパフォーマンスは、とても興味深かった。

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11日は、
1.インドネシアのジャワ島の影絵
2.ヴェトナムの部族の儀式
3.ミャンマーの儀式と舞踊
4.インドネシアのジャワ島の舞踊

12日は、
1.マレーシアの儀式
2.カンボジアの舞踊
3.ラオスの舞踊
4.インドネシアのバリ島の儀式
5.ベトナムの学生のダンス・パフォーマンス
6.ブルネイダルサラームの儀式
7.インドネシアのジャワ島の儀式

毎日3時間を超える上演である。観る方も疲れる。そして、
東南アジアと一括りにできないような多様性がありながら、
日本の古典芸能や祭りの原型を感じさせるものが多数あった。
獅子舞、天狗、歌舞伎の型などなど。

当然のことながら、国とは何かを考えさせられた。
日本のように、たまたま海で境界が区切られていて、
自分たちが、一つの国民だと信じやすい地理条件とは違って、
東南アジアは、様々な民族・文化が入り混じっている。
ある地域の文化が、ある地域に影響を及ぼし(ある時は侵略によって)
現在、なんとなく、タイならタイ、ミャンマーならミャンマーの、
文化らしきものを形作っている。
しかし、それは厳密に境界があるものではない。

インドネシアとマレーシアという国家で言えば、
オランダが植民地にした地域がインドネシアになり、
イギリスが植民地にした地域がマレーシアになっただけで、
その面から言えば、
日本が一つなんていう幻想は、
たまたまの偶然の産物に過ぎないんだなあと、気づかされる。

さてさて、このイベントでは、とりわけ
インドネシアの儀礼やパフォーマンスが大きく取り上げられているからか、
そのおもしろさに、とても刺激を受けた。
インドネシアも、また多様。ジャワ島とバリ島では、全然違うのだった。

2015年05月03日
 ■  2015年のタイ29日目

しばらく、更新していませんでしたが、
今、チェンマイにいます。
重要な日だけ、振り返っておこうと思います。

24日目(4月28日)

大学時代の同級生から、
バンコクのNHK支局で働いてる方を紹介してもらい、
E-mailでアポを取ったところ、OKの返事があり、会いに行きました。
すごく親切に対応してくださり、
昨年の事件が起こった時の話や、現在の状況などを伺いました。

その中で、タイの警察に保護されている赤ちゃんたちが、
どうなったかという話があり、
政府の管理する、児童養護施設・孤児院のようなところで、
面倒を見られている、ということを聞き、
実際に、その赤ちゃんたちがいる、
児童養護施設や孤児院でなくてもいいので、
タイの児童養護施設・孤児院を、
見学に行きたいと思う気持ちが強くなったのでした。

29日目(5月3日)

というわけで、チェンマイにある、
孤児院の一つを訪ねました。
なぜ、チェンマイかというと、
NHKの方から、件の赤ちゃんの何人かが、
チェンマイの養護施設に預けられているという話を聞いたのと、
単純に、「匂衣」の出演者であるコップさんが、
チェンマイに住んでいて、会いに行ったからなのです。

今日、行ったのは、バーンロムサイという、
日本のNPOがやっている、孤児院で、
ここにいる子どものほとんどが、
HIVウイルスに母子感染している孤児たちとのこと。

孤児院の日々の生活の様子や、
タイの孤児院事情を、日本語で質問することができて、
大変、参考になりました。
また、いろいろ、タイの国立の孤児院についての情報ももらい、
明日は、そこを訪ねてみようと思っています。

2015年04月25日
 ■  2015年のタイ19・20・21日目

19日目(4月23日)

忙しそうなので、遠慮していたのだけど、
久し振りにTuaさんと再会する。
最近やっとわかってきたんだけど、
タイではすごい演劇人というか、本当にトップの人。

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こんな人のうちに、お金が無いからと、
タダで泊めてもらっていたなんて。。。
そして、朝御飯も作ってもらっていたなんて。。。
これからは、タイの野田秀樹に朝御飯を作らせていた男と名乗ろう。

この日は、トゥアさんに、タイの現代演劇の概略について、
インタビューをする。その詳細は、6月の帰国報告会でお話しします。

そして、夜は、Baby Mimeという3人組のCompanyのShowを見た。
私は、このパントマイム芸人のような3人組については、
BTF(Bangkok Theatre Festival)で見たことがあった。
3人のいつものネタを絡ませながら、
自分たちの今の悩みや、将来の不安が語られる会話劇。
タイ語だから、詳しい内容はわからないんだけど、
パントマイムの身体性の力で、十分に楽しめた。

つまり、身体性が優れていると、会話劇でも伝わりやすいんだよね。
ちょい役で出てくる、Diaさんという女優さんの演技もとてもよかった。
脚本家も外部の人、演出家も外部の人、
でも、内容は彼ら三人の話、そして青春群像劇。
そういうところも良かった要因かもしれない。

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20日目(4月24日)

一日、部屋で過ごす。
筆が中々進まず、
深海で這いずり回るチョウチンアンコウになった気分である。

21日目(4月25日)

大学時代の同級生、イツキと会う。
イツキは、タイで6年間暮らしていて、
報道関係にも詳しいので、
代理出産や、現地の情報をいろいろもらう。

夕方はLat Phraoの駅前の喫茶店でひたすら執筆。

2015年04月23日
 ■  2015年のタイ16・17・18日目

16日目(4月20日)
午前中、英会話。Darren先生(50歳ぐらい)の宗教観や、
イギリスの市民革命についてなどを話す。
午後は、国際交流基金の鈴木さんを訪ねて、
タイの現代演劇の概況を教えてもらう。
夜は、DemoCrazyでパフォーマンスを見るが、
英語字幕が無いし、内容もおもしろくはなかった。
会場で、Nikornと会い、タイ社会について、少しだけ話す。
そして、Nikornには日本語に訳された戯曲があるらしく、送ってもらうことに。

17日目(4月21日)
午前中、日本の雑務をやる。
午後、Creative IndustriesのPeachと会う約束で、
SiamのStarbucksに行くが、時間になっても彼女が来ない。
なんと、私が日にちを一日間違えてた。
しょうがないので、隣りに座っていたドイツ人に話しかける。
なんか、タイ人と日本人の典型的な態度の話になる。
どちらも本音と建前を持つ。
しかし、タイ人は、相手に合わせて、罪の無い範囲で嘘をつくし、
日本人は、答えを曖昧にして、濁して、先延ばしにする。
らしい。なんとなくわかる。
代理出産についても、ちょっとだけ話す。

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その後、Siamの大戸屋で食事をしてみる。
鯖の定食が、329Baht、1200円ぐらいですね。
そして、驚いたことに、これが東京で食べるのと全く同じ味。
気味が悪いくらいに同じ味。
私は、バンコクで東京と同じ味の大戸屋を食べたいとは思わない。
そう考えると、世界中にMcDonald'sを作っているアメリカ人って、どうなの?
夜は、Nikornの戯曲「彷徨い Where Should I laid My Soul?」を読む。

「彷徨い」は、タイで死んだ日本兵の幽霊が、タイ人の青年に協力してもらい、
同じくタイで死んだ仲間の日本兵の幽霊を探す、という、
とても日本と関連の深い話だった。
個人的には、真面目すぎるかなあと感じたが、
あまり知られていない、タイでの日本軍の話とか、
タイ人の死生観が、垣間見れて、興味深かった。

18日目(4月22日)
午前中、日本の雑務をやる。
午後、英会話。教室に行くと、Andrew先生(32歳)が、
ドストエフスキーとキルケゴールとニーチェとカフカについて、
書かれた本を読んでる。キャー、知的。
Lessonは映画の話とか、村上春樹の「パン屋再襲撃」の話とか。

その後、SiamでPeachと会う。
なんと、次のShowをいつやるのか?バンコクでやるのか?
やるなら、Creative Industriesでやってほしい、というそういう話だった。
すごく光栄だし、本当に、「匂衣」が成功したのだなあと思う。
連続するという形容詞は、英語では、successiveだけど、
次に続くものこそが成功だと、本当に思いますね。

2015年04月20日
 ■  2015年のタイ14・15日目

14日目(4月18日)

2日に一回は下痢をする。
原因は、辛い食べ物だ。
肉や野菜の唐辛子和えや唐辛子炒めは、大丈夫なんだけど、
ご飯とか麺とか、炭水化物に唐辛子がたくさんくっついてると、
美味しくても、次の日に必ず下痢になることがわかってきた。

下痢になり、体調が崩れると、
台本を書かなくてもいい、いい口実になるので、
ベッドで、読書をして過ごす。だって、体調が悪いんだもん!
Tove Janssonの、
The Moomins and the Great Floodを読み始める。
いわゆるムーミンの英語訳版。単語の難易度が僕にちょうどいい。

そして、ついに、
タイの文字を書く勉強を始める。
タイの超階級社会にただ悩んでもしょうがない。
お前に何ができる?
一文字でも多く、タイの文字を読めるようになることが、
今のお前にできることだ。そして、
思っていたよりも、タイの文字は難しくない。
要は、慣れの問題だ。

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15日目(4月19日)

日本の友人on facebookの紹介で、
日本語スクールの授業を見学しに行く。
生徒は、全員タイ人。教師が日本人。
様々な発見がある。

Cold、タイ語ならイェンだが、
日本語は、寒いと冷たいだ。
寒いと冷たいは何が違う?
そんなこと考えたこともなかった。

実際に、ふれることができるものは、冷たい。
ふれることができないものは、寒い。
つまり、日本人は、
愛にふれることができると考えているのか?

寒いギャグにはさわれない?
冷たい風にはさわれる?

授業の終わりには、
先生が、私にインタビューの時間をくれた。
一般のタイ人(しかし、彼らは英語が喋れる人たちだが)に、
代理出産について、どう思うか、聞いた。
そして、多くの日本人がそう言うだろうと同じように、
「不妊治療としては、アリだけど、親族間に限るべきで、
 まして、20人もの子どもを求めるのは、おかしい」と言う。
「私はしないけど、貧しい女性は、することもあるだろう。
 売春と同じように。」

今、バンコクではやっと、middle classというものが、
生まれつつあるのだろう。

誰かが言った。
「バンコクだけ見ていると、タイがわからなくなる」
「バンコクだけ見れば、シンガポールと同じくらい豊かになりつつある」
誰かが言った。
「しかし、本当のタイは、地方にある」

そうしたものすごい格差が、代理出産を生んでいるのだ。

2015年04月18日
 ■  2015年のタイ12・13日目

12日目(4月16日)

朝、目が覚めると、
台本についての新しいアイディアが浮かんで、
少し、いい感じで、書き進めることができた。
眠りによって、脳は記憶を整理し、新しいアイディアを産む。
しかし、そこに行くには、前夜に悩んで悩んで悩んだ末に、寝る、
という下準備が必要なのである。

夜には、複数の日本の友人が、
facebookで取材に関しての助言をくれる。
本当にありがたい。
しかし、その一つが、私にはとても強烈だった。
「タイは超階級社会です。階級が違う人には無関心です。差別すらしません。」

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13日目(4月17日)

タイの階級社会について、一日中考えてしまった。
そして、今も、眠れない。
「階級社会」という言葉と、私の「タイ」のイメージが全く重ならない。
いや、よくよく思い出してみると、
なんとなく、そうかなあと感じる部分はあったんだが。

フィリピンでは感じたし、インドはモロにそれがある。
しかし、タイもそうなのか。。。
ネットで調べると、出てくる出てくる、
階級社会のエピソード。
なのに、私の目には、まだはっきり見えてはいない。
所詮、外国人の旅行者には見えないものなのだろうか?

