2016年05月31日
 ■  London日記 6ヶ月と29日目

先週末は、
BrightonとWimbledonで、イギリスで活動する日本人の演劇人と会い、
(主に子どもの芝居の作り手に)お話を聞かせてもらった。
こっちで、演劇の活動の話を聞くと、大体、R&Dの話になる。
R&Dは、research and developmentの略。
簡単に言うと、企画段階における助成金やサポートのことを指すことが多い。

例えば、僕がある新しい演劇のアイディアを思いつくとする。それを
Arts Council Englandや、劇場にR&Dの申請をして、採択されると、
お金や稽古場、Showcaseを発表する会場などが提供される。
一週間のR&Dなら、最終日に何かしらの形にして、発表する。
それを助成団体や、劇場の人が見に来て、
本公演を、助成もしくはサポートするか決める。
R&Dで、あまり面白い作品になりそうにないね、ということであれば、
その企画については、もう助成・サポートされない。
つまり、準備段階を支援することによって、作品の淘汰が起こり、
また本公演される作品群の質が向上するというわけだ。

自然と、一つの作品の準備期間は日本よりも長くなる。
その日、僕が見た作品を例にすると、
2年前にR&Dで採択され、一週間のアイディア試し。
その後、puppet作りに時間を使い、
1年前にミニR&D(日数を失念)をし、その後、10日間の稽古で作品を完成。
アイスランドで初日を迎え、
以降、イギリス全国をツアーする、という流れだった。
つまり、普通にR&Dをやると、2年はかかるというわけだ。

ちなみに、こちらでは、俳優にも演出にも作家にも、最低賃金というのがあり、
それは稽古においても、R&Dにおいても、払われるみたい。
このサイトによると、
http://www.uktheatre.org/theatre-industry/rates-of-pay/uk-theatre-equity-performers/
小劇場の俳優の場合、最低一週間350ポンドです。
日本円にすると、約56,000円!
物価を考えても、東京で、35,000円ぐらいもらえる感じ。
日本でもこうなったら、どんなに素晴らしいのだろう。
つーか、しなきゃいけないよな。

atsuto-brighton.jpg

写真は、日本の演劇界を憂う姿@ブライトン

2016年05月11日
 ■  London日記 6ヶ月と11日目

英語での会話は、聞き取れないばかりか、
聞き取れた場合にも、その内容をどんどん忘れていく。
Londonに来て、半年経ったが、自分が体験したことが、
記憶に定着しないで、どんどん消えていっているような気がする。怖い。
それにしても、何で毎日こんなに英語で悩まなければならないのだろう?
高校大学時代の自分を呪う。本当にあの時代の自分にお説教できたらと。

新しいworkshopが始まった。いつものLittle Angel TheatreのWSだが、
今回は、"Designing, making and performing large scale puppets"。
講師の言うことは、なんとなくわかる。なんとなく。
でも、参加者の英語がわからない。縮約形使うんだよ、あいつら。
You've beenは、俺には(ュッビン)にしか聞こえない。
そんな状態で、一緒にでかい人形を作るのが、辛い。
ICrecorderで内容を録音させてもらって、部屋で聞いても聞き取れない。
とにかく、写真撮ったり、Video撮ったり、なんとか忘れないように記憶する。

今日は二週目だった。
1週目は、ダンボールのちょいでかpuppetを作ったのと、
これから10週かけて作る巨大puppetの模型を作った。
模型を作るための数学(算数?)用語が全くわからなかった。
ダンボールは、cardboardっていうことを知った。しかしカッボードに聞こえる。

2週目の今日は、
串に刺さった球を文楽みたいに複数人で操作するexerciseの後に、
a puppet of cardboardを操作。呼吸が大事なんだ。
これがもう嬉しくて、俺が韓国で李潤澤から学んだのも息の演技論。
ちゃんと全部つながってる。
その後、俺は脚と足班に振り分けられて、骨組みを作った。
10週間後、5メートルのpuppetになるのだ。

