2016年06月01日
 ■  London日記 7ヶ月と1日目

イギリスの階級社会について、書きたいと思っているのだが、なかなか筆が進まない。考えがまとまらないのである。それは、あるようでないような、見えない膜のようなものだからだ。

先日、私は、「People, Places and Things」という芝居を、私の語学学校の先生の一人と一緒に見に行った。彼女は、映画産業で働きたいという野望を持っているのだが、マンチェスター出身であるため、他のロンドン出身の映画産業志望者のように、親と同居できるというアドバンテージを使えないために、とりあえず、生きていくために、英語の先生をやっているという人で、労働者階級の出身である。

授業中に、「ロイヤルファミリーは廃止すべきだと思う」と発言する無政府主義者で、そして、特に文法の授業で、教え方にやる気の無さが漂う、素敵な先生なのである。「シェイクスピア、それも、シェイクスピアを見に行く中流階級が好きじゃない」という発言をする一方で、読書家で、サラ・ケイン、ベケット、ブレヒトが好きという一面を持つ。授業中に、「People, Places and Things」の戯曲をお互いに読んでいたことがわかり、一緒に見に行くことになったというわけだ。

peopleplacesthings.jpg

「People, Places and Things」は、こちらでは評判の芝居で、Time Outで五つ星を取っている。つまり、最上級の評価を得ている。主演女優が、この芝居で、オリヴィエ賞を獲ったのである。で、結論から言うと、私はそんなに面白いとは思わなかった。そして、その英語の先生である彼女も、そこまで面白いとは思わないという評価だった。(私が面白いと思わなかったのは、私の語学力のせいも絶対にある。)

彼女が言うには、これは典型的な中流階級が主人公の、中流階級向けの芝居ということらしい。主演女優の演技は確かに素晴らしく、エンターテイニングだけれども、作品は深みがない。John CassavetesのOpening Nightへのreference(日本語のオマージュ)があったりするが、それだけで、なぜ今、この芝居が上演されるのか、その理由がわからないと言っていた。

私は、Cassavetesへのオマージュがあったなんて全く気づかなかったし、それだけでも、彼女と見に行って、よかったと思ったのだが、別れ際、彼女が言った、「おもしろくて、満足して、家に帰ったら全て忘れる。何も変わらない。そういう芝居だよね。」という言葉が印象に残った。

階級社会。それは格差社会と共通する部分もありつつ、微妙に違う。買い物するスーパーが違うのは、格差社会的側面だ。
Waitroseは中流以上
TescoやSainsbury'sは中流
Lidlは労働者階級
と棲み分けがされている。成城石井と西友の違いみたいな感じか。しかし、読まれる新聞が階級によって違う、というのは日本には無い部分だ。

彼女の言葉だと、階級による文化的な”違い”が生まれてしまっているのだと言う。シェイクスピアの芝居を見に行くのも、中流階級の文化。子どものために、子どものための芝居を見に行くのも、中流階級の文化。彼女の言葉で最も衝撃的だったのは、イギリス生まれなのに、aubergine(茄子)という単語を大学でLondonに来るまで知らなかったのだそうだ。茄子が、高い野菜というわけじゃない。このフランス語源の言葉は、それを材料として使う料理を、自分の家族が食べる習慣が無ければ、覚える機会がないのである。

もちろん、階級社会だけでなく、格差社会だって、よくはないのだが。

東京では、演劇は一般の人ではなく、演劇ファンや演劇人が見に行くことが多い。Londonでは、演劇は中流階級の人が見に行くことが多い。

さて、演劇は、一体どんな観客のために、作られるべきなのだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=mYyXzVuG5NY

投稿者 atsuto : 2016年06月01日 02:27

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