何年か前に、ロールズの「正義論」と出会った時の感動を思い出す。
つまり、別の立場に生まれ変わっても、不平等だって思わない社会こそが、
本当の平等な社会だ。
もっと簡単に言えば、相手の立場になって考えろってこと。

なんで、「階級社会」という言葉にこんなに掻き乱されるんだろう。

2015年04月16日
 ■  2015年のタイ10・11日目

10日目(4月14日)

戯曲を書くための取材というのは、何をすればいいのだろう?
一番したいのは、代理母出産を使って、20人の赤ちゃんを得た、
お金持ちの日本人男性(当時、若干24歳)に会って、
「何で、こういうことをしたんですか?」と聞くことなんだけど、
もちろん、彼に会うことはできない。
だから、せめて、事件が起こった場所を、自分の目で見たい。
そこから感じ取れる空気を、劇作の参考にするのだ。

2014年8月5日、バンコクの警察が、とあるコンドミニアムで、
身元不明の生後1カ月~2歳の乳児計9人を保護した。
父親は1人の日本人男性で、9人全員が代理出産で生まれた。
日本でも大きく報道されたこの事件を元に、私は今、
「グローバル・ベイビー・ファクトリー2」という芝居を作ろうとしている。

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件のコンドミニアムは、私のマンスリーマンションから、
車で10分ほどのところにあった。
少しだけお洒落な外観と、日本車やドイツ車などが停まっている駐車場。
高級感は感じるが、そこまで手が届かない感じではない。
近くには、ドラえもんのデザインが入った、コンビニエンスストアがあった。

このコンドミニアムは、オートロックになってて外からは入れず、
一階玄関の受付の人はあまり英語が話せなかった。
私は、コンドミニアムの敷地をぐるっと回った。
敷地内には、プールらしきものがあったが、泳いでいる人影はなかった。

赤ちゃん連れの母親の姿もあった。
探偵モードになっているため、普通の親子には見えない(笑)
もしかしたら、代理出産で産まれた子どもと乳母か?なんて考えるが、
真相は不明。

受付の人から、管理者の名刺をもらい、この日は退散した。
しかし、タイ語もできないし、英語も大してできない。
しかも、タイの社会は、こういう話題に対して、Openにはなりにくい。
どうやって、取材を続けていけばいいのだろうか?

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11日目(4月15日)

取材の方法は、とりあえず、脇に置いといて、
戯曲を書き進めることにした一日。
しかし、これが進まない。進まない。
外出しないで、一日中、部屋にいたのに、
2ページしか書き進まず、しかも、書いたものが気に入らない。
日本で書けないものは、外国でも書けない。
久し振りの、a writer's blockとの再会を祝して、
飲めないbeerを無理して飲み、早めに就寝。
しかし、夢に見るのは、台本のことだった。

2015年04月14日
 ■  2015年のタイ9日目

Songkran! ソンクラーン!
完全にお上りさんで、Si Lomに行って来ました。
Songkranの水掛け祭りは、
バンコク市内どこでもという感じではなく、
無礼講エリアみたいのが決まっているみたいでした。
少なくとも、僕が住むLat Phraoはひっそりとした感じ。

Si Lomに11時半ぐらいに行くと、
もう、水鉄砲を持った人々で盛り上がっていて、
子どもじみてるなあと思う反面、
水を浴びせられるのは、単純に気持ちがよかった。
しかし、こういう時に、一人だと寂しいことを実感。

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午後からは、そろそろ、
「グローバル・ベイビー・ファクトリー2」を書くのを再開しなければと、
過去の新聞記事をネットで検索する。
実は、こっちに来てから、英会話スクールに通っていて、
そこの先生に、代理出産のことで、取材に来ていると言ったら、
Bangkok Postの記事を、i-padで見せてくれて、
それによると、なんと、例の事件が起こったコンドミニアムが、
僕が住んでいるLat Phraoにあるらしい、ということがわかったのだ。

何という、偶然なんだろう?

インドの時と同じように、
再び、江戸川乱歩の「押絵と旅する男」のように、
自分が書いた物語の中に迷い込んでいく感覚が蘇える。
現実と自分が書いたフィクションが混ざり合う、蜃気楼の中の世界。

明日は、そのコンドミニアムを訪ねます。

2015年04月12日
 ■  2015年のタイ7・8日目

7日目(4月11日)。
日付の感覚が無くなって来たので、今日から日付をこの備忘録に入れます。

母から、松尾芭蕉の言葉がメールで送られてきた。
「日々旅にして旅を栖(すみか)とす」

旅という非日常でも、毎日がおもしろいというわけではない。
今日は、まだ体調の悪いのが続いていて、自分の部屋で、
日本に残してきた仕事を片付けるのをゆっくりやった。

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8日目(4月12日)。
タイに滞在して、ちょうど一週間が経った。
ホテルから引っ越したのでバスタオルがなく、
Chatuchakのweekend marketに行く。
Saphan Khwaiからも歩ける距離にある、
この巨大な市場は、
いつも観光客でごった返している。

まるで迷路のように、入り組んでいて、
一度行ったお店に、もう一度辿り着くことがなかなかできない。
ここに来ると、バンコクに来たなーと実感できる、
私にとっては、特別な場所なのである。

そう、そして、明日からは、ソンクラーンなのである。
日本からも、タイでも、多くの人が情報をくれた。
タイのお正月であり、水掛け祭り。
そのソンクラーンの準備として、
携帯のビニールケースと、サンダルも購入。
どんな一日が待ち受けていることやら。

体調は、ソンクラーンに合わせて、完全回復しました!

2015年04月11日
 ■  2015年のタイ5・6日目

5日目。だいぶ、バンコクに身体が慣れてきたと思ったので、
屋台のご飯を食べてみた。
これバミー・ナームっていうのかな?

ちなみに、
ホン(グ)ナーム ユー ティナイ(部屋水 ある どこ?)
正解は、「トイレどこですか?」という意味でした。
水の部屋で、便所なんですね。へえ。
バミー・ナームは、麺と水。つまり、汁麺です。

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6日目。Nice Palace Hotelのある、Saphan Khwaiから、
マンスリーマンションのある、Lat Phraoへ引っ越しました。
しかし、朝から、お腹が痛い!屋台か、屋台のせいなのか?
下痢ではないのだが、つまりナームではないのだが、
固形物のうんこが、止まらない。お腹もずっと痛い。
こういう時には、、、
正露丸を飲めばいいことは、インドで学んだ。
http://www.inzou.com/blog/2014/01/post_389.html

やはり、正露丸!すごい!
旅ではとにかく、正露丸。
そして、ホン(グ)ナーム ユー ティナイの次に覚えたのは、
ブアッ(ト)トーン(グ)。「お腹が痛い」の意味で、
ブアッと勢いよく発音するのが、ポイントです。
これを言えば、笑顔でトイレが借りられます。

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新しい部屋は、こんな感じです。
ホテルより少し広くて、エアコンが効きにくいけど、
カーテンも壁も青いのが気に入りました。

2015年04月09日
 ■  2015年のタイ4日目

昨夜は、「My Fair Lady」を下敷きにしたという、
「The Lady of Siam」というミュージカルを見た。
客席100人程の、小劇場ミュージカルである。
フィリピンのPETAのミュージカルを見た時の衝撃はなかったけど、
充分に楽しんだ。
特に、発音を矯正していく、タイ語の五声を練習する歌は、
とてもよかった。

theladyofsiam01.jpg

会場はThong Lor Art Space Bangkok
値段は600baht
観客は、ナウなヤングで、髪型をツーブロックにしてるような、
お洒落な人たちが多かった。
上演時間は休憩を入れて、3時間!
20時から開演で、15分押して始まるが、誰も文句を言わず、、、
休憩後の再開も5分押して始まるが、誰も文句を言わず、、、
終わったのは、23時20分でした。That's the Thai Way!

theladyofsiam02.jpg

空いている時間は必死に、タイ語と英語を勉強している。
勉強していると、タイ語は結構覚えられる。
タイ語は文法的には簡単だし、現地にいるのだから、
使う機会が多いので、当たり前なのだが。

最初に覚えたのは、
ホン(グ)ナーム ユー ティナイ
これは、本当によく使います。
直訳すると、部屋水 ある どこ?
さて、どういう意味でしょう?

演劇人とは英語で話す。
タイだけではなく、アジア諸国に行くと、
英語を話せるかが、その人の経済力を如実に表すさまを見ると、
とても複雑な気分になる。
特に、フィリピンではそうだったから。

2015年04月08日
 ■  2015年のタイ3日目

Kop(匂衣タイヴァージョンの出演者)が、
「あなたはCrazyか?いつまでそんなAwfulなホテルに住んでるんだ!」
「Nikornが住んでるマンションに空き部屋があるから引っ越しなさい」
というわけで、4月10日から(ホテルを10日まで取っていたので)、
Lat Phraoのマンスリーマンションに引っ越すことにした。
タイで部屋を内見するなんて、なんて体験なんだ!
まあ、特に、日本でのそれと変わらないんだけどね。
素敵な部屋でした。どんな部屋かはお楽しみに。

onenightstand.jpg

夜は、Democrazy Studioで、
「One-Night Stand」というコンテンポラリーダンスを見た。
簡単に言うと、Sexを題材にしたソロパフォーマンスだったんだけど、
とてもおもしろかった。
チケットは450baht

最初に短いダンスがあって、
それがなんか女性のオルガズムを表しているのかなあと思ったら、
インタラクティブなセッションが始まって、
私の身体を拭いてくださいとか、
(客席にポケットティッシュがいくつも置いてあった)
私の服を脱がしてくださいとか、になって、
ダンサーが下着姿になったら、トークが始まった。
主に、セックスについて、彼女が語っていく。
英語の字幕があったんだけど、
hornyとか、swallowとか、俺は意味がよくわかんなかったんだよね(笑)
で、観客にも聞いて来るんだよ。あなたはswallowは好きかって?ははは。

