2012年02月29日
 ■  密陽日記 2/29

2月29日(水) 晴れ

9:00~10:00 李潤澤先生の講義(なんと今日は屋外で)
気持ちいいくらい天気がよい。東京は大雪だとか。

10:00~12:00 ミヒャンさんと個人レッスン
丹田から、声を出す感覚をやっと掴めた。

14:00~18:00、19:00~23:00 匂衣稽古

2012年02月26日
 ■  密陽日記 2/26

2月26日(日)

14:00~18:00、19:00~24:30 匂衣稽古
朝はのんびり、自分たち部屋の掃除をみんなでやる。
夜は、ミヒャンさんが2場を今日中にやっておきたいということで、
いつもより遅くまで稽古。

一昨日、犬になりたいと言っていたからか、
なってしまった、、、犬に。
こんなことしてますが、緊迫した稽古場です。

dog04.jpg
化粧をしながら悪戯されるシーンがあります。

2012年02月25日
 ■  密陽日記 2/25

2月25日(土) 曇り

6:30に起きて、1時間、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00 匂衣稽古
19:30から「ビョンドゥリ劇場」をもう一度見る。

2012年02月24日
 ■  密陽日記 2/24

2月24日(金) 曇り

7:00に起きて、30分、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00、19:00~22:00 匂衣稽古

今日の稽古はつらかった。自分の稽古もつらかったし、
他のメンバーの稽古を見てるのもつらかった。
「感情を出せないなら、演技をやめて!俳優をやめて!」
「いい演技をしたいという欲張りな気持ちを捨てて!」
「息を出さないのは、心を伝えないということなんだからね!」
「息が止まっているのは、役者じゃなくて患者!病気よ!死体よ!」
「本当の自分の気持ちで話して!」
「夢中になれることが大事。夢中になれる力が集中力!」
「あなたのせいで、この作品が崩れたらどうするの?」

こんな日は、犬になりたい。

dog03.jpg
演劇村では、たくさん犬を飼っています。

2012年02月23日
 ■  密陽日記 2/23

2月23日(木) 曇り

6:30に起きて、1時間、新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00、19:30~22:00 匂衣稽古

dog01.jpg
犬の演技をみんなでやってみる

いよいよ、犬のシーンの稽古。
最初の1時間は、李スンホンさんが来てくれて、
犬の動きの演技について、指導してくれたり、
具体的なアイディアを出してくれた。

そしてボソッと「台本おもしろいね(韓国語)」と言った気が。

dog02.jpg
犬の演技指導をするスンホンさん

ヨンジュが目が見えない少女の前で、犬の振りをするシーンを、
僕も今回の稽古場では、初めてちゃんと見たが、
とてもおもしろくなりそうだった。
カラダに国境はない。身体性が全面に出てるホンだからこそ、
言葉が通じなくても、きっと届くさ。

2012年02月22日
 ■  密陽日記 2/22

2月22日(水) 晴れ

6:30に起きて、1時間だけ新作を書く。
9:00~11:30 講義と身体訓練
昼ご飯を食べ過ぎて、30分昼寝する。早起きした意味がオプソ(無い)
14:00~18:00、19:30~22:00 匂衣稽古

kunugi01.jpg
功刀さん(左)と日下さん(右)

今日は、功刀達哉さんと正太郎の、
万丈(化粧品のセールスマン)のシーンを特に念入りに稽古した。
ミヒャンさんの「動作は踊りだと思え!台詞は歌だと思え!」の罵声が飛ぶ。

2012年02月21日
 ■  密陽日記 2/21

2月21日(火) 曇りのち雪

9:00~11:30 講義と身体訓練
14:00~18:00 通常なら、匂衣の稽古だが、
このままでは、鈴木アツトの演技は李潤澤先生に見せられないということで、
俺だけ別室で、ミヒャンさんによる、発声・感情の個人演技指導。
できないので、何度も怒られ、髪を引っ張られながらの4時間。う、死んだ。

lesson02-p.jpg
普段は優しいミヒャンさんが稽古では、、、

19:45~22:30 匂衣稽古
稽古を見ながら、大幅に変更があったシーンを書き直し。

23:30~25:00 新作の執筆
早く新作を書き上げないと、自分の演技に集中できない(泣)

2012年02月20日
 ■  密陽日記 2/20

2月20日(月) 晴れ

演劇村でのご飯はおかわり自由。
ただし、時間が決まっているので、
その時間を逃すと食べられなくなってしまう。
専任の給食のおばさん(みたいな人)が作ってくれるので、
とても美味しい。

food02.jpg
食べまくる俺と正太郎

9:00~10:30 李潤澤先生の講義
10:30~11:30 李スンホンさんの身体訓練
14:00~18:00、19:30~23:30 匂衣稽古
夜の匂衣の稽古は、ミヒャンさんによる発声指導。

