2013年07月24日
 ■  こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」

どうすれば、面白い芝居が書けるようになるのか?
どうすれば、面白い芝居を演出できるようになるのか?

とにかく、いい芝居を見て、
これは何がいいのか?ひたすら考える。
つまらない芝居を見て、
これは何がつまらないのか?ひたすら考える。
それしかないのかもしれない。

「頭痛肩こり樋口一葉」を、紀伊國屋サザンシアターで見る。
せんがわ劇場の館長が、急に行けなくなったということで、
チケットをとても安く譲ってくれたのだ。

井上ひさしはあまり好きな作家ではなかったのだが、
この芝居にはとても引き込まれた。
いわゆる幽霊が出てくる話だった。手垢のついた手法だ。
しかし、このオーソドックスで目新しくない趣向にやられてしまった。

キャラクターだ。人物なのだ。
しかし、とりわけ濃いキャラだったわけではない。
遊女のお化け。死んだ理由も、遊女としては普通の理由。
丁寧なのだ。本当に肌理細かく丁寧に、人物を描いているだけなのだ。
彼女達の、その時代に生きた女たちの悩み、喜び、それだけを。

もちろん、個人と社会をつなげる作者の力業にも感動したけど、
それが無かったとしても、六人の登場人物たちに僕は心を打たれたと思う。
僕は、ついついアイディアで勝負しがちなのだが、
観客は、「人間」を見に来ていることは忘れてはならない。

同時に、劇場で見て良かったなあと思う。
最近、芝居の勉強を机の上だけでやっている気がするが、
劇場で芝居を見て考えることこそが、最も大事なのではないか?
お客さんと呼吸しながら、一緒に芝居を見るのだ。

「頭痛肩こり樋口一葉」は、観客と一緒に呼吸しようとしていた。
少なくとも、井上ひさしには、その志があった。
何度も繰り返される、お盆の歌。
最初は、別に気にも留めなかったメロディーだったが、
繰り返される度に、どんどんやみつきになる。

やっぱり、お芝居はおもしろいなあ。

2012年12月27日
 ■  ワンダーランド・年末回顧企画「振り返る 私の2012」

小劇場界隈の「記憶に残る3本」を、観劇マイスターたちが選ぶ、
ワンダーランド・年末回顧企画「振り返る 私の2012」に寄稿しました。
http://www.wonderlands.jp/lb2012/4/

僕が書いた分だけ、ここに転載します。
他の方の分は、リンク先を参照のこと。

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鈴木アツト「振り返る 私の2012」

1.世田谷パブリックシアター「南部高速道路」
2.華のん企画プロデュース「チェーホフ短編集『賭け』」
3.「小町風伝」(作/太田省吾 演出/李 潤澤(イ・ユンテク)、
  日韓演劇フェスティバル in 大阪)

1で、3.11を連想した。あの日、あの時の東京を。
非日常の中での生活を優しく描くその手つきとまなざしに、
自然と心を打たれた。

2は、自由と金をめぐる短編小説「賭け」と、
その「賭け」の中に、他5作品を編み込んだ構成が見事だった。
「自由」が羽ばたくクライマックスが特に素晴らしい。見終わった後で、
図書館に駆け込める「あうるすぽっと」での公演というのも良かった。

3は、太田省吾のテキストの素晴らしさを、
ど派手な韓国風演出で魅せてくれた作品。
もし、太田省吾が生きていたらどんな感想を言っただろう?(笑)

他に、劇団黒テント「青べか物語」、
文学座「NASZA KLASA(ナシャ・クラサ)」、
二兎社「こんばんは、父さん」をおもしろく見た。

2012年11月09日
 ■  二兎社「こんばんは、父さん」

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一昨日は、二兎社「こんばんは、父さん」を見に行く。
男3人芝居、演出もオーソドックス。
僕はとても好きだった。永井さんの作品の中でも特に。

世間に疎いので知らなかったけど、
溝端淳平って俳優は今売れてるんですか?
佐々木蔵之介も、平幹二朗も良かったけど、
彼もとてもよかった!ジュノンボーイ恐るべし。

永井さんにご挨拶に行ったら、
なんか一晩二人で語り明かした夜を思い出して
(もちろん、その時は他の人もたくさんいたんだけど)、
なんか昔の恋人と再会したような気持ちになった。
きっと、永井さんも同じ気持ちだったことだろう(笑)

2011年03月01日
 ■  寺脇研さんとMay&タルオルム

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タルオルムの『金銀花永夜―クムンファヨンヤ』には、
映画評論家の寺脇研さんをお誘いした。
寺脇さんは、金哲義さんの作品の中に、「恨」の感性だけでなく、
「もののあはれ」の感性が垣間見えたことに驚いていた。
それこそ、在日だからこそ作れる、新しい可能性なのかもしれない。

しかし、寺脇さんは、『十の果て』はご覧になられていない。
見たら、何と言っただろうか?
僕は、『十の果て』のほうが好きだったから気になる。

寺脇さんとは韓国の映画界の話もした。
韓国の若手の映画人たちが、映画会社主催のイベントで、
会場の焼肉料理屋に集合した途端、そのお店を出て行ってしまった話。
その焼肉屋は、外国産の牛肉を使ってるから、
隣の豚肉料理屋(韓国産豚肉を使ってる)に行ってしまった。
でもお代は映画会社に払わせた。

寺脇「今、TPPが話題になっているけど、
韓国映画の若手みたいな問題意識、
そして行動を伴っている日本の若い映画人、演劇人はいるか?」
鈴木「・・・」
寺脇「しかも、そのイベントに参加した若手は、
売れてる奴もいれば、バイトしながら映画撮ってる奴もいる。
でも、みんなが問題意識を持っている」

もちろん、それは、
TPPをテーマにした映画・演劇をやれと言う意味ではない。

寺脇さんは、
TPPをテーマにした映画が日本にないことを嘆いていたのではなく、
目の前の一皿の焼肉料理が、
自分が暮らす社会や世界と密接につながっていると想像できる感性を、
映画人なら持たなければいけないのではないか?
と言っていたんじゃないかと思う。

2011年02月24日
 ■  劇評"たまごプリン"「さいあい~シェイクスピア・レシピ」

週刊マガジン・ワンダーランド 第229号に、
僕が書いた
"たまごプリン"「さいあい~シェイクスピア・レシピ」の
劇評が載りました。
WEBにアップされたみたいなので、リンクを貼っておきます。

"たまごプリン"「さいあい~シェイクスピア・レシピ」
野菜が問う「愛とは?」 踏み潰したい才能を発見
http://www.wonderlands.jp/archives/17242/

2011年02月06日
 ■  スロバキア国立オペラ

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先日、オペラの舞台の照明助手の仕事をした。
スロバキア国立オペラの歌手たちによるコンサートで、
そこで聞いたシモンさんというバリトンの方の歌声は
本当に素晴らしかった。

マイクなど使わない。
広い会場の隅々まで届く生の声。しかも、
言葉の意味はわからなくても感動させられてしまうほどの歌唱力。
これこそ肉声の力だと魅了された一夜になった。

とあるミュージカル風劇を見に行った時に、
ちょっとがっかりすることがあった。
お芝居がおもしろい、おもしろくない、とは別の次元で、
出演者が舞台用のマイクを使っていたので、
肉声ではなくスピーカーを通しての音声しか聞けなかったのだ。
ミュージカルシーンがあったからしょうがないと言えばしょうがないが、
音声ならテレビで聞ける。
役者の肉声が聞きたいから、演劇を見に劇場に行くわけで、
僕の観劇の動機の一つ、
肉声を聞く、ことができなかったのがとても残念だった。
だからこそ余計に、シモンさんの声の力に驚かされたのだ。

このスロバキアオペラは、来年も来るようなので、
もし来たら、次こそは宣伝します。
今年は急に仕事をふられたのと、
内容を知らなかったので、宣伝できなかったから。
チケット代はかなりお安いのでおすすめです。

2011年01月11日
 ■  新国立劇場・試演会「マニラ瑞穂記」

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新年初観劇は、
新国立劇場演劇研修所4期生試演会「マニラ瑞穂記」。

前半は退屈だったが後半はおもしろかった。
5人の娼婦たちの見せ場は圧巻。
全体に女優陣が良くて男優陣が物足りなかった。

明治に海外の紛争地域で暮らす男の豪快さ、野望、等等を、
現代の生活をしている我々がどう身体で見せるかは難しい課題だ。

作:秋元松代
演出:栗山民也

2010年11月01日
 ■  SPAC わが町

spac-ourtown.jpg

静岡のSPAC(Shizuoka Performing Arts Center)で、
「わが町」を観て来ました!
写真は、出演者の三島景太さんと。

三島さんは、ウィラード教授役を怪演されてました(笑)

SPAC「わが町」
http://www.spac.or.jp/10_autumn/ourtown

2010年09月06日
 ■  骸骨の舞跳

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어제 나는 홍명화씨의 낭독공연 보았습니다.
타이틀은 해골의 댄스. 일본어로 骸骨の舞跳.
이 대본 은 관동 대지진의 조선사람학살을 쓴 것이었습니다.
1924년에 씌어졌습니다.
그 시대에, 저 사건을 쓴 일본사람이 있었습니다.

