2011年10月31日
 ■  10/31 西宮紀子さんの舞台美術

小屋入り初日。
西宮紀子さんの舞台美術が少しずつできあがっていく。
今回の美術プランは、結構勝負していると思う。
見た人の心にいろんなものが浮かべばいいなあ。

2011年10月30日
 ■  10/30 明日から小屋入り

この一週間は日記を書く余裕がなかった。
でも今日が稽古最終日。満足いく完成度。
安心して初日を迎えられる。
明日から小屋入りで、初日は11/3の19時から!
是非見に来てください!

2011年10月23日
 ■  10/23 議論ギロンぎろん

12:00~22:00の稽古。最後には、
1場から5場までざっくりと通す。
稽古後、みんなでサイゼリヤでご飯を食べながら、
議論ギロンぎろん。

2011年10月22日
 ■  10/22 日本人なら着物でしょ?

今日から毎日12時~22時の稽古。
舞台監督の川田君が見に来る。
まつながさんが着物の衣装を集めてきてくれて試着。

昔、黒テントの佐藤信さんが
「衣装合わせの日に、稽古がうまくいってるか、いってないかわかる。
うまくいってないと、役者は衣装への文句という形で稽古への不満を出す」
って言っていた。

妻月の稽古はというと、みんな、着物を着て、
テンションが上がってたから、順調なのだと思う。
やはり、女性の着物はいい。
龍田さんの着物姿は美しいし、ソヌはおもしろい?
ただし、みんな一人では着られないのは問題だと思う。
特に日本人女優の龍田さん!

2011年10月21日
 ■  10/21 ずぶ濡れになり

今日も妻月の稽古は休み。
せんがわ劇場で9日目の勤務で、公演前では最後だ。
と思ったら夜は雨。ずぶ濡れになり走って帰る。

2011年10月20日
 ■  10/20 龍田さんの涙

台本のラストシーンを書き上げる。
遅くても10/3には上げる予定だったのに、
こんなにずれ込んでしまって恥ずかしい。
龍田さんが「(いつもより早く上がって)涙が出そう」って
冗談を言っていたが、今まで彼女にかけた迷惑を考えると、
冗談と受け取ってはいけない気がする。

舞台美術プランも、10/18に練り直してほしいとお願いして、
2日後なのにもう次のプランを持ってきてくれた。
文句のない出来で、作業に入ってもらうことに。

今日が公演初日の2週間前。劇作から演出へスイッチを切り替える。

2011年10月19日
 ■  10/19 「場」を作るために

今日は妻月の稽古は休み。で、せんがわ劇場で8日目の勤務。
杉並区の自宅から、調布市の劇場まで自転車で行くこともできる。
自転車で高円寺に行ったり、
吉祥寺に行ったりの横の移動はよくするのだが、
杉並区を南へまっすぐ縦に下りていくのは新鮮で
(電車の移動ではできない)、これまた新しい発見がある。

車の往来が少ない通学路を抜けていくのは、
天気が良い日はとても気持ちいい。
途中ですれ違う小学生、中学生、高校生。
それは懐かしき自分のかつての姿だ。
まるで過去へのトンネルを進んでいく感じなのである。

僕が今やっている劇場の仕事は、主に、事務作業が多い。
物を作るというよりは、施設を管理する仕事という側面も大きい。
劇場の職員・スタッフと顔馴染みになれても、
劇場を利用するお客さんと(作り手とも観客とも)
顔馴染みになるのは、結構難しい、ということが段々わかってきた。

でも、人が集まる「場」には、
「顔」を覚える・覚えてもらうって絶対必要だから、
それこそがそこにしかない「場」を作っていくということだから、
力を抜きながら頑張らなきゃ。

2011年10月18日
 ■  10/18 あかちゃんと一緒

せんがわ劇場勤務7日目。
今日は、自主事業の
「育児ぱぱ&ままに贈るあかちゃんと一緒のコンサート」
というのがあって、これが結構、感動的だった。
月齢の赤ちゃんと一緒に行けるコンサートは、
なかなかないと思うんだけど、
これは、演奏中に泣き出してもオーケーという企画で、しかも無料。
あっという間に予約が埋まったらしい。

劇場はベビーカーとママ、
そしてまだ歩けない小さい人たちで溢れていた。
開演までは、ギャーギャーうるさかった赤ちゃんたち。
でもフルートの音色が劇場を包み始めると、
それまでが嘘みたいにあたりが静まりかえっていく。

みんな真剣に、
生まれてはじめてのコンサートに耳をすまし始めたのだ。
音楽は赤ちゃんもあっという間に芸術の世界に引き込んでいった。
君たちが演劇と出会うのはもう少し後だね。
それは、ちょっとだけ悔しい。

妻月稽古。ラストが少しだけ見えてくる。
稽古後、美術打ち合わせ。

2011年10月17日
 ■  10/17 和田さんが今日から参加

ポップンに出演していた和田さんが今日から参加。
和田さんは、日本語の台詞を喋るソヌを見るのは、初めてだ。
顔合わせの時の読み合わせでは、
一言も妻月の台詞を喋れなかった韓国人が、
今、自在に日本語の言葉を操ってるのには、さぞ驚きだろう。
ソヌの演技に笑う和田さんの笑顔がいい!