死ぬほど疲れて、24:00で寝てしまう。

2012年02月19日
 ■  密陽日記 2/19

2月19日(日) 晴れ

日曜日なので、朝の掃除も講義も身体訓練もなし。
10:00~11:00に匂衣の稽古を1時間だけやって、
釜山のガマゴル小劇場へ、電車で出発!

train.jpg
密陽から乗った電車の中で

見に行ったのは、
「ロミオが愛したジュリエットの女中」というコリペのミュージカル。

帰りに食べた、水ミル麺(ムルミルミョン)が美味しかった。

food01.jpg
水ミル麺を食べるみんな

2012年02月18日
 ■  密陽日記 2/18

2月18日(土) 晴れ

今朝は、身体訓練はなく、
李潤澤先生の講義だけ9:00~10:30

13:30~18:00 匂衣稽古

theater01-p.jpg
「ビョンドゥリ劇場」終演後に、出演していたミヒャンさんと

夕食の後、「週末劇場」という名前の企画で、
ここ密陽演劇村でやっている、
カール・ヴァレンタインの「ビョンドゥリ劇場」を見る。
(ビョンドゥリは、場末とか町はずれ、といった意味)
李スンホンさんのマイム調の演技が素晴らしかった。
全体的にもヴォードヴィルのスタイルで、言葉がわからなくても楽しめた。
コリペ版匂衣でも、この身体性が取り入れられたらと思う。

Memo
指揮者の彼が最後に殺されて復活する、
演劇的イメージには圧倒された。
トランポリンみたいな道具も、
そのラストのイメージのために使われてるとわかり、
勉強になった。

2012年02月17日
 ■  密陽日記 2/17

2月17日(金) 晴れ

今日から日本人チームも
朝の仕事(共有スペースの掃除など)をすることになった。
7:30に集合して、30分だけだから楽チンだ。

han01-p.jpg
河龍夫先生と日本チーム

いつもどおり、14:00~匂衣稽古。
コリペ版「匂衣」は、荒川貴代さんが演出。
だから、僕は、劇作家兼俳優として稽古場にいる。
僕の最初の登場シーンは4分ほどだと思うけど、
4分間、役のままでいるのには、大変な集中力が必要だ。
俳優のみんなは、こんなことをやっていたのね。

朝の身体訓練で学んでいる、
「肛門から呼吸を入れ、お腹で息を認識し、胸を開く」。
役の演技をしながら、これだけはやれるように意識する。意識し続ける。
俳優をやらなければいけないのは苦痛だが、
今、僕自身が自分の外側と出会うためには必要なことなのだ。

稽古後、マッコリ飲み会。
ペ・ミヒャンさんの恋の話を聞くが、それはまた別の機会に。

2012年02月16日
 ■  密陽日記 2/16

2月16日(木) 曇り

密陽(ミリャン)演劇村は、
釜山(プサン)から車で40分ほど行ったところにある。
廃校になった小学校を、密陽市から譲り受けた演戯団コリペは、
そこを演劇創作の拠点に改造した。たしか2000年頃の話。

その密陽演劇村で、今、僕らは、共同生活をしながら、
ワークショップに参加している。
劇場、稽古場、衣装部屋、小道具部屋、録音室、宿泊所などなど、
演劇を作るための全てがここには揃っている。

lesson01-p.jpg
毎朝の身体訓練の稽古場 左の女性がぺ・ミヒャンさん

7:30起床。
9:00~10:00 李潤澤先生の講義。
10:00~11:30 李スンホンさんの身体訓練(舞踊の回転ステップ)
食事休憩を挟み、
14:00~18:00 匂衣稽古 食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

稽古の始めに、初演の印象版「匂衣」のDVDをみんなで見る。
それを見たペ・ミヒャンさんの評価は厳しいものだった。
ミヒャン「ただ物語を伝えるだけなら、演劇じゃなくていい。
 これはエナジーが見えない。テレビ的だ」

ただ、ミヒャンさんは、
この「匂衣」という戯曲をとても気に入ってくれていて、
韓国語に翻訳をしてくれたのも彼女だし、
恐らく李潤澤先生に薦めてくれたのも彼女だ。

ミヒャン「演戯団コリペは特別な演劇をやっている。
 ここでしか見られない演劇を観客は見に来る。
 みんなはそれを学びに来たんだから、そういう風に作ればいい」

コリペ版「匂衣」はどんな姿になるのだろうか?