昨日私はホン・ミョンファ氏の朗読公演見ました。
タイトルは骸骨のダンス。日本語で骸骨の舞跳。
この台本は関東大震災の朝鮮人虐殺を書いていました。
1924年に書かれました。
あの時代に、あの事件を書いた日本人がいたんです。

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というわけで、韓国語勉強のため
書けるところは韓国語で書きます。
韓国語の間違いはたくさんあると思いますが、ご容赦を。

瑞木健太郎さんが出ていた、平沢計七の『一人と千三百人』と
洪明花さんが出ていた、秋田雨雀の『骸骨の舞跳』。
僕は、リーディングは好きじゃないんですが
どちらもおもしろかった。特に『骸骨の舞跳』が。
こんな戯曲があったのか、という感じです。

公演後のシンポジウムもおもしろくて、
日本の近代を、和暦で考えるのか、西暦で考えるのか、
で意味合いが変わってくるという話は目から鱗。
大正は国内での人権運動、いわゆる大正デモクラシーなどが起こるけど、
世界史的には、韓国併合など、帝国主義植民地主義を突っ走るわけです。
その時に、当時の作家は、何を描いていたのでしょう?という話。

2010年08月14日
 ■  ロビンソン&クルーソー

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「ロビンソンとクルーソー」は、
三島さん、仲谷さんと出会った作品だから、僕は思い入れがある。
(その時の感想はちょこっとしか書いてないけど)

1月に見たのは、李潤澤(イ・ユンテク)演出。
TACT/FEST@芸劇で、「ロビンソンとクルーソー」のオリジナル版、
Meridiano Theatre(メリディアーノ・シアター)の、
"Robinson & Crusoe"を見てきた。

やっぱり、この芝居はいい!

知らない者同士、国が違う同士の二人が、
出会って、取っ組み合いのケンカをして、
いつしか仲良くなって、別れる。
たった3行で説明できるストーリー。
なのに、とても感動的なのだ。

そして、比べると、イ・ユンテク版の凄さというか、
彼の世界の見方にあらためて、驚く。
以下、ネタばれ。

イ・ユンテク版は、
なんでムルコギダンスがあるんだろう?
なんで韓国と日本の家が半分ずつ建つのだろう?
なんでお酒はアメリカのバーボンなのだろう?

通じ合うということをテーマにしながらも、
違いを強調する演出、
そのことで何を描こうとしたのか?

メリディアーノ・シアター版の感想。
1人は英語、1人はどこの国でもない言語を喋っていた。
英語を喋った男は、日本語も喋っていた。
言葉は違うが、文化の差は強調されていない。
ほうきとチークダンスを踊るところは、なかなかに切ない。
服を拾い、着替えるシーン、
とりわけ、軍服を捨てる、という演出は、
イ・ユンテクはあまり強調していなかったところだ。

2010年08月13日
 ■  焼肉ドラゴンの戯曲と演出

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2008年に、日本の演劇賞を総なめにした「焼肉ドラゴン」。
荻窪の図書館に戯曲があった。

いい機会。先に、戯曲を読んで、
ずっと見ていなかったNHKの録画を見る。
つまり、どのように演出されていたかをしっかり見てみる。
それにしても今朝は涼しい。

具象的なセット。リアルな小道具群。
つまり、ヴィジュアル的にはスタンダードな演出。

実は、戯曲はそこまでの面白さを感じなかった。
つまらないということではない。パターンが見える。
在日というフィルターを除けば、平凡な家族の物語であり、
恋愛のよくある話だと思ったのだ。
おっと、蝉が鳴き出した。

しかし、演出が素晴らしかった。
書かれた言葉が面白くて、笑わされるのではなく、
役者の個性・体型(つまりキャスティングの良さ)と、
演出で、僕は笑わされていた。
そして、全体の緩急。
ガチャガチャしたシーンと、シンシンとしたシーンの配分。
あの緩急に観客はやられてしまったことだろう。

メモしておきたいところ。
・3場。哲男が静花の足を撫でるシーン
・4場。美花が段ボールで作ったクリスマスツリーをつい壊してしまうシーン
・ラスト。龍吉が英順を乗せたリアカーを引っ張るが、溝にひっかかるシーン

この演出がなくても、舞台は成立する。
が、あることで、作品から受ける印象が全然違う。
演出によって、
「普通」を「普遍」に昇華させることができる。
焼肉ドラゴンはまさにその見本のような作品ではないだろうか?

2009年08月26日
 ■  ザ・ダイバーのゲネプロ

8/19(水)

堀尾さんが、「ザ・ダイバー」のゲネプロに招待してくださった。
初演はロンドンで英国人俳優が演じ、
それをそのまま日本に持ってきて、トラムで再演。
で、今回は日本語の台本と日本人俳優による芸劇での再々演。
出演は、大竹しのぶ、渡辺いっけい、北村有起哉、野田秀樹。

源氏物語や能を題材にしてるからと言って、
日本人俳優がやればよりおもしろくなる、よりわかりやすくなる、
というものではないんだな、というのが感想。
文化というものはなんて複雑なのだ。

イギリス越しに見る源氏物語・能、
さらに透けて見える現代日本。
僕らは何を選び、また選ばないのか?

2009年07月18日
 ■  フライングステージ「プライベート・アイズ」

「ゲイの劇団」であることをカミングアウトしている
日本では数少ない劇団、フライングステージの公演。
前回の公演を観て、
作、演出、主演をこなしていた関根信一さんの魅力に打たれ、
父産への出演オファーをダメモトでしてみたら、快諾していただき、
だから、関根さんが10月に印象に出ます!

「ミッシング・ハーフ」もそうだったけど、
その当時の、映画やサブカルチャーの話題を、
さりげなく台詞に混ぜ込むのがうまい。
歴史というと大袈裟かもしれないが、
作品の背景に、時代というものが、
点ではなく線で見えてくる。
いや、匂ってくるという言うべきか。

ただ、これは僕の私見だけど、
そうした脚本の特長を深く理解してる役者さんが、
少ないように思えたのが残念。
千秋楽までどこまで深められるのだろうか。
20日まで。

2009年07月05日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ 夏の夜の夢

7/2(木)

思ったより、イメージで見せていく劇団ではなかったのは、残念だった。

それと、
新国立劇場の「夏の夜の夢」(演出:ジョン・ケアード)を観た時も、
感じたことなのだが、
あの膨大な量の台詞をどこもカットすることなく、
今、日本の観客に向けて上演するのは、
果たして正しいのだろうか?と思う。
ジョン・ケアード版に比べて短いとは言え、
休憩入れて3時間だからね。長い!