インタラクティブなセッションが終わると、
再び、彼女のダンスが始まって、時々、モノローグが混ざる。
それまでは、どちらかというと、性の快楽を表現していたけど、
一転して、性の恐怖、
レイプのこと、不妊のこと、流産のこと、などが語られる。

照明と空間の使い方がとても美しかった。
見ながら、2年前にBTFで、彼女のパフォーマンスを見た記憶が蘇える。
あの時には、ピンと来なかったんだけど、
絶対に、同じ演出家だなあと思った。
俺が変わったのか、彼女の演出が洗練したのかわからないけど、
今日はとても感動したのであった。

2015年04月07日
 ■  2015年のタイ2日目

こっちでの予定は、no planだったが、
フェイスブックの記事を読んで、
タイの友人たちからお誘いの連絡があった。
いい時代になった。SNSが無ければ、
外国の友人とはこんなに簡単につながれない。

B-Floor Theatre - An avant-garde physical troupe
http://bfloortheatre.com/

b-floor01.jpg

B-Floorは、日本に何度も来ている劇団で、
私は、昨年5月、うちにホームステイに来て、仲良くなった。
http://www.inzou.com/blog/2014/05/post_411.html

バンコクのleading companyと言っても過言ではない劇団で、
実に様々な活動をしている。
昨日は、
B-FEST Showcase + TALK by B-Floor directors!
というイベントをやっていて、
簡単に言うと、
1部が、劇場スペースのあるビルを使った
室外パフォーマンス(コンテンポラリーダンス)
2部が、実験的フラッシュモブの映像上映と、各演出家の作品説明
だった。観客は60名~80名ほど、
終演後のディスカッションも活発で、熱気のあるイベントだった。

b-floor02.jpg

作品説明は、タイ語と、英語の両方であったのだが、
英語が早くて、聞き取れなかった。。。
「パブリックとは何か、がコンセプトで」ぐらいはわかったんだが。。。

ここの劇団のすごいところは、演出家が何人もいるところ。
少なくとも4人。
とりあえず、備忘録としてはこんなところで。

2015年04月06日
 ■  2015年のタイ1日目

今、私は、バンコクにいる。
「グローバル・ベイビー・ファクトリー2」創作のためのリサーチと、
タイ演劇人とのネットワーク構築という目的で、昨日4/5から約2ヶ月、
こちらに滞在する。

nicepalacehotel.jpg

私が、今、泊まっているのは、Nice Palace Hotelという、ところだ。
こっちのタイの友人からは、Awful Place Hotelだなんて、言われている。
全然、素敵じゃないし、宮殿でもないからだ。

しかし、これが、私の東京の部屋よりはきれいなんだから、笑ってしまう。
東京での、全ての部屋と仕事と人間関係を片づけないで、やってきた。
前日は、荷造りのために、一睡もできなかった。
朝の6時まで荷造りして、シャワーを浴びて、6時40分のバスに飛び乗った。

忘れ物がないように、あらゆるものを詰め込んで、
おかげで、空港のカウンターでは重量オーバーです、と言われてしまった。
3,000円の追加料金を払うか、2キロ分を減らすか。
恥ずかしかったな。
公衆の面前で、ゴチャゴチャのトランクを開いて、荷物を減らすのは。
けれども、これが私の人生です。

今日からの予定もほぼノープラン。
そう、未来は誰にもわからない、のである。

I'm in BKK now.
My purpose is a research for my new piece "Global Baby Factory part2"
and making a network with theatre people in Thailand.
I will stay in Thailand for about 2 months.

Now I'm staying at the Nice Palace Hotel.
My Thai friend calls it the Awful Place Hotel.
That's why it is not nice and not a Royal Palace.
But it is better than my room in Tokyo, seriously!

2015年03月27日
 ■  モズ企画・韓国新人劇作家シリーズ第三弾を終えて

今年も桜が咲き始める季節になってしまった。
「憂鬱郡悲し村老い里」の公演も、あっという間に終わってしまい、
僕の、タイニイアリスでの最後の公演が幕を下ろした。寂しい。
タイニイアリスで、もう二度と公演ができないことが、
言葉にできないほど寂しい。

mozu2015-p.jpg

モズ企画の韓国新人劇作家シリーズについて、雑感を記しておきたい。
2012年から始まったこの企画も、もう三回を数える。
韓国の有名じゃないけど、優れた作家の作品を紹介するというのが、
本来の目的なのだが、
振り返ると、僕の演出家としての力が鍛えられる場だった。

他者の言葉と、どう向き合うのか?

新人劇作家シリーズをやる前は、
他人の戯曲を演出したいとは、全く思わなかった。
第一弾の「一級品人間」を上演した後も、
その気持ちはそんなに変わらなかったけど、
第二弾の「罠」の時ぐらいから、
他者の戯曲×自分の演出という掛け算の可能性が見えてきた。
自分の戯曲+自分の演出は、足し算。
でも、他者の戯曲を演出する時は、
その「×」の向こう側の、掛け算の世界がある気がするのだ。
そして、昔、蜷川幸雄が言っていた、好きな台詞が一つでもあれば、
その戯曲を演出できるという言葉の意味が、少しわかった気がする。
僕は、「憂鬱郡」の、「海で暴れる鯖のように、とてもピンピンとした」という
老人の台詞が大好きだった。

何人かの知人に、俳優の技量不足を指摘された。才能ではなく技量不足。
特に、板野君の、クライマックスの仮面をかぶったシーンの歩き方について。
あのシーンを思いついたのは、稽古の終盤ということもあり、
稽古中に、身体訓練をしていなかったこともあり、
確かに、技量不足は目立った。

昨日、次作のためのオーディションをやったのだが、
スローモーションできれいに歩ける人は、5人に1人もいなかった。
これでも舞台に立ててしまうというのは、
東京の小劇場の大きな問題点であり、
同時に、僕ら小劇場の演出家の責任でもあると思う。
作・演出が多いのも、その原因の一つではないかと思う。
つまり、自分の言葉の立体化に満足して、
演出家として、俳優に、
身体的な技量の基準を求める意識が疎かになっているという。
これについては、深く反省したい。

モズ企画では、本番の2週間前に、内部での公開通し稽古をした。
また、小屋入り全日にも、内部での公開通し稽古をして、
三団体の他の演出家から感想を聞く機会があったのだが、
僕には、これがとても有意義だった。
単純に、自分が気づけていないことに気づけたし、
この演出家はこういうところに目を向けるのか、
と演出家として視野が広がった。
この「本番2週間前、公開通し稽古」は、自分の劇団でも取り入れたいと思う。

興行的には、一般の観客になかなか見に来てもらえていない、
というのが課題である。身内のお客さんがほとんどなのだ。

タイニイアリスが無くなって、このシリーズが今後続いていくか、
今はわからないが、
韓国の無名の作家を紹介するだけでなく、
日本の無名の演出家が成長できる場なら、
この企画は、続けていかなくてはと思う。
次回以降は、自分は裏方に回り、
別の(無名の)演出家を迎えることも考えている。

2015年01月27日
 ■  2015年、最初の演劇アウトリーチ

(忙しくてなかなか記録を付けられていなかったのですが、)

昨年の5月から、せんがわ劇場の演劇アウトリーチ事業に、
アーティストチームの一人として参加しています。
月に2回ぐらい、アーティストが中学校に派遣されて、
演劇を使った「コミュニケーション」の40分間の授業をします。

生徒からすると、
怪しい人たちに変なことをさせられるという不思議な授業です。
で、僕らは怪しいんだけど、生徒たちが持っていない、
「新しい価値」を持っている人でありたいと思ってやっています。
いつだって、「新しい価値」は、怪しい人々が運んでくるものです。

今日は、久し振りに、私がリーダー講師(メイン講師)でした。
昨年11月にリーダーをやった時には、
井上ひさしの「あいうえ王」のテキストを使って、
簡単な場面を作るみたいなことをやって、
なかなかうまくいったのですが、
今日は、生徒に短い戯曲を書いてもらう、しかも「5分間」で!
というメチャクチャハードルの高い課題を出したのですが、
これまたうまくいってしまい、
中学生たちの創造力に、恐れ入っております。

実は、僕らが担当しているのは、不登校の生徒たちなんですが、
(つまり、本校に行けなくなった生徒たちを集めた、相談学級というクラス)
なまじっか、学校に行ってる生徒より、
彼らは、芸術的な創造性が高いんじゃないかと思いました。

私の授業では使わなかったけど、
彼らが書いたという詩を読ませてもらって、
これが、なかなかのモノなんですよ。
詩に文体があるんですよ。言葉に風があるんですよ。

さてさて、私が言うのもなんですが、
今は、横並びで学ばなければいけないものが多すぎる気がします。
中学も高校も、単位制というか選択制にして、
自分が学びたいことを選んでいけるようになったらいいなと思います。
そして、その選択科目の中に、
「演劇」も加わったらいいなあ、と思うのです。

2014年01月21日
 ■  1/19のゲキトークを終えて

一昨日は、福岡で、ゲキトークに出演してきました。

演劇を続けていく上で、
お金の話は避けて通れないと思ったので、
演出家、劇作家というよりは、プロデューサー的な視点で、
生々しい話をたくさんしました。
参加者の皆様に何かしら刺激になったのならば幸いです。

さて、今後の話。

ゲキトークでも話しましたが、
僕には、福岡というといいイメージしかありません。
それは、昨年参加した、
創作コンペティション『一つの戯曲からの創作をとおして語ろう!』vol.4
が、自分にとってはおもしろすぎたし、
演出家として、徹底的に鍛えられた企画だったからです。

そして、何度も福岡に足を運んでいるからこそ、縁が広がりつつあります。

78produceの宮園瑠衣子さんは、
劇作家協会新人戯曲賞の落選仲間。
彼女と何か、新しい仕事ができないかと、
今、ワークショップを企画しています。

メリット・デメリットではなく、
おもしろいか、おもしろくないかを判断基準に、
演劇をやっていきたい。そして、縁を大切にしていきたい。

2月の末の、福岡で、
戯曲を読むことを目的としたワークショップをやります。
九州在住の演劇人は、是非ご参加ください!!

関連リンク:
福岡・創作コンペティション、2位と観客賞!
http://www.inzou.com/blog/2013/05/post_363.html

2013年12月28日
 ■  せんがわ劇場「青い鳥」、公演無事終了!

