小屋入り初日。
西宮紀子さんの舞台美術が少しずつできあがっていく。
今回の美術プランは、結構勝負していると思う。
見た人の心にいろんなものが浮かべばいいなあ。
この一週間は日記を書く余裕がなかった。
でも今日が稽古最終日。満足いく完成度。
安心して初日を迎えられる。
明日から小屋入りで、初日は11/3の19時から!
是非見に来てください!
12:00~22:00の稽古。最後には、
1場から5場までざっくりと通す。
稽古後、みんなでサイゼリヤでご飯を食べながら、
議論ギロンぎろん。
今日から毎日12時~22時の稽古。
舞台監督の川田君が見に来る。
まつながさんが着物の衣装を集めてきてくれて試着。
昔、黒テントの佐藤信さんが
「衣装合わせの日に、稽古がうまくいってるか、いってないかわかる。
うまくいってないと、役者は衣装への文句という形で稽古への不満を出す」
って言っていた。
妻月の稽古はというと、みんな、着物を着て、
テンションが上がってたから、順調なのだと思う。
やはり、女性の着物はいい。
龍田さんの着物姿は美しいし、ソヌはおもしろい?
ただし、みんな一人では着られないのは問題だと思う。
特に日本人女優の龍田さん!
今日も妻月の稽古は休み。
せんがわ劇場で9日目の勤務で、公演前では最後だ。
と思ったら夜は雨。ずぶ濡れになり走って帰る。
台本のラストシーンを書き上げる。
遅くても10/3には上げる予定だったのに、
こんなにずれ込んでしまって恥ずかしい。
龍田さんが「(いつもより早く上がって)涙が出そう」って
冗談を言っていたが、今まで彼女にかけた迷惑を考えると、
冗談と受け取ってはいけない気がする。
舞台美術プランも、10/18に練り直してほしいとお願いして、
2日後なのにもう次のプランを持ってきてくれた。
文句のない出来で、作業に入ってもらうことに。
今日が公演初日の2週間前。劇作から演出へスイッチを切り替える。
今日は妻月の稽古は休み。で、せんがわ劇場で8日目の勤務。
杉並区の自宅から、調布市の劇場まで自転車で行くこともできる。
自転車で高円寺に行ったり、
吉祥寺に行ったりの横の移動はよくするのだが、
杉並区を南へまっすぐ縦に下りていくのは新鮮で
(電車の移動ではできない)、これまた新しい発見がある。
車の往来が少ない通学路を抜けていくのは、
天気が良い日はとても気持ちいい。
途中ですれ違う小学生、中学生、高校生。
それは懐かしき自分のかつての姿だ。
まるで過去へのトンネルを進んでいく感じなのである。
僕が今やっている劇場の仕事は、主に、事務作業が多い。
物を作るというよりは、施設を管理する仕事という側面も大きい。
劇場の職員・スタッフと顔馴染みになれても、
劇場を利用するお客さんと(作り手とも観客とも)
顔馴染みになるのは、結構難しい、ということが段々わかってきた。
でも、人が集まる「場」には、
「顔」を覚える・覚えてもらうって絶対必要だから、
それこそがそこにしかない「場」を作っていくということだから、
力を抜きながら頑張らなきゃ。
せんがわ劇場勤務7日目。
今日は、自主事業の
「育児ぱぱ&ままに贈るあかちゃんと一緒のコンサート」
というのがあって、これが結構、感動的だった。
月齢の赤ちゃんと一緒に行けるコンサートは、
なかなかないと思うんだけど、
これは、演奏中に泣き出してもオーケーという企画で、しかも無料。
あっという間に予約が埋まったらしい。
劇場はベビーカーとママ、
そしてまだ歩けない小さい人たちで溢れていた。
開演までは、ギャーギャーうるさかった赤ちゃんたち。
でもフルートの音色が劇場を包み始めると、
それまでが嘘みたいにあたりが静まりかえっていく。
みんな真剣に、
生まれてはじめてのコンサートに耳をすまし始めたのだ。
音楽は赤ちゃんもあっという間に芸術の世界に引き込んでいった。
君たちが演劇と出会うのはもう少し後だね。
それは、ちょっとだけ悔しい。
妻月稽古。ラストが少しだけ見えてくる。
稽古後、美術打ち合わせ。
ポップンに出演していた和田さんが今日から参加。
和田さんは、日本語の台詞を喋るソヌを見るのは、初めてだ。
顔合わせの時の読み合わせでは、
一言も妻月の台詞を喋れなかった韓国人が、
今、自在に日本語の言葉を操ってるのには、さぞ驚きだろう。
ソヌの演技に笑う和田さんの笑顔がいい!
