2009年06月03日
 ■  からだめあて2 自分の死体と共同体

この春僕は事情があって、自分の健康保険証を新しくする手続きをした。
新しい保険証はすぐに手元に届いた。
驚いた。裏面が大きく変わっていたから。
臓器提供の意思確認欄が付け加えられていたのだ。
臓器移植に対する、意思表示の強制?
それを見た瞬間、

自分の死体は自分の物じゃなくなる?

なんとなくそう思った。
じゃあ、誰の物になるのだろう?

一つは家族の物になるという考え方。
ほとんどの人が生前頼んだわけでもないのに、
仏教式の葬式で送られ、荼毘に付される。
具体的に進めるのは家族だ。

もう一つがみんな(=共同体)の物になるという考え方。
簡単に言えば、臓器提供や解剖用の献体だ。
共同体とはよく言ったもので、
体を共に同じくするから共同体。
死んだら、誰かに体の一部を渡す、臓器提供する、
その誰かと自分が所属しているのが共同体だ。
(共同体をこのように定義するのは僕が勝手にしてることなので悪しからず)

実は、今、日本人の臓器移植が問題になっている。
国内での臓器提供が年に10件もないため、
ほとんどの日本人臓器提供希望者は外国に行って手術するのだが、
それに対して、特に発展途上国で手術を行う場合、
金で臓器を買っていることになっていないか、という問題だ。
それに、お金の問題は別にしても、
どこの国でも臓器は余っているわけではないから、
誰かにあげれば別の誰かを助けられないということが起こる。
よその国に行って、その国の人の誰かが助かるチャンスを奪って、
悪く言えば、日本人だけが助かってる。
これはいいことなのか?

でも、僕はまだ保険証の裏面に何も記入できていない。
自分の死体をどうするか、決心がついていないのだ。

投稿者 atsuto : 2009年06月03日 01:04

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