もう5日前ですが、「青い鳥」、公演無事終わりました!
見に来てくださった皆様、本当にありがとうございました。

最初は、上演台本担当という関わり方でした。
細かなギャグをたくさん入れた第一稿から、
ギャグがみんな演出の手によってカットされて、
ものすごく悲しくなったりしてたのは、遠い夏の思い出。

12月に入って、演出の柏木さんが倒れて、
急遽、僕が演出もすることになり、
自分が書いたギャグが悉く邪魔に思えてくるという貴重な体験もしました。

何より、初めましての出演者たちと、超短い稽古期間の中で、
信頼関係を築きながらやっていくというプレッシャーがすごかった。
でも、超のんびり稽古やったし、
「焦り」を感じないように、感じさせないように、稽古ができた。
そして、作品も、僕自身がいい作品だと思えるものができた。

誰に見せるのか?も、いろいろ考えることができた。
「演劇を初めて見る子どもたち」のための演劇。
そして、一緒に見るお父さんのための演劇。
とても充実感があった。

ピアノの大出満美さん、そして、シェーンベルクとの出会いも大きかった。
自分の知らないところで、何という素晴らしい音楽が存在しているのか。

そして、メーテルリンク。
僕はもっと、あなたのことを学びたい。
あなたの作品のような戯曲が書きたい。
いつか、他の戯曲(特に「室内」!)を、
そして、「青い鳥」を、もう一度、演出し直したい。
きっと、僕のターニング・ポイントになる作品です。

皆様、どうもありがとうございました!

2013年09月17日
 ■  「火山灰地」、無事終了!

近代戯曲研修セミナー「火山灰地」、無事終了しました!
ご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました!!

かなりハードな仕事でした。
時間を巻き戻せるなら、お断りしたかもしれない(笑)
とてもたくさんのことを学べたということでは、
すごいよかったのですが。

以前、ある方に言われたことなんですが、

「次につながらないものは、成功じゃないからね」

リーディングであっても、
昨年末、中津留さんが演出した「第三世代」は、
圧倒的クオリティーでしたし、
手前味噌ですが、トラムでの「海霧」のリーディングは、
評判がとてもよく、具体的に次につながった公演だったので、

そこまで持っていけたらなあと思っていたんだけど、
さすがに、「海霧」のクオリティーまでは行けなかった。

もちろん、戯曲の分量が「海霧」の5倍あるし、
なのに稽古時間は少ないし、会場は劇場じゃないし、
照明はないし、ゲネプロなんかももちろんないし、
そもそも研修だ、という、いろいろ。

でも、苦労は買ってでもするものですので、
とてもとても苦労できてよかった。
シンポジウムでは、久保栄のマイナスの面も、
パネラーの梅原さんからお聞きできて、
それこそ多面的に、久保栄を知ることができた。
皆様、本当にありがとうございました。

願わくば、次(の仕事)につながってほしいが。。。
ははは。

2013年09月05日
 ■  「火山灰地」第1部、明後日本番!

連日の稽古で、ヘトヘトですが、
リーディング公演「火山灰地」が明後日、本番です!
是非、見に来てください!

とりあえず、第1部では、
3時間半の戯曲を2時間ちょいに大幅カットしました。
正直、この作業がすごくしんどかった。
でも、カットしなければならなかったからこそ、
戯曲を繰り返し読み、台詞に優先順位をつけ、
その作業を通して、劇の構造をより深く知ることができた。
まあ、まだまだ全然足りないのですが。

僕が誘って、信頼できる俳優さんに、たくさん出演してもらった。
演出者協会では、公演ではなく、セミナーだと言うけれど、
僕は、クオリティーを求める。
すごいホンだねって感想ではなく、
すごいリーディングだったねって言わせたい。

稽古はあと、公演当日、本番直前の2時間ちょいだけど、
最後まで粘るぞ!!!

【日本演出者協会・近代戯曲研修セミナー】
久保栄特集「『火山灰地』を読む!」
第1部、9月7日(土)15:00~ 於:芸能花伝舎

15:00~リーディング S-2教室
『火山灰地』
第一部 演出:瓜生正美・鈴木アツト

18:00~シンポジウム 1-1教室
「リアリズム演劇としての『火山灰地』の新しさ」
料金:2,000円 ※リーディングのみ1,500円
(全席自由席)

チケット予約は
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=37653
をご利用ください。

出演:
岩崎メリー、加藤明美、瓜生正美、加藤亮佑、金盛美里、川村麻緒、小林拓生、小山萌子、冨田祐一、林英樹、平岩久資、広田豹、堀光太郎、松永明子、由布木一平

2013年08月19日
 ■  火山灰地・稽古第4回目

今日は、初めて、祭りのシーンを読んだ。

作・演出の時よりも、
演出だけをやってる時のほうが、
観客をイカせることに集中できる。

火山灰地は、長くて、太くて、大きい。
何しろカットしなければ、七時間の超大作だ。
書いた作者は、さぞかし立派なブツがご自慢だろうが、
きちんと前戯をしないと、大きすぎて、
観客の心には、なかなか入っていかないだろう。
そもそも観客にとって重要なことは、
サイズではなく、繊細なムーブメント、そして、リズムだ!

僕は、「火山灰地」の論理的な対立のシーンも好きだが、
なんといっても、下半身で描かれている祭りのシーンに魅力を感じる。
芝居も、人生も、大事なのは下半身だ。
戯曲の戯は、前戯の戯。
見つけ出すんだ!戯曲の中に眠っている、下半身のリズムを!
戯れのリズムを!お前だけのリズムを!

2013年08月18日
 ■  火山灰地・稽古第3回目

今日は、配役を決めることを目的にやると決めていた。

堀光太郎さんが今日から参加。
堀さんは、演出助手をした「彼女の素肌」のオーディションで見て、声をかけた。
最近は、もうどんどん声をかけることにしている。
別に演出助手だって、自分の芝居に誘ってもいいのだ。
ふられてもいい!とにかく、いい俳優さんと一緒にやりたい。
いい俳優と一緒に芝居を作ることが、演出家としての成長の近道だ。

人生は短い。恋せよ、演出家!

2013年08月16日
 ■  値札のない戦争・プレ稽古第1回目

10月のBeSeTo演劇祭で上演する、
「値札のない戦争」のプレ稽古第1回目。
2010年から始めた、韓国演劇人との国際交流も、
いつの間にか4年目に入り、
今回は、今まで韓国の仲間とは積極的に話してこなかった、
「戦争」をモチーフにした芝居を作る。

もう2ヶ月前なのだが、まだ4ページしか書けてない。不安だ。
それで、なんとかアイディアを搾り出そうと、
無理やりワークショップを計画したわけだ。

で、今まで敢えて書かなかった、写真家が主人公の話を書く。
というのは、俺は、大学時代はずっと写真をやっていて、
プロのカメラマンになろうと真剣に思っていた時もあったぐらいなのだ。
知らなかったでしょ?

18時から22時の短い稽古時間だったけど、
戦争写真という題材はおもしろく転がりそうな予感。
逆に、君が代のメロディーの精というアイディアは使えなさそうだった。

どんな話になるのか、俺もわからず書いている。
これで良いのか?良いわけない!

2013年08月13日
 ■  クリスマスに子ども向けの芝居

クリスマスに、子ども向けの芝居の上演台本を書くことになりました。
つーか、もう第一稿を書きました。
作品は、なんと、メーテルリンクの「青い鳥」です。
そろそろ、第二稿に向けての要望メールが届く頃。

たまたま、
メーテルリンクをたくさん読んでいた時期に、この仕事が来たから、
仕事って本当に「縁」だなあって思います。
しかもメーテルリンクを薦めてくれた松田さんに、
劇作家協会の研修を受けるという、これも「縁」。
見えないものが、僕と何かとをつなげていく。

メーテルリンクは、どの作品でも、
「見えないものを見る」ことにトコトンこだわった作家だと
僕は思っています。
見えないものが見えることは幸福なのでしょうか?
そして、見えないものの一つ、幸福は、
もし見えたら、どんな形、どんな色をしてるんでしょうか?
僕は、「青い鳥」のそういう部分を掘り起こしたい。

それと、
今、自分の周りがベイビー・ラッシュだけど、
友人たちが、自分の娘、息子と見に来て、
心底楽しめる作品を書きたい。
(未就学児は見られるか、わからないんだけどね)

でも、それって、
子どもの頃の自分が楽しめるように書くってことだよね?
だから、昨日、ゲリラ豪雨でずぶ濡れになったのもよかった。
雨のシャワーでビショビショになることが好きだった自分と再会できたから。

2013年08月12日
 ■  火山灰地・稽古第2回目

朝10時から17時までの稽古。
高齢者が多いため、終わり頃には、
みんなヘトヘトになってた(笑)

長い!登場人物が多すぎる!
それを10人少しの俳優でやるのか。大変だよ。
ただし、戯曲は大変だけど面白い。
ちょっとしか出てこない役でも、存在感がある。
それぞれの台詞に、役それぞれのリズムが刻み込まれている。
久保栄、尊敬します!

そして、80過ぎの俳優の皆さんの迫力ったら!
歳月を積み重ねているからこそ出せる味があるんだよなあ。

終演後は若手でお茶に行きました。
(ご年配の皆様は、さすがにお疲れだったようでいらっしゃいませんでした)
演出のダメ出しの順序、稽古の段階的な進め方などについて、
俳優の方から意見が出て、またしても勉強になりました。
なんか面白そうなメンバーが集まったじゃないの!

そう思っていたら、夕立が降ってきて、
雨の中、ずぶ濡れになりながら帰りました。
折角、干していった洗濯物も、、、ああ。

2013年08月11日
 ■  松田正隆さんの弟子になる?

劇作家協会の研修課(「次代を担う劇作家のための戯曲創作指導講座」)の、
松田正隆クラスに合格しました!
研修課は、講師にマンツーマンで戯曲を見てもらえる講座で、
無料なのです!無料!いい言葉ですね。

なんか縁です!

6月に、月いちリーディングをやるまでは、
名前は知っていたけど、松田さんの戯曲を読んだこと、なかったのです。
でも、折角会うんだからということで、「海と日傘」を読んで、
すごく好きだったのです。
で、会ったら、すごく気が合った。それも下ネタで。

松田さんは映画好きで、ロマンポルノとかも好きで、
「紙屋悦子の青春」を、ロマンポルノ風に、
「紙屋悦子の性春」にタイトルと演出を変えて、上演しようとか、
そういうところで気が合ったという。。。
もちろん、メーテルリンクの話とかもしましたけどね。

僕は、松田さんのダイアローグがすごく好きなんですね。
今まで読んだ三つの戯曲
(「海と日傘」「月の岬」と「紙屋悦子の青春」)はどれも、
冒頭、男女の何気ないダイアローグから始まっていて、
それがとても艶っぽくって魅力的なのです。
やっぱり、男と女の関係を僕は書いていきたいし、
松田さんから盗めればなあと思っています。

しかし、この年になって、戯曲の研修を受けて、
自分は成長できるのだろうか?
伸び代、まだ残ってるの?

