2010年09月03日
 ■  目が見えない人とお芝居を見る

8/21(土)。晃代さんとお芝居を見に行く。
世一さんが主演しているリーディング公演、

「走れゴスポディン」
作:フィリップ・レーレ
演出:中野志朗(文学座)

ドイツの戯曲の、日本語翻訳による朗読公演。

晃代さんは、匂衣のことを手伝ってくれた視覚障害者だ。
当日、アフタートークがあり、
翻訳者の人が、
「リーディングだとこの戯曲の魅力を伝えきれただろうか?」
「お芝居は、本来なら目で見るものだから」
「お芝居の魅力は、本当は視覚的なものだと思う」
と連発していて、
その言葉に僕は心底笑ってしまった。

お芝居が、目で見るものだけなら、
ここにいるお芝居を楽しんでいる目が見えない人は何なのだろう?
観客じゃないって言うのかい?

しかし、僕も晃代さんに出会う前なら、
匂衣という作品を創る前なら、
同じく、お芝居の魅力は視覚的なところにあると言ってたかもしれない。

目が見えない彼女がお芝居を好きだからといって、
芝居は視覚じゃない、聴覚だ!と単純化してはいけない。
じゃあ、何?

リーディング公演だからか、
多くの目が見える観客は、目を瞑って"見よう"としていた。
それはなぜか?
目を閉じて、想像しようとしたのだと思う。
リーディング公演は、たしかに視覚的な魅力に欠ける。
だからこそ、想像しようとした。

外部の刺激が、観客の心の中で像を結ぶこと、
視覚や聴覚を使って、観客が想像し、心で見ることができること、
それこそが芝居の魅力なのではないか?
じゃなかったら、晃代さんはあんなに嬉しそうな顔をして、
お芝居を"見ている"ことの説明がつかない。

心で見るというか、心で起こるというか。

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匂衣に関しての晃代さんのレポートはとてもおもしろい。
未読の方は、是非読んでみてください。

視覚障害者から見た、匂衣というお芝居 その1
視覚障害者から見た、匂衣というお芝居 その2

投稿者 atsuto : 2010年09月03日 23:11

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