Little Angelのworkshopは、本番があることが多くて、
このpuppetも、何かの本番に使われるらしい。
だからこそ、他の参加者としっかり対話して、
対等な立場で、時に自分の意見もぶつけたりして、
本番に向かっていきたいのだが、
甲子園を目指す高校野球部に、
一人だけ小学生が参加してる感じで、本当に悔しいのである。

2016年05月07日
 ■  London日記 6ヶ月と7日目

Londonで生活するようになって以来、
できるだけ毎日新聞を読むようにしている。こちらでは、
MetroとEvening Standardの二誌は、無料で配布されている。
イメージとしては、
夕刊フジと東京新聞が駅前で無料で配られている感じ。

語学学校の日本人スタッフに、
効果的な英語の勉強方法は何かと聞いた時に、
「とりあえず、通学中に、新聞を毎日読むこと」と言われて、
ずっと続けている。

驚いたのは、新聞の中に、演劇の記事が多いことだ。
ほぼ毎日何か載っている。劇評は、ウェストエンドだけでなく、
客席100名弱の小劇場の芝居でも取り上げられていて、
他に、新進気鋭の演劇人の記事とかもあり、
難しい単語は多いのだけれど、いい情報収集になる。
作品を、星で評価されることに、一長一短はあると思うし、
高評価の作品を見ても、エッ?と思うことは多々あるが、
やはり、新聞によって取り上げられるということに、演劇文化の厚みを感じる。

また、新聞を読んでいると、今の話題にも、付いて行きやすい。
最近の話題としては、ロンドンの新市長が、
イスラム教徒でパキスタン系のサディク・カーン氏になったことだろう。

ロンドンは、多文化共生が進んだ都市だが、そのことに対する反発も強い。
私の、前の部屋の家主は、少し右翼的な考えの持ち主で、
「移民はちょっと多すぎると思う。
問題を起こす人も多いし」と話していたことがあって、
ああ、みんながみんな、この多人種な感じを好きではないんだな、
むしろ、先進国のどこも共通の、普通の人の右傾化があるんだな、
と思っていたので、新市長に南アジア系が選ばれたことに、私は驚いた。

さて、そうした刻々と変化していく時事問題について、
演劇は、どう向き合うべきか、というのが今日私が書きたいことだ。
National Theatreで今日千秋楽だった、
「Another World : Losing Our Children To Islamic State」は、
その名の通り、自分の子どもたちがISISに行ってしまった母親たち
の話だったのだが、内容の、情報としての価値を横に置くと、
登場人物が、椅子に座って、それぞれのエピソードを語るだけの構成に、
これって演劇なのだろうか?と思わざるを得なかった。

anotherworld-p.jpg

もちろん、その語られる内容は、観客にとって新鮮で今日的かもしれない。
移民二世、三世たちの、完璧な英語を話せるにも関わらず、
職業差別を受けていること、
例えば、モロッコ系なら、イギリスではお前はモロッコ人だと言われ、
モロッコでは、お前はイギリス人だと言われ、居場所がない感覚の話。
あるいは、ISISが捕虜にオレンジの服を着せるのは、
グアンタナモで囚人たちが着せられるているのを真似ているだけ、という話。
普通の人は、よく知らないかもしれないが、本や新聞を読めばわかる内容を、
ダイアローグではなく、モノローグで語っているだけと評価すべきなのか、
今、最も旬な話題を、よくぞ取り上げたと評価すべきなのか。

登場人物をグループに分けると、
母親たち、イスラム系移民の学生たち
(ただし、ISISに行った子どもたちではない)、
専門家たち(大学の教授や政治家とか)だったのだが、
母親たちの英語は、単語が簡単で、聞き取りやすく、しかも感動的であった。
つまり、専門家たちのモノローグをできるだけ減らして、
母親たちのダイアローグを主にして欲しかったなあと、私は思う。