2008年03月31日
 ■  劇団印象ワークショップ「鮭」やります!

今年もやります。
劇団印象、特別企画。
春のワークショップ「鮭」

WS200803-p.jpg

【日時】
 4/13(日) 13:00~19:00
 4/16(水) 18:30~22:00
 4/20(日) 12:00~16:00

【場所】
 JR・地下鉄、荻窪駅近辺の劇団印象稽古場
 (詳しい場所は、メールをくれたあなただけにご連絡します!)

【参加費と人数】
 無料!但し、基本的に見学不可、初心者でも強制参加!
 定員は15名まで、もちろん先着順だ!!

【やる内容】
 準備体操や、不思議なルールのある鬼ごっこから始めて、
 鈴木厚人がこの日のために考えた、変なエチュード、
 身近にいる自分しか知らない人物の物真似、物真似座談会、
 そして、最後には、落語の「頭山」をモチーフにお芝居まで作っちまう、
 てんこもりの3日間。できるだけ、3日間通しで参加できる人を優先します!

【連絡先】
 info@inzou.com/090-1613-6026(制作)
 ※ご連絡の際は@を半角に直してお送りください。

2008年03月28日
 ■  身毒丸・復活

白石さんが、藤原竜也のお尻をパンパン叩くところで、
俺だけ、大爆笑!
あの音楽に、あの幕だぜ?
なんで、みんな笑わなかったんだろう!
そんなに真面目に見なくてもね。
とにかく、

グワーーーーーッ!
破天荒な演出というのは、こういうことなのか!
チマチマした演出ばかりの昨今の風潮の中、
大嘘ついてくれるお芝居は、気持ちいい。
長生きしてください、蜷川さん!

2008年03月27日
 ■  二兎社「歌わせたい男たち」

僕は、永井愛さんの戯曲のファンである。
彼女の台詞は、普通に読んでるだけで、人物が浮かんでくる。
巧いというのは、こういうことなのだと恐れ入る。
ただ、本番を観に行くと、面白くない。
前回は、2004年の「新・明暗」。
世田谷パブリックシアターの盆を効果的に使えていなかった。
今回の"演出"はどうだろうか?

やはり、演出が面白くない。
あの戯曲を、視覚的に表現する演出が全然足りない。
例えば俺だったら・・・と思わずにいられない。
多分、ヴィジュアル的な演出に興味がないか、
あえて、手を出さないのだろう。もったいない。

役者では、抜群に戸田恵子がいい。
最初の一声目から、キャラクターがはっきりと見える声。
役者というのは、
あんなにも素晴らしい声の表情をもっている人なのだ。

2008年03月26日
 ■  劇場を経験しよう 世田谷パブリックシアターWS その2

3/21と24にパブリックシアターのワークショップに参加。
会場は、シアタートラム。非常に有意義だった。

21日(金)は、舞台技術。朝10時から夕方5時まで。
舞台上(バトンとか)に、物を吊る際の、安全確保の話。
物理の授業みたいだったが、面白かった。
高校の勉強が、10年後に活きてくる。
当時、怠けていた分のしっぺ返しが今になってくるんだね。

24日(月)は、照明。お昼1時から夕方6時まで。
このワークショップが一番受けたかったもの。
トラムの広さ、機材の充実を知ることができたとともに、
やれることがいっぱいあるということは、
何をやり、何をやらないのか、
という選択のセンスが問われることだと実感。

レクチャーを受けながら、「頭山」の演出アイディアが一つ浮かぶ。
やっぱり、アイディアは、刺激的な現場(稽古場と劇場)でしか生まれない。

パブリックシアターのワークショップは、非常に勉強になるし、安い。
おすすめです。

2008年03月24日
 ■  西村さんからのダメ出し

アリスのオーナー、西村さんとアリスで芝居を見た後に、お茶をする。
久し振りに、アリスで客として、芝居を見たが、
10分押しただけで、イライラする自分に嗤った。短気だなあ、俺。
うん、5分でも押すのはよくない。ましてや15分なんてもってのほか。