さて、今日も、「彼女の素肌」の稽古の予定だったのですが、
雷で、京王線が止まったため、急遽中止。
既に劇場に来てしまっていた出演者と飲みに行くことになりました。

僕は、井口さんとずっと喋っていて、
蜷川さんの芝居に出た時の話などを聞いていました。
井口さんの稽古に臨む際の姿勢の厳しさに、背筋が凍りました。
それで今夜は涼しい夏の夜だったわけです。

2013年08月10日
 ■  彼女の素肌・プレ稽古第1回目

今日は、
せんがわ劇場の主催公演「彼女の素肌」のプレ稽古第1回目でした。
演出家は文学座の西川信廣さん。
僕は、演出助手として参加してます。

イギリスの戯曲「彼女の素肌」。
僕は、この戯曲をやるのに少し懐疑的だったんですね。
場面転換が多いし(お前が言うな!って感じですが。。。)
翻訳調の台詞回しに違和感があったりと、
読んであまりおもしろいと思わなかったのです。
レズビアンの話というのも、自分にはピンと来なかったし。

で、今日、初の読み合わせがあったんですが、
力のある俳優さんが読むと、
翻訳調の台詞回しってそんなに気にならなくなってくるんですね。
むしろ、外国人の感性(特に西洋の感性)っていうのは、
僕らが慣れている日本語の台詞回しだけだと表現できないのかもしれない、
なんて真逆の感想を持ってしまいました。

特に、フローレンスという役の、
井口恭子さんという女優さんが、素晴らしかった。

翻訳劇には翻訳劇の方法論があるのかもしれない。
そして、翻訳劇じゃないと、見せられないものもあるのかもしれない。
自分の演出の幅を広げるためにも、そういった部分を吸収したいです。
それと、戯曲を読む力ね。足りないです。反省。

2013年08月09日
 ■  火山灰地・稽古第1回目

日本演出者協会の、
日本の近代戯曲研修セミナー~久保栄特集~で、
「火山灰地」の第2部の演出を担当することになりました。
第1部の演出は、瓜生正美(青年劇場)さんです。
(瓜生さんはなんと89歳!)
今日が第1回目の稽古でした。

「火山灰地」は、第1部が1937年、第2部が1938年に書かれた戯曲です。
正直、なんか大変そうな現場でした(笑)。
80過ぎの老優の前では、33の演出は若手も若手で。。。

でも、テーブルトークの席上で、
「古いものを古くやってもしょうがない」という意見も出ていたし、
古い酒を新しいグラスに入れて、美味しく飲んでもらうにはどうしたらいいか、
たくさん悩んでみたいと思います。

また、第1部と第2部を合わせて、7時間の超大作なので、
リーディングでやる以上、大幅なカットが必要です。
それぞれ2時間は切るようにしたいと瓜生さんとも話していて、
テキレジの作業は困難であると同時に、
挑戦しがいのある仕事になりそうです。

P.S.
9/7(土)に、第1部のリーディングとシンポジウムがあり、
9/16(祝・月)に、第2部のリーディングとシンポジウムがあります。

2012年11月16日
 ■  「Destination」のテキストレジで、3年前を思い出す。

昨日11/15、
翻訳家の千徳美穂さんと、「Destination」のテキストレジ、
つまり、戯曲の翻訳についての打ち合わせがあった。
お話をしながら、3年前を思い出した。

2009年11月、
野田秀樹 東京芸術劇場 芸術監督就任記念プログラム
「赤鬼 タイ大衆演劇”リケエ”ヴァージョン」
を、僕は観客として、見ていた。
ただ見ていただけではなく、瞳を満月のようにして見ていた。
野田秀樹の演出とは全く違うものになっていたことに、驚き、とても楽しんだ。
「Destination」は、この「赤鬼」の演出をしていたトゥアの戯曲なのである。

3年前に、あの作品を見ていなかったら、
「Destination」を演出することはなかっただろうし、
3年前に、あの作品を見ていたからこそ、
今年の5月にトゥアのワークショップを受け、
12月にトゥアの戯曲を演出する機会を得られたのだ。

しかも、トゥアの戯曲はまだ日本では誰も上演していない。
(タイの戯曲が日本語に翻訳されて上演されること自体が史上初らしい)。
その初の試みを僕は任されたのだ。
なんて幸運なんだろうと思う。

僕は5月のワークショップを誰よりも楽しんでいたと思う。
俳優経験が無く、演技もメチャクチャだったろうけど、
全く気にしないで、無我夢中でワークショップを楽しんだ。
その姿が、プロデューサーの目に留まり、
演出の仕事をもらうんだから、人生はわからない。

目の前の演劇をどれだけ愛せるかということが、
未来を切り拓いていくのだと思う。
優柔不断な性格だけど、そこだけは迷わないで進んでいきたい。

2012年09月18日
 ■  2012韓国演劇祭日記 9/18

2012年9月18日(火)

「青鬼」韓国公演から、昨日、帰国した。

字幕を通してだけれども、
たくさんの観客に、たくさん笑ってもらうことができたし、
リップサービスかもしれないが、
演劇祭側から、
「今回、日本から招聘した作品の中で、一番観客の反応が良かった」
ということも言ってもらえたので、いい結果を残すことができたと、
個人的には思っている。

ただ、そういったいい結果を残すことが、
今回の自分の目標だったのだろうかと、
公演が終わった後から、自問自答している。
つまり、それなりに笑ってもらって、
それなりに「青鬼」のメッセージを伝えられて、いうことは、
作品を「消費」してもらったということだけ、なのではないか?

2011年の4月に僕はこんなことを書いていた。
http://www.wonderlands.jp/archives/17829/
>日本の劇団が海外に作品を持っていく時には、
>自分たちが何を目指しているのかが、
>自国での公演と比べよりはっきりと問われることになると思う。

僕は、欲張りかもしれない。
自分の作品をエンターテインメントとして流通させたい、
(ある意味で、エンターテインメントとして消費されたい)と思う一方、
自分の作品が、観てくれた人の心に一秒でも長くこびりついていてほしい、
こびりついて、観てくれた人の感性を刺激し続けたい、とも思う。
そして、作品の創作と発表を通じて、
新しい何かを生み出したのだろうか、ということをさらに自問自答している。

今年は、「匂衣」と「青鬼」の公演によって、
韓国で自分の作品を上演するという目標は達成することができた。
字幕があったとしても、
自分の戯曲はおもしろがってもらえるということもわかった。
じゃあ、次は、何を目標とするべきなのか?
それを考えなければいけない。
(もちろん、今回の公演の反省点・
達成できなかったものを整理することも忘れてはいけない。)

2012年09月11日
 ■  2012韓国演劇祭日記 9/11

2012年9月11日(火)

約一ヶ月ぶりに、またまた韓国へやってきました!

テハンノ(大学路)で、D.Festa(大学路小劇場祝祭)の
でっかいポスターを発見。

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2012年08月07日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/7

2012年8月7日(火)

日本に帰ってきた。
そして、明日から「青鬼」ソウル公演の稽古が始まる。

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大学路の街の中で見つけた、D.festaのポスター。
もちろん、劇団印象「青鬼」の文字もハングルで書かれている。

僕にとって、「匂衣(におい)」の韓国演劇祭ツアーは、
どんな意味があったのだろうか?

2009年12月、初めて韓国に行く時に、
僕は、こんなことを考えていたみたいだ。

9月には、インゾウとして韓国公演ができるし、
この地にも、たくさんの仲間ができたし、
次の目標は、これ。

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三谷幸喜の「君となら」 韓国人キャストによる公演のポスター

ソウルで、Open Runで、韓国人キャストによる公演を打ってもらうこと!
三谷幸喜の「君となら」のように。

2012年08月06日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/6

2012年8月6日(月)

11時から、D.festaの事務局の方と打ち合わせ。
主に、韓国語タイトルや舞台美術や字幕について話す。
鬼という言葉を、どう訳すかが、すごく難しいらしく、
도깨비(トッケビ)か、귀신(鬼神)か、デーモンか。
結局、英語名のブルー・デーモンをハングル読みすることにした。

印象も、韓国語で普通に読むと、インサンという音になるなのだが、
これはインショウという意味になってしまうので、
劇団インゾウにして、日本語の音を残すことにした。

字幕についても、丁寧に話し合うことができて、本当に良かった。
とても大事な問題だから。

昼食をご馳走になり、
15時から、9月に僕らが芝居をする小劇場シウォルを見学。

dfesta02.jpg
正太郎と、通訳のソナさん@小劇場シウォル

シウォルは、キャパ100席強の小劇場で、
雰囲気がタイニイアリスにとても似てる。
なんだかホームに戻ってきた感じだ。

夕方は、18:30のKTXに乗って釜山へ。
ドンネというところで、
金世一さんたちと落ち合って、最後の晩餐。
この旅を振り返って、いろんな話ができた。

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ドンネのビアガーデンで

2012年08月05日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/5

2012年8月5日(日)

ど田舎、金海市ドヨから、ソウルへ。

大学路でソヌが出演している芝居を見て、
その後、Oh Chi-Woonさん、イー・スヨンと飲む。

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スヨンとソヌ

2012年08月04日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/4

2012年8月4日(土)

再び、密陽演劇祭に戻ってきた。
自分たちのパフォーマンスは終わっているので、
今日は、他の作品を見るだけ。

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のんびりしてる龍田知美と日下範子

2012年08月03日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/3

2012年8月3日(金)

居昌(コチャン)国際演劇祭、公演最終日。

昨日の評判が、口コミで広がって、
今日は、開演前は、すごい行列になってしまった!

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開演前の「匂衣」の行列!

結局、昨日よりお客さんが入って、300人以上になったみたい!