そして、ほとんど筋がわかっているにも関わらず、
イヤホンガイドなしに観た僕は、
他のお客さんが笑っているシーンも笑えなかった。
笑いというのは、タイミングやニュアンスが本当に大事なのだ。

僕が、今まで見て一番楽しめた「夏の夜の夢」も、
バレエの「夏の夜の夢」だったことを考えると、
笑いにおける言葉の壁の高さと、
自分の英語力の拙さを再認識させられた。

2009年07月04日
 ■  劇評・書き下ろし「化粧 二幕」と「楽屋」

週刊マガジン・ワンダーランド 第145号に、
劇評を書き下ろしました。

「化粧 二幕」と「楽屋」
~家族の解体から新しい人間関係へ 女優と楽屋をモチーフに~

現在、ワンダーランドのwebにアップされています。
今回は二つ分の公演に対する想いを編み込んだので、
かなり長文になってしまいました。
書き下ろした劇評はこちら。
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=1076

今年の上半期に見た芝居の中では、
「春琴」(再演)と、この「楽屋」が特におもしろかったです。
どちらにも感じるのは、文化の継承ということ。
僕や僕のまわりの演劇人は100年も前じゃない先輩たちの、
ハイレベルな日本の小説や戯曲を知らなさすぎるかもしれません。

「最近、商品にはよく会うが、作品にはとんと出会わなくなった」という
岡野宏文さんから、
北村想さんの「寿歌」を薦められたので読んでみました。
(「ほぎうた」とよみます。どういう意味なのでしょう?)
僕があまり出会ったことのないタイプの戯曲で、
とくに一幕と最終幕がとても魅力的でした。
でもなぜ魅力的に感じたのかまだ頭ではわからない。

タイトルの意味も含めて、
その内、稽古場で取り上げ、考えてみたいと思ってます。

2009年05月13日
 ■  2年ぶりの劇評と寺山修司

2年ぶりに劇評を書き下ろしました。
寺山修司の「星の王子さま」を上演した、
快楽のまばたきという団体の公演です。

週刊マガジン・ワンダーランド 第138号に掲載され、
現在、ワンダーランドのwebにアップされています。

書き下ろした劇評はこちら。
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=1040&catid=3

ちなみに、GW中の5月4日は寺山修司の命日でした。
1983年のこの日、47歳で亡くなったそうです。
47年の人生は長いのか、短いのか。
58歳で5月2日に亡くなった忌野清志郎の人生は、
長かったのか、短かったのか。

一度きりの人生の濃さを考えさせられます。

2009年02月21日
 ■  モダンスイマーズ「トワイライツ」

今年の岸田戯曲賞を受賞した、
蓬莱竜太さんのモダンスイマーズ「トワイライツ」。
吉祥寺シアターまで観に行ってきた。
素晴らしかった。とりわけ、脚本が。

もちろん、僕の好みじゃないよ。
荒唐無稽じゃないから。奇想天外じゃないから。
でも、好みを越えて、素晴らしいと感じられた作品だった。
とにかく、丁寧で、きめ細かく描かれていた。
是非、多くの人に見てもらいたいと思う。
役者を志してる人には、特にね。
吉祥寺シアターで、3/1まで。

2009年01月25日
 ■  フライングステージ「ミッシング・ハーフ」

劇団フライングステージの公演。
@駅前劇場。

ゲネで、詰めが甘いところが多々あったにしろ、
日本版「サンセット大通り」として、面白く観た。

もう一本の、「ジェラシー」のほうも楽しみだ。

2009年01月19日
 ■  年末回顧特集「振り返る 私の2008」

小劇場の劇評メルマガ/サイトのwonderlandに、
年末回顧特集「振り返る 私の2008」を書き下ろしました。
自分の分だけ転載します。
他の書き手の方のものも読みたい方はこちらへ。

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年末回顧特集「振り返る 私の2008」

1、CAVA「罠」
2、劇団チャリT企画「ネズミ狩り」
3、三条会「近代能楽集」から「熊野」

1は、「水と油」と似ているようで違う何かがあった。
もちろん、小野寺修二の「空白に落ちた男」の質には遠く及ばないが、
次を感じさせた作品。

2は、酒鬼薔薇の打った蕎麦を我々は食えるのか?と、
社会の包括性を、神戸のあの事件のその後を通して描いたもの。
茶番を抑制した筆致で、作家・楢原の転機となるのではないか? 

3は、演出専業の凄み。ただ、ずらすだけでなく、戯曲を掘り下げ、
なぜ今なのか?にこだわったものが見たいとも。

次点は、ギンギラ太陽’s「Born to Run」。
他に、大劇場では、「身毒丸」「春琴」「The Diver」。
五反田団「すてるたび」での戯曲・演出の変化に、
さらに先に進もうとする強い意思を感じた。

2009年01月07日
 ■  野田地図「パイパー」

英美と陽子がアンサンブルで参加してる野田地図「パイパー」。

とりあえず、どう受け取っていいか。
まだ整理がつかない。

二人とも、怪我のないように。体調崩さないように。

2008年12月14日
 ■  ブラジル「軋み」

本公演を見るのは、3回目。ブラジルの「軋み」。
なくなってしまうシアタートップスでの公演 。
僕が見た3作の中では、
アンさんが標榜する「苦笑系喜劇」の真髄が見える脚本だった。

でも、中川さんの、あの使い方は、
桑原さん演じる主役の、人物造形を薄めてしまう気がする。
客席は湧いていたけどね。
そういうわけで、「天国」のほうが好きです。

全体的にも、「苦笑系喜劇」の苦笑を通り越して、
爆笑にいってしまって、
ブラジルという劇団のエッセンスが薄まっていたように思う。
お客さんが求める方へ、芝居が傾いてしまってるというか。
それは、痛し痒しか。

諌山さんがすごくいい。
いつも違う役をやって、違う印象をくれる。
しかも、じゃあ、諌山さんじゃないかというと、必ず諌山さんなのだ。

演出もすごい。並ぶ人がいない。
演出の秘密を教えてくださいと頼んだが、
「企業秘密だ!」って、断られた。そりゃ、そうだ。

2008年11月27日
 ■  三条会「熊野/弱法師」

三条会の「熊野/弱法師」を見るために、遠路はるばる千葉へ。
千葉は、5年振り。
会社時代に某K銀行の仕事で通ってたんだけど、
街並みに活気が出ていた。景気良くなったんだね。千葉!

三条会は、これまた、4年振りに見たんだが、
「熊野」は、演出の仕事とは、こういうものなんだと、
専業演出家の凄みを見た気がした。
その分、「弱法師」は期待はずれ。

ただ、ほんとに「熊野」は面白かった。
衝撃を受けたい人は観に行くべし。明日まで。

2008年11月24日
 ■  CAVA「罠」

「空白に落ちた男に」出ていた丸山和彰、
劇団上田の細身慎之介、を観に、CAVA「罠」@神楽坂 die pratzeへ。

マイム界には、水と油という大きな壁をどう越えるか?というのがある。
CAVAは、西洋風とも言うべき、水と油のスタイルを、
和風に変換することで、違うものを作れるんじゃないか。
今回の、お風呂(銭湯)のシーンとかに可能性があるんじゃないだろうか。

以下、忘れないうちに構成をメモ、する予定。

2008年11月23日
 ■  五反田団「すてるたび」

久し振りに見た五反田団。
「すてるたび」は、なかなかおもしろかった。
時間があったら、詳しく書きたいが、
とにかく、演出がまた違った方向に進み始めた気がした。
脚本は相変わらず。変である。

あと、黒田さんが出ていると、
前田さんの世界観の厚みが全然違う。
貴重な才能だと思う。

2008年06月01日
 ■  詩森ろばの話を聞きに行く

5月24日。午後。
hgは見ていた。
僕は1幕目は、面白く見たのだが、2幕目がええ?って感じで、
そこら辺を直接会って聞きたいと思ってた。
そしたら、
自分でも、2幕目の完成度には満足言ってないって。

ああいう、2幕目を書く人だから、
いい人なんだろうなあ、と思っていたんだけど、
ちゃんと嫌な人だった。不遜だった。
物書きとして、取材対象を、語弊を恐れずに言えば、
暴こうとする、そういうイヤな部分を持ってる人だった。

だからこそ、余計に2幕目は失敗作だったと思う。

この芝居のポイントは、
1幕目でチッソの職員(結果的な加害者)をやっていた役者が、
2幕目で胎児性水俣病の患者(被害者)をやることであって、
今の、現在の水俣を描く、だけでは足りないのだと思う。
加害者と被害者は容易に入れ替え可能であり、
自分もそうありえたと想像することの豊かさを描いてる、
それが裏に隠されてる演劇なのだ。
加害者と被害者は容易に入れ替え可能であることが、
演劇的に伝わらなかったのだから、やはり失敗作なのだ。

2008年05月27日
 ■  ブラジル「さよなら また逢う日まで」@3回目

5月19日。夜。
僕が見た3ステージの中では、この日が一番よかった。
慎吾の芝居も、この日が一番よかった。
最終日前日だから、よくないと困るんだけどね。

ブラジルの公演は、
印象で一番うまい役者が、
まだぺーぺーであることを痛感した公演であった。
まあ、いろいろと盗んできたことはあるだろうから、
慎吾がどれくらい成長したのか、早く見たい。
稽古が楽しみだ。