ダメ出しは、「空白」についてだけでなく、
「青鬼」や「父産」、「愛撃」など、広範囲に及んだ。
いろいろ言われたなあ。「主軸が・・・」とかさ。
役者の話になり、なぜか三宅裕司さんの話にもなった。
今の俺と同じぐらいの歳の三宅さんが、
アリスのオープンの時の公演をやったんだって。へえ。

舞台に立ってるだけで魅力的な役者だった。
稽古場にお邪魔した時に、「西村が来た!」って、
それまで会話芝居をしてたのを、急遽、
派手な芝居に稽古を変更して見せてくれた、
なんて思い出話を、聞いた。

でね、実は、今回の「空白」に、三宅裕司さん、
観に来てくれたんだよね。"偶然にも"。
そんなこと知らない西村さんの口から、
若かりし頃の役者"三宅裕司"の話が聞けるなんてね。

縁というのは、やっぱりあるんだよね。
多分、アリスでお芝居をやったことがあったから、
三宅さんは「空白」を観に来てくれたんだよね。
西村さんの記憶の中の、三宅裕司の姿はどんななんだろう?
見てみたいなあ。

2008年03月21日
 ■  物真似ワークショップ080320

2日目。昨日より参加者が多い8人。
ほぼ昨日と同じ稽古メニュー。
身近にいる自分しか知らない人物の物真似。
そして、そこで出てきたキャラのまま、
落語の「頭山」をエチュードで演じる。

まず、身近にいる自分しか知らない人物の物真似。
上手い役者にもいろんなタイプがいて、
1、物真似をするのも上手く、物真似を伝授するのも上手い人。
2、物真似をするのは上手いが、伝授するのは下手な人。
3、自分だけでは下手だが、伝授されたものは面白く演じられる人。

1の人は、ほとんどいない。上手い役者も大体、2。
だからこそ、演出が必要。
物真似も、口癖とか、わかりやすい部分だけ真似てもダメで、
姿勢、動くスピード、喋るスピード、声の高さ低さ、
総合的に誇張しないと、面白くならない。
この、総合的に誇張する、というところにセンスが出る。
総合的に"分析"し、誇張する。誇張には、技術と勢いが必要である。
分析力、技術力(表現力)、勢い、
役者の三大要素がわかる、いい稽古なわけだ。

「頭山」は、空間の処理が難しい演目なので、
舞台の構図感覚を持ってる役者じゃないと、
演出的には、面白くならない。
物真似のキャラのまま、
空間的にも面白く演じなきゃいけないんだけど、
なかなか両方できてる人はいなかったな。

ただ、どう見せるかは、ちょっと見え始めた。

2008年03月20日
 ■  物真似ワークショップ080319

あれは「青鬼」に日テレの取材が入った時だから、去年の11/13だな。
ディレクターから、「何か物真似やって」と言われたけど、
最所も、慎吾も、パッとできなくて、
テレビではこういうわかりやすい芸が求められるのだから、
通俗だけど、物真似の稽古をやったほうがいいかな、と思ってたのだ。

ただ、やっぱり通俗だから、と思って、やらないでいたら、
「空白」の稽古で、慎吾が古畑の物真似をもってきて、
これが面白い。しかも、ただ面白いだけでなく、
慎吾の古畑には、彼の役者としての成長が見えて、
というわけで、昨日と今日のワークショップでは、物真似を題材に取り上げた。

まあ、身近にいる自分しか知らない人物の物真似を順々にやっていく、
というだけなんだけども。

今日出てきたキャラで面白かったのは、
悟のやったウニ先生と、ポチのやった五十嵐さん。
この二つを、それぞれ、悟とポチが他の役者に伝授するのだが、
途端に、面白みが減っていく。
なぜかというと、

例えば、悟が伝えるウニ先生の特徴は、
・眼鏡をしてないのに、眼鏡をしてるかのようにあげる。
・語尾に必ず「ね」をつける。
・喋り方が嫌味ぽい。
こんなものだったのだが、

実は、ウニ先生は、声のスピードが人より半テンポ遅かったり、
動きのスピードも遅かったり、なにより年寄りだったり、
つまり、伝授した情報が少ない。
先の三点だけでは、とてもウニ先生を真似ることにはならないのだ。