小屋入りまであと二週間。
俳優とは問題なくコミュニケーションできているんだけど、
プロデューサーと険悪になる。
宣伝や制作のことなど、
自分の作・演の仕事を棚に上げて文句を言うから、
言われる方はたまらないだろう。
わかっているけどやってしまう。反省。
それに小劇場演劇は、
ここまでがあんたの仕事、こっからが俺の仕事という区分けはない。
みんなで全部やる。それが短所でもあるし長所でもある。
自分のことだけ考えていてはいけない。
今日は、朝から、妙にイライラしてしまった。反省。
早起きして、原稿をちょっとだけ書く。午後は、せんがわ劇場で勤務。
リスト物語を、モニターでチラ見しながら仕事。
明日が本番で僕は見に行けないが、かなり面白そうだった。
秀娟(スヨン)を羽田空港まで送り、
その後、ソヌを連れてタイニイアリスへ。
ソヌにタイニイアリスを見てもらう。ついでに、
紀伊国屋ホールや本多劇場などに置きチラシを渡しに行く。
時間がなくて数軒しか回れなかったが、
今回は自信作なんですと言って渡すと、いつもと反応が違う。
やはり、本当に自分自身が絶対面白いと思う作品であれば、
人は動いていくのかもしれない。
せんがわ劇場勤務5日目。
なんとなく、家から劇場までの道を覚えたし、
一日の仕事の流れも頭に入ってきた。
人間は同じことを5回繰り返すと、
大体覚えることができるのだろうか?
稽古でも同じシーンを五回返せば、それなりに流れるのかな?
妻月稽古。秀娟(スヨン)が見ている中で、まず5場を練習する。
俳優に効果音を演技をしながら作ってもらう演出をしたが、これは失敗。
全く、このシーンの感情が見えなくなってしまった。
続けて、感情を最優先で、
ポイントで動きをつけていったらすごく良くなった。
一度に全部やらせようとするのは、俺の悪い癖だ。
次に4場。歌が続くところが、こちらも感情がうまく流れず、
稽古を止めて議論する。
形ができるところまではいかなかったが、シーンが深まった。
今日はいい稽古だった。
前の日に深夜の3時まで打ち合わせしながら飲んで、
翌日にほぼ同じメンバーで、つまり、李秀娟氏、金世一氏、ベク・ソヌと
お昼から3時間打ち合わせ。
なんとなく来年の韓国での交流スケジュールがなんとなく見えてきた。
ソヌから、「匂衣」「空白」は戯曲で持って行く方がいいんじゃないか、
公演としては「霞葬」を作り直して持っていくのが
いいんじゃないかという意見をもらう。
たしかに、「霞葬」は言葉ではなく、身体的な表現に重きを置いた作品だ。
しかし、日本の古事記の神様の話を韓国で上演して大丈夫なのか?