2008年05月15日
 ■  ブラジル「さよなら また逢う日まで」@2回目

5月13日。夜。
飛び込みでいったので、席がなく、
アゴラ2階の調光ブースから観劇。
目の前に灯体があったこともあって、
今回は照明に気を配って見ることができた。

リアルな芝居だけれども、
照明がリアリズムかというと全くそうではない。
細かな光の演出がほどこされてる。
さりげなく点いたり消えたり。
最終幕の照明プランはとくに見事だった。

2008年05月10日
 ■  ブラジル「さよなら また逢う日まで」@初日

5月9日。夜。
幕が開きました。ブラジル「さよなら また逢う日まで」。
役者では、MCRの櫻井さんが抜群によかったです。
アン山田さんによると、櫻井さんの真の実力は、
まだまだこんなもんじゃないそうですが。

ネタバレになるので詳しく書けませんが、
ラストはもっと、よくしていけるのではないかと思いました。
それと、慎吾も。

20日(火)まで。

2008年05月06日
 ■  身毒丸・映像アーカイブス

今年の「身毒丸・復活」の公演を観て、興味を持ち、
映像で残されている「身毒丸」の過去の公演を全部チェックしてみた。

1978年 天井桟敷版「身毒丸」 若松武、新高恵子主演
1995年 蜷川幸雄版「身毒丸」 武田真治、白石加代子主演
2002年 蜷川幸雄版「身毒丸・ファイナル」  藤原竜也、白石加代子主演

映像化されていない、
1997年 蜷川幸雄版「身毒丸」 藤原竜也、白石加代子主演
2008年 蜷川幸雄版「身毒丸・復活」  藤原竜也、白石加代子主演
を合わせると、「身毒丸」の歴史が見えてくる。

細かいところはともかく、
蜷川の演出は、ほとんど変わっていない。
天井桟敷版と蜷川版は、脚本も演出も大分違うが、
音楽劇として作られている点は共通である。
(天井桟敷版は生演奏だった。)

渋谷のTSUTAYAで借りれるので、
役者の人は、藤原竜也主演のものだけでも借りて見てほしい。

2008年05月04日
 ■  東京ヴォードヴィルショー「エキストラ」

4月28日。夜。
知人に誘われて、東京ヴォードヴィルショーの「エキストラ」。
いつになく暗い三谷脚本だったが、いいホンだと思う。

バックステージものの群像劇を書かせたら、
今の日本では並ぶ者がいない。
このホンをミュージカルにして、
「コーラスライン」のような映画にできないかと思う。
監督は、中島哲也。机上の空論だね。

終演後、楽屋に連れてってくれるとのことで、
もし、佐藤B作さんに会えたら、
印象に出てもらえませんか?と勢いで言えないかと思ってたんだけど、
残念ながら会えず。

この日はB作さんは声があまり通ってなくて、
別にそれで会えなかったわけではないのだが、
胃癌なのだそうだ。スポーツ新聞にも出てた。
5/1に手術するとのこと。

初期とはいえ、癌を抱えて、旅公演を続け、
千秋楽の2日後に手術。役者も大変な仕事である。

2008年04月24日
 ■  ケラ演出「どん底」

4月22日。夜。
どん底。ど、どーん底。
ロシアの貧民窟のお話を、9000円という高いチケットで見る、この屈折。
明るく軽いタッチの照明、舞台セットが、俺には、物足らん!!!

でも、普通に役者を見比べれば、
つーか、昨日見た、とある小劇場の芝居と比べると、
どん底どころか雲の上です。
場転とか、クライマックスの盛り上げ方×2とか、
色々お勉強させていただきました!

役者は、皆川猿時さんが一番よかったです!

2008年03月28日
 ■  身毒丸・復活

白石さんが、藤原竜也のお尻をパンパン叩くところで、
俺だけ、大爆笑!
あの音楽に、あの幕だぜ?
なんで、みんな笑わなかったんだろう!
そんなに真面目に見なくてもね。
とにかく、

グワーーーーーッ!
破天荒な演出というのは、こういうことなのか!
チマチマした演出ばかりの昨今の風潮の中、
大嘘ついてくれるお芝居は、気持ちいい。
長生きしてください、蜷川さん!

2008年03月27日
 ■  二兎社「歌わせたい男たち」

僕は、永井愛さんの戯曲のファンである。
彼女の台詞は、普通に読んでるだけで、人物が浮かんでくる。
巧いというのは、こういうことなのだと恐れ入る。
ただ、本番を観に行くと、面白くない。
前回は、2004年の「新・明暗」。
世田谷パブリックシアターの盆を効果的に使えていなかった。
今回の"演出"はどうだろうか?

やはり、演出が面白くない。
あの戯曲を、視覚的に表現する演出が全然足りない。
例えば俺だったら・・・と思わずにいられない。
多分、ヴィジュアル的な演出に興味がないか、
あえて、手を出さないのだろう。もったいない。

役者では、抜群に戸田恵子がいい。
最初の一声目から、キャラクターがはっきりと見える声。
役者というのは、
あんなにも素晴らしい声の表情をもっている人なのだ。

2008年03月17日
 ■  フキコシ・ソロ・アクト・ライブ「XVIII」

今年の吹越満のソロ・アクトが見れなかったので、
2年前のソロ・アクト「XVIII」のDVDを買ってしまった。
舞台の映像化は、その魅力の全てを伝えることができないが、
コメディアンの芸の貴重な記録にはなる。

吹越満は、今年で43歳。身体のキレは、
今が最盛期の最後かもしれない。
彼の芸も、身体を重視したものから、変わっていくのだろうか。

吹越満は、パントマイム芸人だ。
日本一のセンズリ男のあの下品なマイムはまことに見事。
ただ、このDVDを見てると、話芸もなかなかいける。
スタンダップコミック、いや、
声色だけで一人複数役をこなすその様は、むしろ落語的、
スタンダップ落語?そんな趣きがある。

2008年03月09日
 ■  上海バンスキングの再放送

小劇場の伝説の舞台の録画が、
NHK-BSで何年振り、もしくは、十何年振りに再放送された。
オンシアター自由劇場の「上海バンスキング」である。

どれくらいの伝説かというと、
初演が1979年で僕が生まれる前、
それから1994年までに、なんと8回も再演(全部で九演)されているのだ。
ほぼ一週間(長くて一ヶ月)で演目が消えていく小劇場界で、
15年も現役でいつづけた演目なのである。

僕は、数年前に戯曲を読んでいたのだが、
コメディーの戯曲は、やはり、上演されたものを見てみないと、
その真価はわからない。
僕が読んで想像していたより、はるかに面白いものだった。
リアルタイムの上演を劇場で見ていた観客たちには、
さらに面白かったに違いない。
なんといっても、台詞のない時の吉田日出子の佇まいと言ったらない。
若い役者は、ああいう演技、というか存在感を是非参考にしてほしい。

僕らの作品は大体、
二ヶ月かけて稽古をし、一週間弱、本番を上演し、
観客の頭から(もしくは心の中から)、一週間ぐらいで忘れられてしまう。
それはそれでしょうがないけど、
願わくば、二演、三演、そして、九演と観客から求められるような、
そういう演目を印象からも出したい。これは僕の夢である。

2008年03月06日
 ■  空白に落ちた男

2月27日、「空白に落ちた男」を観に行く。
この週は、見たい公演が重なっていて、
「春琴」は次の日に観に行ったのだが、
フキコシ・ソロ・アクト・ライブ「(タイトル未定)」は観に行けなかった。

後で、全部を観に行った千帆に感想を聞いたが、
「(タイトル未定)」も、すごくよかったらしく、
やはり、見たい舞台は見逃してはダメだなと強く思う。

「空白に落ちた男」は、水と油の小野寺修二さんの新作だ。
僕は、高橋淳さんのワークショップには、参加したことがある。
小野寺さんは、フランス留学を経て、帰国後第一作がこれ。

パーツパーツは恐ろしく古典的だけど、
組み合わせ方、組み合わせの順番、組み合わせるスピードに、
クオリティが宿っている。
「均衡」のブラックボックス的世界観のほうが好きではあるが、
他では得がたい観劇体験であることは間違いない。

目を凝らして見ていると、
言葉に頼らないパフォーマンスでも、
笑いをとるための、喜劇の構造がきちんとあることがわかる。
すなわち、
1、ボケとツッコミ(ただし、あくまで言葉ではなく表情と動きの)
2、出オチ
などなど(3、4はまだ分析中)。
つまり、ボケとツッコミ、出オチは、基本的であるがゆえにラディカルなのだ。