物真似は、ものすごい情報量を再構成することであり、
ひいては演技も同じだということがわかってくる。

2008年03月17日
 ■  フキコシ・ソロ・アクト・ライブ「XVIII」

今年の吹越満のソロ・アクトが見れなかったので、
2年前のソロ・アクト「XVIII」のDVDを買ってしまった。
舞台の映像化は、その魅力の全てを伝えることができないが、
コメディアンの芸の貴重な記録にはなる。

吹越満は、今年で43歳。身体のキレは、
今が最盛期の最後かもしれない。
彼の芸も、身体を重視したものから、変わっていくのだろうか。

吹越満は、パントマイム芸人だ。
日本一のセンズリ男のあの下品なマイムはまことに見事。
ただ、このDVDを見てると、話芸もなかなかいける。
スタンダップコミック、いや、
声色だけで一人複数役をこなすその様は、むしろ落語的、
スタンダップ落語?そんな趣きがある。

2008年03月11日
 ■  劇場を経験しよう 世田谷パブリックシアターWS その1

毎日、新作を書かなければというプレッシャーが俺を襲う。ウギャ。
脚本は、書こうと思ったって書けるものではないけど、
書こうと思わなければ絶対に書けない。ああ、不思議。

世田谷パブリックシアターのワークショップに参加することにした。
「空白」をご覧いただいた方にはおわかりかと思いますが、
印象に出てくれてる役者陣が急成長してます。
俺も、急成長しなきゃ、というわけでワークショップ。
でも、演出や脚本、まして、演技じゃない。
じゃあ、なんでしょう?

実は、照明舞台"技術"である。
(舞台技術って具体的には何だ?そっからわからん)
役者によく言われるんだけど、
で、最近はスタッフにもよく言われるんだけど、

「厚人さんの言ってること、意味がわかりません」

俺、テンパると悪い意味での詩人になってしまうから。
フツーの人にわからない言葉を発してしまうのです。
打ち合わせは、詩人の言葉でなくて、
スタッフの言葉でコミュニケーションを取らないと、
スタッフまで詩人になっちゃうからね。
詩人がたくさんいると、舞台がゲネまでに完成しなかったりするからね。
それに、俺がスタッフの言葉わかんなかったりするし。

他者からクリエイティブなアイディアが出てきた時に、
プロフェッショナルな演出家として、
そのアイディアが具体的にどのように舞台に反映されるのか、
イメージできるようになる、
そのとっかかりにしたいんんだよね。あくまでとっかかり。

でも、でかい劇場の内側が見れるとしたら、ちょっと楽しみだ。

2008年03月09日
 ■  上海バンスキングの再放送

小劇場の伝説の舞台の録画が、
NHK-BSで何年振り、もしくは、十何年振りに再放送された。
オンシアター自由劇場の「上海バンスキング」である。

どれくらいの伝説かというと、
初演が1979年で僕が生まれる前、
それから1994年までに、なんと8回も再演(全部で九演)されているのだ。
ほぼ一週間(長くて一ヶ月)で演目が消えていく小劇場界で、
15年も現役でいつづけた演目なのである。

僕は、数年前に戯曲を読んでいたのだが、
コメディーの戯曲は、やはり、上演されたものを見てみないと、
その真価はわからない。
僕が読んで想像していたより、はるかに面白いものだった。
リアルタイムの上演を劇場で見ていた観客たちには、
さらに面白かったに違いない。
なんといっても、台詞のない時の吉田日出子の佇まいと言ったらない。
若い役者は、ああいう演技、というか存在感を是非参考にしてほしい。

僕らの作品は大体、
二ヶ月かけて稽古をし、一週間弱、本番を上演し、
観客の頭から(もしくは心の中から)、一週間ぐらいで忘れられてしまう。
それはそれでしょうがないけど、
願わくば、二演、三演、そして、九演と観客から求められるような、
そういう演目を印象からも出したい。これは僕の夢である。