 ■  密陽日記 2/15

2月15日(水) 曇りのち晴れ

tatsuta01-p.jpg
匂衣、龍田さんのペク・ヨンジュ役

7:30起床。
9:00~10:00 李潤澤先生の声の講義。
10:00~11:30 河龍夫の舞踊のレッスン
11:45~12:30 歌唱レッスン(韓国語がわからないから途中退室)
14:00~18:00 匂衣稽古 食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

「匂衣」の稽古は、
李潤澤先生が、次の土曜日か日曜日に稽古を見ることになり、
本読みとか言ってられず、すぐに立ってやっていくことになる。

日本の僕の友人たちにはコメディーとしてしか見えないだろうけど、
僕が俳優をやっている。しかも、龍田さんと恋人同士のシーンだ。
笑えるぞ、これは!唯一救いなのは、
自分が書いたホンだから、台詞はすぐ覚えられそうな感触。

稽古は、頭から順繰りにやっていく。
言葉の通じない韓国人たちに見せる時に、
どう視覚的に立ち上げていくべきかなど話し合いながら。
稽古の後もマッコリを飲み飲み、ミーティング。25時頃就寝。

2012年02月14日
 ■  密陽日記 2/14

2月14日(火) 雨のち晴れ

7:15起床。シャワーと食事の時間以外は新作を書いて、
9:00からワークショップ一日目。

9:00~10:00 李潤澤先生の息の講義。
10:00~11:45 李スンホンさんの身体訓練(今日は呼吸を中心にやった)。
11:45~13:00 歌唱レッスン・理論編
14:00~18:00 匂衣稽古
食事休憩を挟み、
19:30~22:00 匂衣稽古

テレビもないし、今回、本も持って行ってないから、
演劇しかやることがない。
だから、空き時間は新作を書いてる。

今日、匂衣の台本の解釈について、
全員で話し合って、いろいろ問題が出てきた。

ミヒャンさんは、作家を大事にしてくれていて、
今日、出てきた問題については、
作家がどうやりたいか決めるべきだと言われた。
今夜、匂衣を読み直して、どうするかを決める。

どこに行っても、求められるのは、自分の選択と決断だ。

2012年02月13日
 ■  密陽日記 2/13

2月13日(月) 

いつもながら、準備に時間がかかり、出発が遅れる。
15:40新宿発の成田エクスプレスに駅員さんと喧嘩になりながら、
なんとか飛び乗り、成田空港へ。
18:20成田出発。20:50釜山到着。快適な空の旅。荷物もすぐに出てくる。
コリペの劇団員が空港に迎えに来てくれて、密陽演劇村へ向かう。

23:00頃、演劇村に到着。
李潤澤先生が我々を出迎えてくれる。
着いて早々、匂衣のキャスティングの話になる。
キャスティングは李潤澤さんの意向で決まる。
ダブルキャストになるようだ。ミヒャンさんと日下さんは母親役。
正太郎と功刀さんが、万丈役。
俺はなんと恋人=光一郎役をやることに。
龍田さんは、片方ではペク役、もう片方では彩香役の、2役。
あと一人、大阪から在日の方が加わるらしい。
らしい、というところが怖い。どうなることやら。

遅い夕食を食べて、
26:00まで新作を書いて、就寝。

2012年02月05日
 ■  李潤澤版「小町風伝」の会場にて

昨日、大阪で、
太田省吾の「小町風伝」を上演中の李潤澤(イ・ユンテク)先生に、
挨拶に行ってきた。
その席で僕は初めて、先生から、いい作品を書く若手作家として扱われた。
とても嬉しかった。いや、こんなに嬉しいことはないくらい嬉しい。

というのは、ユンテク先生とは、何度もお会いしてるが、
こんな風に僕を見てくれたことは今までなかったのだ。

2009年にソウルに初めて行った時、2010年の新宿でのワークショップ、
2011年のミリャン演劇祭、そして、2011年のタイニイアリスでの公演。
どこで会っても初めてあったかのような感じだったし、
全く作り手として認識されていない感じだった。
はっきり言って、会う度にしょんぼりしたものだ。

しかし、2011年のミリャン演劇祭に行った時、
先生に直接渡す勇気がなかったから、僕は、ある若いスタッフに、
僕が書いた「匂衣(におい)」の日本語台本を渡した。
それを、劇団の幹部の人が読んでとても気に入ってくれて、
僕が知らないところで韓国語に訳され、
ほんの最近、先生も読んでくださったらしい。
そして、どうやら面白いと思ってくださったようなのだ。

「太田省吾のような文学性の高い作品ではないが、
演劇的で遊び性にあふれている。」
そんな風に言ってくださった。

想像してほしい。
自分が一流だと思ってる演劇人に、
しかも今まで全く相手にされてなかった人に、
作家として褒められたんだぜ?
嬉しくないはずがない。

「匂衣」は、2/13から3/17まで韓国でやる演戯団コリペのワークショップの、
日本人参加者向けの、課題戯曲に選ばれていた。
それだけが理由ではないが、僕もそのワークショップに参加することにした。
うまくいけば、韓国で公演ができるかもしれない
(演出は僕じゃなくて別の人が担当する)が、それはまだわからない。

というわけで、来週から韓国に行ってきます。

(ワークショップに参加するのを決めたのは、
課題戯曲が「匂衣」だと知る前だった。
だから、ある日本人作家の作品と聞いていたものが、
自分の書いたものだと知った時は、かなり驚いた。)