2008年03月01日
 ■  サイモン・マクバーニーの「春琴」

2月28日、
サイモン・マクバーニーの「春琴」を、「空白」メンバーの何人かと観に行く。
サイモン・マクバーニーはイギリスの演出家で、
僕は「エレファント・バニッシュ」で衝撃を受けた。
当時の僕の感想を読むと、何を言っているのかわからないが、
相当興奮したんだろうことはわかる。

「春琴」もやはり面白かった。
谷崎潤一郎の「春琴抄」「陰翳礼讃」が元ネタというのは、
現代の日本人の観客にはややマニアックかもしれないが、
「春琴」をエピソード1、
「エレファント・バニッシュ」をエピソード2と、してみると、
明治(江戸末期)から平成までのたった百年ちょいでの、
日本人の変容の大きさが見えてくる。

それにしても、ここまでこだわって、
小説やエッセイの世界を演劇的にヴィジュアル化する、
サイモン・マクバーニーの網膜の欲望には、恐れ入る。

世田谷パブリックシアターで、久し振りに見たが、
後ろほうの席でも舞台に近い。すごくいい劇場だとあらためて思う。
「春琴」のような芝居を普段見なそうな連中と一緒に見れたのもよかった。

2007年09月16日
 ■  イデビアン・クルー「政治的」

衣装(コスチューム)と踊りの関係とか、
特権的肉体と匿名的肉体の関係とか、
なんで、「政治的」なのか?とか、
そもそも、観客がお金払ってダンスを見るってことは、
ここ数十年の比較的新しいことなんだろうなあ、とか、

ちょっと、考えておきたい。

ただ、「井出孤独」 ほど楽しめてない自分がいるのだ。

-データ-
イデビアン・クルー
http://www.idevian.com/

2007年07月30日
 ■  野田地図「THE BEE」 その3

野田地図の「THE BEE」ロンドンバージョン。千秋楽。
台詞全部、英語。ただし、字幕つき。

普段、全く演劇を見ない人と、
たまに演劇は見るが、野田秀樹を見るのは初めての人を連れて行く。
まあ、観察用です。

俺は、日本バージョンのほうが、全然、好きだったんだけど、
二人とも、すごく楽しんだみたい。
特に、普段、全く演劇を見ない人は、とても面白かったみたい。
あんなに動くのすごくない?って、キャサリンの演技に仰天してた。
「THE BEE」は、グロいストーリーだけど、演劇見ない人にも伝わるんだね。

2007年07月18日
 ■  NINAGAWA十二夜

歌舞伎座は、すごくいい劇場だと思う。
「野田版鼠小僧」を見て以来、ずっと好きな劇場だ。
あれだけ広いキャパなのに、客席と舞台が近く感じる。

でも、今日、ひときわ、舞台との距離の近さを感じたのは、
蜷川さんの演出だからかもしれない。
とにかく、NINAGAWA十二夜は、最初の1分がすごい。

串田さん、野田さん、三谷さん、そして、蜷川さん。
現代演劇の演出家の歌舞伎に求められるものは、それぞれの色。
あの、最初の1分があるから、"NINAGAWA"の十二夜なんだろうね。

ninagawa070718.jpg

2007年07月14日
 ■  野田地図「THE BEE」のレビュー

週刊マガジン・ワンダーランド 第50号に掲載された、
野田地図「THE BEE」のレビューが、
ワンダーランドのウェブにアップされました。
冒頭だけ紹介します。

野田地図「THE BEE」(日本バージョン)
◎見切れが生み出した舞台の陰と陽 何を見せられ何を見せられなかったか

<前略>

例えば、野田秀樹の「THE BEE 日本バージョン」。巨大な紙が一枚、天井から吊るされている、ただそれだけの舞台美術。そこには、どんな見切れがあったのか。演出家によって何が隠されていたのか。観客は何を見せられ、何を見せられなかったのか。一枚の紙が生み出した舞台の陰と陽をレポートしたい。

続きはこちら。
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=703

2007年07月08日
 ■  三谷幸喜脚本、三宅裕司演出の「社長放浪記」

伊東四朗が最後の喜劇人だと呼ばれるのは、
今後、喜劇人は出てこないからである。
喜劇人を育ててくれるはずの観客が、視聴者に変質してしまったからである。
そして、変質は続いていくのである。

観客の笑いと、視聴者のお笑いは違う。
そんなことを感じた。

itoushirou070707.jpg

2007年07月07日
 ■  野田地図「THE BEE」 その2

野田地図の「THE BEE」日本バージョンを見てきました。2回目です。
立見席の見切れてる席から見たいなあと思って見に行ったのです。
見切れてないってのは、
「俳優の演技や舞台装置が客席から見えない状態になっていること」で、
見切れてるってことは、見えちゃいけない演技だったり、
が見えてるってことです。それを、敢えて見ることで、
演出として勉強になるかなと思い、見に行きました。

「THE BEE」日本バージョンのレビューは、既に脱稿していて、
「見切れ」をキーワードに書いてみました。
レビュー自体を、エンターテインメントとして読めるように書いています。
月末には、週刊マガジン・ワンダーランドに掲載されると思いますので、
お楽しみに。

2007年07月03日
 ■  くものすカルテット

もう、クレージーキャッツは、見に行けないけれど、
くものすカルテットは、見に行ける。
そんなわけで、音響の勝俣さんと吉祥寺のライブハウスへ。
グダグダな笑い(MC)と、無国籍な音楽を堪能。
おっと、遊びじゃなくて、あくまで仕事です。お勉強です。

音響だけじゃなく、舞台のスタッフさん達とは、
公演のない時に、やりたい表現の共通言語を、
どれだけ作っておけるかが、勝負だ。
公演直前に、慌てて、こんなことやりたいって言っても、もう遅くて、
いいモノに出会ったら、すぐ紹介し、すぐ紹介してもらう、
そうやって、表現の根っこを育てていくと、
直前でもいいコミュニケーションができるのだ。

くもカルは、印象にとって、いい肥料なのです。

kumokaru070702.jpg

2007年06月28日
 ■  野田地図「THE BEE」

あんま女優さんとは、一緒にお芝居に行かないんだけどね、
昨日は、三軒茶屋のシアタートラムに「THE BEE」を観に行きました。
写真は、片方良子さん。

katagata070627.jpg

大きな紙一枚の舞台美術のほうが、
具体的で写実的なセットよりも、はるかに雄弁なんですよね。
あらためて、野田さんの演出の凄さと、
抽象的演劇表現の可能性を感じる舞台でした。

2007年02月09日
 ■  野田地図「ロープ」のレビュー

週刊マガジン・ワンダーランド 第27号に掲載された「ロープ」のレビューが、
ワンダーランドのウェブにアップされました。
冒頭だけ紹介します。

野田地図「ロープ」
◎内輪的エンターテインメントへの欧米か!的ツッコミ

 たとえば、「野田版鼠小僧」の歌舞伎座に建て込まれた江戸八百八町の巨大な町並みが、突然動き回り出す興奮。たとえば、「透明人間の蒸気」の十数人の役者が、奥行き50メートルの新国立劇場の舞台を、全速力で客席に向かって走り込んでくる興奮。でっかいものを、ただ回すだけで面白い。だだっ広いところを全力疾走するだけで面白い。いつだって「彼」がつくるのは、メッセージがあふれた舞台。それもメッセージが言葉だけじゃなく、動く空間、動く役者によって観客に届けられる芝居。でも、2006年12月14日に僕が見た、「彼」の新作舞台「ロープ」は、ただ面白いものを見たいと思う、無知な観客の無邪気な期待を裏切る、言葉という名のメッセージにあふれた舞台だった。

続きはこちら。
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=627

2007年01月09日
 ■  高座の上のミイラ -桂歌丸の醍醐味-

劇団印象の主戦場タイニイアリスからすぐ近くの、
新宿は末広亭に、落語を見に行ってきました!

新宿末廣亭(正確には広じゃなくて廣らしい)
http://suehirotei.com/

utamaru070108.jpg

昼の部のトリは、笑点でお馴染みの歌丸師匠だったんですが、
もはや生き仏ですね。ミイラのオーラが出てました。
落語の原点はお坊さんのお説教なんですが、
なんか、笑いがお経のように、ありがたく感じてくるのがすごい。
いやあ、歌丸師匠が本当のホトケになる前に、一度は生で見たほうがいい!

