2015年02月23日
 ■  大杉漣さんとの写真

劇場で仕事してたら、
突然、大杉漣さんが、話しかけて来たので、
「太田省吾の小町風伝が好きだ」
って、言ったら、
「一緒に写真撮らない?」っていう、展開になった。

テレビ番組のアポなし、撮影。
太田省吾について、カメラ回ってる中、話すという変な経験をしましたが、
テレビ受けする話では全くないので、使われないでしょう。
でも、縁がつながればと思い、
「グローバル・ベイビー・ファクトリー2」、
見に来て欲しいと、アピールはしときました!

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実は、あるところで太田省吾の戯曲を演出しないかという話があるのです。
そして、匂衣が韓国でやれることになったのは、
演戯団コリペの「小町風伝」の大阪公演の時で、
イ・ユンテクさんに挨拶に行ったことがきっかけでした。
太田省吾つながりで、縁がつながっている!

これが縁で芝居を見に来てもらえたら嬉しいし、
いつか、僕の作品に出演してもらえたら最高ですよね。
頑張ろう!

2015年02月12日
 ■  英語でナンパ 三軒茶屋篇

「英語でナンパ 三軒茶屋篇」

以前、「英会話教室に通いたい。」で少し書いた、英語でナンパ。
1月は、三軒茶屋へお芝居を見に行った時に、
たまたま吉野屋できれいな外国人の女性が隣りに座ったので、
つい話しかけてしまったことがあった。

その女性は、やはり英語圏の人ではなく、ロシア人だった。
なんで日本に来たの?って、尋ねると、
「日本の詩人について勉強したくて。とりわけ、松尾芭蕉。そして石川啄木」だって。
彼女はまだ若かった。それなのに、アニメや漫画じゃなくて、日本の詩に興味があるとは!

その時に、芭蕉や啄木の詩の一つでも、そう、
「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」
ぐらい、英語で、演技しながらやれば、
ぐっと日本の演劇人のユーモアをアピールできたと思うのだが。
東京オリンピックに向けた、素晴らしい文化事業になったのに!
実際は、機転が利かず、ただ牛丼を食べて、別れてしまった。残念。

ちなみに、時間を戻せるなら、俺に言えたのは、これです。
working hard, working hard, My life will not become easy,
then I gaze at my hands.

はたらけど はたらけど が訳すの難しいね。

追記(2/13)
友人の俳優が、訳してくれたものは、こんな感じ。

I work hard, and I work hard,
but still living never becomes easy- I stare at my hands.

2015年02月07日
 ■  読書日記 シェイクスピア編その2

「読書日記 シェイクスピア編その2」

今週も2本ほど、小田島雄志訳を読んでみた。
「シンベリン」と「ジュリアス・シーザー」。

「シンベリン」は、イギリス(ブリテン)のある王様の名前。
しかし、この話の中では、さほど活躍しない。

「実は、誰が誰の息子で」という出生に関するどんでん返し、
「実は、彼は変装しているが本当の姿は」という人物の入れ替わり、
そして、最後には、様々な真実が明らかになり、
ハッピーエンドというプロットは、
シェイクスピアのよくある手法ではあるけれども、面白いなあと思わされる。

しかし、登場人物の魅力は、あまりない。
唯一、クロートンという愚かな王子が出てきて、
彼は、演じ甲斐がある役だと思うのだが、
途中でとある事情でいなくなってしまう。
俺は、このクロートンが、一番好きだったのに。ああ!

好きな台詞は、嫉妬に狂ったポステュマスの、
「ありとあらゆる欠点は、いや、地獄で知られているすべての悪徳は、
 半分というより全部、女のものだ。」
奥さんに浮気されたからって、ここまで言ってしまう男って。。。

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「ジュリアス・シーザー」。もちろん、実在の人物。
しかし、この戯曲の、主人公は、
そのシーザーの暗殺者の一人、ブルータスである。
歴史劇で、実在の人物がたくさん出ているからか、
人物の造形に厚みを感じる。
序盤、シーザーは登場しないが、シーザーの噂話や、
その影響力ゆえに他の登場人物が右往左往している描写は、
とても見事だし、とても演劇的。

暗殺者たち、特に、
キャシアスのシーザー暗殺後の凡庸さの描写がいい。
つまり、大した男でないのに、
ローマを意のままにしているシーザーに嫉妬と恐怖を覚え、
彼を暗殺したキャシアス達は、
しかし、結局は、
シーザーという人間の大きさには足元にも及ばない存在
であることがよくわかる。

また、第三幕第三場、暗殺者の一人シナと同じ名前だというだけで、
怒り狂ったローマ市民に殺される詩人シナの場面が凄い。
「大衆」という存在に対する、
シェイクスピアの冷たい批評眼を明確に感じることができる。