2011年10月16日
 ■  10/16 プロデューサーと険悪に

小屋入りまであと二週間。
俳優とは問題なくコミュニケーションできているんだけど、
プロデューサーと険悪になる。

宣伝や制作のことなど、
自分の作・演の仕事を棚に上げて文句を言うから、
言われる方はたまらないだろう。
わかっているけどやってしまう。反省。

それに小劇場演劇は、
ここまでがあんたの仕事、こっからが俺の仕事という区分けはない。
みんなで全部やる。それが短所でもあるし長所でもある。
自分のことだけ考えていてはいけない。

2011年10月15日
 ■  10/15 リスト物語をモニターでチラ見

今日は、朝から、妙にイライラしてしまった。反省。

早起きして、原稿をちょっとだけ書く。午後は、せんがわ劇場で勤務。
リスト物語を、モニターでチラ見しながら仕事。
明日が本番で僕は見に行けないが、かなり面白そうだった。

2011年10月14日
 ■  10/14 自分自身が絶対面白いと思う作品

秀娟(スヨン)を羽田空港まで送り、
その後、ソヌを連れてタイニイアリスへ。
ソヌにタイニイアリスを見てもらう。ついでに、
紀伊国屋ホールや本多劇場などに置きチラシを渡しに行く。
時間がなくて数軒しか回れなかったが、
今回は自信作なんですと言って渡すと、いつもと反応が違う。

やはり、本当に自分自身が絶対面白いと思う作品であれば、
人は動いていくのかもしれない。

2011年10月13日
 ■  10/13 失敗の後から

せんがわ劇場勤務5日目。
なんとなく、家から劇場までの道を覚えたし、
一日の仕事の流れも頭に入ってきた。
人間は同じことを5回繰り返すと、
大体覚えることができるのだろうか?
稽古でも同じシーンを五回返せば、それなりに流れるのかな?

妻月稽古。秀娟(スヨン)が見ている中で、まず5場を練習する。
俳優に効果音を演技をしながら作ってもらう演出をしたが、これは失敗。
全く、このシーンの感情が見えなくなってしまった。
続けて、感情を最優先で、
ポイントで動きをつけていったらすごく良くなった。
一度に全部やらせようとするのは、俺の悪い癖だ。

次に4場。歌が続くところが、こちらも感情がうまく流れず、
稽古を止めて議論する。
形ができるところまではいかなかったが、シーンが深まった。
今日はいい稽古だった。

2011年10月12日
 ■  10/12 古事記の神様の話を韓国で

前の日に深夜の3時まで打ち合わせしながら飲んで、
翌日にほぼ同じメンバーで、つまり、李秀娟氏、金世一氏、ベク・ソヌと
お昼から3時間打ち合わせ。
なんとなく来年の韓国での交流スケジュールがなんとなく見えてきた。

ソヌから、「匂衣」「空白」は戯曲で持って行く方がいいんじゃないか、
公演としては「霞葬」を作り直して持っていくのが
いいんじゃないかという意見をもらう。
たしかに、「霞葬」は言葉ではなく、身体的な表現に重きを置いた作品だ。
しかし、日本の古事記の神様の話を韓国で上演して大丈夫なのか?
と僕はちょっと不安に思ってしまった。

妻月稽古。今日は人数も少ないし、いろいろ話し合いをしながら進める。

2011年10月11日
 ■  10/11 お昼ごはんはmariへ

せんがわ劇場勤務4日目。
せんがわ劇場で働いている時には、チェーンのお店ではなく、
できるだけ地元のお店に昼ご飯を食べに行くことに決めた。
単に、地元にお金を落としたいというだけではなく、そのことによって、
町の雰囲気を掴めたり、何かしら見えてくることがあるはずだ。

今日は、友達と同じ名前のmariという洋食屋にいった。
狭くて、お客さんも他に1人しかいなかったけど、
結構美味しかったし、居心地が良いお店だった。
おかみさんが、常連らしきお客と、
阿部寛主演でリメイクされた「幸福の黄色いハンカチ」について
話していたのが、印象的だった。