それにしても、噺家ってのは羨ましい。
普通の人は、定年があって、老後の中で死にますし、
スポーツ選手だって、スポーツ選手のままはなかなか死ねません。
引退して何十年も経って死ぬわけです。

誤解を恐れず言えば、噺家って、
なんかぽっくり現役のまま死ねそうな感じがするんですね。
もちろん、体力の衰えによる引退だってあるだろうし、
そううまくはいかないことがほとんどだろうけど、
でも、70歳の時より80歳、90歳の時のほうがすごい、
なんてことがあり得るっていうのは、うん、いいなあ。

2006年12月23日
 ■  仙台・演劇紀行のつもりが、突然の中止

「仙台に芝居でも見に来ない?」って誘ってくれたのは、
学生時代に僕の映画のプロデューサーやってくれてた人。

TheatreGroup“OCT/PASS”+きらく企画
提携公演vol.2 PlayKENJI#5 『ザウエル』

つー、長い冠名の芝居を、急遽、仙台に日帰りで見に行くことになったんだけど、
かの地の土地勘がないもんで、劇場の場所をちゃんと調べて行こうと思ってサイト見たら、
出演者が流行りの感染症にかかって、突然の中止。
「流行りの感染症」ってノロウィルスかね?

下記参照
http://www.oct-pass.com/
http://www.project-kiraku.com/

こういう機会を逃したら、
仙台の演劇事情を自分の目で確かめることもないから、
芝居見て、できるだけたくさんの人と会って、話して、
何か、面白いものを掴めてきたらなあと思ってだけに、残念。

それにしても、
出演者が流行りの感染症にかかった時の、公演中止の判断って難しいよね。
商業演劇とかだと、どうしてるんだろう?

2006年07月30日
 ■  平成ノブシコブシ単独ライブ~御コント~

自分と同年齢(26歳)の、お笑い芸人のライブを見に行く。
平成ノブシコブシは、吉本興業が"アイドル路線"で売り出してる若手の一組で、
観客は10代20代の女性が多く、劇場に黄色い歓声が飛びまくっていた。
「ルミネtheよしもと」は、客席キャパ500人弱なのだが、なんと満席。
しかも、すごく楽しむ気満々で来てるという感じである。

内輪で楽しんでると言うと、ファンの人は気を悪くするかもしれないが、
コントは、そこまで面白くない。
映像を使ったギャグが唯一、印象に残っていて、

<GAG2>
演者がテトリスのブロックを舞台の上にある穴に落とすと、
設置されたゲーム画面(スクリーン)の中で、ブロックが落ちていく。
その穴から自転車を落とすと、ゲーム画面の中に自転車が現れて、
ブロックを消していく、というもの。

2006年04月07日
 ■  "コクーン歌舞伎 東海道四谷怪談"を見た!

「コクーン歌舞伎 東海道四谷怪談」を見てきました。

すごい。客席のGROOVE感が。
女性客の悲鳴やら奇声やらが飛び交っていて、
芝居は、LIVEだっ!つー勢いに満ちてました。

「東海道四谷怪談」は、文字どおり、ホラー演劇ですから、
お話としては、ひたすら怖いです。
ホラー映画が大嫌いな僕は、客席ほどはノレなかったけど、
あのGROOVE感には、圧倒されました。

歌舞伎は、今、過渡期だと思います。
伝統という名の冷凍保存の状態からの、
解凍期といったほうがいいですね。

映画史にたとえると、
ハリウッドが、新しい才能を、
移民から迎え入れるという形で支えた時期があったように、
(ビリー・ワイルダー、ヒッチコックも外国人だった)
歌舞伎も、梨園の外から、
野田秀樹、三谷幸喜、蜷川幸雄、串田和美という才能を、
引き込んで、歌舞伎を、江戸時代の人ではなく、
平成の今の人のために、創り換えてる、そんな時期だと思います。
これが、常態化したら、つまり、
歌舞伎の世界の人じゃない人が、関わるのが当たり前になったら、
この勢いは、確実に落ちるんじゃないかな。

作り手は、ドキドキしながらやっていると思うんです。
これをやっちゃ、歌舞伎じゃなくなっちゃう、
と不安にかられながらも、新しいことをやっている。
で、上演してはじめて、やってよかったと、思う。
こういう、作り手が発見しながら作ってる時というのは、
一番、熱気がある時期です。
だから、この解凍期の新しい歌舞伎をもっと見たいと僕は思います。

次は、松尾スズキか、クドカンが書くでしょう。

そういえば、
松尾スズキが、三谷幸喜の歌舞伎は面白かったと言ってました。

おもしろかった!
今まで野田さん、串田さんと、いろんな演出家の歌舞伎を見ましたが、
これほどスピード感のある歌舞伎は初めてで、
三谷さんの演出でスピード感のあるものも予想してなかったので、
なかなかな刺激になりましたよ。

http://matsuo-chan.at.webry.info/200603/article_4.html

2006年03月15日
 ■  "パルコ歌舞伎 決闘!高田馬場"を見た!

三谷幸喜、作・演出の新作歌舞伎、
「パルコ歌舞伎 決闘!高田馬場」
そう、見てきたんです、今日。

NHKで放送されてる歌舞伎とかは、
たまに見て、あまり好きじゃないので、
全ての歌舞伎が面白い演劇だとは思わないのですが、
自分の人生で一番面白かった演劇は、「野田版鼠小僧」。
もう、これは、本当に面白かった。

なので、「パルコ歌舞伎 決闘!高田馬場」は、
絶対見たいと思ってました。
感想を簡単に。ネタバレありです。

やはり、面白かった。
前半は、ちょっとイマイチかなあと思ったんだけど、
全部で2時間半ぐらいの最後の1時間が、
尋常じゃないくらい面白かった。

特に演出について。
「野田版鼠小僧」や「野田版研辰の討たれ」(これはDVDで見た)
を見た時にも思ったんだけど、
自分がやりたい演出は、こういうものなんだと、心底思う。
手品というか、外連というか、仕掛けを使った演出。
「空白」で冷蔵庫から人が消えるってことをやった時、
本当に客席が驚いてて、その驚きの空気が忘れられないから。

歌舞伎っていうと、敷居が高いけど、
欽ちゃんの仮装大賞的なこと。
身近な道具を使った、アイディア勝負。
今回で言えば、カーテンを使っての場面展開のスピード感は、
本当にすごかった。
あれは、歌舞伎のものじゃなくて、ブレヒト幕って言うらしいけど。
(そういえば、罪と罰にも使われてたな)

次の自分の芝居でも、できたら使ってみたい。

2006年03月06日
 ■  水と油「均衡」

友人が、チケットを譲ってくれて、
水と油の新作公演「均衡」を見てきた。
(あっ、タイトルが2文字だ!!)
初見。震えた。いや、奮えた。

感想を書きます。ネタバレありです。
と、レビューを書こうと思ったけれども、
何を書いていいか、見つからない。
ただひたすらに打ちのめされたから。

唯一、言えるのは、
極限まで削ぎ落とされた簡素なセットとシンプルな照明、
マイムによる見立ての演技とアルゴリズム的な移動、
そういうもので構成されるストイックな舞台を、
僕はとても好きだということだ。しかも、
ストイックかつ、笑いがあり、エンターテインメントだった。
(でもなぜ、再演の、野田の罪と罰は好きになれなかったのだろう?
 初演は、すごく好きだったのに)

今日の千秋楽を最後に、一時、活動を休止するそうで、
出会ったばかりなのに、見続けることができないようだ。
残念である。

2005年12月20日
 ■  グリング「海賊」について

流行りの口コミインフルエンザに感染して、
グリングの「海賊」を見に、下北沢へ。
ネットでの評判どおり、笹野鈴々音という役者が、
快演、はたまた怪演で、すごかった。

彼女の演じた役は、お菓子屋の娘で、
それとは関係なく、
「ナニナニですわ」とかお嬢言葉を使うキャラクターなんだけど、
それが、白鳥麗子調でもなく、もちろん、叶姉妹調でもなく、
持って生まれた生来の明るさゆえに、
お嬢言葉になってしまうのですわ調だった。
だから、全然嫌味でなく、愛すべき下町のお嬢様という感じだった。
(舞台が下町がどうかは知らないが)