演劇祭側の話では、昨日今日上演された作品の中で、
お客さんの好感度が一番高い作品だとのこと。
隣の600席の会場が、昨日は満席だったのに、
今日は400人ぐらいしか入らなかったらしい。
対する僕らの芝居は、ほぼ満席だった。

自分の劇団では、こんなに入ったことがないから、素直に嬉しい。

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ほぼ満席の会場 この後も続々と

関連エントリー:
2012韓国演劇祭日記 8/2

2012年08月02日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/2

2012年8月2日(木)

居昌(コチャン)国際演劇祭、公演初日。

昼間にできることはないので、
劇場には、15時入り。
20時開演なのに、
19時ぐらいからお客さんが並び始める。

全然、宣伝などしていないのに、
予想を超えて、観客がたくさん入ってびっくり!
200人以上は見に来たんじゃないかな。
キャンプ場の中に、演劇祭の会場があって、
キャンプをしに来た一般のお客さんが、
たくさん見に来てくれたという感じだろうか。

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居昌(コチャン)国際演劇祭、「匂衣」の開演直前の客席

今夜のパフォーマンスでは、
密陽(ミリャン)での公演で指摘された、
後半での中だるみ
(動きが少なく、会話中心になっていくところで、
芝居のエネルギーとお客さんの集中力の両方が下がる)
が解消されていて、
お客さんが、グッと作品に引き込まれていくのが、
オペブースからも感じられた。

2012年08月01日
 ■  2012韓国演劇祭日記 8/1

2012年8月1日(水)

移動日。お昼過ぎに、
宿舎のある金海(キメ)市ドヨから、居昌(コチャン)郡へ。
演戯団コリペのスタッフが、前日の深夜に、
照明とセットの仕込みをしてくれていて、
僕らは、日没を待って、場当たりをする。

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休憩中の泉正太郎と龍田知美

居昌(コチャン)国際演劇祭は、
今年で24回目を数える、老舗の演劇祭で、
キャンプ場の中に演劇祭の会場がある。
川と山に、いくつもの特設劇場が囲まれている、という感じで、
劇場が8つと、小さめのステージが7つあった。
僕らが上演するのは、太陽劇場という300席ぐらいの野外劇場だ。

20時になって、やっと暗くなるという状態だが、
暗くないと、照明が入っての稽古はできないので、
頑張って、深夜1時半まで場当たり&稽古だった。
さらに、その後、ミヒャンさんが話があるということで、
4時ぐらいまで話して、就寝。

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居昌国際演劇祭のポスター

2012年07月31日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/31

2012年7月31日(火)

久し振りに、密陽市の方まで出て、外食。
前回、食べて美味しかったミル麺屋さんに連れてってもらう。

午後は、演劇祭で、セミナーに参加して、その後、他団体の公演を観劇。

セミナーのテーマは「演劇による地域(都市と都市の)交流」だったのだが、
李潤澤さんのスピーチには、またしても考えさせられた。
大阪の橋下市長の文化予算カットの話などが参加者から出たのだが、
それに対して、李潤澤さんは、

交流は、芸術家による芸術家的な選択によってされるべきだ。
政府を信じることはできない。
支援金(助成金)は、毎年もらうことができないし、
支援金をもらってから作る作品に、成功する作品はない。

貧乏だけど、独立した演劇を、芸術的な意思を持って作るべきだ。
作品が良ければ、支援は後からついてくる。

口で言うほど、簡単なことではないけど、
この人は、それを長年やってきたのだ。
密陽演劇祭も、最初の年は、自腹でやって、
どこからもお金をもらえなかったけど、
若手で有望な演出家をたくさん招いて、
それで評判になったら、
次の年から、密陽市が4億ウォン出してくれるようになったとか。

貧乏だけど、独立した演劇を、芸術的な意思を持って作る、か。

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匂衣のポスター・別バージョン

2012年07月30日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/30

2012年7月30日(月)

あっという間に、密陽演劇祭での公演最終日。
実は、今回僕は音響オペをやっている。
作家だからと言って、何もせずにブラブラしていることは許されず、
予算がないので、できることはなんでもやらなければいけないのだ。

今日のステージでは、
音響でありえないミスを連発してしまった。
思ったより、照明卓が暗くて、キーを間違えて押してしまったのだ。
それも何度も。俳優のみんなに申し訳ない。
整った環境でうまくやるのは普通のこと。
劣悪な環境でも、いい仕事をしなければプロとは呼べない。

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終演直後の龍田知美と、ぺ・ミヒャンさん

自分たちの芝居が終わったら、
大阪の俳優たちを、李潤澤が演出した、
太田省吾の「小町風伝」を見る。
書かなければいけない原稿もあり、
今年の2月に、大阪で見ていたので、
今回は見るのをパスしようかなとも思ったのだが、
素晴らしい作品は何度見ても素晴らしかった。

戯曲が素晴らしい。演出も素晴らしい。
テーマの一つ、老人の性というモチーフは、
谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」にも重なる。
そして、自分の死と出会う老女。
見ることにして、本当に良かった。

2012年07月29日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/29

2012年7月29日(日)

密陽演劇祭での、公演初日である。
ただ、あまりにもバタバタで、結局、ゲネはなし。
場当たりも完全にはできない状態で、臨んだ。

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なんとか完成した犬の人形

韓国語字幕のオペレーションするために、
劇団から借りたPCにPowerPointが入ってなかったり、
いろいろトラブルがあったが、
そもそも、事前の準備不足が原因だ。
勝手がわかっている環境ではないのだから、
入念な準備が、すごく重要だったのに、
僕らはそれを怠ったのだと思う。
(字幕用PCは僕らのチームで用意するべきだった)

なので、出来は悪かった。
笑いの部分でのお客さんの反応は悪くなかったけど、
(韓国の観客はそもそもノリがいい)
今年の3月の公演では、
後半のシリアスな部分で引き込めていたけど、
(彩香と万丈の化粧のところとか)

今日は、後半のシリアスな部分から、
お客さんの集中力が途切れていった気がする。
(笑いのシーンでもリズムが悪いところがあったから、その影響もあると思う)

いい芝居を作れば、観客はいい反応を返してくれる。
それは、日本でやろうが、韓国でやろうが同じだ。
でも、細部に少しでもダメなところがあると、
観客は、外国語で上演される芝居から、あっという間に集中力を切らす。
より反応がシビアだ。

2012年07月28日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/28

2012年7月28日(土)

3時半に寝たので、8時前に起きるのはちょっとつらかった。
でも、朝食は、頑張ってご飯を2杯食べる。

正太郎の活躍により、
犬の人形はどんどんできていった。
まだ完成はしてないけどね。

稽古後、ドヨから密陽に移動して、
足りない衣装や小道具を探し、
20時から日本の劇団の児童劇、
22時から演戯団コリペの「ハムレット」を見る。

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「ハムレット」観劇後に

コリペの「ハムレット」は、普通の「ハムレット」では全然なかった。
悲劇ではなく、祝祭劇とでもいうようなものだった。
1200席の野外劇場がぎゅうぎゅうの満杯。
詩と死、性と生に溢れた李潤澤演出の2時間半は、
正直、僕にはちょっと疲れた部分もあったが、
観客に何を見せたいのか、その思想がはっきりと表れていて、
素晴らしかった。

観客も、コリペのファンなのだろう。
老若男女、誰もがコリペの芝居を楽しんでいるのだ。

見ていたら、自分にとって、演劇とは何なのだろうか?
と考えざるを得なくなってしまった。
何をしたくて、演劇をやっているのだろう?
人生を、僕はどう生きたいのだろう?
きっとその答えを、明確に形にしないと、
本当に強度のある芝居は作れないのだと思う。

2012年07月27日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/27

2012年7月27日(金)

朝7時半起床。8時食事。
8時半から9時半まで、短編の構想を練る。
演戯団コリペでの生活が戻ってきた感覚である。

9時半から稽古開始。
今日は、演劇祭の他の演目を見には行かず、
一日稽古である。
23時半で稽古終了。
そして、深夜0時から2時半まで、小道具制作。

昼食、夕食休憩が各1時間強あるとは言え、
タフな一日だった。

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東京で新しく作っていた犬の道具が、
芸術監督の李潤澤氏の判断によって、却下になったので、
この写真のとおり、元々あった犬の人形を作り直して使うことになった。
本番まであと一日。間に合うのか?

2012年07月26日
 ■  2012韓国演劇祭日記 7/26

2012年7月26日(木)

やってきました、密陽(ミリャン)演劇祭。
匂衣のポスターも貼ってあり、俳優陣はそこで記念撮影!

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16時頃、金海(キメ)空港に到着。
空港から、宿舎のあるドヨに向かい、
ご飯を食べて、荷物を置いて、即、密陽演劇村へ。
この日は、三島景太さんの出演している身体の景色と、
もう一本の作品を観劇。
匂衣の稽古はなし。
稽古が、明日と明後日の2日間だけなのが、不安。

2012年05月02日
 ■  東京インド日記 5/2

Follow me on twitter! http://twitter.com/@Atsuto_Suzuki

僕の今書いてる新作は、インドが舞台だ。
だから、最近、インド人と知り合いになりたくてしょうがない。
昨日、たまたま日暮里の駅のホームで、
目があったインド人ぽい女性に話しかけてみた。
僕は基本的には引っ込み思案なのだが、
作品を書くためという動機があると、かなり大胆になれるのだ。

そのインド人ぽい女性は、
電車に駆け込み乗車をしようとしたが乗れなくて、
それを見てた僕と、「乗れなかったわ」みたいな感じで目が合った。
僕も、なんとなく会釈した。
その後、微妙な沈黙が流れ、彼女がインド人なら、
僕はいろいろ聞きたいことがあったので、
話しかけてみたのだった。Hi!ってね。

彼女は、ネパール人だった。
インド人ではなかったけど、
ネパール語はヒンディー語とは近い言葉だったので、
聞きたかったインドの言葉についての質問に、快く答えてくれた。
しかし、初対面なのに、言語について厄介なことを聞いてくる
strangerの相手をよくしてくれたものだ。

相手の国の言葉を、一つでも知ってると、
それだけでグッとコミュニケーションしやすくなる。
あらためて、僕は取材して書くタイプの劇作家だと、自分で思った。
やっぱり、インドについて書くなら、
インドの人と出会って、直接話を聞かなければ。
とりあえず、カレー屋さんめぐりをするかなあ。

インドの方、特に、
東京在住のインド人で演劇に興味がある方とお知り合いの方は、
ぜひぜひ、僕にご紹介ください。

2012年03月25日
 ■  帰国と報告

日本に帰ってきました。
更新が滞っていたのは、稽古が佳境を迎えていたのと
ひどい風邪を引いてしまったのです。

韓国、ドヨ創作スタジオでの公演は、とても好評で、
「匂衣」は、密陽夏の公演芸術祝祭へ招聘されることになりました!
韓国語による、コリペの劇団員版の「匂衣」も動き出す気配もあり、
そっちの方向での発展も、僕は期待しているところです。

とにかく、8月に、今度は参加者として演劇祭に行くことができるので、
そこでまたたくさんの刺激を受けて来たいと思っています。
また、今回、作り上げた「匂衣」をあらためて、
今のメンバーで、練り上げたいと思っています。
どうぞ応援よろしくお願いします!

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ソウルのアルコ劇場にて、ベク・ソヌとイー・スヨンと。

下記のリンクに詳しいですが、

密陽夏公演芸術祝祭
http://www.wonderlands.jp/archives/19006/

密陽夏公演芸術祝祭は、
小さな町にものすごくたくさんの人が演劇を見に集まってきます。
その風景だけでも一見の価値がありますので、
ご都合がつく方は、是非いらしてください。

それでは、ありがとうございました!