妻月の稽古。美術の西宮さんが来たので、できているところまでを通す。
やはり、今回は手応えが違う。
圧倒的に今までとは何が違う勢いがある。
役者も匂衣のメンバーが中心で、呼吸の合い方が凄い。
皆さん、是非、見に来てください。

稽古後に、李秀娟氏、金世一氏も交えて、
来年の韓国での活動について打ち合わせる。
しかし、こちらは暗中模索といった感じだ。

2011年10月10日
 ■  10/10 冷蔵庫に出たり入ったり

休日だが稽古は短め。4場を中心にやる。
龍田さんが再登場してくるシーンで、
思ったより彼女の姿が美しく立ち上がってくるのが良い。
普段は、少年ぽい感じの女優だが、
今回は舞台ならではの、彼女ならではの、
女の色気というものを僕は演出したいと思っているのだ。

稽古後、ソヌに2010年版の「空白(そらしろ)」を見せる。
とても楽しんで見ていて、「これを韓国でやるのもいいんじゃないか」と。
「ベタなコメディーではないか?」と僕が返すと、
「冷蔵庫に出たり入ったりするこの感じは、
韓国では見たことがない。とても日本的だ」と言う。

「空白」が日本的だと、韓国人は感じるのか。とても意外だ。

2011年10月09日
 ■  10/9 浮雲

昼夜稽古。シーンとシーンのブリッジの形がなんとなく見えてくる。
それから、龍田知美への成瀬巳喜男の「浮雲」ぽくっていうダメ出し。
こんな抽象的な言い方でも、彼女の立ち居振る舞いが変わってくるから、
龍田さんはすごい。稽古後、「匂衣」のメンバーが残って台本について議論。

その後、「浮雲」を途中からちょっとだけ見る。
久し振りに見たけど、素晴らしい映画だ。
表情、視線の演技など、台詞じゃないところで関係性を伝えていくから、
外国人が字幕なしで見てもきっと面白いんじゃないかと思う。
高峰秀子もいいんだけど、岡田茉莉子が抜群に美しい。

2011年10月08日
 ■  10/8 内容と形式

せんがわ劇場勤務3日目。
始業時間の10分前に着いて、自分で劇場の鍵を開けたら、
セコムの警報が鳴り出す!
慌てるが、解除のやり方を覚えてないので、
ひたすら「侵入者!侵入者!」の赤いランプの点滅を眺めているしかない。
すぐに他の職員の方が出勤してきたので事なきは得たが。

とにかく朝のこの一件は恥ずかしかった。
お昼は、たまごプリンのメンバーとご飯を食べに行く。
偶然、稽古で来てたのだ。
鈴木拓朗君と恋愛について熱く語り合っていたので、
おすすめの豆乳ラーメンの味をほとんど覚えていない。
恋愛トークは新鮮。今の僕の周りは結婚の話が多いから。

妻月の稽古。頭の中でひたすら、内容と形式と百回ぐらい唱える。
台詞を削ったり、役の解釈を説明する作業は内容にあたる。
これは作家的な仕事。ただ、作家の頭だけでは、演劇は立体化されない。
演出家の頭で、「絵」や「リズム」を提示する。これが形式。

今回、「内容」にはとても自信がある。
後は、どれだけ演出の仕事(「形式」や「立体化」「絵」「リズム」)
をできるか、それが勝負だと思っている。
新作でそれがしっかりとできれば、
一段レベルの違う作品がお見せできるはずなのだ。

2011年10月07日
 ■  10/7 生まれながらにして愚かだから

午前中はモズ企画の打ち合わせ。僕から、一つ提案する。
モズ企画の俳優全員が出演できる企画で、
このバラバラなキャリア、個人と個人がぶつかり合い、
一枚岩ではない集団の、その関係性をそのまま演劇にしてしまう企画。
とりあえず、11/15以降にもう一度、全員で集まることに。

午後はソヌといろいろと打ち合わせ。
資料の写真について話していた時、日本では白黒写真、韓国では黒白写真、
順番が違うらしい(英語ではBlack & Whiteだ)ということがわかった。
ソヌと従軍慰安婦についても初めて話した。
韓国の人とこの話をするのは初めてだった。

従軍慰安婦についてのソヌの認識は、極めてキリスト教徒的なものだった。
人間は生まれながらにして愚かだから、ある種の状況では悪いこともする。
韓国も立場が違えば同じことをしていたかも、
と看守と囚人実験の話を例に言ってきた。
ソヌは芝居で慰安婦役をやったことがあるらしい。
その時に、日本の特攻隊の話を初めて知ったとも言っていた。

夜の稽古は、とてもうまくいった。
台本で悩んでいたシーンの、事件が起こる順番を
A→B→Cから、C→B→Aに変えて、即興で、しかも台詞なしのシーンとして
やってもらったら、とても美しいシーンになった。

そして、今、ソヌは泣いている(笑)。
日本に来る前に返しておかなきゃいけなかった舞台の小道具を、
返すの忘れていたことに、さっき気づいたらしい。
電話かメールで劇団の人に怒られたのかな?

