2009年06月30日
 ■  文楽・二つの三位一体の凄さ

6/21(日)

従兄弟の結婚式のために神戸に行ったついでに、
大阪の国立文楽劇場で文楽を見てきた。
文楽=人形浄瑠璃!
実は人生初文楽だったのだが、その凄さに衝撃を受けた。

文楽は、
太夫(ナレーター)、三味線(音楽)、人形遣い(役者)の、
「三業(さんぎょう)」で成り立つ三位一体の演劇なんだけど、
そのうちの人形遣いも、首と右手、左手、脚と、
役割の違う三人で人形を操作する、
世界でも特殊な形態の人形劇なのだ。

二つの三位一体が組み合わさった、
この表現方法は今見ても新しい。
盗むところがいっぱいある。

できるだけたくさんの人に紹介したいが、
どういう風に伝えれば一番いいのだろう?

2009年06月29日
 ■  「エレファント・バニッシュ」「春琴」のプロデューサー

6/23(火)

「エレファント・バニッシュ」「春琴」のプロデューサーの、
穂坂知恵子さんにお会いした。

村上春樹に上演許可をもらいに行った時の話、
サイモンがなぜ谷崎に興味をもったのか
サイモンがなぜ村上春樹に興味をもったのか、
サイモンの村上春樹の文体の分析について、
サイモンの技術と思想の元について、
タイ版赤鬼の台本について、
日本の演劇の海外交流の歴史、
企画、マネージメント、PR、とりわけマネージメントについて、
などなどを話してくれた。

備忘録的には以上。

書いていて一つ思い出した。お金の話。
エレファント・バニッシュの時、
もし、お客が入らなかったら、
1000万くらい借金しなきゃならないかもしれないと、
身銭を切る覚悟をしていたって話。
結局、本当に質の高い文化を発信するためには、
その"身銭を切る覚悟"が必要なのかもしれない。

蜷川さんの海外公演のプロデューサー中根さんも、
蜷川を世界のNINAGAWAにするために、
自分の家を抵当に入れて尽力したとか。
そんな話も印象に残った。

関連エントリー:
サイモン・マクバーニーの「春琴」
サイモン・マクバーニーの「エレファント・バニッシュ」

2009年06月27日
 ■  父産(再演)ワークショップ6月

6/18、22、25にワークショップ。
今月から父産のテキストを使ったワークショップ。
初参加の面々はおもしろい人が多かったけど、
上半身だけで演技をしていて、
これまで下半身を使って演技をしてこなかったんだろうなあ、
と推測できた。
また、イメージが貧困というか、イメージの筋肉不足も目立った。

そういう下半身が弱かったり、
イメージの筋肉が弱かったりする人に対して、
どういう言葉を投げれば、
すんなりと受け取れ、また、力を引き出せるのか、
その言葉を見つけるのが、来月の演出的な課題かな。

動けない演出家の頭の中の言葉ではなく、
役者が動くためのからだの言葉っていうかね。
それをきちんと役者に伝えられるというのも、
僕自身のイメージの筋肉アップになるはずだから。

そして、今回稽古場できらめきを見せてくれた人には、
是非、父産に出てもらいたい。よろしくお願いします。

2009年06月19日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ その3

いよいよ、プロペラの公演が2週間後だ。チケットを買った。

身体をフルに使い、自ら歌い、楽器を鳴らし、
舞台を駆け巡る身体性が持ち味。
プレースリリースどおり、
「400年の時空を一気に飛び越え、
堅苦しくなく 素直に楽しめるエンターテイメントとして、
私たちが今までに見たことのない世界へといざなってくれる」
のなら、普段あまり演劇を見ないだろう僕の友人を誘って、
2回目を見てもいいと思ってます。
それは、1回目にかかってます。期待してるぜ!

2009年06月14日
 ■  韓国からの留学生 金世一さん その3

6/9(火)

新国立劇場に「夏の夜の夢」を観に行ったら、
劇場の前になぜか世一さんがいた。
この人とは本当に縁があるなあ。
後で聞いた話だけど、世一さんは30人ぐらいの日本人を誘って、
「夏の夜の夢」を観に来ていたらしい。
なんでも、スタッフとしてちょっと関わってたらしく、
それもあって、この芝居を紹介するために、
普段、あまりお芝居を見ない人たちをたくさん連れてきたのだ。

終演後、その仲間に混ぜてもらって、
初台の駅前のビアガーデンに飲みに行く。
お酒飲めないのに、高さが1メートルくらいあるジョッキの、
タワービルを勝手に頼まれて、飲まされた。
半分だけ飲んだ。あとは世一さんに押しつけた。

世一さんと話していると、僕がいかに利己的な人間なのかと反省する。
僕は自分の演劇をおもしろくすることしか考えてない。
でも彼は、演劇全体をおもしろくしたいと考えてるし、
観劇人口を増やすために情熱的に行動してる。

劇団印象のHPには、劇団の紹介文として、
こんな内容が載っている。

>観劇後、劇場を出た観客の生活や目に映る景色の印象を変える、
>そんなエンターテインメントを発信しています。

最近、この中の「発信」という言葉がとても重く感じてきた。
ただ見せることは、発信ではない。
僕は、ちゃんと、発信しているのだろうか?
世一さんの「発信」の様子を目の当たりにしながら、
そんなことを考えさせられた。

2009年06月03日
 ■  からだめあて2 自分の死体と共同体

この春僕は事情があって、自分の健康保険証を新しくする手続きをした。
新しい保険証はすぐに手元に届いた。
驚いた。裏面が大きく変わっていたから。
臓器提供の意思確認欄が付け加えられていたのだ。
臓器移植に対する、意思表示の強制?
それを見た瞬間、

自分の死体は自分の物じゃなくなる?

なんとなくそう思った。
じゃあ、誰の物になるのだろう?

一つは家族の物になるという考え方。
ほとんどの人が生前頼んだわけでもないのに、
仏教式の葬式で送られ、荼毘に付される。
具体的に進めるのは家族だ。

もう一つがみんな(=共同体)の物になるという考え方。
簡単に言えば、臓器提供や解剖用の献体だ。
共同体とはよく言ったもので、
体を共に同じくするから共同体。
死んだら、誰かに体の一部を渡す、臓器提供する、
その誰かと自分が所属しているのが共同体だ。
(共同体をこのように定義するのは僕が勝手にしてることなので悪しからず)

実は、今、日本人の臓器移植が問題になっている。
国内での臓器提供が年に10件もないため、
ほとんどの日本人臓器提供希望者は外国に行って手術するのだが、
それに対して、特に発展途上国で手術を行う場合、
金で臓器を買っていることになっていないか、という問題だ。
それに、お金の問題は別にしても、
どこの国でも臓器は余っているわけではないから、
誰かにあげれば別の誰かを助けられないということが起こる。
よその国に行って、その国の人の誰かが助かるチャンスを奪って、
悪く言えば、日本人だけが助かってる。
これはいいことなのか?

でも、僕はまだ保険証の裏面に何も記入できていない。
自分の死体をどうするか、決心がついていないのだ。

2009年06月01日
 ■  フィジカルシアター・プロペラ その2

youtubeにプロペラのプロモーションビデオがアップされてた。

演出家のエドワード・ホールは、
日本へ歌舞伎留学の経験があるらしく、
また、プロペラ設立のきっかけになったのは、何と宝塚らしい。
宝塚の男性版でシェイクスピアをやったらどうなるのかというのが、
最初の発想だったらしい。