もう一人、よかった女優がいて、こっちは、峯村リエ。
そんなに美人ではないが、背が高く、髪が長い。
イメージとしては、坂本竜馬の姉の乙女さんという感じで、
ただ、性格は、お転婆ではなく、
向田邦子の「あ・うん」の、たみさんという感じかな。
和服が似合っていたし。
彼女が、感情の抑えがきいたフラダンスを、
ムーンリバーに合わせて踊るシーン、これがとてもいいのだけど、
僕が、好きだったのは、帯を直すか何かで、
長い髪を下ろすシーンがあって、
それを別の役者が見ているというところが、
なんとも色気があってよかった。
髪を下ろしていたのがよかったのではなく、
髪を下ろしていたのを見られているというのがよかった。

笹野鈴々音は、全編を通して、印象的で、
峯村リエは、ポイントで、とてもよい、そういう配置かな。
この二人は、ちょっと抜けていて、
他の役者は、うまいけど、華がなかった。

お芝居全体としても、以前に見た、松尾スズキの、
ドライブインカリフォルニアに似ていて、
そちらに比べて、ちょっと華がない、
味はあるけど、華がないという感じがした。
その、華のなさは、狙いなのかもしれない。
どちらも、チェーホフの桜の園モチーフなのだが、
(かつて生活の主体であったある場所に登場人物たちが戻ってくる)
一方が、何十年かに一度、竹の花の咲く竹林に囲まれたドライブイン、
もう一方は、父から次男に相続された、流行ってはいないが、
すぐにつぶれるというわけではない、理髪店。(そこに長男が帰ってくる)
つまり、場所の設定からして、中途半端。やはり、わざとか?

結局、オフビートで、2時間10分の作品というのが、よくないのかもしれない。
僕は、もうちょっと、役者も、演出も、物語も、華があるのが見たいと思った。
まあ、好みだろうけどね。

2005年06月24日
 ■  「隣りの男」について

ハリウッド映画のロマンティックコメディーは、
一言で言えば、"Boy Meets Girl"コメディーだと思う。
男と女が出会う、
どんな男とどんな女がどう出会い、どう恋していくか、
「ローマの休日」も「恋人たちの予感」も、
ハリウッドが作ってきた恋愛映画は、大概、この構造を持っていた。
わかりやすくいえば、始まりがあって、終わりがある構造である。

今回、初めて、岩松了の作・演出による芝居を見たのだが、
見事なまでに、前述の"Boy Meets Girl"の、
始まりと終わりがない、もしくは、隠されていた。
つまり、「隣りの男は」、男と女の、
出会い(始まり)と別れ・もしくは、ハッピーエンド(終わり)を、
削除した、真ん中の物語なのである。

出会い(始まり)が削除される、ということはどういうことか。
愛の理由が見えてこない。
鈴木砂羽さん演じる"女"は、戸田昌宏さん演じる"夫"がいながら、
大森南朋さん演じる"隣りの男"と、男と女の関係になってしまう。
ところが、
なぜ、男と女の関係になってしまったのか、観客には示されず、
もう、そうなってしまった状況だけが示されて、お話は始まる。
だから、非常にわかりにくい。
なぜ、そうなってしまったのか。
"隣りの男"は、
言葉が巧みだったのか、
肉体がセクシーだったのか、
寂しい時にたまたま傍にいただけだったのか、
"女"の愛の理由が見えない、だから、座りが悪いのである。

だが、ちょっと待って、愛に理由がいるのか。
理由のある愛を描くことほど、凡庸なことはない。
愛に理由が見つかるのならば、
それは何かしらのサービスと置き換え可能である。
理由がないからこそ、愛に価値があるのではないか。
だとすれば、たとえ座りが悪くても、
この状況を受け入れるしかないのではないか。
この座りの悪さは、登場人物の手の痒みによって、表現される。
痛みではなく、痒み。
医者に行くほどではないけれど、気になってしょうがない。
対処の仕方が、現状維持というのが、
男と女の関係にだぶっていく、そこが面白い。

そもそも、真ん中の物語である。
始まりがなければ、終わりもない。
"女"と"隣りの男"の関係には発展も終幕もないのだ。
時が止まったような舞台空間に、
心地のいい"ぬめり"を感じながら、
理由を探そうとしてしまう凡庸さに、
我が身を恥じるのである。

-データ-
「隣りの男」
@本多劇場

出演者
・大森南朋
・鈴木砂羽
・戸田昌宏
・久遠さやか
・小林薫

2005年05月30日
 ■  「井出孤独」について

お肉とお野菜、どっちが好きかと聞かれても、
なかなか答えるのは難しいのだけれども、
動物園と植物園は、どっちが好きかと聞かれれば、
私は、今日に限っては、間違いなく、動物園と答えると思う。

動くものを、何の意味もなく、観る楽しみというのがある。
動物を観る楽しみもそれで、
動物園でも、寝ているライオンや虎を見るよりは、
常に、耳や鼻、目を動かしている象やキリンを見ているほうが面白い。
彼らは(象やキリンは)ちょっと、身体のバランスが悪い気がする。
だから、なんだか危なっかしく、倒れるんじゃないかとか、
余計な心配をしながら、つい真剣に見入ってしまう。

井手茂太さんのダンスは、今回、初めて見たのだが、
人は、動いているものを見る、
ただそれだけのことだけで楽しめる存在なんだと、
やや大袈裟に言えば感じさせてくれた。
それはとても、贅沢でいとおしい、
なんだか、子供の頃に戻ったような感覚である。
語弊があるかもしれないが、
井手茂太という動物を観ていた、そういう感覚。

井手茂太さんは、
ダンサーという言葉で連想できるような身体はしてなくて、
わかりやすい言葉で言えば、デブ(小デブ)なのである。
でも、だからそこそ、ほっとけなさを感じしてしまい、
見ていて面白いのかなあとも思う。

うん、ちょっと違うな。ほっとけなさだけではなく、
動いているものを観るという行為は、
実は、頭の中で、次、こいつはこう動くんじゃないかと、
絶えず、シミュレートしていて、
そのシミュレートを裏切られるところに面白さがある気がする。
だから、サッカーのドリブルじゃないけど、フェイントが大事なのだ。
ある流れの中で、一瞬、流れに合わない動きをされると、
そのチャーミングさに、胸がキュンとするのである。

そうした、
贅肉の下に隠された筋肉の躍動に、驚き、笑い、油断していたら、
彼の振り付けの、動物的でなく、人間的というか、
意図して創られたイメージの世界に、私はすっかり引き込まれていた。
ダンスのコント的部分で、こちらの注意を引いておいて、
私を、突然、別の世界に引きずり込んだ。
また、すぐに、コントの世界に戻ったは戻ったのだけど、
もうその後、私は、
笑うということはなく、ひたすら彼の身体に見入ってしまった。

あれは、なんだったのだろう。まるで言語化できない。
人が、言葉を持つ前に、つまり、言葉で世界を認識することを覚える前に、
見えていた世界が、少なくとも、私の中には訪れて、
美しいという概念が頭の中にない人が感じる美しさだったような気がする。
これは、美しいんだと理解することなしに、ただ美しさを感じている感覚。
ああ、まるで言語化できまない。

入りやすいところから入って、
気づかないうちに、違うところに連れて行かれたというのがあって、
私は、井手茂太のダンスに、すっかり、やられてしまったのです。

-データ-
SePT独舞vol.13
井手孤独【idesolo】
@シアタートラム

出演者
・井手茂太

2005年04月27日
 ■  「愛の渦」について

不特定多数の人間を、ある特殊空間に集めて、
そこで何が起こるのかを描くという手法は、
古典的ではあるけれども、
僕がとても好きなタイプのドラマの描き方である。
ただ、ここで注意しなければならないのは、
ドラマにおいて、この不特定多数というのは、
実は、作り手によって任意で選ばれた不特定多数だということだ。
だから、どういう人間(役)が集まるか、その設定から、
作者のセンス、もしくは意図を感じ取ることができる。
それを踏まえて僕は、
「愛の渦」を"匿名性"というキーワードでちょっと考えてみたい。

「愛の渦」における前述の設定は、こうである。
20歳から29歳までの男女合わせて約10人が、
会員制のセックスやりまくりクラブに集まって、セックスをやりまくる。
そこでは、表面上は個人情報は問題視されない。
職業、家族構成、性格、さらには、ルックスが意味をなさない。
なぜなら、ただセックスをやりまくるためだけに来ているわけだから。
誰とでもいい、"私とあなた"であることが求められない、つまり、
描かれるのは、匿名のセックスということになる。