と僕はちょっと不安に思ってしまった。
妻月稽古。今日は人数も少ないし、いろいろ話し合いをしながら進める。
せんがわ劇場勤務4日目。
せんがわ劇場で働いている時には、チェーンのお店ではなく、
できるだけ地元のお店に昼ご飯を食べに行くことに決めた。
単に、地元にお金を落としたいというだけではなく、そのことによって、
町の雰囲気を掴めたり、何かしら見えてくることがあるはずだ。
今日は、友達と同じ名前のmariという洋食屋にいった。
狭くて、お客さんも他に1人しかいなかったけど、
結構美味しかったし、居心地が良いお店だった。
おかみさんが、常連らしきお客と、
阿部寛主演でリメイクされた「幸福の黄色いハンカチ」について
話していたのが、印象的だった。
妻月の稽古。美術の西宮さんが来たので、できているところまでを通す。
やはり、今回は手応えが違う。
圧倒的に今までとは何が違う勢いがある。
役者も匂衣のメンバーが中心で、呼吸の合い方が凄い。
皆さん、是非、見に来てください。
稽古後に、李秀娟氏、金世一氏も交えて、
来年の韓国での活動について打ち合わせる。
しかし、こちらは暗中模索といった感じだ。
休日だが稽古は短め。4場を中心にやる。
龍田さんが再登場してくるシーンで、
思ったより彼女の姿が美しく立ち上がってくるのが良い。
普段は、少年ぽい感じの女優だが、
今回は舞台ならではの、彼女ならではの、
女の色気というものを僕は演出したいと思っているのだ。
稽古後、ソヌに2010年版の「空白(そらしろ)」を見せる。
とても楽しんで見ていて、「これを韓国でやるのもいいんじゃないか」と。
「ベタなコメディーではないか?」と僕が返すと、
「冷蔵庫に出たり入ったりするこの感じは、
韓国では見たことがない。とても日本的だ」と言う。
「空白」が日本的だと、韓国人は感じるのか。とても意外だ。
昼夜稽古。シーンとシーンのブリッジの形がなんとなく見えてくる。
それから、龍田知美への成瀬巳喜男の「浮雲」ぽくっていうダメ出し。
こんな抽象的な言い方でも、彼女の立ち居振る舞いが変わってくるから、
龍田さんはすごい。稽古後、「匂衣」のメンバーが残って台本について議論。
その後、「浮雲」を途中からちょっとだけ見る。
久し振りに見たけど、素晴らしい映画だ。
表情、視線の演技など、台詞じゃないところで関係性を伝えていくから、
外国人が字幕なしで見てもきっと面白いんじゃないかと思う。
高峰秀子もいいんだけど、岡田茉莉子が抜群に美しい。
せんがわ劇場勤務3日目。
始業時間の10分前に着いて、自分で劇場の鍵を開けたら、
セコムの警報が鳴り出す!
慌てるが、解除のやり方を覚えてないので、
ひたすら「侵入者!侵入者!」の赤いランプの点滅を眺めているしかない。
すぐに他の職員の方が出勤してきたので事なきは得たが。
とにかく朝のこの一件は恥ずかしかった。
お昼は、たまごプリンのメンバーとご飯を食べに行く。
偶然、稽古で来てたのだ。
鈴木拓朗君と恋愛について熱く語り合っていたので、
おすすめの豆乳ラーメンの味をほとんど覚えていない。
恋愛トークは新鮮。今の僕の周りは結婚の話が多いから。
妻月の稽古。頭の中でひたすら、内容と形式と百回ぐらい唱える。
台詞を削ったり、役の解釈を説明する作業は内容にあたる。
これは作家的な仕事。ただ、作家の頭だけでは、演劇は立体化されない。
演出家の頭で、「絵」や「リズム」を提示する。これが形式。
今回、「内容」にはとても自信がある。
後は、どれだけ演出の仕事(「形式」や「立体化」「絵」「リズム」)
をできるか、それが勝負だと思っている。
新作でそれがしっかりとできれば、
一段レベルの違う作品がお見せできるはずなのだ。
午前中はモズ企画の打ち合わせ。僕から、一つ提案する。
モズ企画の俳優全員が出演できる企画で、
このバラバラなキャリア、個人と個人がぶつかり合い、
一枚岩ではない集団の、その関係性をそのまま演劇にしてしまう企画。
とりあえず、11/15以降にもう一度、全員で集まることに。
午後はソヌといろいろと打ち合わせ。
資料の写真について話していた時、日本では白黒写真、韓国では黒白写真、
順番が違うらしい(英語ではBlack & Whiteだ)ということがわかった。
ソヌと従軍慰安婦についても初めて話した。
韓国の人とこの話をするのは初めてだった。
従軍慰安婦についてのソヌの認識は、極めてキリスト教徒的なものだった。
人間は生まれながらにして愚かだから、ある種の状況では悪いこともする。
韓国も立場が違えば同じことをしていたかも、
と看守と囚人実験の話を例に言ってきた。
ソヌは芝居で慰安婦役をやったことがあるらしい。
その時に、日本の特攻隊の話を初めて知ったとも言っていた。
夜の稽古は、とてもうまくいった。
台本で悩んでいたシーンの、事件が起こる順番を
A→B→Cから、C→B→Aに変えて、即興で、しかも台詞なしのシーンとして
やってもらったら、とても美しいシーンになった。
そして、今、ソヌは泣いている(笑)。
日本に来る前に返しておかなきゃいけなかった舞台の小道具を、
返すの忘れていたことに、さっき気づいたらしい。
電話かメールで劇団の人に怒られたのかな?
