2012年04月27日
 ■  読書日記2012年4月 その6

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「ドレッサー」
ロナルド・ハーウッド著
原題「The Dresser」by Ronald Harwood

1980年初演。僕が生まれた年だ。

ドレッサーは、衣裳スタッフのことかと思ったら、
どちらかというと、付き人というニュアンスみたい。
バックステージもので、
あるシェイクスピア劇団の地方巡業公演で、
座長が、体力的にも精神的もダメになってしまっている、、、
しかし、今は本番60分前で、、、
ドレッサーのノーマンが、
ボロボロの座長を舞台に上げようと、
必死になって手を尽くす、という筋だ。

簡単に言うと、舞台人(演劇人)の業がテーマだ。
訳者あとがきで気づいたのだが、
精神的におかしくなった座長が見ている幻の中の、
「奴」は、シェイクスピアのことなのね。

シェイクスピアの栄光に身を粉にして仕える、
シェイクスピア劇団の座長(劇中でリア王を演じる)。
その座長に、身を粉々にして仕える付き人のノーマン。
そして、舞台というものは、
どれだけ精一杯やっても、
他人(観客)の記憶の中にしか残らないもの。
そういう構造の構築が巧い。

2012年04月26日
 ■  読書日記2012年4月 その5

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「萩家の三姉妹」
永井愛・著

2000年初演。読売文学賞受賞作品。
読むのは二度目である。

永井愛の作品は、結構、読んでるが、
その中ではあまり好みではない作品。
ただ、キャラクターが、しっかり書き分けられてるし、
バックグラウンドが過不足なく見えてくるし、
何より、台詞に作者の思想が滲み出てる。

その思想は、長台詞でダーッと説明されるのではなく、
短い会話の応酬の中で、台詞に刻み込まれているのだ。
これを、巧いとは言わずして、何と言う?

脇役だが、文絵というキャラクターがいい。
意外と、主人公の鷹子が魅力がないかなあ。

2012年04月23日
 ■  読書日記2012年4月 その4

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「調理場」
アーノルド・ウェスカー著
原題「Kitchen」by Arnold Wesker

その名のとおり、レストランの調理場を舞台にした群像劇。
1957年に書かれ、1959年に初演。
「Dinner Rush」というアメリカ映画(2000年)があったけど、
ああいう調理場という名の戦場の雰囲気が漂う戯曲。

ただ、映画には、食べる喜び、作る喜びがあるが、
この戯曲にはそれはない。
「食物の質はできあがるスピードに比べれば重要ではない」
レストランが物語の舞台だからだ。
人間をその生産能力でしか評価しなくなった効率主義に、
敗れていく、調理人たちがいるだけだ。

日本の戯曲にあまりない特徴としては、
台詞に、英語だけでなく、
ドイツ語やフランス語が混じっているところ。
調理場というのは、外国人が集まりやすい職場だ。
僕がバイトしていた居酒屋の調理場も、
韓国人や中国人がたくさん働いていた。
そして、突然いなくなったりした。

日本の戯曲も、
もっと外国語が混じるようなものが生まれてこないと、
今の日本を反映したものにはならないんじゃないだろうか。

2012年04月22日
 ■  読書日記2012年4月 その3

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「毛皮のマリー」
寺山修司・著

寺山自身が語っているとおり、
「祝祭的人間」ばかりを集めたカーニバル演劇。

「誰でも5分間ずつなら世界的有名人になれる」
素人ばかりの「変態者の群」が、
新劇の啓蒙的近代主義へのアンチ・テーゼの役割を果たした、
らしい。
男性器の肉の魚拓?を取ったり、もおもしろい。

毛皮のマリーは、寺山の母親のハツがモデル、
(そうとしか読めない。)
その母親の支配から、息子(美少年)=寺山が、
逃亡を企てるという筋だが、
ゲイ達のダンス他、たくさんのイメージシーンがあり、
物語を語ることには重点が置かれていない。

とはいえ、
やはり母息子関係のところが一番おもしろい。

2012年04月20日
 ■  読書日記2012年4月 その2

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「花咲くチェリー」
ロバート・ボルト著
原題「The Flowering Cherry」by Robert Bolt

映画「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」の
脚本家ロバート・ボルトが1957年に書いた作品。二幕物。
そして、今にも通じる古典的傑作だと思う。
興味を持ったのは、この作品が、
ボルトの保険会社に勤めていた体験から書かれたものだったから。
僕の父も、保険会社に勤めていたのだ。

主人公は、勤めている保険会社を辞めて、リンゴ園を経営し、
残りの人生を過ごす夢を持っている、イギリスの普通の父親だ。
その夢の顛末が、家族関係の中で、段々と見えてくる。
特に、夫婦がセックスレスだと暗に示すことで、
妻と夫の関係性をうっすら浮かび上がらせるところはうまい。

登場人物は7人。このキャラクターの設定が素晴らしい。
キャラの性格と、物語上の役の機能が、過不足なく描かれている。
強いて言えば、キャロルという娘の女友達が、
もっと過剰に描かれてもよかったか。
この役の役割は、ウィリアムズの「ガラスの動物園」における、
ジム・オコナーだが、
ジムの平凡であるがゆえの残酷さほど、印象的ではなかった。

リンゴ園とガラスの動物園。
やっぱり、モチーフとしては、
ガラスの動物園のほうがロマンチックだ。
そういう意味で、本当の名作となるには、
ロマンチックさももっと必要なのかもしれない。
とはいえ、素晴らしい作品には違いない。

知らないけど、凄い作品っていっぱいある。
もっともっと読んで、もっともっといい作品を書きたい。

2012年04月17日
 ■  読書日記2012年4月 その1

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「小町風伝」
太田省吾・著
李潤澤氏が演出した本番を見ているから、内容はわかってるのだが、
戯曲だけ読んでもその魅力はわからない。
多分、俺の戯曲の読み込みが甘いんだろうなあ。
たとえば

「風かしら、、、誰、、、なに、、、
 ガラス戸だわ、ガラス戸がすべってくる」

という台詞があるが、これがどんな情景なのか、
イメージして読むと、見えてくる世界が全然違う。
結局、戯曲は文字だけで読んでしまってはダメなんだけど、
イメージで読むというのは、そんなに簡単ではない。

「沸いた、沸いたね、煮えたった鏡。
 からまってこんぐらがって干からびた、
 あたしというラーメンをほぐしておくれ」

は、好きな台詞。
しかし、この台詞だって、自分ならどう演出するんだろう?
って迷ってしまう。
詩的で素晴らしい台詞がたくさんな分、
演出するのは難しい!