2012年03月09日
 ■  都要日記 3/9

3月9日(金)

ドヨの一日は朝の散歩から始まる。
7:30に集合して、30分弱、付近をゆっくり歩く。
この土地は美しい山と川に囲まれている。
日常的な時間から離れ、詩的な時間の中を、
僕らは泳いでいる。

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散歩中のユニさんとドヨの景色

講義の後は、各チームに分かれる。
今日は、細かく止め通しをやったのちに、止めずに通し稽古。
僕は、韓国語の字幕を作るために、
台本の変更部分を、ひたすらWordで修正。
小道具、衣装も、大方揃ってきて、いよいよ本番間近という感じ。

このワークショップで僕は生まれて初めて、
舞台俳優として、稽古場にいた。
演出家の何気ない一言に傷ついたり、
俳優というのは、並外れた集中力が要求されることを知ったり。
(自分の身体が今どうなっているのかを把握しながら、
台詞の音程、テンポを気にし、なおかつ、
感情を載せなければならない。それを無心でやるのだ)

作家の視点では問題なくても、
俳優の視点では気になる台本のキャラクター造形。台詞。
演出家の思考では問題なくても、
生理的に納得できないテンポや舞台上の構図を重視した動き。
むしろ、今までそれをわかっていないで、書いて演出していたかと思うと、
恥ずかしさでいっぱいだ。

早くこの経験を日本で活かしたい。

2012年03月08日
 ■  都要日記 3/8

3月8日(木)

朝、李潤澤先生から話があり、
今回の「匂衣」の公演は、
3/15、16、17の3日間3ステージ。
15日と16日は夜9:00から開演、17日は時間未定。
場所は、ドヨ創作スタジオ内の家族劇場で、ということになった。

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家族劇場ではしゃぐ正太郎と知美

「今の段階でもかなりおもしろいし、
特に、犬役の龍田知美が良いが、さらに、細部を仕上げてほしい。
お芝居が面白いものになっていれば、
のちに韓国語でコリペのキャストでもやる」とのこと。

僕の出演はあるのだろうか、、、
もう、三日間、稽古していないのだが、、、。

2012年03月07日
 ■  都要日記 3/7

3月7日(水)

公演パンフレット用の写真撮影をしました。

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怒鳴った直後で少しだけ不機嫌?

これは舞台用ではなく、あくまでパンフレット写真用のメイク。
こちらでは、これぐらい派手めのメイクをするんだけど、
ちょっと恥ずかしい。

そして、今日、稽古場で怒鳴ってしまいました。
母親役の衣装について、
意見を言ってるうちに口論になってやっちまいました。
ほんと子供ですみません。
でも、作品を良くしたいと思ってやったことなんです。
関係各位、ごめんなさい。

2012年03月06日
 ■  都要日記 3/6

3月6日(火)

「匂衣」の韓国語でのタイトルは、「目が見えない少女と犬の記憶」になる。
ニオイにあたる韓国語はネムセだが、
これは漢字の「臭い」のイメージになってしまうため、
ちょうどいい訳語ないのだ。
それで、李潤澤先生が、
「目が見えない少女と犬の記憶」という韓国語のタイトルをつけたのだ。

今日ついに、その目が見えない少女役の女優が、日本チームに合流した。
李潤姫こと貝野潤姫さんである。

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潤姫さんと龍田さんの稽古風景

小さな体に、美しいソプラノ・ヴォイス。
しかも、踊りが得意という潤姫(ゆに)さんは、
目が見えない少女のイメージにぴったりだった。
いよいよ、本番が楽しみになってきた。

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超美味いカルククス

さらに、今日は、韓国に来たら絶対食べたいって思ってた、
「カルククス」を食べた。

これは、去年、ミリャンに来た時に食べて、
ほっぺたが落ちて、もう虜になってしまった。
一般的なカルククスとは違うらしいんだけど、、、
チョンマル、マシソッソヨ!(本当、美味しかったです!)

2012年03月05日
 ■  都要日記 3/5

3月5日(月) 

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密陽市のカフェのラブ・チェアーで

こちらは、アクティングコーチのペ・ミヒャン先生(先輩?)。
3/6に一緒に撮った写真で、こんなに仲良さそうだけど、
一日前の3/5には、散々稽古でしぼられて、口ゲンカになりそうになり、
首を絞めて殺してやりたくなりました。

しかし、ミヒャン先輩は、
誰よりもコリペ版「匂衣」のことを良くしようと、
考えてるのは間違いないのです。

2012年03月04日
 ■  都要日記 3/4

3月4日(日) 

劇団の様々な都合で、密陽演劇村から、
DOYO創作Studioに引っ越しました。
演戯団コリペは、ソウル、釜山、密陽、金海(キメ)と
韓国内に拠点が四つあるので、
作品によって、劇団員は行ったり来たりするのです。

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ドヨの僕らの部屋。密陽より狭くなってションボリ。

DOYO創作Studioは、金海市にあり、密陽演劇村から車で1時間弱。
ワークショップ受講生約20人と、日本人チーム6人全員が、
巨大なトラックで荷物を運んで、お引っ越し。
ドヨには宿舎、食堂、事務所の他に、劇場が一つと稽古場が二つあり、
さらに、劇団が劇団幹部に提供している一軒家がいくつかあるのです。
劇団の幹部になると家をもらえるという環境は、
日本の感覚だとかなり驚きです。

room01.jpg
密陽演劇村の三人部屋。快適だったので名残惜しく。

というわけで、今日は引っ越しの合間に、
時間を見つけて稽古。

2012年03月03日
 ■  密陽日記 3/3

3月3日(土) 晴れのち曇り

9:00~9:45 李潤澤先生の講義
9:45~10:30 ミスクさんによる拳法
11:00~13:00、14:10~18:00 匂衣稽古
役が変わったので、僕の稽古が多い。
夜は、「ビョンドゥリ劇場」を見ずに、個人練習で台詞を覚える。

2012年03月02日
 ■  密陽日記 3/2

3月2日(金) 曇り時々雨

緊張の一日だった。李潤澤先生が、初めて稽古を見に来たのだ。
開始早々。キャスティングの変更。
俺が、彩香(目が見えない少年として)役をやるように言われる。
「無理です」とか「化粧のシーンはどうしたら、、、」とは言えない。
先生は、「この役のイメージには君が一番合ってる」と言ったのだ。
ここではそれ絶対だ。
まだ到着していない彩香役の女優が加われば、まだ状況は変わる、はず?
とにかく、台本を持って必死でやる。

俺が見ていて思ったのは、
先生は、龍田知美のヨンジュ(犬を演じる舞台女優)役が、
とても気に入ったのではないだろうか?
彼女が登場する冒頭シーンから、笑っていた。
とにかく、稽古がうまくいっているという判断からか、
夏の密陽演劇祭に招聘すると言ってくれた。
(変更が多い劇団だし、あまりにうまくいきすぎでにわかに信じ難いが)

俺自身のことで言えば、意外と「目が見えない少年役」は合ってた。
内向的な台詞が、自分自身の性格と重なって、
思ったより、役に入り込めたし、外から見た印象もよかったみたい。
とにかく、韓国では、「目が見えない少年」を必死で演じよう。

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韓国語に訳された「匂衣」の台本

9:00~10:00 李潤澤先生の講義(わが町劇場で)
10:00~13:00 李潤澤先生、立ち会いの元、匂衣の通し稽古。
14:50~18:00、19:30~22:00 匂衣稽古

2012年03月01日
 ■  密陽日記 3/1

3月1日(木) 晴れ

9:00~10:00 李潤澤先生の講義(なんと今日は屋外で)
10:00~12:30 ミヒャンさんの立ち方、歩き方レッスン
14:00~18:00、19:30~23:00 匂衣稽古

明日いよいよ、李潤澤先生が稽古を見ることに!

いろいろ不安になる。
なんとなく、みんなが個人のことで手一杯で、
(そもそも役者とはそういうものかもしれないが)
チームとしての息が、まだ合っていない状態の気がする。
明日は、声を掛け合ってやっていきたい。

2012年02月29日
 ■  密陽日記 2/29

2月29日(水) 晴れ

9:00~10:00 李潤澤先生の講義(なんと今日は屋外で)
気持ちいいくらい天気がよい。東京は大雪だとか。

10:00~12:00 ミヒャンさんと個人レッスン
丹田から、声を出す感覚をやっと掴めた。

14:00~18:00、19:00~23:00 匂衣稽古

2012年02月26日
 ■  密陽日記 2/26

2月26日(日)

14:00~18:00、19:00~24:30 匂衣稽古
朝はのんびり、自分たち部屋の掃除をみんなでやる。
夜は、ミヒャンさんが2場を今日中にやっておきたいということで、
いつもより遅くまで稽古。

一昨日、犬になりたいと言っていたからか、
なってしまった、、、犬に。
こんなことしてますが、緊迫した稽古場です。

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化粧をしながら悪戯されるシーンがあります。

2012年02月25日
 ■  密陽日記 2/25

2月25日(土) 曇り

6:30に起きて、1時間、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00 匂衣稽古
19:30から「ビョンドゥリ劇場」をもう一度見る。

2012年02月24日
 ■  密陽日記 2/24

2月24日(金) 曇り

7:00に起きて、30分、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00、19:00~22:00 匂衣稽古

今日の稽古はつらかった。自分の稽古もつらかったし、
他のメンバーの稽古を見てるのもつらかった。
「感情を出せないなら、演技をやめて!俳優をやめて!」
「いい演技をしたいという欲張りな気持ちを捨てて!」
「息を出さないのは、心を伝えないということなんだからね!」
「息が止まっているのは、役者じゃなくて患者!病気よ!死体よ!」
「本当の自分の気持ちで話して!」
「夢中になれることが大事。夢中になれる力が集中力!」
「あなたのせいで、この作品が崩れたらどうするの?」

こんな日は、犬になりたい。

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演劇村では、たくさん犬を飼っています。

2012年02月23日
 ■  密陽日記 2/23

2月23日(木) 曇り

6:30に起きて、1時間、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00、19:30~22:00 匂衣稽古

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犬の演技をみんなでやってみる

いよいよ、犬のシーンの稽古。
最初の1時間は、李スンホンさんが来てくれて、
犬の動きの演技について、指導してくれたり、
具体的なアイディアを出してくれた。

そしてボソッと「台本おもしろいね(韓国語)」と言った気が。

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犬の演技指導をするスンホンさん

ヨンジュが目が見えない少女の前で、犬の振りをするシーンを、
僕も今回の稽古場では、初めてちゃんと見たが、
とてもおもしろくなりそうだった。
カラダに国境はない。身体性が全面に出てるホンだからこそ、
言葉が通じなくても、きっと届くさ。

2012年02月22日
 ■  密陽日記 2/22

2月22日(水) 晴れ

6:30に起きて、1時間だけ新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
昼ご飯を食べ過ぎて、30分昼寝する。早起きした意味がオプソ(無い)
14:00~18:00、19:30~22:00 匂衣稽古

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功刀さん(左)と日下さん(右)