せんがわ劇場勤務2日目。
前日は、民間劇場についていろいろ考えたが、
この日は公共劇場について考える。
とは言いつつ、仙川の町に行くと、
高校時代の失恋の記憶が思い出されるのだ。
恋愛にもならなかった片想いというか。
僕は高校時代に桐朋学園の音楽科のある女の子が好きだった。
だから仙川=桐朋学園だし、音楽の町だし、憧れの地なんだ。
どうでもいいか、それは。
小さな劇場は、小さいからこそ、僕らの劇場だと思ってもらいやすいはず。
どうやって、できるだけ多くの人に、僕らの劇場だと思ってもらい且つ、
レベルの高い作品を生み出していくか。そこが大事。
「タイニイアリス30周年に向けて」の会議をした。
民間団体が運営する劇場の在り方を考えてみる。
タイニイアリスの80年代の興隆、90年代はやや盛り上がりがあったが、
00年代は完全にその価値が下がってしまっている、
その理由をこのイベントをとおして学ぶ。
議論の中でも、
「人間を中心とした劇場の在り方」に、僕も関心がある。
人が集まり物を作るところが劇場なのだ。
ではどのようにしてそういうシステムを構築するのか?
タイニイアリスを分析する上で、アゴラとの比較は欠かせない視点だと思う。
また、公共と民間の棲み分けはどうするのか?などなど。
タイニイアリスの30年間の活動の浮沈は、
小劇場の劇団システムと相似関係が見出せる。
特に95年頃の3丁目から2丁目への移転が象徴的だ。
経済問題的にはバブルの崩壊、
創作現場的には劇団制からユニット・プロデューサーシステムへの移行が、
演劇界でこの時期に起きているのだ。
諸事情があり、仕事を変えた。
今日から調布市せんがわ劇場で働くことになった。臨時職員だが。
とにかく、11月に公演があり、10月の後半から休むのにもかかわらず、
雇ってもらえたのが嬉しい。公立の劇場で働くことによって、
少しでも社会と演劇がどうつながるか見えたらいいな。
印象の稽古場では、
ゴキブリ(日本語)と、パッキボッレ(韓国語)が音が似てる、
と話題になっていた。どちらも同じ意味の言葉。
別に台詞に出てくるわけじゃないんだけど。
今日は読み合わせだけ。ソヌは一日で4ページ分の日本語の台詞を
読めるようになっていた。相変わらず凄い人。
ソヌが来て最初の稽古。
クリスチャンであるソヌは、今回の出演条件に、
聖書のレクチャーのDVDを一緒に見ること、というのを提示してきて、
今日は、稽古の前に1時間半見る。
うん、うん、そうだよね。聖書か、、、。
全部で10時間あるのだ。悟りがひらけそうだ。それは仏教か。
稽古は初日みたいなもんなので顔合せ。
読み合わせの後に、用意してきた終戦直後の東京の写真や、
当時流行った音楽を俳優たちに見て聞いてもらう。一
番みんなが興味を持ったのが、米軍が撮影した1950年頃のカラー写真。
当時の東京の色は、予想以上に鮮やかで、見ると驚くのだ。
10月2日(日)曇り時々晴れ、さらに時々雨。
ベク・ソヌがやってきた。
約束の時間に遅刻して空港に迎えに行くと、
韓国で知り合ったという日本人に「猫ちゃん」と呼ばれながら、
僕を待っていた。変な猫柄の服を着ていたからだけど、
彼女の愛嬌オーラは、国境を簡単に越える。
日本人のお姉さまたちは
「お芝居、絶対見に行くよ!」と言って、去っていく。
車で下北沢へ。龍田知美が出ているガラス玉遊戯を観劇。
家に帰って日本語台本と、エキサイトで翻訳した韓国語台本を渡す。
「今日中に一回は読む!」と言いながら、9ページ読んだところで首が船漕いだ。
普段、夜型のベク・ソヌも今日はお疲れだったみたいで、
22時ぐらいには寝ちゃった。