「ジュリアス・シーザー」は名作だと思う。

2015年02月05日
 ■  読書日記 風立ちぬ

「読書日記 風立ちぬ」

ジブリのアニメ映画に影響を与えた、堀辰雄の代表作「風立ちぬ」。
他では、平田オリザの「S高原から」も、
この作品の世界観を借りて、戯曲を立ち上げたのだと思う。

読んでみるとわかるが、小説でしかできない表現が確立されている。
つまり、風が流れていくのが見えるかのような文体なのだ。
そして、その風は、
「結核を患っている恋人と過ごした時間」のメタファーになっている。
いつの間にか過ぎ去っていた、もう触れることができない時間。
その「風」が、ありありと感じられるし、読める。
特に、「序曲」の描写が美しい、と僕は思った。
宮崎駿が、これをアニメにしたいと思うのは、よくわかる。

2015年02月03日
 ■  読書日記 Ellie and the Cat

「読書日記 Ellie and the Cat」

文学座によって上演された「カラムとセフィー」の原作者である、
マロリー・ブラックマンの短編。
「カラム~」が人種問題を扱ってるハードな作風なのに対して、
こちらは明るく優しいソフトな内容。
さらに、英語初級者だった私も、なんとか読んでいけたので、
楽しく英語で児童文学を読みたい方におすすめ。

あらすじは、、、
父の仕事のために、転校を繰り返しているため、
なかなか友達ができないエリー。
いつも不機嫌で、誰に対しても無礼に振舞ってしまうんだけど、
心の底では、友達が、いや、親友が欲しくて欲しくてしょうがない。
ある時、エリーは、おばあさんの家に預けられるが、
そのおばあさんにも、すごく失礼な態度を取ったために、
魔法で飼い猫のジョリーと身体を取り替えられてしまう。
どうなる?エリー?

英語がわからないからこそ、気づけることがある。
例えば、smirkとかgrinという単語が何回か出てきたんだけど、
調べると、全て「笑う」系統の動詞で、
こと「笑う」に関しては、日本語よりも英語のほうが表現が多いことに気づく。

そもそも、英語の「笑う」は、
「声を出して笑う」laughと、
「嬉しそうな表情をする」smileの
二つの系統があることにも、今更ながら気づく。
そして、両方の系統で4つほどの「笑う」があるのだ。

仮説として、日本人はやはりイギリス人よりは笑わないのかな?
そして、イギリス人は、笑っている表情から、
より何かを読み取っているのかもしれない。

ここで、類語辞典の登場だ。日本語の類語辞典を引くと、
動詞に関しては、確かに、日本語の「笑う」は語彙が少ないのだが、
副詞(それもオノマトペ)の語彙は多い。
ヘラヘラ、ニヤニヤ、ゲラゲラ、ニコニコ等々。
つまり、日本人のほうが笑わなかったり、笑いの表現が乏しいとは、
単純には言えないな、と。

次の仮説。日本語は動詞よりも、
副詞で表現のヴァリエーションをつけている?
これは、またいつか、考えよう。

2015年02月02日
 ■  読書日記 シェイクスピア編その1

「読書日記 シェイクスピア編その1」

もはや若手ではない。そう感じ始めた私は、
最近、シェイクスピアを全作品読んでいないことに、
コンプレックスを持ち始めた。

そして、今週、2本ほど、小田島雄志訳を読んでみた。
「テンペスト」と「尺には尺を」。
これが、意外というと、演劇人の先輩たちに怒られそうなんだけど、
おもしろかった。
特に、「尺には尺を」が、現代に通じる部分がかなりあって、
やはり、古典に対する教養って大事だなあと、
本当につまらない感想を持った。ああ、恥ずかしい!

「尺には尺を」。
全編を通してではないんだけど、魅力的な登場人物が出てくる。
支配者アンジェロが特に、魅力的だった。
19年間、行使されていなかった、婚外交渉は死刑という法律を、
公爵代理(統治権力者)になってすぐに復活させた、堅物男。
そのアンジェロが、兄の助命を嘆願しにきた修道尼に恋をする。

このプロットの中からは、
・悪法は法、足りえるのか?
・信仰と世俗はどう折り合いをつけるべきなのか?
など、様々な今日的な主題を拾い上げることができるし、
何より、今や、恋をした独裁者となったアンジェロの傍白は、
滑稽かつ人間味があって、すごく好きだった。
後半、単純な悪者になってしまうのが、もったいない。

修道尼のイザベラも演じ甲斐のある役だ。
清らかでありながら、かつ、キリスト教の説教のような台詞を語りながら、
結果的に、権力者が抱きたいと思う、
そのフェロモンをどのように醸し出すのか?
有名女優なら、誰がふさわしいだろうか?

「テンペスト」は、世界観がおもしろいし、妖精をどのように演出するのか?
奇形の奴隷、キャリバンをどのように造形するのか?
というおもしろみはあるんだが、
人物の複雑性とか、戯曲の今日性は、あまりないように私には思えた。
でも、別の翻訳者の訳で読み直してみたら、
また違った感想を持つかもしれない。

うーん、シェイクスピアを今更知る、34歳の冬である。