12月の18日19日24日と、
新宿・タイニイアリスに来る韓国の劇団を手伝うバイトをした。
日本語という参入障壁に守られている、
演劇なんつードメスティックな産業に片足突っ込んでる者としては、
時には、世界とか国際とかアジアとか、
そういう景色を見たくなることもあるんだ。
高校受験以来さっぱり起動させていない、英語脳味噌を強引に立ち上げ、
僭越ながら、日本代表お手伝いとして、新宿2丁目へと臨んだわけです。
韓国人は、それなりに仕事がテキトーで、
養生もせずにガムテープをいろんなところに貼りまくったりして、
サムスンは大丈夫なのか?と思わずにいられなかったが、
それでも愛想笑いの日本人とは違う屈託のない笑顔を見せる、
(単に俺の脳内に韓国人の表情DBが蓄積されてないから見抜けないだけ
かもしれんが) 素敵ないい奴らだった。
少なくとも、一緒にキムチを食う程度の国際交流はしたよ。松屋で。
彼らの芝居は、アリス・オーナーの好みもあってか、
どちらも、閉塞的状況からの脱出をモチーフにした作品で、
どちらも暗く、物語の遠景に豊かになって不幸になった隣国が見えた。
韓国、お前もか!
でも、
物質的繁栄をただ嘆いて見せれば、
それは、この時代に対して、誠実なのだろうか?
それは、誠実に見えて、もっとも安易なやり方ではないのか?
そんなことを通訳越しに(さすがにこれは英語では言えなかった)話したけど、
果たして伝わっただろうか?伝わったとして、正しく伝わっただろうか?
その前に、字幕なしで見た韓国演劇をこっちこそ理解できていたのだろうか?
ここでもwall of languageが立ち塞がるのであった。
兎にも角にも、直接関わらなければ見えない問題が見え、
普段は考えない問題を考えた。
そうやって、人生は問題で埋め尽くされて、問題に窒息していくのだろう。
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