2009年07月25日
 ■  「春琴」の感動と、谷崎潤一郎の「細雪」

今年の3月に見た「春琴」の再演の感動が忘れられない。
初演の「春琴」も素晴らしいものだったが、
再演は細かいところが練り創り直されていて、
さらに洗練した印象を持った。
そして、谷崎潤一郎のテキストが素晴らしかったのは言うまでもない。

しかし、谷崎の代表作は、「春琴抄」ではないらしい。

「細雪」は"ささめゆき"と読む。
僕はこの小説を一昨日から読み始めたのだが、
読む前までは"ほそゆき"と読んでいた。
表紙を開いた最初のページの題字のところに"ささめゆき"というルビ。
ああ、恥ずかしい。

「細雪」ではこれといった大きな事件が起こらない。
にもかかわらず、この読み心地はなんだ?
というぐらいおもしろい。とてつもなくおもしろい。

1940年頃の神戸の上流階級の娘のお見合い話が軸で、
特に、反戦を謳った箇所など一つもないのに、
1943年に軍部から雑誌掲載を止められている。
なぜ軍部はこの小説が嫌だったのか?
反戦のハの字もない代わりに、戦争のセの字もないからだ。
まるで戦争というものがこの世に存在しないかのように、
平穏に時間が流れている。そのゆったりとした小説内時間が、
軍部は許せなかったに違いない。
その意味で、掲載禁止をした軍人は、小説が読める人だったのだろう(笑)

穂坂さんによると
サイモンがなぜ谷崎に興味をもったのかといえば、彼は第一次、第二次と、
二つの世界大戦の間に作品を残したヨーロッパの作家に関心があり、
その頃極東にいながら、西洋の作家と同じような視点を持っていた、
谷崎に興味をもったということらしい。

二つの大戦の間、日本では関東大震災(1923年)があり、
その震災をきっかけにして、谷崎は関西に移り住む。
西洋崇拝者者を自称していた東京時代とはうってかわって、
日本の伝統文化と向き合った。
「春琴抄」や「陰翳礼讃」はそれ以降の作品にあたる。

阪神大震災が村上春樹に「神の子どもたちはみな踊る」を書かした、
という類似点を考えてみても、さらにおもしろい。

関連エントリー:
「エレファント・バニッシュ」「春琴」のプロデューサー
サイモン・マクバーニーの「春琴」
サイモン・マクバーニーの「エレファント・バニッシュ」

投稿者 atsuto : 2009年07月25日 10:45

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コメント

もっとも最近のは、監督が市川崑ですね。見てみよっと。

投稿者 achuto : 2009年07月26日 14:11

細雪は映画にもなっているのでそちらも
みてみるといいかもしれない。

投稿者 yousakana : 2009年07月26日 07:56

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