2008年03月07日
 ■  プレストン・スタージェスの研究

公演が終わって、時間がある時にこそ、
インプットをしなきゃいけない。
今週は、プレストン・スタージェスをまとめて見てしまう。
アメリカ喜劇の古典というと、
どうしてもビリー・ワイルダーに目が行くが、
歴史的には、プレストン・スタージェスのほうが、さらに元祖。
ワイルダーの「麗しのサブリナ」が1954年公開なので、
その十年以上前がピークの監督・脚本家ということになる。

・サリヴァンの旅 Sullivan's Travels (1941)
・レディ・イヴ The Lady Eve (1941)
・パームビーチ・ストーリー The Palm Beach Story (1942)
・モーガンズ・クリークの奇跡 The Miracle of Morgan's Creek (1944)

残念ながら、DVDやビデオで見ることができたのは、この四本だけだった。
ロマンティック・コメディーだが、
ドリフ的なドタバタがテンポ良くはめ込まれてるのが、
ワイルダーとの大きな違いだろうか。
ラストも洒脱にキメるのではなく、あっという展開で強引にオチをつける。
そのオチのつけ方がものすごくて、度肝を抜かれる。

天真爛漫な女に、男が振り回されるというストーリーの骨格は、
アメリカ喜劇の基本中の基本。
ワイルダーの映画にも受け継がれている。
そして、僕が一番好きだったのは、「レディ・イヴ」。

ただ、この監督の特徴は、すごいオチのほうにあると思う。
「パームビーチ・ストーリー」「モーガンズ・クリークの奇跡」のほうが、
その特色が出ている。必見だ。

2008年03月06日
 ■  空白に落ちた男

2月27日、「空白に落ちた男」を観に行く。
この週は、見たい公演が重なっていて、
「春琴」は次の日に観に行ったのだが、
フキコシ・ソロ・アクト・ライブ「(タイトル未定)」は観に行けなかった。

後で、全部を観に行った千帆に感想を聞いたが、
「(タイトル未定)」も、すごくよかったらしく、
やはり、見たい舞台は見逃してはダメだなと強く思う。

「空白に落ちた男」は、水と油の小野寺修二さんの新作だ。
僕は、高橋淳さんのワークショップには、参加したことがある。
小野寺さんは、フランス留学を経て、帰国後第一作がこれ。

パーツパーツは恐ろしく古典的だけど、
組み合わせ方、組み合わせの順番、組み合わせるスピードに、
クオリティが宿っている。
「均衡」のブラックボックス的世界観のほうが好きではあるが、
他では得がたい観劇体験であることは間違いない。

目を凝らして見ていると、
言葉に頼らないパフォーマンスでも、
笑いをとるための、喜劇の構造がきちんとあることがわかる。
すなわち、
1、ボケとツッコミ(ただし、あくまで言葉ではなく表情と動きの)
2、出オチ
などなど(3、4はまだ分析中)。
つまり、ボケとツッコミ、出オチは、基本的であるがゆえにラディカルなのだ。

2008年03月01日
 ■  サイモン・マクバーニーの「春琴」

2月28日、
サイモン・マクバーニーの「春琴」を、「空白」メンバーの何人かと観に行く。
サイモン・マクバーニーはイギリスの演出家で、
僕は「エレファント・バニッシュ」で衝撃を受けた。
当時の僕の感想を読むと、何を言っているのかわからないが、
相当興奮したんだろうことはわかる。

「春琴」もやはり面白かった。
谷崎潤一郎の「春琴抄」「陰翳礼讃」が元ネタというのは、
現代の日本人の観客にはややマニアックかもしれないが、
「春琴」をエピソード1、
「エレファント・バニッシュ」をエピソード2と、してみると、
明治(江戸末期)から平成までのたった百年ちょいでの、
日本人の変容の大きさが見えてくる。

それにしても、ここまでこだわって、
小説やエッセイの世界を演劇的にヴィジュアル化する、
サイモン・マクバーニーの網膜の欲望には、恐れ入る。

世田谷パブリックシアターで、久し振りに見たが、
後ろほうの席でも舞台に近い。すごくいい劇場だとあらためて思う。
「春琴」のような芝居を普段見なそうな連中と一緒に見れたのもよかった。