今日は、功刀達哉さんと正太郎の、
万丈(化粧品のセールスマン)のシーンを特に念入りに稽古した。
ミヒャンさんの「動作は踊りだと思え!台詞は歌だと思え!」の罵声が飛ぶ。

2012年02月21日
 ■  密陽日記 2/21

2月21日(火) 曇りのち雪

9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00 通常なら、匂衣の稽古だが、
このままでは、鈴木アツトの演技は李潤澤先生に見せられないということで、
俺だけ別室で、ミヒャンさんによる、発声・感情の個人演技指導。
できないので、何度も怒られ、髪を引っ張られながらの4時間。う、死んだ。

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普段は優しいミヒャンさんが稽古では、、、

19:45~22:30 匂衣稽古
稽古を見ながら、大幅に変更があったシーンを書き直し。

23:30~25:00 新作の執筆
早く新作を書き上げないと、自分の演技に集中できない(泣)

2012年02月20日
 ■  密陽日記 2/20

2月20日(月) 晴れ

演劇村でのご飯はおかわり自由。
ただし、時間が決まっているので、
その時間を逃すと食べられなくなってしまう。
専任の給食のおばさん(みたいな人)が作ってくれるので、
とても美味しい。

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食べまくる俺と正太郎

9:00~10:30 李潤澤先生の講義
10:30~11:30 李スンホンさんの身体訓練
14:00~18:00、19:30~23:30 匂衣稽古
夜の匂衣の稽古は、ミヒャンさんによる発声指導。

死ぬほど疲れて、24:00で寝てしまう。

2012年02月19日
 ■  密陽日記 2/19

2月19日(日) 晴れ

日曜日なので、朝の掃除も講義も身体訓練もなし。
10:00~11:00に匂衣の稽古を1時間だけやって、
釜山のガマゴル小劇場へ、電車で出発!

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密陽から乗った電車の中で

見に行ったのは、
「ロミオが愛したジュリエットの女中」というコリペのミュージカル。

帰りに食べた、水ミル麺(ムルミルミョン)が美味しかった。

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水ミル麺を食べるみんな

2012年02月18日
 ■  密陽日記 2/18

2月18日(土) 晴れ

今朝は、身体訓練はなく、
李潤澤先生の講義だけ9:00~10:30

13:30~18:00 匂衣稽古

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「ビョンドゥリ劇場」終演後に、出演していたミヒャンさんと

夕食の後、「週末劇場」という名前の企画で、
ここ密陽演劇村でやっている、
カール・ヴァレンタインの「ビョンドゥリ劇場」を見る。
(ビョンドゥリは、場末とか町はずれ、といった意味)
李スンホンさんのマイム調の演技が素晴らしかった。
全体的にもヴォードヴィルのスタイルで、言葉がわからなくても楽しめた。
コリペ版匂衣でも、この身体性が取り入れられたらと思う。

Memo
指揮者の彼が最後に殺されて復活する、
演劇的イメージには圧倒された。
トランポリンみたいな道具も、
そのラストのイメージのために使われてるとわかり、
勉強になった。

2012年02月17日
 ■  密陽日記 2/17

2月17日(金) 晴れ

今日から日本人チームも
朝の仕事(共有スペースの掃除など)をすることになった。
7:30に集合して、30分だけだから楽チンだ。

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河龍夫先生と日本チーム

いつもどおり、14:00~匂衣稽古。
コリペ版「匂衣」は、荒川貴代さんが演出。
だから、僕は、劇作家兼俳優として稽古場にいる。
僕の最初の登場シーンは4分ほどだと思うけど、
4分間、役のままでいるのには、大変な集中力が必要だ。
俳優のみんなは、こんなことをやっていたのね。

朝の身体訓練で学んでいる、
「肛門から呼吸を入れ、お腹で息を認識し、胸を開く」。
役の演技をしながら、これだけはやれるように意識する。意識し続ける。
俳優をやらなければいけないのは苦痛だが、
今、僕自身が自分の外側と出会うためには必要なことなのだ。

稽古後、マッコリ飲み会。
ペ・ミヒャンさんの恋の話を聞くが、それはまた別の機会に。

2012年02月16日
 ■  密陽日記 2/16

2月16日(木) 曇り

密陽(ミリャン)演劇村は、
釜山(プサン)から車で40分ほど行ったところにある。
廃校になった小学校を、密陽市から譲り受けた演戯団コリペは、
そこを演劇創作の拠点に改造した。たしか2000年頃の話。

その密陽演劇村で、今、僕らは、共同生活をしながら、
ワークショップに参加している。
劇場、稽古場、衣装部屋、小道具部屋、録音室、宿泊所などなど、
演劇を作るための全てがここには揃っている。

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毎朝の身体訓練の稽古場 左の女性がぺ・ミヒャンさん

7:30起床。
9:00~10:00 李潤澤先生の講義。
10:00~11:30 李スンホンさんの身体訓練(舞踊の回転ステップ)
食事休憩を挟み、
14:00~18:00 匂衣稽古 食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

稽古の始めに、初演の印象版「匂衣」のDVDをみんなで見る。
それを見たペ・ミヒャンさんの評価は厳しいものだった。
ミヒャン「ただ物語を伝えるだけなら、演劇じゃなくていい。
 これはエナジーが見えない。テレビ的だ」

ただ、ミヒャンさんは、
この「匂衣」という戯曲をとても気に入ってくれていて、
韓国語に翻訳をしてくれたのも彼女だし、
恐らく李潤澤先生に薦めてくれたのも彼女だ。

ミヒャン「演戯団コリペは特別な演劇をやっている。
 ここでしか見られない演劇を観客は見に来る。
 みんなはそれを学びに来たんだから、そういう風に作ればいい」

コリペ版「匂衣」はどんな姿になるのだろうか?

 ■  密陽日記 2/15

2月15日(水) 曇りのち晴れ

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匂衣、龍田さんのペク・ヨンジュ役

7:30起床。
9:00~10:00 李潤澤先生の声の講義。
10:00~11:30 河龍夫の舞踊のレッスン
11:45~12:30 歌唱レッスン(韓国語がわからないから途中退室)
14:00~18:00 匂衣稽古 食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

「匂衣」の稽古は、
李潤澤先生が、次の土曜日か日曜日に稽古を見ることになり、
本読みとか言ってられず、すぐに立ってやっていくことになる。

日本の僕の友人たちにはコメディーとしてしか見えないだろうけど、
僕が俳優をやっている。しかも、龍田さんと恋人同士のシーンだ。
笑えるぞ、これは!唯一救いなのは、
自分が書いたホンだから、台詞はすぐ覚えられそうな感触。

稽古は、頭から順繰りにやっていく。
言葉の通じない韓国人たちに見せる時に、
どう視覚的に立ち上げていくべきかなど話し合いながら。
稽古の後もマッコリを飲み飲み、ミーティング。25時頃就寝。

2012年02月14日
 ■  密陽日記 2/14

2月14日(火) 雨のち晴れ

7:15起床。シャワーと食事の時間以外は新作を書いて、
9:00からワークショップ一日目。

9:00~10:00 李潤澤先生の息の講義。
10:00~11:45 李スンホンさんの身体訓練(今日は呼吸を中心にやった)。
11:45~13:00 歌唱レッスン・理論編
14:00~18:00 匂衣稽古
食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

テレビもないし、今回、本も持って行ってないから、
演劇しかやることがない。
だから、空き時間は新作を書いてる。

今日、匂衣の台本の解釈について、
全員で話し合って、いろいろ問題が出てきた。

ミヒャンさんは、作家を大事にしてくれていて、
今日、出てきた問題については、
作家がどうやりたいか決めるべきだと言われた。
今夜、匂衣を読み直して、どうするかを決める。

どこに行っても、求められるのは、自分の選択と決断だ。

2012年02月13日
 ■  密陽日記 2/13

2月13日(月) 

いつもながら、準備に時間がかかり、出発が遅れる。
15:40新宿発の成田エクスプレスに駅員さんと喧嘩になりながら、
なんとか飛び乗り、成田空港へ。
18:20成田出発。20:50釜山到着。快適な空の旅。荷物もすぐに出てくる。
コリペの劇団員が空港に迎えに来てくれて、密陽演劇村へ向かう。

23:00頃、演劇村に到着。
李潤澤先生が我々を出迎えてくれる。
着いて早々、匂衣のキャスティングの話になる。
キャスティングは李潤澤さんの意向で決まる。
ダブルキャストになるようだ。ミヒャンさんと日下さんは母親役。
正太郎と功刀さんが、万丈役。
俺はなんと恋人=光一郎役をやることに。
龍田さんは、片方ではペク役、もう片方では彩香役の、2役。
あと一人、大阪から在日の方が加わるらしい。
らしい、というところが怖い。どうなることやら。

遅い夕食を食べて、
26:00まで新作を書いて、就寝。

2011年07月25日
 ■  「幸福な王子」 第1回合同稽古

上本竜平くんのカンパニーAAPAと、
「何か一緒にやりたいね」とは、ずっと言ってたんだけど、
お互い忙しく、なかなか具体的にはならなかったのですが、

ただ、印象としても、
企画に誘われた時に、パッと出せる作品を、
一つ作っておきたくて、
「幸福な王子」というタイトルで、
30分の短編を一緒に作らないかと、
僕の方から上本くんに持ちかけてみました。

これはとりあえずやってみた一回目の稽古の様子を記した備忘録です。

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AAPA+印象共同企画「幸福な王子」
第1回合同稽古
7/23(土)17:00~21:00

参加者:上本竜平、永井美里、比佐仁、龍田知美、鈴木アツト

7/20(水)の緊急打合せ(by竜平&アツト)の後、
・AAPA+印象の共同作業
・海外で上演できるもの
・子供向けのフィジカル・シアター
・現代日本を反映した内容
を作るというのを目標に、
とりあえず、一度稽古してみようということになる。

最初に、全員で原作を朗読。時間はやや早めに読んで約23分。
次に、どの部分がおもしろかったか、それぞれに語る。
「世の中は金だ、みたいな話」
「ところどころに、シニカルな言葉が出てくる」
「ところどころに、作者の思いが出てくる」などなど、
意外とそれぞれに違ったから、おもしろい。

その後、
作品の世界観=中世のヨーロッパ調にするか、現代日本にするか、
登場人物=王子の像とつばめのままか、
何か別のキャラクターや職業に置き換えるか、話し合う。

様々な議論を経て、、
舞台は現代日本、場所はどこかの病院、
登場人物は寝たきりの中年女性とつばめ、
というアイディアが出てきて、
動いてやってみることに。この時点で19:00。

休憩&ウォーミングアップの美里体操の後、
永井=つばめ、龍田=中年女性、比佐=医者で、稽古。
21:00終了。

場所を居酒屋に移して、今後に向けて、内容やスケジュールの確認。