2010年06月17日
 ■  井上ひさし「絶筆ノート」を読んで

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6/16(水)

深夜のコンビニで、
文藝春秋の井上ひさし「絶筆ノート」を立ち読みした。
一人の作家がどう死んでいくのかが克明に綴られていた。
作家として言葉を残すことの執着。
癌が病なのか?その執着が病なのか?
それほどまでに、井上ひさしの残す言葉への執着は病的である。
そしてだからこそ、凄い。

半年以内の自分の死を自覚している者にとっての、
生きる意味とは何なのだろうか?
自分のことだけを考えていたら、生きる意味は無いのではないか?
どんなに幸福であっても個人の生には期限がある。
ヒトの中に永遠を求めてしまう性(さが)があるのなら、
非永遠である個人の人生にどんな意味を見出せる?

残る(かもしれない)言葉を書くということは、
残る者に向けて、言葉を書くということだ。
個人の生の期限を越えた行為だからこそ、意味を見出せる。
井上ひさしの「絶筆ノート」から、そんなことを感じた。

投稿者 atsuto : 2010年06月17日 12:48

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