2010年09月14日
 ■  高円寺阿波おどり2010

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杉並区に引っ越して2年目だけど、今年は初めて高円寺の阿波踊りを見た。
見る前は、「阿波踊りなんて。。。」ってちょっと馬鹿にしていたんだけど、
観客のすごい熱気、踊り自体の面白さに、
夜21時のフィナーレの瞬間には思わず感動でふるえていた。

見どころは、まず衣装。
踊るグループのことを連というらしいんだけど、
各連ごとに違う色艶やかな浴衣や着物が南国の蝶のように美しい。

そして、踊りの構成。緩急。阿波踊りには、
男踊りと女踊りという2種類があることを見て初めて知ったんだけど、
男踊りが休みになると女踊りが来て、
女踊りが休みになると男踊りが来るという、
このサンドイッチがなんともたまらない。

男踊りは、豪快に踊られ、
だからこそ、その後に来る、
小さな振りの積み重ねの、女踊りがより美しく感じてしまう。
そして、女踊りが一休みすると、またダイナミックな男踊り。
こういう構成って、多分、ダンスにも活かせるんだろうなあ。
自分の演劇にも、どこかで取り入れたいなあと思います。

2010年09月12日
 ■  エロバリ=エロバリアフリー

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一週間ほど前なんだけど、”エロバリ”に行ってきた。
きっかけは、寺脇さんのブログ
エロバリ=エロバリアフリーだ。
というと、なんかすごそうなんだけど
バリアフリー仕様のポルノ映画。
要は、副音声および日本語字幕つきの、ポルノ映画だ。

中野の映画館のモーニングショーで
朝9時半からポルノ映画を見るってどうよ?と思ったんだけど
エロバリアフリーっておもしろそうだなと思って観に行った。

朝9時半だから、案の定、お客さんもすごく少なかった。
ポルノ映画だからか、設定や展開がオイオイというか
安易な感じも拭えない。
けれども、エロバリは単に視覚障害者向け、聴覚障害者向け、
なのではなく、 健常者も障害者も
同じものを一緒に見る・聞くというのをコンセプトにしていて
特に副音声ではそれがある程度成功していたと思う。
副音声のコンセプトは「覗き見」だったらしいが(笑)。

字幕のほうは、映画館だから、耳ふさいでも聞こえてきてしまって
いいのか悪いのか、判断できなかった。
でも、映画館であえて目をつぶって映画を聞くって
なかなかしない体験で、良いね。
ポルノ映画だけど(笑)。

2010年09月06日
 ■  骸骨の舞跳

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어제 나는 홍명화씨의 낭독공연 보았습니다.
타이틀은 해골의 댄스. 일본어로 骸骨の舞跳.
이 대본 은 관동 대지진의 조선사람학살을 쓴 것이었습니다.
1924년에 씌어졌습니다.
그 시대에, 저 사건을 쓴 일본사람이 있었습니다.

昨日私はホン・ミョンファ氏の朗読公演見ました。
タイトルは骸骨のダンス。日本語で骸骨の舞跳。
この台本は関東大震災の朝鮮人虐殺を書いていました。
1924年に書かれました。
あの時代に、あの事件を書いた日本人がいたんです。

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というわけで、韓国語勉強のため
書けるところは韓国語で書きます。
韓国語の間違いはたくさんあると思いますが、ご容赦を。

瑞木健太郎さんが出ていた、平沢計七の『一人と千三百人』と
洪明花さんが出ていた、秋田雨雀の『骸骨の舞跳』。
僕は、リーディングは好きじゃないんですが
どちらもおもしろかった。特に『骸骨の舞跳』が。
こんな戯曲があったのか、という感じです。

公演後のシンポジウムもおもしろくて、
日本の近代を、和暦で考えるのか、西暦で考えるのか、
で意味合いが変わってくるという話は目から鱗。
大正は国内での人権運動、いわゆる大正デモクラシーなどが起こるけど、
世界史的には、韓国併合など、帝国主義植民地主義を突っ走るわけです。
その時に、当時の作家は、何を描いていたのでしょう?という話。

2010年09月05日
 ■  オスカー・ワイルドの童話で遊ぶ!

9月の印象のワークショップのお知らせです。

日程は
9月22日(水)18:30~22:00
9月23日(木祝)17:00~21:00
上記の予定です。
場所は、杉並区のいんぞう稽古場です。

今月は、オスカー・ワイルドの童話を使って、
即興の"遊び"から創る、というのをやります。
参加出来る日だけでも受付しています。
また知人の方などのお誘いも大歓迎です。

遅刻や早退などで対応出来るのであればその旨もご相談ください。
早めの返信歓迎!9月13日(月)までにご返信下さい。

参加ご希望の方は、下記必要事項①~⑦を記載の上
info☆inzou.comまでメール下さい。
※☆を@に変えて、お送り下さい。

①お名前 
②メールアドレス 
③PCメールアドレス
④連絡先のお電話 
⑤志望動機 
⑥過去の活動歴
⑦その他質問、連絡事項

2010年09月03日
 ■  目が見えない人とお芝居を見る

8/21(土)。晃代さんとお芝居を見に行く。
世一さんが主演しているリーディング公演、

「走れゴスポディン」
作:フィリップ・レーレ
演出:中野志朗(文学座)

ドイツの戯曲の、日本語翻訳による朗読公演。

晃代さんは、匂衣のことを手伝ってくれた視覚障害者だ。
当日、アフタートークがあり、
翻訳者の人が、
「リーディングだとこの戯曲の魅力を伝えきれただろうか?」
「お芝居は、本来なら目で見るものだから」
「お芝居の魅力は、本当は視覚的なものだと思う」
と連発していて、
その言葉に僕は心底笑ってしまった。

お芝居が、目で見るものだけなら、
ここにいるお芝居を楽しんでいる目が見えない人は何なのだろう?
観客じゃないって言うのかい?

しかし、僕も晃代さんに出会う前なら、
匂衣という作品を創る前なら、
同じく、お芝居の魅力は視覚的なところにあると言ってたかもしれない。

目が見えない彼女がお芝居を好きだからといって、
芝居は視覚じゃない、聴覚だ!と単純化してはいけない。
じゃあ、何?

リーディング公演だからか、
多くの目が見える観客は、目を瞑って"見よう"としていた。
それはなぜか?
目を閉じて、想像しようとしたのだと思う。
リーディング公演は、たしかに視覚的な魅力に欠ける。
だからこそ、想像しようとした。

外部の刺激が、観客の心の中で像を結ぶこと、
視覚や聴覚を使って、観客が想像し、心で見ることができること、
それこそが芝居の魅力なのではないか?
じゃなかったら、晃代さんはあんなに嬉しそうな顔をして、
お芝居を"見ている"ことの説明がつかない。

心で見るというか、心で起こるというか。

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匂衣に関しての晃代さんのレポートはとてもおもしろい。
未読の方は、是非読んでみてください。

視覚障害者から見た、匂衣というお芝居 その1
視覚障害者から見た、匂衣というお芝居 その2