ところが、物語が進むと、最初は個人情報を気にしていない、
もしくは、気にしていないように見えた会員達が、
少しずつ、私が誰であり、あなたが誰であるか、ということを、
語り出していく。
本能に徹しきれず、ただセックスすることだけに徹しきれず、
匿名から脱出せずにはいられない不自由。ところが、
その語り出していく内容が非常に凡庸であるために、
彼らの匿名性がさらに強調されていく。
彼らが語りだすのは、職業であったり、家族構成であったり、
好きな体位であったり、童貞であることだったり、
でも、そんな奴いくらでもいる、
そんなことを語りだしても、匿名であることから逃れられない。
だから結局は、匿名性の沼にさらに沈んでいくように見えた。
実際、匿名性の虚しさに、後半、会員達は急速に白けていく。
匿名的であるということは、人間に実りを感じさせてくれず、
劇中の言葉を使えば、射精の後の虚しさを漂わせて、幕。

趣味の問題だが、僕はこういう物語の在り方はつまらないと思った。
つまり、開始30分で、こうなるんだろうなあというのが予想がつくから。
そして、予想がついた上で、引き込むものがなかった。
まあ、観客を引き込もうとする意図がなかっただけなのかもしれないけど。
ただ、クオリティーは高かったと思う。それを支えたのが、
もう一つの匿名性、匿名的肉体(と勝手に名付けるが)だったと思う。

この時代の肉体(身体)の在り方として、
極限まで匿名的であることを求める、という風潮が、今すごく強いと思う。
身近でいえば、上本竜平なんかが、そういう身体を求めているし、
チェルフィッチュなんか、まさに、匿名的な肉体表現、
例えば、野田秀樹や松尾スズキのような、
ある種の個性で魅せるのではなく、
極限までに、誰でもない、何者でもない、そういう肉体の在り方。

「愛の渦」で言えば、バスタオルを巻いたまま、男達が、
ゆっくりと立ち上がっていく、ゾンビのような身体の仕草には、
ゾクゾクきた。そこだけで満足しちゃうお客さんもいるだろう。

気になるのは、
会員の年齢制限を、なぜ20歳か29歳に限定したかということ。
同年代の人間しか集められなかったのか、
同年代の人間を集めることによって、匿名性を強調したかったのか、
多分、肉体の中で一番、非匿名的な部分で、年齢的性質だと思うのだ。
匿名的肉体が、その年齢的性質をどう処理するのかを、ちょっと見たい。

このお芝居をドラマチックにすることは簡単で、
選んでくる役者の一人に、三國連太郎がいれば、
日本版かつ集団版「ラストタンゴ・イン・パリ」だ。
でも、それが好きかどうかは、趣味の問題で、
匿名的肉体と特権的肉体と、この二分割はもう戻らないんだろう。

-データ-
ポツドール
vol.13「愛の渦」
@新宿THEATER/TOPS

出演者
・安藤玉恵
・米村亮太朗
・小林康浩
・仁志園泰博
・古澤裕介
・鷲尾英彰
・富田恭史(jorro)
・青木宏幸
・岩本えり
・遠藤留奈
・小倉ちひろ
・佐山和泉

2004年09月07日
 ■  野田秀樹の赤鬼/英語バージョン「Red Demon」

自分の国から外国の軍隊を追い出すための軍事行為を、
ある言葉ではテロといい、ある言葉ではレジスタンスという。
どちらが使い方として正しいということはない。
ただ、テロの上には、「卑劣な」という形容詞が乗り、
レジスタンスの上には、「勇敢な」という形容詞が乗る、
そんな気がするだけである。

野田秀樹の赤鬼の英語バージョン「Red Demon」を見た。
自分達のコミュニティーの外から来た者を、
赤鬼と呼んだ村人と、名前で呼んだ女の話が、
野田秀樹の「赤鬼」である。
先週から、渋谷のシアターコクーン(Bunkamura)で、
英語バージョン、タイ語バージョン、日本語バージョン、
それぞれで役者を代え、演出を変え、
二ヶ月間に渡って上演される。

英語の台詞での印象的な one word
終盤、赤鬼を食べたMIZUKANEが言った一言。
「I ate it.」
日本語なら、多分、「食ったよ」であると思う。
But in English,
Red Demonは、彼ではなく、それとして、規定される。
この一言のニュアンスの差が文化の差であり、
その差が産む面白さであるのだと思う。

素晴らしい舞台だった。
言葉についてに終始したが、
役者も舞台美術も、ただただ素晴らしかった。
生で見れてよかった。
ビデオで見たって伝わらないものがあるのだ。

タイ語はさすがにまったくわからないから、
イヤホンガイドを使って見るだろうが、
それゆえ、台詞とは別の芝居の魅力を、
新しく発見できればと思う。

2004年07月14日
 ■  サイモン・マクバーニーの「エレファント・バニッシュ」

サイモン・マクバーニー(※)演出の、
「エレファント・バニッシュ」は、すごい作品でした。
村上春樹の小説の世界が精緻に演劇化されていたから、
というのは、その本質を表していない言い方になります。
音と光と映像の使い方が秀逸だったという言い方も、
正しいが的確な言葉ではありません。
では、何なのか。

それは、漠然としていますが、
「世界」がただそこにあったのです。
「世界」とは、あたかもそこに実在するかのような、
フィクショナルな空間と時間の在り方です。
翻っては、もしかしたら、私達が今暮らしている現代社会も、
一つの「世界」かもしれないというマトリックス的な絶望を含みます。
そして、この「世界」の共有が、は演劇にとって最も大事なものだと、
僕は考えています。

「エレファント・バニッシュ」は、その「世界」の共有のために、
演出が徹底されていました。それは、もう最初の最初から。
ハプニングをわざと起こし、一気に観客を「世界」へ引き込みます。
そして、一度、「エレファント・バニッシュ」の「世界」へ入ったら、
幕が下りるまで、僕らはただそこにいるのです。
「エレファント・バニッシュ」の「世界」の住人として、
ただそこにいるのです。
あらゆる演劇的技法、あらゆるマルチメディアを駆使しながらも、
「世界」を構成する演出があざとくなく自然で、
だから、僕らは、ただそこにいられるのです。

体験という言葉がぴったりとはまります。
これは、すごく不思議な「世界」の体験でした。

※イギリスのテアトル・ド・コンプリシテの演出家。
 身体を使ったいわゆる”見立て”の演出が特徴。

2004年04月19日
 ■  The NEWSPAPER/時事ネタのコント集

時事ネタだけを使って、笑いを作っていく、
コント集団「The NEWSPAPER」の舞台を見に行く。
そこそこ面白いが、とてつもなく面白いわけではなかった。

ギャグの紹介。

<GAG1>
イラクでの民間人拉致事件。
世界各国のリーダーから非難の声が相次いだ。
とりわけ強く非難したのは、
北朝鮮の金正日総書記で、
「できるだけ早く人質を開放しなさい」
とイラクのテロリストに訴えたという。

などなど。
ネタは面白かったけど、それを表現する演技や間が、
よくないものが多かった。

2003年04月15日
 ■  野田地図「オイル」

日曜日に野田秀樹の新作「オイル」を見た。

野田秀樹の芝居を生で見たのは初めてだったのだが、
不満がたくさんあり、自分の中に「オイル」をうまーく吸収できなかった。
数日経ってやっとその理由がわかったので、書く。

俺が演劇をやろうと思った理由の一つに「見立て」という技法を、
やってみたかったというのがある。
「見立て」とは、見立てること。例えば、じゃんけんは、
グー、チョキ、パーを、石、ハサミ、紙に、見立てている。
じゃんけんの見立てというのは、もう一般的になりすぎているけれども、
誰も考えたことがなく、誰もが納得できる見立ては、
観客をクラクラさせてしまうすごい力を持っている。
そして、野田はこの見立てが、ずば抜けてすごかったのである。

しかし、オイルは、俺をクラクラさせる見立てがなかった。
過去の作品と比べてしまうのは、本当に失礼だけれども、
例えば、「キル」は最後の台詞がものすごい見立てになっているのである。

「モンゴルの蒼い空を、着せてあげてください」

「キル」は、着るということがテーマなのだけど、
モンゴルの蒼い空を、服に見立てているのである。
人間は、生まれてくる時は裸で、
初めて着る服がモンゴルの蒼い空だというのである。
飛躍がすごい。(ちなみに主人公はジンギスカンです。)
ネタばらしになるので、これ以上書かないけれど、
「キル」の見立てに比べたら、「オイル」のオイルの見立てなど、
霞んでしまうと俺は思うのだ。