2011年10月06日
 ■  10/6 片想いの町、仙川

せんがわ劇場勤務2日目。
前日は、民間劇場についていろいろ考えたが、
この日は公共劇場について考える。
とは言いつつ、仙川の町に行くと、
高校時代の失恋の記憶が思い出されるのだ。
恋愛にもならなかった片想いというか。
僕は高校時代に桐朋学園の音楽科のある女の子が好きだった。
だから仙川=桐朋学園だし、音楽の町だし、憧れの地なんだ。
どうでもいいか、それは。

小さな劇場は、小さいからこそ、僕らの劇場だと思ってもらいやすいはず。
どうやって、できるだけ多くの人に、僕らの劇場だと思ってもらい且つ、
レベルの高い作品を生み出していくか。そこが大事。

2011年10月05日
 ■  10/5 人間を中心とした劇場の在り方

「タイニイアリス30周年に向けて」の会議をした。
民間団体が運営する劇場の在り方を考えてみる。
タイニイアリスの80年代の興隆、90年代はやや盛り上がりがあったが、
00年代は完全にその価値が下がってしまっている、
その理由をこのイベントをとおして学ぶ。

議論の中でも、
「人間を中心とした劇場の在り方」に、僕も関心がある。
人が集まり物を作るところが劇場なのだ。
ではどのようにしてそういうシステムを構築するのか?
タイニイアリスを分析する上で、アゴラとの比較は欠かせない視点だと思う。
また、公共と民間の棲み分けはどうするのか?などなど。

タイニイアリスの30年間の活動の浮沈は、
小劇場の劇団システムと相似関係が見出せる。
特に95年頃の3丁目から2丁目への移転が象徴的だ。
経済問題的にはバブルの崩壊、
創作現場的には劇団制からユニット・プロデューサーシステムへの移行が、
演劇界でこの時期に起きているのだ。

2011年10月04日
 ■  10/4 ゴキブリとパッキボッレ

諸事情があり、仕事を変えた。
今日から調布市せんがわ劇場で働くことになった。臨時職員だが。
とにかく、11月に公演があり、10月の後半から休むのにもかかわらず、
雇ってもらえたのが嬉しい。公立の劇場で働くことによって、
少しでも社会と演劇がどうつながるか見えたらいいな。

印象の稽古場では、
ゴキブリ(日本語)と、パッキボッレ(韓国語)が音が似てる、
と話題になっていた。どちらも同じ意味の言葉。
別に台詞に出てくるわけじゃないんだけど。
今日は読み合わせだけ。ソヌは一日で4ページ分の日本語の台詞を
読めるようになっていた。相変わらず凄い人。

2011年10月03日
 ■  10/3 ソヌが来て最初の稽古

ソヌが来て最初の稽古。
クリスチャンであるソヌは、今回の出演条件に、
聖書のレクチャーのDVDを一緒に見ること、というのを提示してきて、
今日は、稽古の前に1時間半見る。
うん、うん、そうだよね。聖書か、、、。
全部で10時間あるのだ。悟りがひらけそうだ。それは仏教か。

稽古は初日みたいなもんなので顔合せ。
読み合わせの後に、用意してきた終戦直後の東京の写真や、
当時流行った音楽を俳優たちに見て聞いてもらう。一
番みんなが興味を持ったのが、米軍が撮影した1950年頃のカラー写真。
当時の東京の色は、予想以上に鮮やかで、見ると驚くのだ。

2011年10月02日
 ■  10/2 ベク・ソヌがやってきた!

10月2日(日)曇り時々晴れ、さらに時々雨。
ベク・ソヌがやってきた。

約束の時間に遅刻して空港に迎えに行くと、
韓国で知り合ったという日本人に「猫ちゃん」と呼ばれながら、
僕を待っていた。変な猫柄の服を着ていたからだけど、
彼女の愛嬌オーラは、国境を簡単に越える。

日本人のお姉さまたちは
「お芝居、絶対見に行くよ!」と言って、去っていく。
車で下北沢へ。龍田知美が出ているガラス玉遊戯を観劇。
家に帰って日本語台本と、エキサイトで翻訳した韓国語台本を渡す。
「今日中に一回は読む!」と言いながら、9ページ読んだところで首が船漕いだ。

普段、夜型のベク・ソヌも今日はお疲れだったみたいで、
22時ぐらいには寝ちゃった。